6,ねぇ、先輩
あのストーカー消失事件から一夜。
夢だったかのような平穏が訪れていた。
じっくり熟考刷る間もなく、大学へ向かう。
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「お!やっほ、ジュリ」
「おはよ。ゆーと。あれ麗さんは?」
「あ〜。なんか用事があるみたいで。今日は来てないんだ」
「愛想尽かされたんじゃない」
「それはない、と思う。昨日だって一緒に遊んだし...」
「冗談だよ。それにお前と麗さんはお似合いすぎ。別れるわけないんだから。
結婚式には呼んでくれよ?美味しいご飯が食べたい気分だからさ」
「おう!あと何年かな...」
「3年くらいじゃない」
「お金貯めなきゃかぁ」
(ツッコまないんだな。これだから彼女持ちは...幸せそうで羨ましいんだよ)
「あ、そうそう。ゆーとさ、人が消える可能性ってある?」
「人が消える?何いってんだ?」
「あー、説明はできないからさ。一般論として」
「一般論として、人が消える可能性を考えてほしい、と」
「あぁ、一般論として、だ」
「うーん。ありえないとは一概に言い切れないな。
状況とかにもよるけど、大きい穴に落ちたとか、別の道に行ったとか」
(大きな穴なんてものはあそこには無かった。
路地だって、店が密集していたから人は入り込めないだろう)
「うーん。難しい」
「だよねぇ。てか何持ってんの?」
「ん?これ?菓子折り」
僕は手に持っていた紙袋を掲げる。
「菓子折り?教授への賄賂か?」
「いや。キツ先にあげようと思って」
「おいおい。やっとか〜?でもなそういうのは花束が定石って聞いたこと...」
「違うよ。色々と助けてもらったからさ」
「へぇ。そうなんだ」
「なんだよ、ニヤニヤして。気持ち悪いぞ」
「いや、なんでも。お、噂をすれば、だぞ」
僕らから少し離れたところに一人で歩くキツ先がいた。
「行ってこいよ〜。思いちゃんと伝えるんだぞ〜?」
「あぁ、はいはい。感謝をちゃんと伝えてきますよ」
ゆーとの絡みを流しながらキツ先の方へ向かう。
「先輩ー」
そう呼びかけるとキツ先は肩を大きく震わせた。
そして考え込むような表情になった。
「どうしたんですか?それより、これ昨日助けてもらったので...」
「あ、うん。ありがとう」
キツ先の言動はどこかぎこちあく、緊張しているようでもあった。
「えっと、あの、昨日は本当にありがとうございました。で、では...」
「あ、いや、うん」
気まずい空気が流れたまま、立ち去ろうとする。
「あ、じゅっくん、はさ」
突然呼び止められる。
「え、はい」
「私に殴られたら、どう思う?その後、その後もし私がじ、自殺しちゃったら...。
ごめん変なこと聞いたね。じゃ、じゃあ」
急いで立ち去ろうとするキツ先を今度は僕が呼び止める。
「悲しむ」
「え?」
「悲しむと思います。これ以上ないくらいに」
「な、なんで?私がじゅっくんを思いっ切り殴るんだよ?
叩いたり、蹴ったり、指示...内容によっては半殺しにするくらいに...」
「でも先輩は理由もなくそんなことしないでしょう。
なにか大きな理由があるはずです。例えば、脅しとか。
そうなれば暴行はいくらでも我慢できますし、なかったものにできます。
だから、先輩が自殺するという部分に悲しむと思います。
居なくなってしまったら寂しいし、辛いですから」
「じゅっくん...。なんで、なんで私のことを許してくれるし。悲しんでくれるの?」
「何言ってるんですか。大事でみんなに愛されてる先輩ですから」
「先輩、か...。まだまだ努力が必要かな」
「でも本当になんでこんな質問を...」
キツ先が悩む表情になる。
答えがわからないというよりは、二択で迷っているみたいだ。
「じゅ、じゅっくん。本当は、本当はね...」
ブブブブブ
キツ先の携帯が震える。
キツ先の表情が一変した。怯えと恐れと驚き。
「ご、ごめん。電話がきちゃ、きちゃったみたいだか、ら」
声も震えきっている。普通ではない。
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じゅっくんとあった。
正直、目を合わせられなかった。
(だって、だって、私が1ヶ月後に、な、なぐ...。
じゅっくんは、お菓子を持ってきてくれた。やっぱり礼儀正しくて優しい)
でもその優しさに触れるたびに、私の罪が増えるような気がして辛くなってしまう。
しかもその罪を背負わずに、死という逃げをしようとしてしまっているのだ。
「昨日は本当にありがとうございました。で、では...」
自分でも覚えていないような答えをしていたのだろう。
気づけばじゅっくんが立ち去ろうとしていた。
じゅっくんが笑った。
愛想笑いだと分かっていた。気まずさを紛らわすためだと分かっていた。
なのに、あの笑顔を見た瞬間にすべてが解放された気がした。
(やっぱりじゅっくんはすごいな。勝てないや)
フッと心が緩んだ瞬間に、思わず口にしてしまっていた。
「じゅっくんはさ、私に殴られたらどう思う?その後もし私がじ、自殺しちゃったら」
気づいたときには遅かった。こっちを振り向いて、明らかに聞いていたようだった。
「ごめん。変なこと聞いたね。じゃ、じゃあ」
急いで言ったけど違和感はまるで拭えていなかった。
逃げるように背を向けた。
「悲しむ」
一言、じゅっくんがそういった。
正直意味がわからなかった。
(悲しむ?なんで?怒るじゃなくて?殺意じゃなくて?
いっそ自殺してくれての感謝じゃなくて?)
困惑と焦りで適当な発言をしたかもしれない。でも記憶にはない。
それでも、じゅっくんは必死に理由を説明してくれた。
細かい所は覚えてない。ただ、涙を抑えるのに必死だった。
私は率直になんでじゅっくんが私のことをこんなに気にかけてくれるのか
不思議だった。ただの先輩だろう、私は。
もしかして、もしかしてと思った。
尊敬以上の感情を、責任感以上の感情を私に持っているのではないか。
先輩以上の関係を、もっと密接な関係を私に求めているのではないか。
でもじゅっくんの答えは予想通りだった。
「大事でみんなに愛されてる先輩ですから」
(先輩、か。でも、愛されてる、か。じゅっくんも愛してくれてるのかな。
もういいかな。じゅっくんには言っても。でも本当だったら)
「じゅ、じゅっくん。本当は、本当はね...」
ブブブブブ
スマホがなった。電話だった。相手は非通知。
急いでじゅっくんに断りを入れ、影に隠れて電話に出た。
「おい。何秘密を漏らそうとしてるんだ?
言うなとあれほど言っただろう?つい一日、十数時間前に。
もう忘れたのか?それとも故意に言ったのか?
あの劣等種にはそんな魔法がかかって見えるのか?
女のフィルターは怖いものだ。あの劣等種がいいやつに見えてしまうものな。
いいか。これは警告だ。劣等種との会話はある程度許す。
しかし、次秘密を漏らそうとした素振りを見せたら迷わずあいつを殺す」
一気にまくしたてられる。
「は、はい。わかりました」
「おい、お前。故意ではないんだな?」
「はい。つい、うっかり...」
「何がきっかけになったんだ?
劣等種のフィルター付きの笑顔か?笑わせるな。真面目にやっているんだ」
(会話だけじゃない。じゅっくんの笑顔も見られてる...)
「じゅっくんの笑顔は。すごいんだから。
何でも解決してくれるんだから。悩みも不安も全部全部...」
「じゃあ、このストーカーのこちらも解決してくれるのか?
このお前にとっては不利な状況も打開してくれるのか?
あの劣等種の見るに耐えない笑顔でか?
一つ言っておく。あの劣等種には劣等種のくせに女がいるぞ」
「え?何言って...」
「二人もだ」
「ふ、二人?どれってどういう...」
「お前は三人目になりたいっていうのか?勧めはしないぞ」
「え。あ。う」
言葉に詰まる。
「はははは。冗談だ。事実無根だよ」
無機質な笑いが、心をくすぐる。
「これは警告と受け取れ。二度目はない」
「は、はい」
電話を終え急いでじゅっくんの下へと急ぐ。
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それなりの時間をかけてキツ先が帰ってきた。
後悔と恐怖。そう顔は物語っていた。
(キツ先、今日何かおかしい?会ってからずっと怖がっている。
誰に?何に?絶対に何かあるのだろう。もしかすると...あのこと?)
「誰からだったんですか?」
「ん。いや、適当なセールスだったよ。じゃあね」
半ば無理やり会話を切り、キツ先は早足で遠くへ消えてしまった。
「ふむふむ。おい、ジュリ。お前失礼なこと言っただろ」
「い、いや。自覚はないと思うけど...」
「いーや。絶対に言ったね、あの顔、行動からして。
どうせジュリのことだから、ご飯いっぱい食べますね、とか言ったんだろ。
それかもっと直接的に言ったか」
「うっ」
(あの場面では言っていなかった。が、否定はできない。
前科があってしまうのだから)
「言っとくけど、憐上さんありえないくらい高スタイルだからな?
ジュリの周りの基準がおかしいだけで」
「あぁ。本当にそう思うよ。ゆーとも含めて。
あ、そうそう。また変な質問しちゃうけど。
人が人を殴り倒すときってなんでだと思う?」
「はぁ?ジュリ、お前そんなにひどいこと言ったのか?
あの憐上さんがジュリを殴り倒す?ジュリ、なんてことを言ったんだよ。
いや、ジュリが憐上さんを殴り倒すのか?もしかして、DV...。
ジュリ。今すぐ警察に出頭してこい。悪いことは言わないから」
「あぁ、違う違う。一般論として」
「一般論として?一般論として人が人を殴り倒す理由?
一般論ねぇ。定番なのは恨みとか憤りとかじゃない?」
「なるほど。じゃあ、人が人を自殺させる理由って何だと思う?」
「自殺させる?また、変な質問だなぁ。うーん。要するに殺すってことだろ?
じゃあやっぱり恨みとかじゃないかなぁ。
ジュリ、おかしいよ、お前。大丈夫?精神科とか行く?」
「僕は大丈夫だよ。ただ、キツ先の様子が...」
「美女には美女なりの悩みがあるんじゃないか?
それを解決してあげるのが、後輩としての役目だろ?」
「そっかぁ。いや、うん。色々考えてみる」
(やっぱり、恨みか。キツ先の様子は明らかにおかしかったもんなぁ。
昨日、あのあとやっぱり何かあったんじゃないか?)
ふわふわとした気持のまま、大学で一日過ごした。
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ブブ
(ラ◯ン?誰からだろう)
キツ先から一通連絡が来ていた。
〈今日は、私一人で帰れると思うから、大丈夫だよ〉
(ストーカーにはなにか法則があるのか?
でなければ、昨日まであんなに怯えていたのに途端に一人で帰ろうとはしないはず)
〈分かりました。気をつけて帰ってくださいね〉
〈うん。ありがとう〉
正直、ストーカーの正体にはある程度の目安がついている。
(まさか、まさかだとは思うが...。
もしそうだとしたら、キツ先の異様な怯え具合から見ても...そうだろう。
ただ問題は、僕の予想通りだったとしたら、キツ先の生活が危ないということだ)
確固たる証拠が欲しかったため、昨日ストーカーが消えたあの道へ行くことにした。
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(ここ、だよな。やっぱり穴なんかないし、脇道や路地もない。
マンホールは...道のど真ん中だから一瞬で消えるには多少無理がありそう)
特になんの変哲もない道だった。
道幅は5mくらい。人は通れるが、車は中々入りにくい。
天井にはアーケードがあり、薄っすらと光が差し込んでいる。
道の両脇には、再開発のためか古くからある商店街としては珍しく
かなりモダンな店が立ち並んでいる。
(左右の店は...営業中。昨日も営業していたみたいだ)
ちょうどストーカーが消えた辺りも当然のように店があった。
僕らが歩いていた側ー進行方向から見て左側、には服屋が。
反対側ー右側、にはカフェがあった。
(考えられる可能性は、店に入った、くらいだ。
どちらの店のドアも、開き戸で手前から奥に押すタイプだ。
特に入店の際に鳴る、鈴なんかもついていないみたいだし...。
カフェに入るとなると、走らなければ行けないし、僕の視界にドアが開くところが入るだろう。
実際、昨日はカフェのドアは開いていなかった。ならば考えられる可能性は、服屋のみとなる。
昨日怪しい客が来なかったか、とりあえず店員さんに聞いてみるか)
ドアを開け、服屋に入る。
「いらっしゃいませー」
店内には、所狭しと服が置かれている。
壁際、中央、レジの真横にまで業務用のハンガーラックが置かれている。
レジは店の奥にあり、店主と思しき女性が座っていた。
店内は大量の服とハンガーラックによってかなり見通しが悪くなっている。
「すみません。昨日の8時少し前にこのお店に、僕より少し背が低いくらいの男性の
お客さんって来ませんでしたかね?僕の連れで...」
「あー、昨日はバイトの子に任せていたからねぇ。私は居なかったんだよ。
なんでそんなことを聞くんだい?」
「いえ、昨日その男性と一緒に買物をしていたのですが、途中ではぐれて...。
合流したらとてもオシャレな服を持っていたので、どこで買ったのか気になったのですが
聞きそびれてしまって。なので、色々な服屋さんに聞いているんです」
「おやおや。ならここかも知れないねぇ。
ここには良い服がいっぱい揃っているからね。それに値段も安いだろう?
一応、昨日来ていたバイトの子に聞いてみるよ。少し待ってておくれ」
そう言うと、店の奥の方ーバックヤードと思われる部屋、に向かっていった。
(もし来ていたとしたらかなり印象に残るはずだ。
あの時間帯は服屋さんに行く人は少ないだろう。
まして、一人の男性客となればそれなりに限られてくる。
もしここへ来ていたならば、正体はほぼ確定したと言っても過言ではない。
そうなれば、対策も打ちやすくなるだろう)
「はいはい。待たせちゃったね。ごめんけど、ここじゃないみたいだね。
昨日来ていた子達に聞いてみたけど、見てないって」
(来ていない...。じゃあどういうことだ?本当に、本当に消えてしまったのか?)
「あ、ありがとうございます」
「おや、その学生証...紫陽の子かい?」
「あ、そうです」
「うちにもバイトの子で紫陽の子がいるんだよ。
やっぱり紫陽はすごいねぇ。その子も頭が切れて、役に立ちすぎるくらいだよ。
そうそう、大学生と言ったらね。最近、学生向けの服を入れたんだよ。
その子にも太鼓判をもらってね。これなんだがね」
「確かに、オシャレですね。キッチリとしすぎず、抜け感のあるスタイルですね」
「そうだろう?どうだい、よかったら買っていってはくれないかい?」
(財布に余りは...ある。この雰囲気でこの値段は安いだろう。
不信感を下げるためにもここは買わない手はない。個人的に着たいし)
「そう、ですね...。では買わせていただきましょう」
「気前が良いねぇ。ありがとう。
お顔も整ってるし、モデルさんみたいだよ。彼女さんは羨ましいねぇ」
「あぁ、その、実は居なくて...」
「居ないのかい!そりゃ残念だよ。うちの娘に紹介したいくらいさ」
「あはは、ありがとうございます。では、失礼いたします」
「ありがとうねぇ。紫陽イチの欲張りさん」
「こちらこそ。急な質問にもお答えいただきありがとうございます」
(欲張りさん、か。理想が高いわけじゃないんだけどな)
グルグルと考えを巡らせながら家へと帰った。
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今日の帰り道、じゅっくんを見た。
今日はじゅっくんのアドバイス通りに、いつもより早めに帰った。
あの商店街を通ったときだった。
じゅっくんは、昨日ストーカーが消えたと思われる辺りの服屋さんに居た。
表情、仕草、店員さんの対応からただ服を買いに来たのではなさそうだった。
(もしかしたら、調査なんかやってるんじゃ...。
じゃあやめさせないと!本当に、本当に殺されちゃう)
ただ、私にはじゅっくんの身を案ずる権利なんてなかった。
私は今日1日中、ストーカーの正体や、どうすればいいかを考えていた。
その時ふと、じゅっくんへの復讐が目的ならじゅっくんが殺されれば、私への
危害はなくなるんじゃないか、と考えてしまった。
さらに、その考えをすぐに払拭できなかった。何度も考えてしまった。
私は最低だ。下劣。下等。底辺の人間だ。
自分のために尽くしてくれている人を我が身可愛さに裏切ろうとしたのだ。
唯一の救いはこのことをじゅっくんに話さなかったことだ。
話したらきっとじゅっくんは、手段のうちに入れてしまうだろう。
そうなれば私は勝手に肩の荷が下りた気になって、安心してしまう。
それだけはダメだった。そうなってしまえば、私は人間ではなくなってしまう気がした。
(でも、気のせいかもしれない。ただ服を買いに来ているだけかも...)
一縷の希望に賭け、聞き耳を立て様子をうかがう。
「ここじゃな...紫陽の...」
「そうで...」
「うちの...紫陽...役に立ち...学生...これなんだが...」
途切れ途切れでしか聞こえない。
「オシャレ...キッチリ...抜け...」
「そうだろ...よかった...いってはくれ...
顔も整って...モデル...彼女さん...」
「実は...」
「うちの娘...紹介...」
そこまで聞いた時点で何やらじゅっくんが帰りそうだった。
(やばい!どっかに隠れなきゃ!って言っても路地もないし...)
急いで隣にあった店に入る。
古めかしい商店で、店長と思われるお婆さんはカウンターでうたた寝をしていた。
(何も買っていかないのも申し訳ないし...)
子供の頃から好きだったお菓子を手に取り、カウンターへ向かう。
(代金どうしよう...。ぴったりないなぁ。お釣りはいいや。
ちょっと多めに払っておこう)
二百円をおばあさんの手元に置き、手紙を残す。
(やり過ごしたかな?)
どことなく、じゅっくんがいった雰囲気があったから急いで家に帰った。




