幕間5.準備
セレネルの準備の話、次章にむけて。
シュトリヤが無事竜人化でき、あらゆる検査の結果それが証明された。
俺は陛下に呼び出され、3ヵ月後にシュトリヤに王位を譲ることを聞かされた。
驚きはあったが、陛下がずっと魔人に乗っ取られかけたことを気に病まれていたことは知っていたため、仕方がないとも思う。
が、問題はその先だった。
戴冠式と同時にシュトリヤの婚約発表会(相手はまだ決まっていないのに)と、俺とミィスの婚約発表会も行うと言うのだ。
俺もまだ求婚していないのだが?
というかそのアプローチすらしていないが。
どうやらシュトリヤの意見らしく、本当に余計なことをしやがって。
後日文句を付けたところ、「何よ、さっさとしないからよ?」と言われちょっとした殺意が沸いた。
その上、ミィス以外の全ての端末に通達が飛んだせいで、もう逃げられない。
さすがに陛下の職権乱用が過ぎると思うのだが、何故か批判が一つもなかった。
おそらくそれが"ミィスの為"だからで。
俺が求婚するまえにバレたらどうしてくれると冷や冷やしたが、どうもミィスのことになると貴族だろうが一般市民だろうが協力体制になるため、その心配もなさそうだ。
愛されているな、と温かな気持ちにもなる。
おそらくシュトリヤなりの応援なのだということは理解できるが、やることが急で大きすぎる。
婚約の準備が間に合わないだろうが。
というか、俺が断られたらどうするんだ、これ。
あのミィス相手に確実なんてものはないだろう?
その日から、念の為毎日ミィスの家を訪問することにした。
知らぬ間に知らぬ縁を繋がれるわけにはいかないからな。
頼れる仲間もいるので心配は無用だとは思うが。
その合間に婚約に必要なものを作る。
あいつは姫だから伝統のものがあるだろうが、俺は一から作るんだぞ。
考えろ。
少し腹が立ったので、シュトリヤには毎日ミィスのことを逐一報告することにした。
触れられないミィスを想って落ち込めばいい。
悔しがるシュトリヤの顔で溜飲を下げることにしよう。
この王都は伝統的に求婚時に用意するものがある。
相手の瞳の色の宝石を使ったアクセサリだ。
なんでもアーラの夫が最初にやったのが定着したらしい。
その時は指環だったそうだが、段々好きなものを作るようになった。
そして求婚をされた側が、返事と一緒に同じように求婚者の目の色の宝石を使ったアクセサリを送るのが慣例だ。
断わる場合は贈ったアクセサリを返される。
俺はどうしようか。
指環は先日魔具で贈ってしまったし、同じではつまらないだろう。
ふと、アンブローズのあの魔力供給の魔具はよかったなと思い出す。
チョーカーというのも首輪のようでいい。
ミィスは天然の人たらしだから少々目立つほうがいいだろう。
ただのリボンでは耐久性に不安が残るので、アンブローズ殿に相談するか。
ミィスのためだ、引き受けてくれるだろう。
と考え、頻繁に会いに行っているらしいアナトーレに言付けを頼み、アンブローズに秘密裏に会いに来た。
アナトーレに足止めを頼んであるので、ミィスは居ない。
「突然申し訳ありません」
「いや、いい。ミィスに贈るんだろう?俺様を頼るとはいい趣味だと思うぜ」
少し会わない間に背が伸びただろうか。
記憶よりも高くなった目線にミィスの頑張りを感じる。
「あのリボンのように俺の魔力で染められ、耐久性のある細めのチョーカーを作れますか。俺以外に外せないと更にいいのですが」
「なんだ、その程度か?俺様が作ってやるんだ、もっと欲張れ」
胸を張って言う姿が頼もしい。
「例えば総レースであればより美しいでしょうね」
「任せろ、デザインは寄越せよ」
「サイズの変更が可能になれば他の場所に付け替えることもできるでしょう」
「簡単だ」
「転移陣を組み込んでもらえればあいつがどこに居ても安心できます」
「お、それはいいな。俺様も参考にしよう」
控えめな口調ではあるが無茶ぶりをしたはずなのに全て許可が出て、これが本物かと感嘆してしまった。
それらをさらさらと紙に書き留めているのを眺めながら、ふと一番ミィスが喜ぶことを思いつく。
「ああ、そうだ。最後に、名前を入れてほしいのですが」
「ん?お前のか?ふはは、噂通り自己顕示欲がたけえ」
どんな噂か聞きたくもないが、靴の色のことだろう。
あれはシュトリヤと張り合った結果なので仕方ないので不本意な噂だ。
指環の方であればそれは、なんというかそうなのだが。
あちらは目立たないようにやったのだから気づかれてはいない…はずだ。
だが俺の名前が欲しいわけではない。
「いえ、アンブローズ殿の」
と告げるとぽかん、と珍しい顔をされる。
この天才は、少し人の心の機微に疎い。
「ミィスは絶対喜びますよ。貴方が贈った魔具には名前も特徴もないでしょう?」
「だ、だが…それこそ自己顕示欲が高いとでも思われるだろう?お前の婚約の証だ、それはさすがに…」
こういうのは渋るんだな。
安請け合いしてくれると思ったんだが。
「では…メッセージならどうですか」
「いや、それも…」
「ミィスのためなのですが…」
意外と渋るので、一か八か、ミィスにはよくやる"消沈した顔"を作ってみる。
「…はあ、わかったわかった。やってやるからそんな顔をするな」
苦笑いとともに漸く承認が得られた。
意外とチョロ…いや優しいんだな。
「ではレースのデザイン画をアナトーレに持たせます」
「ああ。頼む」
ミィスがそろそろ来そうだというので、城に転移してもらった。
転移陣も詠唱も不要とは本当に恐れ入る。
俺も魔法を教わるか。
そろそろミィスの送り迎えを自分でやりたい。
さて、次はミィスの目の色の宝石が必要だ。
黄はあっても金の宝石は出回っていないので、魔宝玉を使うことにする。
貴族は家の花紋をデザインに使うのが決まっているので、さほど悩まず作れるだろう。
というかいつか必ずこの日を実現させるつもりでいたので、ほぼ決まっている。
ということで石に拘りたい。
美しさや純度はもちろんだが、ミィスの黄金に近い金の瞳と同じ色のものを探したい。
と、とある魔法玉の店に問い合わせたところ、連日店の方から家を訪ねてきた。
既に国民に情報が出回っているため、やけに協力的なのが有り難い。
選ぶどころか連日献上しにくるんだが。
これほんとうにバレてないんだろうな。
こうして約一月かけてようやく出来上がったものを持って俺はミィスを待たせている東の塔へ向かっている。
レース状のチョーカーの一部分に、よくよく見ると漸く何か書かれているかわかる程度の文字で綴られたメッセージ。
きっとミィスは気付くだろうし、喜ぶだろう。
「幸福を祈る」
短いが、きっと様々な想いが籠っているのだろう。
ミィスは俺が幸せにすると誓うから、どうか安心してほしい。
悠久の時を他人に捧げてきたあなたの分まで。




