4.1000年越しの贈り物のお話
セレネルのお陰…お陰?で予定より随分早く魔力が上がった感じがするのでアンブローズに会いに来た。
ここが一番落ち着くし安心できるとかそういうわけではない。断じて。
「どうかな」
「ああ、もういいだろう。早いな。随分張り切ったか?」
にやりと笑うアンブローズの言葉のせいで思い出してしまい、また魔力が溢れるのを感じる。
「人間同士じゃわかんねえだろうが…これは獣人からしてみたらうまそうだろうなあ。よく耐えるなあいつも」
甘いいい匂いがするとまで言われて更にぼふぼふとあふれ出る魔力の制御ができない。
確かに魔力の流れに敏感な獣人であれば、わたしのだだ漏れの魔力の揺れなんて一瞬で見抜いてしまうだろう。
ということはつまりわたしがいつ誰に対してどきどきしてしまっているのか見え見えということで。
「…わたしの気持ちがセレネルにバレてるってこと!?」
それに思い至ってしまい顔が青褪めた。恥ずかしいどころではない。
「いや気持ちまでが筒抜けなわけじゃねえが…制御はまた教えてやるから安心しろ。折角増えたんだからもう少し魔法の勉強もしたらどうだ?」
という有り難い申し出に一も二もなく縋り付いた。
アンブローズは面倒見がいい。
「これで結界は発動できるが…」
言い淀むアンブローズに首を傾げる。
何か問題があったかな?
「本当にいいのか…?」
不安げに眉を下げるアンブローズに合点がいった。
1000年も続けてきたことを止めるのだから、戸惑うのも無理はない。
けれど、これは本来アンブローズが背負う必要のなかったことだ。
「いいんだよ。十分わたしたちは貴方に助けられて、甘えてきたの。
だからもう、いいの」
わたしの言葉ひとつひとつを噛みしめるように目を閉じて少し黙る。
透き通るような白い長い睫毛は微動だにしない。
きっと彼が看取ってきた一人一人の顔を思い浮かべているのだろう。
たっぷりの時間をかけて想いを馳せているようで悪いけれど。
「アンブローズが死ぬまではお別れじゃないんだから」
勝手にもう二度と来ない感じを出さないでほしい。
お墓参りにはむしろ来てほしいくらいだ。
「ああ、そうだったな。俺様がもう何もしねえってわけじゃねえな。」
ふは、と笑うと真っ白な瞳をきらりと輝かせた。
「悪い、ちょっと感傷的になったな。これから俺様が死ぬまでは、お前と二人…いやもうちょっと増えるか。でやっていけるんだな」
「うん。そうだよ、頼りないかもしれないけど、まずはわたし」
わたしの頭をくしゃくしゃにすることで精神が保たれるならいくらでもやるがいい。
少しだけ水分を含んだ瞳には気づかないふりをして、わたしは頭を差し出した。
「さて、じゃあ足を出せ」
靴を脱ぎ足の裏を差し出す。
「お前はこれに魔力を注ぎ続けろ」
するりと首のリボンが解かれ、両端をわたしとアンブローズがそれぞれ握る。
言われた通り絶えず<スパークル・レイル>を発動する。
これしか魔法が使えないのだから仕方がない。
うん、確かにそろそろもうひとつくらい何か使えるようになりたい。
アンブローズが不思議な形のペンのようなものでわたしの足の裏をそっとなぞる。
転移陣よりももっと複雑な陣を書いているようで、少しくすぐったいのをぐっと堪える。
「よし、もういいぞ」
魔法を使うのを止め、鏡で足の裏を確認する。
「まだ稼働してねえが模様は見えるな?」
「うん。見える。」
複雑な模様にはなっているが、これは光と狼だ。
わたしたちとアンブローズ。
「ありがとう。これでわたしたちは貴方の事を今までもこれからもずっと忘れない」
「これは俺様のエゴでもある。お前たちだけには…」
言い淀んで結局続きは言ってくれなかったけれど、アンブローズも忘れてほしくないってことだよね、きっと。
「もちろんだよ」
にこりと笑うとアンブローズはふるりと一度だけ尻尾を振った。
「あとはお前の魔力をありったけ寄越せ。」
どん、と目の前に置かれたのはわたしの体より大きい透明な瓶だった。
今度はここに魔力を詰めていくらしい。
触れると手首までするりと瓶の内側に突き抜ける。
「!?」
びっくりしたけれどアンブローズが作ったものだし、と思い直す。
「つまんねえな、もっと驚いてくれでもいんだぜ?」
「驚いたよ。けどアンブローズが作ったものがおかしなことになるわけないでしょ」
笑顔で答えると、何故か面喰った顔をしている。
「えっと…アンブローズ?」
「いや、お前のそういうところ…ああもうお前は本当に人たらしめ」
何がいけなかったのか、アンブローズは自身の白いふわふわの髪をくしゃりとかき混ぜる。
「その中で魔法を放て。遠慮せずに最大の力でぶっ放せ」
にかっと笑顔で告げられて、その言葉の通り全力で魔力を込める。
セレネルに貰った魔宝玉があればこの膨大になってしまった魔力もしっかり制御できる。
「<スパークル・レイル>!!」
ズドン、という音と共に瓶が激しく揺れた。
「…おぉ…うん。いいぞ」
呆けた声漏れてますけどもしかしてやりすぎた!?
「お前が本番に強いタイプっていうのを忘れてただけだ、気にすんな。」
あとは俺様に任せてろというのでその言葉に甘えて椅子に座らせてもらう。
魔力を空っぽにしたのですこし倦怠感がある。
アンブローズは魔法で描いた地図に印代わりのピンを刺していく。
これも魔法で作ったものだと思う。
そして地図に手を翳すと、瓶に詰めたわたしの魔力が飛び出していった。
きらきらと輝く金色の光がきっと各所に満ちていることだろう。
ここにも今降り注ぐきらきらでいっぱいだから。
「これで完了だ。あとはお前の魔力を消化して結界を維持するから少しでも異変があれば言え」
「うん、もちろん!」
穏やかに笑うアンブローズに、わたしもいっぱいの笑顔を返す。
「これでもう、アンブローズも外に出られるね」
というわたしの言葉の何がスイッチになったのか。
突如ぶわっとダイヤモンドダストのようなきらきらとした氷がアンブローズを包み、姿を隠してしまう。
ほんの数秒のことだったけれど、それが晴れた頃にはすっかりと。
「えっ…!?」
「お、解けたのか。」
本人はいたって普通の様子だけれど、わたしは口をぱくぱくして言葉を探す他ない。
12歳くらいの美少年だったはずのアンブローズが、20歳半ばほどの美青年になっているのだもの。
「…驚いた。」
「ああ、俺様もな。」
驚いているようには見えないんだけど。
「お前の言葉がどこかで少しひっかかっていた気持ちを解放してくれたらしい。ありがとう、ミィス」
「う、ううん。わたしは何もしてないんだけど…けど、え?なんで大人?」
わたしアンブローズは12歳の姿で止まったままだと思ってたんだけど!!
「まあもう歳と見た目があわねえのは仕方ねえし。背が伸びろって思ってたからかもな」
俺様もわかんねえ!と快活に笑われて、わたしもつられて一緒に笑ったのだった。
アナトーレに恋をしたアンブローズへの、妹さんからの贈り物かもしれないし。
そうだったら素敵なのでそう思うことにした。
まじまじと見つめているとうっかりときめいてしまいそうだ。
うん、大人になったアンブローズはいけない。
これは格好いい。
アナトーレも綺麗だからきっと並ぶと絵になるだろう。
デート時の懸念事項だった、「あら兄弟?仲がいいのねえ」みたいな地雷は撤去された。
「…あ!服買い直さなきゃ!!」
「あ?前もらったやつのサイズ直せば済むだろ?魔法ですぐ…」
「ばか!!アンブローズの無頓着!!12歳の見た目にあう服と今の見た目に合う服は違うでしょう!!」
喰ってかかった勢いのままアンブローズの手をひっつかみ、転移陣へ走る。
「ミヤビ捕まえて服選ぶから!!」
「ふは、お前に任せる」
なんだか諦めたように笑ったアンブローズを引きずり、我が家に帰った。
飲み込みの早い2人は一瞬で理解してくれ、共に街へ繰り出した。
アナトーレとの初デートはきっと素敵なものになるに違いない。




