9.執着のお話
「わたくしたちの光の勇者、ミィス・フォス。こちらへいらして」
さきほど戴冠式を終えたばかりの檀上に登り、シュトリヤの前へ立つ。
今回もわたしにだけ何も知らせてなかったみたいだけど、今度こそこういうサプライズ心臓に悪いからやめてって抗議するぞ。
「みなさまが愛して止まないミィスに、王宮騎士第一隊隊長を務めるセレネル・ニフタから婚約の申し出がありました」
すっと前へ出てきたセレネルと目が合い、自然と頬が上気したのがわかった。
こんなに会わなかったのは初めてだ。
たった二ヶ月のはずなのに、セレネルはこんなに格好よかっただろうか。
わたしの貴族風笑顔も剥がれてしまいそうだ。
「皆の前で再び誓わせてほしい」
と、セレネルがわたしの前に跪く。
周囲から黄色い悲鳴があがっているけれど、それどころじゃない。
え、まってセレネルからやるの!?
自分がするよりされるほうが恥ずかしいと思うというかそっちの心の準備はできてない!!
しかもみんなの前でやるってことは、あの恥ずかしいバージョンでやるに違いない。
伝統の、というか正式な、というか。
こ、こんな公開処刑みたいな…!
逃げ出したいけれど、それは無理だってきちんと頭で理解できているようで足は微動だにしない。
おそらくもう誤魔化しようのないくらい赤くなった顔を隠すことすらできない。
「この世界に唯一の、太陽のように眩い金の光よ」
大きな声を張り上げているわけではないのに、1人1人の耳にすっと届くような声だ。
少し低く朗々とした声に、ほうっと漏れる溜息の音がところどころからあがっている。
わたしは逆に、息が止まってしまいそうだ。
相手の目の色を使った詩を用いて求婚するのが実は本当に正式な形だ。
けれど、そんなの婚約式を行う貴族でしかやらない。
わたしはやらないと思っていたのに…!
だってこんな恥ずかしい、無理だ。
一瞬だけシュトリヤを見たら、「セレネルは貴族なんだからやらないわけにはいかないわよ」って言われたような気がした。
確かに。
けど全王都、全同盟国に見られるなんて予定にはなかった。
あとシュトリヤはやってなくない?ずるい。
「昏き闇から救い上げる灯台の導きのように直向きな光であり。
同時に聖女の如く安らかで慈愛に満ちた光でもあり。
遍く光で世を満たす尊き黄金の女神よ。」
言い過ぎだ。褒めすぎだ。
勇者であるわたしを光に準えるのは兎も角、女神になってるんだけど。
例えはひとつでいいのに!!
もう男女問わずセレネルに惚れ惚れしてない!?
「貴女の何よりも尊く美しい瞳で、どうか私だけを映して頂けないだろうか」
私だけを愛してくださいっていう意味だと思うんだけど、
セレネル前は唯一じゃなくていいって言ってたよね!?
セレネルの熱烈な詩の数々に、感嘆の溜息と黄色い悲鳴が鳴りやまない。
焦って顔を見れば、少し目が笑っている。
確信犯だ。どうやらこの場で言質を取るつもりらしい。
あと今のわたしにはわかるようになったけれど、シュトリヤへのあてつけも含んでいると思う。
セレネルも渋々なのか説得されてなのか、とにかく乗り気ではなかったのだろう。
かわいい仕返しだと思い、わたしも乗っかることにした。
わたしだってこんなこと急にやらされたら少しは仕返しだって考える。
ただ、返事は決まっているけれど、わたしもいまここで即興の詩を綴らなければならない。
王都最高峰の学園を学年主席で卒業した脳をいまこそ総動員するとき…!!
わたしを太陽の光にしたのだから、セレネルはもちろん月の光だ。
そう持って行けるようにというセレネルからのアシストだとは思うけれど。
けれど、わたしを独り占めさせてと言ったセレネルに応えるためには、
昼はわたしで夜はあなたが世を照らしましょうという安直な内容ではいけない。
わたしは貴方だけを見るし、貴方もわたしだけを見て。
であれば、セレネルはきっと。
夜に光を放つ道標の月ではない。
「わたしに寄り添う昼間の月の様に静謐な銀の光よ」
夜空の月が来ると思っていたであろう観衆がすこし騒めいたのがわかった。
シュトリヤもぴくりと動いたのが視界の端で見えた。
わたしの知識と脳を全力で総動員した意趣返しを受け取るがいいと思います。
シュトリヤにもたまには驚きが必要だと思うのよね。
もちろん振り回されるのは好きなんだけど、それはそれ。
「光の届かぬ我が背を護る守護の光であり。
時に我が嚮後を廉潔に導く奮起の光でもあり。
一条の光を直向きに注ぐ清き白銀の男神よ。」
セレネルの詩と対比しているようでしていない。
ずっと"わたしの"を強調しているのは、ちょっとした独占欲だ。
気のせいでなければ溜息や黄色い悲鳴が絶えず上がっている。
悪い出来ではないようでほっとする。
あとは返事をすれば完了だ。
殊更美しさを意識した笑顔を浮かべ、小さく息を吸う。
ついでなので【勇者】もちょっぴり発動しておこう。
少し騒めきが大きいので。
「貴方の清廉で熱い瞳だけを、私はこの瞳に映します」
言いきってから気づいたけれど、セレネルが殊更嬉しそうに目を細めているので
わたしの心臓が爆発してしまいそう。
必死で考えていたからあまり気づかなかったけれど、もしかして恥ずかしい言葉のオンパレードだったのでは…!!
そして、どこからともなくフェガリさんが持ってきた箱を開く。
これがわたしからの返事の証だ。
家に置いてたはずなのにここにあるのはアンブローズかなあ。
気にしないでおこう。
それを目にした瞬間、意外そうな顔をしたセレネルが受け取るために立ち上がる。
"わたしだけの"セレネルであってほしいから。
人気者のセレネルに、目立つ飾りをつけることくらい許して欲しい。
わたしはセレネルと同じ瞳の色の宝石を一粒だけ付けたピアスを作った。
アンブローズに手伝ってもらい、わたししか付け外しができないようにしてもらった上にアンブローズの勧めで転移できるようにもしてもらった。
とてもすごい。
表側がシンプルな代わりに、裏側を金で作ったフォス家の花にした。
少し屈んで耳を差し出してくれたセレネルに魔力を通してピアスを取り付けつつ
「セレネルはわたしだけをみてくれる?」
小さく囁いた。
着け終わると同時にさっとわたしの手を取り甲に口付けた。
「勿論、約束する」
と蕩けるように微笑みながら。
ふわふわとあたりに花が舞う。
ブローディアとマリーゴールドだ。
もしかしてもしかしなくてもアンブローズは演出のためにそこにいるな!?
ちらっと見れば悪戯っぽく笑顔を返された。
その演出も相まってか広場内外から凄まじい歓声が聞こえる。
わたしたちを祝福してくれているのはわかるけれど、
シュトリヤの戴冠以上の声量な気がする。
な、なんでかな?
「お前は少し自覚した方がいい。随分愛されているんだぞ」
それはおかしい。わたしはわたしがやりたいようにやっただけなのに。
みんなのために、だなんて崇高な思想なかった。
「それが全部人のためだからだろうな。さてミィス、続きがある」
セレネルに目配せされると歓声を鎮めるようにシュトリヤがすっと手をあげた。
「わたくしたちの愛するミィスに、今代の王と成ったわたくしから」
いたずらっぽく笑うシュトリヤに、内心首を傾げつつ向き合うと。
「これまでの働きと献身に感謝し、貴女に特別な権利を与えます」
その"権利"が書かれているであろう書簡をシュトリヤ直々に賜った。
なったばかりとは言え王の手ずから書簡を賜るなんて、その時点でまずないことなのに。
小さな声で、「読んで」と言われ、開いた文字を見てさらに驚いた。
「ミィス・フォスにシュトリヤ・クレーオの友人の座を与える」
今までみたいに用がないと会えない関係が嫌だから、大々的にそういう権利を与えることにしたらしい。
随分やらかしたなあという内容に、思わず貴族風の笑顔も忘れて素の笑顔で吹き出してしまった。
その笑顔のまま、
「ありがたき幸せ。ミィス・フォスは生涯シュトリヤ・クレーオ陛下の友として、
共に歩むことを誓います」
流石にドレスで跪けないので淑女の挨拶をとると、再び広場がどっと拍手で一杯になった。
どうやらわたしたちは、その仲を認められているらしい。
みんなに愛されるシュトリヤの友人として相応しいと思ってもらえているなら、それはとても嬉しい。
「ふふ、これでもうわたくしの親友として誰にも文句は言わせないわ」
「ありがとうシュトリヤ。大好き」
笑顔で広場に手を振りながら、わたしとシュトリヤは見えないように後ろで手を繋ぐ。
そこに、一歩下がっていたセレネルがそっと手を重ねた。
わたしたち3人だけの小さな儀式。
これからも、ずっとこの関係は変わらない。
「ところでさっきの言葉、ずるくないかしら。何よあなただけって。わたくしも混ぜなさいよ」
ぎりっとシュトリヤがセレネルの手を捻ったのが分かった。
「お前がやれといったんだろう」
それをおそらく涼しい顔で受けているセレネルをちらりと振り返る。
こういうところも一生かわらないんだろうなあ、とおかしく思いながら、2人のたっぷり重たい執着をわたしは全部受け止めてあげるのだ。
シュトリヤが捻っているセレネルの指先ごと握り、わたしはそっと二人に笑いかけた。
――――――――――終章.執着と言う名のあいの形 了
これで完結です。お付き合いいただき本当にありがとうございました。
この後続けて数話の幕間と後日談を更新します。




