第106話 「おい、クソガキ」
「おらぁ! さっきの威勢はどうした、クソガキがぁ!」
「ぐっ!」
「おっとっと! あんよがフラフラで〜ちゅ……ねっ!」
「うぐっ!」
月明かりすらも満足に差さない薄暗い路地裏の更に奥。
人通りが皆無の袋小路でルーイは、破落戸たちにボコボコにされていた。
破落戸たちは背の高い男を含め七人もいる。
どいつもこいつも喧嘩慣れしていることは、歩いている時から気付いていたが、あれだけの啖呵を切った後で逃げることを、ルーイの矜持が許さなかった。
(いや……違うな)
右の脇腹を蹴られながら思う。こんなものは矜持でも何でもない。
ただ、むしゃくしゃした気分をどうにかしたかっただけだ。
「お〜いおい、マジでさっきの勢いはど〜したんだよ?」
「サンドバッグになる必要なんてねぇんだぜ? おら、反撃してみろ……よっ!」
「がはっ!」
両腕を左右から抑えられ抵抗出来ずにいるルーイを男たちは容赦なく殴り、蹴り、引きずり倒す。
顔を、腹を、四肢を執拗に、しかも急所らしい急所は全て外して、いたぶり続けている。
「おい、クソガキ」
唯一、私刑に加わっていなかった背の高い男。
男は木箱に座りながら息も絶え絶えのルーイを見下し、組んでいた足を組み替えながら懐から煙草を取り出して口に咥えた。
「これも聖教の作戦か? お前は聖教関係者には見えねぇが、結果として上手い具合に撒かれちまった。優しくしてたらつけあがりやがって」
「だから……なんのことだって……ぐっ!」
地に伏せていたルーイの後頭部目掛けて、男が容赦なく足を振り下ろした。
視界に電撃が走ったが、知ったことではないと言わんばかりに男が口を開く。
「いい加減吐いちまえよ。俺たちはお前にはなんの恨みもねぇんだ。姫さんの居場所さえ吐いちまえばそれでいい。なんなら医者まで連れてってやるよ。これ以上、痛い目に遭うのは御免だろ」
ボッと、男の指先に火が灯った。
魔術ですらない簡単な魔素の操作で煙草に火を付ける。
美味そうに煙を味わってから、ルーイ目掛けて雲のように濃密な煙を吐き出す。
初めて嗅ぐ独特の匂いにむせることすら許されない中、ルーイは男の顔を睨みつけるように視線だけを上げる。
「……だから、知ら「やれ」! っああああぁあぁぁあぁっ!!」
取り巻きの男の一人がルーイの左手の指を一本、思い切り踏み付けた。
骨が砕ける音は聞こえず、ルーイの叫び声だけが袋小路に木霊する。
「指はまだ九本ある。足も入れれば倍以上か……あぁ、そうだ」
木箱から降りた男がしゃがんでルーイの髪を乱暴に掴み、顔を上げさせる。
脂汗が顔を濡らすルーイに目を合わせて、男は咥えていた煙草を指で摘み、煙をルーイの顔に吐きつける。
「指はまだまだあるが」
男は煙草を持つ手をルーイの顔に近付け、
「目玉は二つしかないがどうする?」
「! お、おい!」
さすがのルーイも恐怖を感じずにはいられなかった。
三日月のように鋭く上がった口角、細められた目は心底この状況を楽しんでいる顔だ。
(こいつは……本気だ)
本気で自分の目を――焼こうとしている。
「さぁて、さすがにこの状況じゃ本当のことを言わないわけにはいかねぇよな」
「ま、待てって! オレは本当に何も知らないんだ! 本当に今日王都に来たばっかで!」
「そうか。まぁ、気にすんな。まだもう一個あるしな」
「!?!!?」
男が躊躇わずルーイの目に煙草の火を押し付けるようとする。
思わず閉じた左目に三〇〇度近い温度の火が近付き――。




