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神様の後始末  作者: まるす


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第108話 「小僧、分かっているな」

「こちらへどうぞ」

「どうも」


 日が完全に落ち、闇が支配する時間であったとしても、王都の街は昼間とさして変わりない。

 王都は王国最大の繁華街でもあり、眠らない街とも称される。

 飲み屋、宿舎、賭博場に歌劇場。裏通りには娼館も立ち並び、種族問わず様々な者たちが夜ごと行き交うのだ。


 そんな王都の一角、アテラに案内されてルーイが通された部屋は王都の中心、中央区の中でも有数の高級宿舎の内の一つ。

 それも最高級の貴賓室であった。


 クレハに抑えてもらった宿は寝台(ベッド)にデスク、チェアにトイレと最低限の物しか置いていない一人用のワンルームだった。

 対してこの部屋は、豪勢な化粧台や革張りのソファが置かれ、ベランダにも見るからに高そうなテーブルとチェアが見える。

 室内には見える範囲にドアが三つもあり、高い天井を見上げれば、覆い尽くさんはがりのシャンデリアの眩い輝きが目を焼く。


(聖教の大司教様、ってオレが思ってる数倍は貴賓(VIP)待遇なんだな)


 大陸宗教の中で最も広く一般に浸透し、最大最多の信徒を誇る聖教。


 『この世界は大地母神ダーナから始まった。

 

 大陸は母なるダーナの肉体。

 大海は母なるダーナの涙。

 それより産まれし一天四海(いってんしかい)、大地母神ダーナの子。


 故に崇めよ。故に讃えよ。

 我等が母を』


 というお触れは宗教にも神にも興味がないルーイですら知っている。

 大陸最大宗派の聖教は信徒が一〇〇万人に届くという。そんな宗教の大司教という立場ともなれば、ルーイからすれば、一生縁が無いような部屋に泊まるのも納得がいった。


「それでは我々は部屋の外で待機しております。何かあれば何なりとお呼び立てください」

「ありがとうございます、アスターさん」

「はっ! ――あー、それからルーイ殿」

「?」


 ちょいちょい、と指で呼ばれたルーイがアスターの元へ。アスターから耳を貸せ、と身振り手振り(ジェスチャー)で伝えられたのでその通りにすると、


「小僧、分かっているな。アテラ様は純潔、清廉、潔白の大司教様だ。万が一、その汚れなき神聖なお身体に指の一本でも触れてみろ。――貴様の身体は八つ裂きでは済まんぞ」

「……はい」


 指一本もなにも、先ほどは膝枕までしてもらっていたのだが、アスターが言いたいのはそういうことではないのだろう。


「分かっているのならば良い。くれぐれも大司教様のご迷惑にならんようにな」


 そう言ってアスターたち、護衛の者が部屋の外に出て行った。

 足音が響かなかったことから察するに、ドアの横に張り付くというお約束の立ち位置に収まっているのだろう。


 ドアが静かに閉まると同時、


「そこに掛けてください。今お茶を淹れますので」

「そこまで気を使ってもらわなくていいんだが」

「招いたお客様にお茶も出さないなど、無礼にもほどがあります。これくらいはさせてください」


 アテラが部屋の隅、部屋の割には小さな水場で湯を沸かす。

 これだけの部屋に泊まる者であれば、本来は客室奉仕(ルームサービス)で済ませるはずだ。

 この水場は、最低限の設備として配備されているだけのものだろう。


 ルーイはアテラに言われた通り、大人しく革張りのカウチソファに腰を下ろした。


「……おおっ!」


 ――その柔らかな感触は、まさに天使の羽に包まれているようだ。


 とか、そんなありふれた感想を抱くと思っていたルーイだったが、実際は全く別だった。

 不自然に身体が沈み込まず、どちらかと言えば固めの座面は、どっしりと身体全体を支えてくれる。

 ずっと座っていても疲れない本当に良いソファ、というのはこういう物なんだ、とルーイは認識を改めた。


 庶民のルーイがソファ一つで感動していることなど、まったく気付いていない様子で、アテラは訊ねる。


「紅茶と珈琲、どちらがお好みですか」

「んー……紅茶で」


 水場からのアテラの声に返す。

 本当は緑茶が飲みたかったのだが、恐らく王都には出回っていないだろう。

 アレは茶葉の原産地のプイスだからこそ飲める贅沢品だ、ということはルーイも理解していた。

 

 ややあってポットが甲高い音を奏でる。

 ルーイが目を向ければ、アテラが慣れた手つきで紅茶を入れている。

 意外だ、と言いたげな様子に気付いたアテラが、そのまま思ったことを声に出した。


「意外ですか?」

「……正直に言えば。そういう雑事をするような立場ではないんだろ?」

「そんなことはないですよ。確かに今では大司教という身に余る地位を頂いてはいますが、元々わたくしは雑用として入信したのです。最近まで先輩司教様たちや目上の方々に対して、こうしてよくお茶を淹れていたものです」

「なるほど」


 そうこう話している間に準備が出来たらしい。言うだけあっていい手際だった。

 アテラがティーセット一式をこちらに運んで、テーブル(大理石。重そう、そして高そう)に置いた。

 そのまま相変わらず手慣れた所作でカップに紅茶を注ぎ、ルーイの元へ。その後、自分の分も淹れる。


「粗茶でございますが」

「あ、あぁ。どうも」


 口をつける。

 紅茶は何度か飲んだことはあったが、改めて飲んでみると緑茶に比べて苦味は少なく、豊かな甘みが口いっぱいに広がった。香りも高い。


「如何ですか」

「うん、美味い」

「それは良かったです」


 破顔した少女は見た目よりもずっと若く見える。

 誰かに言われなければ、目の前の少女が聖教に十人といない大司教だとは誰も思わないだろう。

 しばし紅茶を味わいながらルーイは、ふと思う。


(クレハといい、アテラといい……世界には同世代で凄い子がたくさんいるもんだな)


 もちろん、彼女らは例外中の例外だろう。いや、そうあってほしい。そうであってくれ。

 まさか大陸の同年代が皆こうした粒揃いばかりだ、とは考えたくなかった。

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