お前はずっと俺のペットだろ?
この世の中は男女という性別の他に、第二次性が存在する。
第二次性はアルファ、ベータ、オメガの三種類に分かれている。
人口の大半はベータで、アルファは総人口の数パーセントしか存在せず、生まれた瞬間から神に選ばれた存在とされていた。
それは、アルファがあらゆる能力に長けるものが多いからだ。
それ故に、世の中の重要なポストである政治家や企業の重役などは、アルファが大半を占めていた。
だが、そんな選ばれた存在であるアルファを『ラット化』という激しい発情状態にし、時には凶暴化させてしまうのがオメガだ。
オメガは男性であっても妊娠でき、アルファを発情させるフェロモンは、月に一度訪れる発情期のみに放たれる。
その時アルファに首元を噛まれると、番と言われる契約が成立される。
番は死ぬまで解消されず、番をもったアルファはラット化を起こさなくなり、オメガのフェロモンも番にのみ有効となる。
そして、番であるオメガの首元をアルファはまた噛むことで、オメガを自由に発情させることができた。
オメガの発情を抑えるには、発情を迎えて性欲を発散させることで沈静化させるか、発情期抑制剤を服用することが必要だった。
しかし、発情期抑制剤の処方には第二次性がオメガであることを、国に申請しなければならなかった。
つまり、申請するということは、自分はオメガだと公にするということでもあった。
そのため、オメガだと隠して生活していくのは、この国では不可能に近かった。
オメガは、優秀なアルファを誑かす劣等種であるという風潮。
そして、発情期中は働くことができないため、社会のお荷物扱いされ、まともに働くことさえ許されない存在だった。
この世界は劣等種であるオメガと、選ばれた種であるアルファでは、生きる世界が初めから違うのだ。
『何言ってんだよ。お前はずっと俺のペットだろ?』
ラブホテルのベットの上で、うつ伏せ状態のまま気を失っていた俺は、将人が枕元に腰かけた微かな揺れで目が覚めた。
眼鏡を外していたため、ぼやけた俺の視界に映る将人は、腰にバスタオル巻いた姿で、濡れた髪をタオルで拭いていた。
「まさと……。もう、行くのか……?」
「当たり前だろ。俺は忙しいんだ。それなのに俺を待たせやがって」
「ごめん……。今日はちょっと……」
いつものように、メッセージで送られてきた待ち合わせ場所と時間には、会社から普通に向かえば間に合うはずだった。
だが、地下鉄ホームのベンチに座って電車を待っていると、電車到着のアナウンスが流れても、俺は立ち上がることができなかった。
(行きたくない……)
そんな考えは許されるはずもないと分かっているのに、立ち上がろうとすると東谷の顔が思い出され、俺の心を塞いだ。
しかし、将人から催促メッセージが何度も届き始めたため、俺は重い足取りで待ち合わせ場所に向かったものの、初めて遅刻をしてしまった。
(ああ……。だから、今日はいつも以上に乱暴だったのか……)
記憶は途切れ途切れだったが、苛立つ将人に手酷く抱かれながら、それでもはしたなく、自分から何度も求めたことは覚えている。
(ほんと、こういう日は……。自分が本能で生きてる下等生物であるって認識させられる……)
静かに息を吐き出した俺は、顔や腹回りにベタつきが残っていることに不快感を覚える。
だが、今日はいつも以上に発情の反動が酷く、上体を起こすことさえできなかった。
(俺もシャワー浴びたいな……。こんな時、東谷ならきっと……ってサイテーだな俺……)
東谷なら、こんなズタボロの俺を見たら、優しく濡れタオルで身体を拭いてくれるだろう。
そんな想像した俺は、自己嫌悪に陥りながら、濡れた髪をタオルで拭く将人の背中をそっと見つめた。
(……? あれは……)
眼鏡をしていないため視界がぼやけていたが、将人の背中に赤い爪痕がいくつも残されていることに気がついた。
(今日はバックでしかしてなかった……よな。ってことは、俺がつけた痕じゃないってことか……)
将人は自分の背中へ残された傷に気が付いていない様子で、ベットに腰かけながらワイシャツを羽織った。︎
(アルファは発情セックスに溺れるっていうけど……俺以外に相手がいるなら、俺なんていらないだろ。なんでいつまでも、俺に執着するんだよ)
呆れと同時にこみ上げてくる虚しさをグッと抑え込むように、横顔を埋めていた枕を指先で静かに握った。
(分かってる。俺は将人を利用して、今もこうやって生きているんだ。俺にはとやかくいう資格なんてない。そして、これからも……)
月に一度だけ発情した俺を抱く玉木将人は、高校時代に初めて出会った父方のいとこだった。
そして、俺の首元に痕をつけた、俺の番だ。




