5.東の果ての国のお話
アナトーレとアンブローズのデートの日まであと2日。
今日はミヤビに頼まれて、彼の故郷である東の果ての国へ行く。
前々から一緒に来てほしいと頼まれていたのだけど、
アンブローズが「つれて行ってやる。服の礼だ」と言ってくれたお陰で日帰りできることになったことで急遽。
スカンさんは、
「その男がいるなら安心だ。すまぬが我は今友のために虫退治をしていて同行が難しいのだ」
と肩を落として言っていたけれど、お仕事(?)が忙しいならぜひそちらに掛かってほしい。
協力できることがあるならわたしも手伝うよと申し出たのだけど、
「ミィスの手は不要だ。我だけでなんとかして来よう」
とのことなのでスカンさんに任せることにした。
恩返しチャンスかと思ったんだけど、それはまたの機会になってしまった。
ということでアンブローズの魔法で一瞬にして到着してしまった。
「こほん、ほな。ようこそ拙の国、キョウへ。」
優雅に膝を折り示す先には、花が咲き乱れる美しい木造建築の街があった。
色鮮やかな花で溢れ、それが木の建造物ととても良くあっている。
王都の石造りの街並みと違い、あたたかかくて嫋やかで美しいと思った。
ミヤビの髪の色である"桜"も沢山の花びらを舞わせている。
「あれがミヤビの色、なんだねえ」
「きれいだね」
エリューと手を繋ぎ花を堪能する。
しかし街に足を踏み入れた瞬間
「ミヤビ様よ!!」
という声を皮切りに、あちこちからミヤビの名前が挙がり、人に囲まれる。
「お隣は光の勇者様じゃないかしら!」
続けてわたしのことも挙がってしまい、随分騒がしくなってしまった。
進行を妨げることはないけれど、少し居心地は悪い。
「ミヤビは有名人なんだねえ」
「せやねんなあ。この感じ久々やわあ。さて、ほなついてきてな。用があるんはあの建物や」
遠目でもわかるほど一等立派な門構えと花が飾られているその建物は、おそらく"城"だ。
わたしが知っているものとは違うけれど。
「ああ、あれは屋敷いうんよ。こっちではな。このキョウで一番偉い皇陛下のお住まいやね。やけど、会いたいんはそのお人やなくて、皇子殿下にお仕えしてる拙の兄や」
理由も告げられずについてきたけれど、どうやらミヤビは家族に言いたいことがあって帰ってきたらしかった。
歩いているだけでも性別問わず色んな人がいろんなものをミヤビに貢いでいく。
ミヤビはあまり反応せず、それらを見もせずに全てクロゼットに収納していく。
「お久しぶりです!今日は…もしかしてご結婚のご報告ですか!?」
なんて黄色い声を上げる女性たちに、凍った笑顔を向けるミヤビ。
結婚の相手はもしかしなくてもわたしだと思われているのだろうか。
ぎゅっとミヤビの服の裾とわたしの手を握るエリューの顔はよく見えないけれど、ミヤビはそっとその頭を撫でる。
仲は順調に深まっているようでわたしは嬉しい。
「この国は殊更拙の【魅了】が効きやすいみたいなんよ。」
小さく溜息を吐きながらぽつりとつぶやく。
「ああ、そうだろうな。お前のそのスキルは"神の寵愛"だ」
「神の寵愛?」
初めて聞く言葉だった。そもそも神々の話は古い神話が遺るのみで、王都が人だけの世界になって久しい。
「神が気紛れに人の身には過ぎた加護をスキルという形で与える。それを俺様たちの時代は"神の寵愛"と呼んでいた。」
アンブローズ曰く、このキョウ国は神と人の距離がこの世界の中で一番近い。
前ミヤビに教わったように、神社には実際神が住んでおり、国中が神気で満ち溢れている。
そのため、"神の寵愛"は王都と違い未だに存在し、そのスキルである【魅了】が効果を発揮しやすい。
王都ではここより効果が薄いのはそのためだそうだ。
「せやけどそんな話聞いたことあらへんよ?」
「そう多くはねえからな。あとこれは想像でしかねえが、お前にスキルを与えた神が珍しい神だったんじゃねえか?芸術関係とか」
何十年に一人いるかいないか程度だそうで、怪力や千里眼だとかそういうスキルが"神の寵愛"では多いらしい。
愛した人の子を人の世で活躍させるのにいいから。
「神々はだいたい応援したい人の子に合ったスキルを授けるはずだ。」
だから普通はいくら特別な力だとしても、周囲より優れた能力を持つ人で済むらしい。
人の心を動かすようなものではないから。
けれどミヤビのスキルは異様なまでに人の心に干渉してしまっている。
ということはきっと、とても強い。
「ミヤビは夢があったの?」
「せやねえ。拙のほんまの夢は、"舞姫"やったんよ。ああ、そうやったんや。」
悲しそうに浮かべた笑顔は、過去を慈しむような、遠い笑顔だ。
「"舞姫"ってなあに?」
「キョウでは年のはじまりに"舞"を神に奉納するんよ。その舞を奉納する踊り手を"舞姫"言うて。で、その名前でわかると思うけど、女性しかなれへんの」
子供のころ見たその姿に強烈に憧れ、舞を始めたらしい。
が、程なくして"舞姫"になれるのは女性だけと知ったその日に【魅了】が発現した。
「…神なりの元気づけだったんだろう。」
「まあ確かにこのスキル使ってまえば"舞姫"にかてなれたやろうけど…
せやってわかってたらこんなに悩まへんかったやろうに。感謝せなあかんのやろねえ」
逆にこのスキルで人を動かすことをミヤビはよしとしなかった。
それで逆に悩むことになってしまったのだから、神様ももどかしかっただろうな。
「ボクはその"舞姫"ってやつ、ミヤビがやればいいのにって思うけど。ダメなの?」
真っ直ぐな目でミヤビを見つめるエリューは、本当に不思議がっているのがよくわかる。
「ああ、ええんよ。別に今も"舞姫"がやりたいわけと違うから。エリュー、ありがとう」
そっとエリューの頭を撫で、目的地へ到着した。
「背中押してもらえると嬉しいわ。アンブローズはんの話で踏ん切りついたし」
話は通していたらしく、案内されたのは立派な庭を臨む一室だった。
木張りの床が立てる音が静寂に響き、美しい。
そこで待っていたのは、ミヤビによく似た男性だった。
髪と眼はミヤビとは対照的に落ち着いた黒色だが、それ以外は全く同じと言っていいほどに。
「紹介させてもらうわ。拙の兄で、名はサツキ」
その後わたしたちも紹介してもらい、席に着いた。
「久しぶりやなあ、ミヤビ。」
愛してやまない人を見る様な目でミヤビを見るその視線は少し異質だと思った。
こういう目は、そう。
セレネルが…いや違う関係ない、うん。違う。
なるほど、ミヤビが国を出るわけだ。
震える手が視界に入ったので、見えないようにそっと手を握って元気づける。
反対側の手をエリューが握ったのが見えた。
大丈夫、わたしたちが傍にいる。
「今日は兄様へ別れを言いに参上しました。拙は今日限りでこのキョウを出奔します。二度と戻らへんつもりです。」
その言葉を聞くと先ほどまでの笑顔が一変し、どこか歪つに崩れた表情でわたしをちらりと見た。
「それはあかん、なんで?誰か結婚したい相手でもできたん?そこの勇者はん?」
心底焦った様子で詰め寄る姿はどこか鬼気迫っており、正気すら怪しい。
「こん国のみぃんなミヤビが大好きなんよ?旅ならともかく帰ってこんのはあかん」
その剣幕に少し圧されるミヤビがぐっとわたしの手を握り込んだ。
わたしもそれに応えるように握り返す。
「拙は王都で友人のために働こうと決めました」
友人、と強調してわたしを見る。
「あかん、それ以上言うんやったら」
という言葉のあたりでアンブローズがすっと手を翳す。
何か魔法を使ったようだ。
「あまり熱くなるな。ミィス、【勇者】を使ってやれ。少しはまともに話せるだろ」
サツキさんから魔力が膨らんだのがわたしにもわかった。
アンブローズがいなかったら、ミヤビがどうなっていたかわからない。
少しぞっとしながら言われた通り、【勇者】の光で浄化を試みた。
「う…見苦しいとこ見せて堪忍な。この距離ではやっぱり暴走してまうわ。」
頭を振って額を押さえているが、どうやら【魅了】の効果が弱まったらしい。
表情も先ほどと打って変わって落ち着いたものになっている。
きっとこれが本当のサツキさんなんだろう。
「それが互いのため、やな。結局なにもできひんかった兄で堪忍な、ミヤビ。その上悪いんやけど、陛下と民を納得させてからにして欲しいんよ」
とても申し訳なさそうに膝を折る姿にミヤビがぐっと何かを飲み込んだ。
ミヤビが敬愛するお兄さんとのお別れなのだから、辛いのはわかる。
けれど、ここで一緒に過ごすことが難しいこともわかってしまった。
王都で会うことができればいいのだけど、きっとお兄さんの職業的にも難しいだろう。
この国は島国故か少々鎖国気味で、同盟国である王都にもほとんどやってこないから。
皇子殿下のお傍に仕える職業ではなかなか国を出るのは旅行でも難しいだろう。
「ほな、説明はします。どこでやればええですか」
ここで説明してほしいと通された建物の奥は王都でいうところの城前広場のような場所だった。
国民の前で何かを喋るための場所。
そこに、今たくさんの人がミヤビのことを一目見ようと集まっていたようだ。
ミヤビの姿を捕えた国民がわっと歓声を上げる。
わたしが再び【勇者】を発動しようとしたところで、エリューがずんっと前に出た。
「エリュー?」
「ボクにもやらせて。けど、うまく行かなかったら助けて」
その言葉にわたしはそっとエリューの背に手を添えた。
好きな人を助けたい気持ちはきっと仲間を助けたいって思っているわたしよりも大きいから。
「ボクはミヤビと結婚するためにここに来た!ミヤビは二度とキョウ国には戻らない!」
言い放つエリューに、歓喜に沸いていた声に怒号が混じりはじめる。
ちょっと山賊みたいなんだけどエリュー緊張してる?
「ボクはあと5年もしたら鬼人で一番強くなる。だから、鬼人の長になる。鬼人の長ならミヤビを迎えるのに遜色ないよね?」
ふん、と小さな体で仁王立ちする姿はとてもかわいくて立派だけれど、これはミヤビがあとで凹みそう。
民たちも少し呆気にとられているようでぽかん、としている。
「ま、待ってエリュー。さすがにそれは格好悪いわあ、」
小さい声で慌ててエリューを止めようとしているが、もう遅い。
10歳も年下の女の子に長になって娶ると言われているんだから格好悪いと思うのも無理はないけれど。
けどこれはエリューの覚悟だ、必ず長に、しかも一番強いスカンさんのような長になってみせるという。
折角家族を抜けたのに、またその枠に入るのね。
ミヤビのために。
小さく、「ミィスごめん」と言った声が聞こえたけれどそんなことを気にしなくてもいい。
一生懸命考えて決めたこと、わたしが反対するわけないじゃない。
だからわたしもエリューの背中を盛大に押したい。
「わたし、光の勇者であるミィス・フォスがこの約束に嘘がないことを誓います!」
聖剣を抜き、そこに光を集めればぽかんとしていた民たちが徐々に歓声を上げ始める。
鬼人の長であれば、ミヤビを攫ってもいいと思えるらしい。
彼らにとって大切なのはどうやら肩書だったようだ。
だから"勇者"のわたしだったら歓迎する雰囲気だったのかな。
口約束だけど、わたしが保障することで納得してもらえたようだ。
歓声で溢れる民たちを眺め、こういう印象操作みたいなのはずるだとは思う。
けれど、この国ではミヤビが幸せになれないから仕方がない、ということにする。
ごめんなさいご先祖様たち。
わたし多分勇者史上一番【勇者】を乱用してる…!
不意に御簾の向こうに居る人影がゆらりと立ち上がったのが見えた。
あの方がこの国の皇陛下。
ミヤビのお父さんが仕えている。
静々と御簾からお出ましになり、
「式はこちらでも挙げよ。余は祝福する。」
と祝福の意を表してくれたので、例え不満がある人が居たとしてももう翻ることはないだろう。
ミヤビがほんのすこしだけ膝を折り、陛下に挨拶したようだ。
それを手で制し、にこりと微笑んだ。
口の動きだけで、「しあわせに」と言ったように見えた。
これであとはエリューが約束を守るだけだ。
ミヤビはがっちり周りを固められたことに気づいているだろうか。
「せっかくだ、小さな英雄に俺様からも祝福をやろう」
にやりと笑ったアンブローズは、エリューの頭をそっと撫でると、ぱちんと指を鳴らす。
すると次々と花が降りだし、その奇跡のような幻想的な光景に皆が目を奪われた。
「さて、もういいか。帰るぞ」
その隙にアンブローズがわたしたちを家に転移させたのだった。
「…エリュー、ちょっと話があるんやけど」
どうやら今更にエリューの気持ちに気づいたらしいミヤビが、珍しく耳を赤く染めている。
「い、いいよ!」
勢いでやってしまったことにエリューも顔を赤くしている。
いままでだってたくさんアプローチしてきたんだから、もう一息だよ、エリュー。
という気持ちを込めて、わたしはミヤビを蹴飛ばそうと思う。
「ミヤビ、わたしたちは席を外すから、ごゆっくり。留守番よろしく」
あとの話はわからないけれど、帰ってきたらエリューが
「ボク、スカンに修行してもらう!」
と言ってたのでわたしは応援するだけだ。
落ち着いたらエリューかミヤビが話してくるだろうから、それをゆっくり待とうと思う。
その日訪ねてきたセレネルにその話をしたら、とても嬉しそうに笑っていたので2人を祝福しているのかと思ったのに。
「そうか、そちらも片付いたなら何より。あとはシュトリヤだけだな」
と蕩けるような笑顔をわたしに向けてきたので、多分違うということだけがわかった。
けど、いくらわたしがセレネルを好きでいても、きっとセレネルは上位貴族の女性を家に迎え入れるだろう。
だって跡継ぎだし、わたしに婿入りなんてできるわけがない…と思う。
貴族のことは詳しくないけれど、多分。
最近浮かれがちだった心に、思い至った考えがざくりと刺さった。
覚悟ってもしかしたら、離別を意味していたのかもしれない。
折角自覚した恋だったけど、わたしはまた失くしてしまうのかな。




