第94話 「クソキモオーナーがぁあぁぁあぁあ!」
「………………」
「どうでしょうか?」
「………………」
「……あの」
「………………」
「……やはり私にはこういった服は似合わ「すっごく似合ってます!!」
またも少女の言葉を遮ってしまっていたが、彼女の頭からはもう失礼だとか不躾だとか、そういった考えは消え去ってしまっていた。
ロング丈のベストはボーイッシュな印象にミステリアスな雰囲気を与えていて、凛々しい雰囲気を纏う少女にはよく似合っている。
一見すれば男装の令嬢に見えなくもないのだが、そこに女性らしいショートパンツとニーハイ丈のブーツを合わせることによって、一気に女の子らしさと活発な印象が加わるのだ。
手前味噌になるが、まさに彼女が狙っていた印象そのままの――いや、それ以上だった。
サイズも測ったかのようにピッタリだったし、差し色の翡翠の装飾も少女の瞳と相まって、もはや目の前の少女のためにデザインを起こした、と言っても過言ではないように仕上がっている。
「ありがとうございます。……少し肌の露出が多いような気もするのですが」
「いえいえ! お客様のような年頃の女性は、少しくらい肌を見せていた方が健康的なのですよ!」
「そういうものですか」
「そういうものです!」
やはり最初に抱いた印象は間違いではなかったようだ。
目の前の少女はまさに金剛石の――いや、翡翠の原石。いま持っている美貌だけでも相当に輝いているというのに、成形し研磨すれば果たしてどこまで輝くのだろうか。
既にモデル顔負けの容姿に美貌を兼ね備えた少女の成長をこの目で楽しみたい、自分専属の着せ替え人形にしたい! と思っていた彼女は、次の少女の言葉に、
「ありがとうございます。……今まで一度もそういうふうに褒めていただいたことなどなかったので、少しくすぐったいです」
「……は?」
一瞬で世の下らない男たち全員を敵視した。
(服を褒めてもらったことがない? はぁ? おいおい、男ども。お前らの目はどうなってんだ。節穴か? 男のきったねぇ皮脂まみれの顔に二つ付いてんのは濁った硝子玉か? あ?)
目の前の少女以上の逸材など、王国広しといえど、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
それを一度も褒められたことがないだ? 歴代の彼氏たちは一体何処で何を見てきたのだ。お前らが女の子を褒めないと、王都どころか王国中から可愛い女の子も、綺麗な貴婦人もどんどん減っていくんだぞ、分かってんのか。ボケが。
そして、そうなった時に一番困るのは男どもだろうがよ、おい。
――実際には少女には彼氏どころか、男友達と呼べるような存在も誰一人としていなかったのだが、彼女は当然知る由もない。
そして、彼女の頭の中が世の男どもへの殺意と怨嗟で溢れかえっていることを、少女も当然知る由もない――。
「……貴重な機会をありがとうございました。船の時間が迫ってきているので、そろそろ」
そこで彼女はハッとする。
そうだった、少女は船で遠出すると言っていたのだ。出港に遅れてしまっては大問題だ。
少々どころか、相当に浮かれてしまっていたことに反省しながらも彼女は気を取り直し、店員としての勤めを果たそうとする。
「失礼いたしました。それではこちらの作業着を」
「いえ、こちらを頂きます」
「……へっ?」
素で声が出てしまっていた。
目をパチクリさせている店員に、着飾った少女は相変わらず丁寧な物腰で言う。
「似合ってる、と言って頂けてとても嬉しかったので。確かに先程の衣服に比べれば実用性には欠けるでしょうが、思っていた以上に動きやすいので問題ありません」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。それに」
そこで少女は視線を斜にずらす。そして、
「――最初にこの衣服が目に入った時から、気になっていました」
頬を少し染めながら言った少女は相変わらず丁寧な物腰だが、先程よりずっと自然で魅力的だった。
「ありがとうございます! 丹精込めて仕立てた甲斐がありました!」
「こちらこそ、ありがとうございます。それではお支払いを」
「はい! こちらへどうぞ!」
少女は先程彼女が持っていた外套に加え、手近にあったポーチも一つ購入した。
外套もポーチも全然可愛くもなければ実用性しかないような物だったが、それでも二人の女性はずっと笑顔だった。
――今この時までは。
「ついでと言ってはなんなのですが……一つ頼みを聞いて頂けないでしょうか」
「? はい、なんでしょう」
「私が着ていた道着に袴、あと草履もなのですが、これからすぐ船で出ますので荷物になってしまって。それにもう大分と傷んでしまっているので、処分をお願い出来ればな、と」
「なるほど! 承知し「かしこまりましたぁ! お客様ぁ!!」
突如響いた甲高い声に二人が同時に肩を震わせた。
レジの裏にある事務所から唐突に現れたのは、無駄に派手なスーツを着て、整髪油で髪をピッチピチに固め、絵に書いたようなちょび髭を携えた細身の男性店員だった。
「オ、オーナー!?」
「こちらの衣服の処分ということでございますね! 勿論全く一切なんら問題ございません! 私共に一任頂ければ、即日即刻直ちに処分いたします!」
「は、はぁ……」
突然現れたこの店のオーナーらしい男性は、一瞬で少女の眼前に迫ると、持っていた袴や道着、草履に至るまでを全てゴミ袋には到底見えない袋に丁寧に畳んで入れていく。
全てを入れ終えると優しく優しく、ポンポンと叩いて余計な空気を抜いていく。
そして、最後に蓋の部分の二重になっているジッパーをシューッと指で抑えて、真空状態になった袋の中には少女の――。
「って、どこの変態だ! てめぇ、クソキモオーナーがぁあぁぁあぁあ!」
「ぐぼらげぼし!」
腰が入った鋭い拳を、クソキモオーナーの左頬に容赦なくぶつける。
殴られたオーナーは錐揉みしながら、バックヤード目掛けて一直線で吹き飛んでいった。
女性店長が遠慮なく男性オーナーをぶっ飛ばすさまを、綺麗に着飾った少女は、ただただ呆然と見ていることしか出来なかった。




