第104話 もう知らない
「………………」
宿を出たクレハは足早に王城へと向かっていた。
普段は何事にも悠然と構え、淑やかにこなすことを心掛けているが彼女だが、今はその限りではない。
「………………」
実のところクレハ本人も、自分が何をそこまで腹立たしく思っているのかよく分かっていなかった。
先ほどのルーイの発言は至極真っ当だと思う。
自分と彼とではなにもかもが違うのだし、プイスで出会い、こうして王都まで来たのも同じ目的地に向かう上での成り行きだ。
そんなことは十分理解している。
「………………」
だというのに、胸の中にあるモヤモヤとした気持ちが晴れる気配はない。まるで〝魔女の庭〟に立ち込めていた霧が、自分の心を覆い隠しているかのようだった。
先程の宿舎から王城までの道はそう遠くない。ゆっくりと歩いても半時も掛からない程度だ。
それなのに、今のクレハにはその道が永遠に続くかのように思えてならなかった。
(……一刻も早くビオラ様に報告を)
『そもそもオレの目的はマルクス魔術師学園へ行くことだしな。わざわざクレハがオレの面倒見てくれる必要なんてないんだし気にしないでくれ』
「………………」
ルーイの言葉がクレハの心で反芻される。
クレハとて少ない時間しか過ごしていないなりに、ルーイのことをほんの少しではあるが、理解しているつもりだ。
ああ見えてルーイは底抜けに優しくお人好しだ。
そうでなければ、プイスで自分を手助けしてくれるはずもない。
〝ウルティマ〟の話だって、カトレアが言葉を添えたのもあっただろうが、それにしたって信じるには荒唐無稽に過ぎる話を、内面はどう思っているのであれ、表面上は疑わず信じてくれたのだ。
クレハにだってそんなことは分かっている。
さっきのはルーイなりの気遣いの言葉だったのだろう。それも自分の身を案じ、少しでも身軽になるように、と思っての言葉だったに違いない。
――だけれど。
『っていうか、もうオレにそこまでかまわなくてもいいんだ。王都までは無事に来られたし、こうして宿も抑えてもらえた。感謝してるよ。だから、オレのことは気にせず、クレハのやるべきことをしっかり全うしてくれよ』
(あんな突き放すような言い方しなくたって……)
――相手がルーイでなければ、こうは思わなかっただろう。
少年は至極真っ当なことを言っているし、実際に言っていることは正論だ。むしろ、変な誤魔化しや嘘が混じっていないだけ好感が持てる、とすら感じていたのかもしれない――。
だが、少なからずルーイと関わったクレハだからこそ、ルーイの物言いには納得のいかないものがあった。
(あんな奴……もう知らない)
クレハは王城を目指して黙々と歩いていく。
その足取りは重く、新芽を思わせる新緑の瞳は今にも枯れてしまいそうなほど、光を失っていた。




