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5,追う影

またまたまた長くなってしまいました。

6000文字を目安くらいに考えていただけると幸いです。

「お願い、ですか?」

「うん。ちょっとおこがましいかもだけど...」

「全然大丈夫ですよ。何をすれば...」

「家まで送ってくれない?」

「僕、免許ないですよ」

「私の家どこか知ってる?」

「いえ」

「私の家、駅の近くなんだ」

「そうなんですか。ならここから...10分くらいですかね」

「もうちょっとかかるかも。私の家駅の向こう側なんだ」

「なら、20分とかですかね」

「遠いけど、いい?」

(今日は特にすることもない。それに最近めったに外で散歩なんてしていないから

良い機会だろう)

「全然大丈夫ですよ。でもどうしたんですか?」

「大したことじゃないんだけどね。

最近スタジオとか大学とかから帰るときに視線を感じるっていうか...。

どことなく尾けられてる感じがしちゃって」

「ストーカー、ですか」

「気のせいかもしれないけど、不安で」

「警察などには相談しましたか?」

「まだ被害が出てきているわけじゃないから...」

「なるほど。わかりました。心当たりとかは...」

「ないね。特に恨みを買うようなことをした覚えはないんだけどなぁ」

「いつ襲われるかわかりませんもんね。

僕も特に護身術なんてしたことありませんから、力になれないかもですけど...」

「いいよ〜。居てくれるだけで安心できるから」

「もし僕といるときに襲われたりしたら、すぐに逃げてください。

近くに交番があればそこへ。もしなければ大通りやお店でも構いません」

「もしそうなったらじゅっくんはどうするの?」

(どうするの、か。特に考えてないな。

まぁ先輩が無事ならいいだろう)

「うーん...。なんとかします。まぁ先輩が無事ならいいので」

「ふふっ。頼もしいなぁ」

先輩は笑った。

けれど、奥深くに恐怖がなびいて見えた。

「じゃあ。早速出ますか。明るければ明るいほどいいので」

「それなんだけどね。実は私もちょっと教えてほしいところがあって...」

「はい。えっと...どこの」

「ダンスじゃなくて、ここの問題なんだけど」

そう言って、バッグの中から一冊の本を取り出す。

「うちのとこでね、課題の本に対して意見を言い合うみたいなやつがあって」

「『アルジャーノンに花束を』じゃないですか。懐かしい」

「そう。でもちょっと難しくて」

「ですよね。とても良い小説なんですけれど後半になるにつれ難しくなりますよね」

「そうなの。だからちょっと手助けしてほしいなーって」

「いいですよ。

じゃあまず。先輩はこの本を読んでどんな感想を持ちましたか。

素朴なことでも、なんでもいいですよ」

「うーん。でも、人間は頭脳がすべてじゃないっていう考えはあったけど、

綿密に表現されててすごかったな〜。

あとは、アルジャーノンがちょっとかわいそうだったな〜」

「わかります!あとは、批判的な意見もあれば議論が深まりますね」

「批判的...恥ずかしいんだけど、登場人物の名前が覚えられなかったなぁ」

「訳書あるあるですよね。横文字の名前にあまり身近ではないので」

「でも、結構素朴すぎない?私の感想。こんなのでいいの?」

「もちろんです。感想は人それぞれですから。

それを自分の感性で研いだり、増やしたりすればいいんです」

「難しい...。すごいねじゅっくん」

「いえいえ、僕も実は感想系は不得意です」

「ふふふっ。ありがとう、じゅっくん」

「えぇ。こちらこそ?

どうしたんですか?急に」

「いつもじゅっくんに甘えてばっかりだな〜、と思って」

「そうですかね。僕も先輩に甘えてばっかりですよ。

課題教えてもらったり、フリ直してもらったり。

優しく接してくれるので、居てくれてよかったと思います」

「大したことしてないよ〜。先輩として当然。

じゅっくんはね〜。

まず優しくしてくれて〜、気遣いができる。

レッスンにも早く来てくれるし、準備もしてくれる。

体のこと心配してくれるし、敬ってくれる。

頼りになって、努力家さんで、頭もいい。

背が高くて、スタイルよくて、顔もかっこいい。

ほっそりしてるのに、意外と筋肉があって良い」

「せ、先輩?なんで僕をそんなに褒めてるんですか?」

「普段はシックな服着てるんだけど、大会のときとかの衣装で

チャラい系を着た時の似合い具合もえげつない。

あと、胸元がガッツリ空いてる系の服着たときの恥じらいと困惑も最高。

なのに踊ったら気にしなくなって、シャツとか鎖骨の下あたりまで

見えちゃってるのもすごく良い。

自分に自身がないから、自慢しないのも良い所。

無自覚で相手を意識させちゃえるのも才能」

流石に自分でも顔が赤くなってるのがわかる。

「せ、先輩。それ以上は...」

「どうしたの?あ、そうそう。

そうやって恥ずかしがってる顔も良い。

あと、女子メンが露出多い服着たときに、困って目をそらすのもかわいい」

「ありがとうございます...」

「ふぅ。これで、半分くらいは言えたかな」

(半分...。でもキツ先は誰にもこんな優しい態度だから。

僕だけ、なんて思っちゃだめだ。落ち着け。落ち着け)

「で、えっと。感想の話でしたよね」

「うんうん」

「ある程度の自分の感想さえできてしまえば、あとは簡単です。

それを文章にすればいいんです。

もし、コンクール等に出すようなのであれば、この作品を読んで成長したところ

なんかを書くといいんですが、今回はディベートなのであまりその必要はありません。

それに、今回は全員が同じ本を読んでいるので、作品中の描写や文章と

結び付けると、より共感や説得力が増します」

「ふむふむ。描写や文章、か...」

「大まかな所はそんな感じですかね。

あとは先輩なりの文章にしてあげれば完璧です!」

「なるほど...。今原稿用紙持ってきてるから書いちゃっていい?」

「えぇ。いいですよ。お茶淹れ直してきますね」

「ありがと。私の感想か...」

「もし難しかったら適当な紙に、自分の感想を書き連ねてみるのも良い手ですよ。

よければ、このルーズリーフ使ってください」

「ありがとう。あ、シャー芯切れてる...」

「はい。お茶です。シャー芯ですか?ちょっと探してきます」

「あ、ありがと」

(シャー芯か...。あったっけ)

「ありました。自由に使ってください。いっぱい書いて損はないので」

「これ新品だけど...」

「いいですよ。ちょうどそれしかなかったので」

「ねぇ、じゅっくん」

「どうしましたか?なにか至らぬ点がありましたか?」

「わざと?もしかして誘ってる?」

「な、なにがですか?」

「ナチュラルかぁ。やっぱり魔性の男だねぇ、じゅっくんは。

私、申し訳ないよ。勝手に家にお邪魔しちゃったのに、お昼食べさせてもらったり

ダンスも勉強も教えてもらったり、お茶淹れてくれたり、

ルーズリーフとかシャー芯とか借りたり...」

「あ、すいません。不快でしたか?」

「逆だよぉ。居心地良すぎ、ここ。

いくら後輩だからって、ここまでしなくていいんだよ?」

「すいません。ストーカーされてるって聞いて、先輩に背負わせすぎたかなって」

「大丈夫だよぉ。あ、とりあえず感想まとまったよ」

先輩の予想以上の文才もあり、良いペースで終わった。

「ふわぁ。今は...七時半!」

「そんなに経ってたんですね。確かに外暗くなってきてる...。

早めに出ましょうか。暗くなって来ると、ストーカーも行動しやすくなってしまうので」

「だね〜。ちょっと待ってて。荷物まとめるから」

「僕も一応、色々持って行きたいので」

適当に荷物をまとめて、マンションを出た。

「ストーカーはいつもどのあたりから着いてくるんですか?」

「駅からだと思う」

「駅から...なら少し駅を外していきましょう。遠回りになるけどいいですか?」

「いいよ〜。長くお話できるの楽しいし」

薄暗い街の中を二人でゆっくりと歩く。

「そうそう。大会のことなんだけどさ」

「はい」

「優勝できると思う?」

「100%、とは言えませんけどかなり確率高いんじゃないですか」

「そうだよね。今回のフリめちゃくちゃかっこよくていいよねぇ」

「ですよね!結構お気に入りにです」

「それに、今回の大会優勝すれば大きい大会にも出れるしね」

「そこでもいい成績を残せば、また予算が増えますね」

「うん!っていってもまだまだ道は長いねぇ」

「ですね」

大学のこと、チームのことなど色々話しながら駅近くまで来た。

「こっちの道に行きましょうか。

メインの道に比べると人通りは少ないですけど...」

「じゅっくんがいるから安心」

過度な期待に緊張しながらも、二人で歩く。

この道は街灯こそあるものの、路地裏が多く見通しが悪い。

グンッ

突然、腕を引っ張られるような感覚にあった。

路地裏に体が吸い込まれていく。

「じゅっくんはさぁ。Pulseの中だったら...」

キツ先の声が遠くに聞こえる。

「じゅっくん?あれ?いない...」

キツ先を呼ぼうと声を出そうとする。

が、僕を引っ張った何者かに口をふさがれてしまう。

モゴモゴというくぐもった音しか出ない。

「じゅっくーん?もしかして、ストーカーに...」

(僕を引っ張ったやつはストーカーなのか?)

いや違う。僕の口をふさぐ手がやけに細い。

ゴン

咄嗟の判断で、近くの壁を蹴りつけ音を出す。

「じゅっくん?こっち...」

キツ先の怯えた声が少し近づく。

ストーカーの可能性は低いけれど、危ないやつに間違いはない。

(来ないで!)

思い切り叫ぶが、より口を締め付けられるだけだ。

もう一度、逃げることを促すために壁を蹴る。

ガキン

「じゅっくんが...。でも警察?でもじゅっくんが...」

キツ先の悩む声を聞いた瞬間。

ゴン

背中が思い切り壁に打ち付けられる。

「ぐっ」

うめき声が漏れてしまう。

相手を確認しようと視線を上げる。

そこにいたのは屈強な男...ではなかった。

真反対の華奢な体をした、背の高い女性だった。

僕と同い年か、少し年下だろう。

ヤンチャっぽい見た目をしていた。

「おい。お前。あんまり大きな音出すんじゃねぇよ」

女性らしからぬドスの利いた声で脅される。

「ちょっとー。顔は傷つけないでよー」

僕より一回り程度小柄な女性も現れた。

「あー?何いってんだよ殴っちまえば一緒だろ」

「違うよぉ。イケメンの方がテンションあがるっしょ?」

理由のわからないことを話している。

「まぁ、ゼンはイソゲって言うし?」

「なにそれ。聞いたことなーい」

嫌に軽い口調で、僕を今度は床に叩きつける。

「おい。お前。今から抑えるのやめるけど、声出したら殺すからな」

(本当に殺されるかどうかはわからない、が要求を聞いたほうがいいだろう)

「じゃあまず。あたしから行こっかな」

「本当にやるの?」

「何今さら日和ってんだよ。何回もやってきただろ」

「よし。じゃあ、悪いけど...」

そう言って僕の体の上に馬乗りになる。

大きい方の女が舌なめずりをし、拳をポキポキと鳴らす。

(まさか。襲われる...)

「じゅっくん!」

思わず目を瞑った一瞬。大きな声が路地裏に響く。

(キツ先?なんでここに?逃げて!危ないから...)

「あ?なんだお前」

「あなたの下にいる人の連れです。退けてください」

「あぁ。なんだこいつの彼女か。

じゃあ申し訳ねぇな。折角の綺麗だった顔を凹ませちまうぞ」

「凹ませるって...。ダメです!それに彼女じゃありませんし...」

「なんだ。ならいいじゃねぇか。見物人として見とくか?」

「だから、私は彼の連れなので。彼から退けてください」

「何だお前。こいつのことが好きなのか?

どうだ?鬱憤でも溜まってねぇか?特別にこいつ殴ること許可してやるよ」

「ダメです!絶対に。彼は私の大事な連れです!

なので悪さは絶対にさせません」

「はっはっは。こいつのことガチで好きなんだな。お前。

確かにこいつイケメンだもんな」

「ですから、まずその手を離して...」

「でもな?イケメンを好くのはお前だけじゃねぇんだよ。

あたしらだって、可愛い系のイケメンは大好物だ。

良い面をあたしらの勝手な都合でボコボコにするのは最高の快楽なんだよ」

「ねぇどうする?こいつ」

「あぁ?別に無視してやればいいだろ」

「彼を襲うくらいなら。私を好きなようにしていただいて構いません。

その代わり、必ず彼に危害を加えないでください」

そういうキツ先の手は震えていた。

(まずい。どうにかしないと...。このままじゃ...)

「お前をもらったところでなぁ」

「適当に男に売れば稼げそうだよ」

「あぁ。なるほど。それはありかも」

女たちが話す傍らでキツ先は更に震えを増していた。

ファンファンファンファン

「なんだ?」

「パトカーの音。警察が来たのかも」

「くそっ。いつの間に呼んでやがったんだ」

突如としてなったパトカーの音で女たちは路地の更に奥へと消えていった。

「先輩。大丈夫でしたか?怪我とかはしてないですか?」

「私は大丈夫。それより、じゅっくんこそ」

「僕ですか?僕は全然大丈夫ですけど...」

「嘘!頬に擦り傷があるし、頭もコブができてる...。正直に今どんな感じ?」

「背中を打ったので、痛みます。

あとは少しめまいがするのと...。ちょっと口の中を切ってしまって...」

「大丈夫じゃないじゃん!」

「でも全然歩けるので。暗くなってはいけませんし、とりあえず進みましょう」

体についていたホコリを払って、路地から出る。

「先輩?」

キツ先は路地裏で止まったままだった。

「やっぱりどこか怪我してますか?」

「いや、警察の人が来るなら待っといたほうが良いかな〜って」

「あぁ。あれはサイレンの音を流しただけです。狭い路地裏なので反響して大きい音に

聞こえるかな〜と思って。スマホが取られなくて良かったです」

「そうなの?でも、怖かったぁ」

小さな声で呟いた。

「先輩、ストーカーされてるのに路地裏まで来てくれましたので...」

「違うよぉ。じゅっくんがだよぉ。

あのままだったらじゅっくん襲われてたって考えると怖いよ」

「襲われるって言ったって、殺されるような暴行をされるわけではなさそうでしたし...。

殴られる、蹴られるくらいの暴行なら耐えれましたよ」

「でも、いくら女性だからって殴られちゃだめでしょ?

だから怖かったの。あのまま動けなかったらどうだっただろう。

あのまま言い返せなかったらどうだっただろうって」

「心配してくださってありがとうございます。でも、次もし僕が危害を加えられそうになったら」

「加えられそうになったら?」

「迷わず、見捨ててください。その場から離れて、警察へ。

さっきみたいに、先輩が被害を肩代わりしちゃだめです。

たとえ、僕を理由に脅されても見捨てて逃げてください。

ストーカーのことですから僕といる所を見て逆上するかもしれません。

そうなると一般論は通じなそうですから」

「でも...」

「絶対ですからね」

「うん。ありがとう」

少し気まずい空気のまま、大通りに出た。

「ここならある程度は安心ですね」

「うん」

そういうキツ先の肩は震え、声も怯えている。

「家まであと、どれくらいですか?」

「10分もしないと思うよ」

「いつもストーカーはこの辺りから尾けて来るんですか?」

「うん。この道を半分くらい行った所で...」

突然背後に視線を感じる。

ドンっと心臓が大きく跳ねる。

隣のキツ先に目を向ける。

(尋常じゃない震え方...。相当怖いんだ。なにかしてあげなきゃ)

「先輩、大丈夫です。ここでは流石に襲ってきません」

「うん...」

幾分か緊張がほぐされたようだ。

(でも、なんでわざわざこの大通りからストーキングするんだろう)

周囲の雑踏が、城へ攻め込んでくる兵士のように心をジワジワと削る。

「もうすぐこの大通りも終わります。どちらに曲がりますか?」

「いつも、人通りの多いこっち」

「わかりました。ですがここからはなるべく早足で行きましょう。

先輩は前を歩いてください。僕は後ろを確認しながら歩きます」

大通りから左に折れ、店が多く連なる商店街のような道へ入る。

先輩に少し前を歩いてもらう。

(相手の顔は...キャップが邪魔で見えないな。

身長は僕より小さめ。背格好もゴツい感じはしない。

どこにでもいそうなラフな服装だ)

あまり見すぎても怪しまれるため、定期的に視線を戻す。

「先輩。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないかも。正直めちゃくちゃ怖いよ。

でも、じゅっくんがなんとかしてくれるもんね」

「はい。それと、どうぞこれ」

「蝶のキーホルダー?」

「はい。そうです」

「なんで、これ?」

「シンメトリーです」

「シンメトリー?」

「願掛け、だと思ってください」

「ふふっ。ここでもミステリー?。でも今はすごく嬉しい」

後ろを再度確認する。

まだついてきている。

ゆったりとした歩調。普通といえば普通だ。

ズズズズ

何かを引きずるような音が聞こえる。

「先輩。あいつの...」

「ど、どうしたの?」

そう言って、後ろを振り向く。

「え?」

居(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

つい数秒前まで後ろにいたはずのあいつの姿がなかった。

「じゅっくん?」

キツ先は前を向いたままだ。

「ど、どうしたの?

カメラ構えてる?もしかして包丁持ってたり...」

「ち、違います。でももっと厄介なことが...」

「な、なに?」

「消えました」

「え?」

「あいつが、ストーカーが消えました」

「き、消えた?」

「つ(・)い(・)さ(・)っ(・)き(・)ま(・)で(・)後(・)ろ(・)を(・)つ(・)い(・)て(・)き(・)て(・)い(・)た(・)は(・)ず(・)の(・)ス(・)ト(・)ー(・)カ(・)ー(・)が(・)消(・)え(・)た(・)ん(・)で(・)す(・)」

「ど、どういう...」

「分かりません。一瞬目を離した隙に...。

とりあえず、走りましょう」

「う、うん」

(僕らからあいつの姿が見えない以上、どうすることもできない...)

さほど人が多くない道をキツ先の手を引いて走る。

数少ない周囲の人間の、奇をてらう人を見るような視線が纏わりつく。

5分ほどしたところで、キツ先の家であるというマンションに着いた。

「はぁ、はぁ。ついてきてない、よな?」

「ふぅ、ふぅ。だ、大丈夫、そう、だよ」

「良かったー。なんとか振り切れたみたいです」

「良かったね。じゅっくんありがとう」

そう言うとキツ先の手を握る力が強くなる。

(ん?手を握る力?もしかして...)

僕の右手に視線を落とす。右手はガッチリとキツ先の左手を握っていた。

(まずい。無意識で手を握ってしまっていた...。

汗とか大丈夫だったかな?いや絶対大丈夫じゃない)

思わず右手を離す。

「すいません、先輩。あの、無意識で。汗とかヤバかったですよね。すいません」

「全然大丈夫だよぉ。ここまでありがとうね。本当に」

「こちらこそ。守るはずだったのに守ってもらって...」

「いやいや。ついてきてくれただけでありがたいよ」

「ありがとうございます。戸締りちゃんとしてくださいね。

あとインターホンも絶対に安全だとわかってから開けてください」

「うん。チェーンロックと、念のための盗聴器等の確認もしとく!

じゃあ、また明日。大学で」

「おやすみなさい」

「おやすみ〜」

そう言ってキツ先を見送る。

その小さい背中に背負う闇に目を背けてしまう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

じゅっくんを見送り、エレベーターに乗る。

(はぁぁぁ。じゅっくん格好良すぎ!私変なことしてないかな?)

チャイムが階への到着を告げる。

ふと自分の手が汗で濡れているのに気づく。

(もしかして私、手汗ヤバかった...。

でもじゅっくんの手、大きかったなぁ。指も長くて。

それより、路地裏で襲われそうになってるじゅっくん!

色気がすごかったよぉ。ボタンが外されてるのとか。

怖がってる顔してるのとかが最高。でもあのままにさせなくてよかったぁ。

じゅっくんが、その、あれされるのは見てられないから...)

私の部屋の前につき、鍵を回す。

カチャン。ブブブブ。

まるで計らったように携帯がなる。

(電話...非通知?なんだろう?)

電話に出るが相手は何も話さない。遠くでかすかに人の声が聞こえる程度だ。

「あの〜、どなたですか?」

「やぁ。憐上さん」

電話越しの相手が言葉を発す。が、ピッチが低くなりすぎたような機械質な音声だ。

「だ、だれですか?」

「こちらは、君の最大の理解者、だよ」

相手は自らを『こちら』と名乗った。

「最大の理解者?」

「そうだ。君の家も、大学も、帰り道も知っている」

「もしかして、ストーカー...」

「人聞きが悪いな。ただ君を恨んでいるだけだよ」

「あの、私、なにか、しましたか」

恐怖で言葉に詰まる。

「自分が何をやったのかわからないのか!

全く。これだからダンスなんぞをやっている馬鹿者は...」

「い、今すぐ、謝るので。やめていただきたく...」

「黙れ。殺すぞ」

『殺すぞ』。この言葉が生まれて初めて身の危険となった。

「そうだ、そうだ。今日は一緒に男がいたなぁ。

ヒョロヒョロで、パッとせず、不細工な男がいたな」

「だからなんですか!」

じゅっくんが貶されたことに思わず語気が強くなる。

「なるほど。なるほど。そういう口を聞くんだな。あの男のことになると。

あんな劣等種のどこが良いのかわからないが、少し餌に使わせてもらうよ」

「な、何をする気なんですか...」

「これからあの劣等種と帰るのはやめろ。会話するのもなるべくやめろ。

でなければ劣等種を殺す。いや、あの女たちに散々使わせたあとにするか...。

お前の状況は確認できるからな」

心臓がキュッと縮まる。

(じゅ、じゅっくんが殺されちゃう...)

「わ、わかりました。これだけですか?」

「いや。あと一ヶ月以内に劣等種を殴り倒せ。そしてお前は自殺しろ」

思考が固まる。

(じゅっくんを殴り倒す?私が?そんなことできない。

それに自殺なんて...)

「お前の生死状況は確認できる状態にある。

もし一ヶ月以内にバックレようものなら、劣等種を殺す。ついでにお前もだ」

「な、何が目的で...」

「黙れ。わかったな?それとこの電話のことを劣等種には話すなよ。それではいい夜を」

一方的に電話は切られてしまった。

足から力が抜ける。恐怖と困惑で吐きそうになる。

(じゅっくん...)

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