再会
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
(人事からのメールには、たしか来週からって……)
「なんでここにいるのかって、顔してますね」
俺の表情からあまり喜んでいないと感じ取ったのか、東谷の表情は少し陰りを見せた。
「あ、いや……」
俺はばつが悪くなり、俯き気味に目を逸らすと、デスクの上で開けっぱなしのノートパソコンを慌てて片手で閉じた。
「その……。出社は来週からじゃなかったのか?」
本社へ栄転になった東谷が、これからうちの支社で始まる、大型プロジェクトのリーダーに任命されたこと。
そして、短期間であったが支社へ戻ってくることは、人事からのメールで知っていた。
だが、メール文面に東谷の名前を見つけただけで速まる心臓の音と、俺はどう向き合っていいのか分からなかった。
そのため、それ以上考えることは止めて、必死に頭の片隅に追いやっていた。
(会うのは、あの日が最後だって思っていたのに……。だから……)
「ええ。実は今日中に手続きを終わらせて欲しいって、急遽言われてしまって。それでさっきまで、総務で手続きしてたんです」
「そう……だったのか……」
(俺、東谷とどんな話し方してたっけ……)
昔は気軽になんでも自然と話せていたはずなのに、歯切れの悪い話し方で東谷の目も見られない自分に、俺は嫌気が差す。
「まだ終業時刻からそれほど経ってないですし、誰か知っている人でも残っているかなって覗きに来たんですけど、どこも真っ暗で。今日はノー残業デーだったんですね」
「あっ、ああ……」
今日は月に一度の会社が決めたノー残業デーだったため、終業時刻を過ぎると皆早々に退社していき、照明も落とされていた。
そのため、静まりきったフロア内は俺と東谷の二人きりだった。
「ねぇ、勇利先輩……」
咄嗟に名前を呼ばれて俯いていた顔を上げると、東谷の顔は窓から差し込む月明りに照らされながら、ゆっくりと近づいてきた。
真剣な顔で真っ直ぐと見つめてくるその目に俺が映り込むと、あの日のことが思い出される。
『勇利先輩……』
『東谷ッ……』
眉間に皺を寄せ、少し苦しそうな東谷に見下ろされたとき、胸の奥から沸き立った愛おしいという気持ち。
東谷の汗が俺の顔に滴り落ち、頬を伝う感触。
頬に手を添えると、重ねるようにしながら握られた手のひらの温度。
ほんの少し思い出すだけで、俺は顔に火照りと腰に甘い疼きを感じ、思わず内股に力を込めた。
その時、ノートパソコンの横に伏せた状態で置いていた俺のスマホが、静かにバイブ音を鳴らした。
ハッとして俺は慌ててスマホを手に取ってメッセージを確認すると、そこにはいつものように、時間と場所だけが書かれていた。
「ごめん。俺もう行かないと……」
「それは……番さんのところに、ですか?」
「……っ!」
俺は頷くことも首を横に振って否定することもできず、東谷の視線から逃げるように、足元へ置いていたカバンを手に取った。
そして、ノートパソコンとスマホを押し込むように、カバンへと詰めた。
(あっ……)
ふと、ずっと机の上で飾ったままにしていたキーホルダーが目に入り、俺は慌てて机の引き出しに放り込んだ。
「俺、行くから……」
そう言い残して、俺はカバンを抱き抱えながら、走ってエレベーターホールへと向かった。
首から下げていた社員証を慌てて外し終えたころ、窓から差し込む月明りが照らす、薄暗いエレベーターホールに到着する。
(早く……。そうじゃないと、俺は……)
下りるマークのボタンを、俺は何かに追われているかのように何度も押し続けた。
頭の中で先ほど顔を近づけて来た東谷の顔と、三年前の見下ろされた時の顔が重なる。
(ダメだ……今思い出したら……)
俺は無意識に首元へ貼られた大判の絆創膏の存在を、ワイシャツの上から何度も確認するようになぞった。
すると、やっとエレベーターが到着してドアが開いた。
暗い中にいたせいか、少し眩しく感じるエレベーターの中に駆け込むと、俺は息を吐いて壁に背を預けた。
(早く閉じないと……)
そう思っているなら、さっさと閉まるボタンを押せばいいものを、押せない自分がいることに気付く。
走って疲れたせいか、それとも東谷が追いかけてくるかもしれないという期待なのか、自分でも分からなかった。
「……」
自動で閉まっていくエレベーターのドアを、俺はカバンを抱きしめる腕に力を込めながら、黙って見つめ続けた。




