第103話 「やっちまった」
「今日はこちらで休んでください。私は王城でビオラ様に報告してきます」
港区の外れ、中央区の手前にある宿舎の二階の部屋に二人はいた。
クレハが抑えてくれた部屋で(当たり前だが)ルーイが寝泊まりする個室だ。
クレハは王都に家を持っているらしいが、登城後に何故かわざわざ宿舎へ戻ってきて、向かいの部屋に泊まるらしい。
王城まではまだ距離があったが、早々に宿を抑えたのには理由があった。
一つは単純に日が傾き出してきたから。
王都には住む者もいれば仕事で来ている者もいるし、観光で来ている者もいる。
そうした王都外から来た者たちであっという間に人気の宿舎は満室になってしまい、残るのは廃れたボロ宿か最悪は野宿という選択肢になってしまう。
クレハはともかく、裸同然で来たルーイは宿を取る以外に選択肢はなかったため、クレハの提案に快く頷いた。
もっとも、クレハまでがわざわざ宿を取る理由は分からなかったが。
そして、もう一つの理由はルーイ自身だ。
「貴方を登城させるわけにはいきませんので」
「そりゃそうだろな。顔が割れてるクレハならともかく、いきなりオレが登城してもただの不審者だ」
「申し訳ありません。ビオラ様に報告する際には、貴方のことも報告しておきますので」
「いいって。別にオレのことをわざわざ報告することもないんだしさ」
というか。
「オレの目的は魔術師学園へ行くことだしな。わざわざクレハが王都でオレの面倒見てくれる必要なんてないんだし、本当に気にしないでくれ」
当然だが、ルーイとクレハは立場が全然違う。
クレハは次代の〝時守の巫女〟という王国においても軽くない立場である。貴族ではないことは歩きながら聞いていたが、その辺の下位貴族とは比べられないような存在だ。
一方ルーイはド田舎――と言えば語弊があるが、領土の外れの小さな島に住む一般市民だ。
――立場も考えも背負っているものもまるで違う。
本来出会うはずもない二人の歩む軌跡が、たまたまあの島で交差した――。
今の二人の関係は、ただそれだけのことだった。
だから、ルーイは近い内にクレハと別れることになるだろう、と思っている。
もちろん同じ学園に通うつもりなのだから、学園で会うことはあるかもしれない。
その時は友達として当たり前に接するだけだ。
「……それは「いいっていいって」
クレハの言葉を敢えて遮って言う。
ルーイはクレハがプイスでの件で少なからず、自分に恩を感じているのだろうと考えていた。
ルーイ自身は全く気にしていないのだが、クレハは義理堅く、恩を受けたままだと納得しないような性格だ。
だがむしろ、あのラーテルとの遭遇戦では、ルーイの方こそ絶体絶命の危機をクレハに救われたのだ。
だからこそ、ルーイは王都に着いたころから密かに考えていたのだ。
(どっかのタイミングでクレハの肩の荷を下ろしてやらないと)
その考え自体は間違っていないのだろう。
お互いに対等である、貸し借りはなしだという気持ち。今後も付き合っていく中で、互いに負い目引け目があっては、対等な友とは言えないだろうから。
「っていうか、もうオレにそこまでかまわなくてもいいんだ。王都までは無事に来られたし、こうして宿も抑えてもらえた。感謝してるよ。だから、オレのことは気にせず、クレハはやるべきことをしっかり全うしてくれよ」
ルーイの思惑や考えを知らないクレハは、一瞬なにを言われたのか分からない、といった表情を浮かべる。
こんな言葉数では、真意など分かるはずもない。
突き放すような発言を受けて、クレハの表情が唖然としたものから、物悲しげなものへと変わり、そうしてやがて無表情へと変わる。
「……そう」
短い時間だが一緒に過ごしてきた中で、そこそこクレハからの呆れた態度や叱責の声音を聞いてきたルーイだったが、ここまで冷え切った声は初めてだった。
タリアという年頃の妹を持つルーイだからこそ理解できた。
――この態度はまずい。
「い、いや、クレハ! 多分、意味がちゃんと伝わってないんだけど、オレが言いたかっ「じゃあ勝手にすれば」
クレハが踵を返しドアから出ていった。
必要以上の強さで、まるで叩きつけるように閉められたドアを見つめることしか出来ないルーイは、
「……やっちまった……」
額に手をやり、俯くことしか出来なかった。




