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神様の後始末  作者: まるす


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第98話 自己認識

「おっぷ……酷い目にあった……」

「それは貴方の世話を続けた私の台詞なのですが」

「うぅ……クレハ、本当に、ありがとぉろ」

「………………」


 瞳を潤ませながら涙声のルーイに対し、結局見るに見兼ねて介抱してやったクレハはジト目で返す。

 

 そういえば目の前の少年は、とても素直だったことを思い出した。

 だとしても、嫌味に対してここまで素直に礼を返されては調子が狂う。


 騒動の一言では済まない一波乱があった後、ルーイたちを乗せた旅客船は、無事王都に着港した。


 幸いにも船員、乗客を含め怪我人は少なかった。その怪我人といっても、軽い打撲や擦り傷といった軽傷ばかりだ。

 その大半はクラーケンが暴れたことではなく、補助推進装置(ブースター)による緊急離脱の際に転倒した者が大半だったのだから、船から降りてくる乗客たちがなんとも言えない雰囲気で包まれているのも納得だ。

 

 とはいえ、アレほど大型の海魔の襲撃に遭って無事だったのだ。文句を唱える客など一人もいなかった。


 積み荷の荷下ろしや船の修理、点検を行っている船舶関係者。

 安堵の表情を浮かべつつも、どこか微妙な雰囲気を纏っている乗客たち。

 そして、王城の関係者と思われる者に事態の報告をしている守備隊隊長の横を通り過ぎて、二人は港に降り立つ。


 降り立った途端、今の今まで気持ち悪そうな顔を浮かべていたルーイの目が輝き出し、興奮した様子で辺りを見回し始めた。

 当然だが、そこにはプイスとは全く違う景色が広がっていた。


 プイスの街は粘土そのままの土気色の家屋が多かったが、どうやら王都は壁を白く塗装するのが主流らしい。

 そこに特徴的な赤い屋根が蓋をしている。


 港を歩く人々の数はまばらだが、それでもプイスに比べればとても多く、賑わっているように感じられる。

 通りを歩くのは大半が大陸人(エダイン)で、中には獣人(セリオン)も何人か見受けられた。視界の中には樹人(エルフ)の姿は見当たらなかった。


 大陸ダーナの三大種族だ。

 大まかに分けるなら半数が大陸人(エダイン)。二割を獣人(セリオン)、一割を樹人(エルフ)、後の二割はそれらの混血種や希少種族が占めている。

 ちなみにプイスには大陸人(エダイン)しか住んでおらず、ルーイもクレハも大陸人(エダイン)に属している。


 プイスを訪れた観光客やギルド要員で、それら他種族を見たことはあったが、観光ギルドで働くタリアはともかく、ルーイには今まで他種族との交流らしい交流はなかった。

 せっかく大陸に来たのだから、そういった他種族の者たちとも交流したい。ルーイは人知れずそう決めた。

 

 完全にお上りさんと化したルーイを、クレハはどこか微笑ましい様子で見守っている。

 その視線に気付いたルーイが、頭を搔いて気恥ずかしそうにしながら声を掛ける。


「それで? これからどうするんだ?」

「私はビオラ様にプイスで起きたことを報告しに行きます。王城にいるはずですので、まずは王城へと行きましょう」

「なるほど。……ビオラ様って誰?」

「今代の〝時守の巫女〟で、私の師です」


 二人は港をてくてくと歩いていく。

 ルーイの視線はあっちらこっちら散らかりっぱなしだが、会話は続いてた。

 

「……クレハのお師匠さんか……」

「何か?」

「いや、きっとクレハに輪をかけた堅物の頭でっかちなんだろうなぁ、ってそんな冗談に決まってますよ、クレハ様をここまで育て上げた素晴らしい人格者様なんだろうなって、思いましただけですよ、はい」

 

 ジト目を向けられては軽口も叩けない。

 クレハはふぅ、と一息吐いてからぼそりと零す。


「……まだその方がマシでした」

「ん?」

「いえ」


 途端にクレハが疲れた表情になるも、ルーイには意味が分からない。

 肩を落とし歩くクレハに「そういえば」と、ルーイが旅客船に乗っていた時から気になっていたことを問いかける。


「その言葉遣い、しんどくないか?」

「はい?」

「いや、だから」


 あぁ、とクレハは理解する。


「お気になさらず。外ではこのように話すことにしているので」

「……キャラ作り?」

「……低俗な言い方ですが……まぁ、そうですね」


 何とも言えない表情になるクレハだが、実際その通りなのだから反論出来ない。

 本来のクレハはもっと砕けた話し方をする。

 そのことをルーイはプイスの結界騒動で知っていて、ルーイに対しては取り繕わない、とまで言い切ったクレハ。

 

 だが、実際船に乗り込んでからは、それまでの丁寧な――悪く言えば、他人行儀な話し方に戻っていた。

 ルーイとしてはどちらでも良かったのだが、何となく奥歯に葱でも挟まっているような感覚だったので、訊ねてみたのだ。


「私は次代の〝時守の巫女〟です。そのお役目が、世に広く知られぬものであったとしても、誇り高く気高い存在であるべきだと私は考えています。まだ見習いの身ではありますが、その心は常に持ち合わせているつもりです」


 クレハ=オリヴィアという自己認識(セルフイメージ)

〝時守の巫女〟の理想像。

 それらが丁寧な言葉遣いや仕草に現れているのだろう。


「まだまだ未熟ですけどね」


 そう答えたクレハは自虐的に微笑む。

 俯き、いくらか消沈したような声音に感じたので、ルーイは思っていたことを努めて明るく、そして素直に告げた。


「いやいや、クレハはすげぇって。オレと同い年(タメ)で、そこまで色々と考えられてるんだからさ」


 クレハは落ちていた視線を上げる。

 視線をルーイに向ければ、どこか照れた様子で少し頬が赤かった。


「オレなんてこないだまで、本当にただただ島を徘徊してただけだったんだ。もちろん、オレなりに考えてやってたことだし、恥じることもないと思ってる。誇りに……ってのは言いすぎだけどさ」

 

 それでも。

 

「オレはプイスの――タリアやババアのことで手一杯だった。それをクレハは国単位で……いや、大陸単位で考えられてるんだろ? それってすげぇよ。とてもじゃないけど、オレには出来ねぇよ」


 頭を搔きながら、視線は相変わらず散らかりっぱなしだが、その言葉は確かにクレハへと向けられていた。


「……そういうことを、こんなとこで軽々しく言わないで」

「ん?」

「なんでもありません」


 クレハは歩く速度を少し早めた。


「あっ! 待てって! オレ右も左も分かんねぇんだから!」


 ルーイの言葉は確かに聞こえていたが、クレハは無視して堅い石畳の上を歩き続ける。

 今の自分の顔を、追い掛けてくる少年にはなんとなく見られたくなかった。

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