幕間4.陽の光よりも暖かく、眩しいもの
9話~10話のセレネル視点の話。
"壁"の向こうから戻って早々、陛下直々に騎士の礼装を着て今日の夜会に参加するようにお達しを受けた。
朝から城に軟禁状態な上、ウィルとエドも何故か騎士団長直々に任務を受けたとかで席をはずしている。
他の部下も尽く用向きがあり、この場にはアナトーレと城勤めの侍女(多分シュトリヤの)だけだ。
俺が戻るまで、と確かに騎士団長に指揮権を一時的に委任していたがもう帰ってきたのだが?
仕方ないので書類系の仕事をここで片付ける。
騎士団長直下の部下が1人何故か見張っており、さすがにここから抜け出す気にはならないので
アナトーレに何度も走らせてしまい申し訳ないが他に手が無い。
「遅くなって悪かったわね!」
と昼過ぎに現れたシュトリヤは何故かとてつもなくいい笑顔なので
ミィス関係で何かいいことでもあったのだろう。
「で、俺をここに軟禁する理由は聞かせてもらえるのか?」
「あら、さすがにセレネルもわからないのね!いいわね」
「人を出し抜いて喜ぶな。」
「理由は話せないけれど、これから前言っていた夜会があるのよ」
「お前の婚約者候補発表のか?」
随分急だな、何をたくらんでいる。
「ええ、それよ。で、貴方にエスコートして欲しい子がいるの。」
「なぜ俺が」
む、と眉を寄せる。
俺はミィス以外エスコートしたくないし、シュトリヤも重々承知だと思うのだが。
「これは陛下のご命令よ」
「…誰なんだ?」
陛下のご命令とあれば、俺のささやかな我侭だ。
仕方があるまい。小さく溜息を吐く。
「時間まで言ってはいけないの。さて、驚いた顔も見れたことだしわたくしは行くわ。」
「本当に何をしに来た」
「理由もわからず軟禁状態ではイライラするかと思って」
したり顔で笑うシュトリヤの顔が腹立たしい。
ミィスであればこんな顔でもうっとりと見つめるのだろうけど。
「その通りなのが腹が立つな」
「そうでしょう、うふふ。もう少ししたら準備に人を寄越すわ。今日は抵抗せずに指定の服を着るのよ」
と言われ、どの服を指しているのかわかりげんなりした。
俺はあの服が嫌いだ。
動きにくく全く機能的ではない。
その上、尾が露わになるのが最悪だ。
獣人の尾は特に男にとって見られたくない部分だ。
未成熟であればあるほど感情が尾に表れやすく、それは更に騎士にとって恥ずべき点でもある。
俺はある程度コントロールできるようにはなっているが、まだフェガリほどうまくは行かない。
この夜会にミィスが来ないなら、平常心を保てるだろうから問題はないが。
さきほどのシュトリヤの顔を見る限り、無関係というわけではなさそうだ。
あいつも付き合いが長い。
俺がその程度の表情の変化見破れないと思ったか。
時間になったのか、シュトリヤの近衛騎士から服を預かり(おそらくいや確実にフェガリもあちら側だ)
仕方なく袖を通す。
未だ一度も公式の場で着用したことはないが、着方はわかっている。
騎士が1人で服を着れないでどうする。
手を出そうとした近衛騎士をちらりと見、所在無げに手を上げたり下げたりしているのをさすがに見かねる。
こいつは…こういうところだぞ。
「…それを取ってくれ」
仕方なく仕事を振れば、ぱあっと嬉しそうな顔になる。
俺より年上の筈なんだが、そうは見えないな。
「セレネルさん、さすがよくお似合いです!!」
デカい声を出すな、外に響くぞ。
少しげんなりした顔で「そうか」と返事をし、待機予定の部屋へ向かう。
その間もこの近衛騎士とフェガリの直属部下に囲まれていたのでよっぽど俺に知られたくない何か(・・)があるらしい。
その何かはほどなくわかった。
待機してほどなく部屋の扉が開き、そちらに目をやった瞬間、不覚にもすべての感情が持って行かれた。
確かにミィスなのだが、俺の知るミィスではない。
今まで見たどのミィスよりも、美しかった。
白金の髪を控えめに飾るレースと宝石はあくまで髪の美しさを損なわない程度で。
淡い紫の生地はミィスの白磁の肌を殊更美しく引き立てており、胸元の刺繍は金糸で月を示している。
このドレスは、シュトリヤの渾身の作品なのだろう。
さすがに心から感謝した。
このミィスをエスコートできる栄誉を俺に与えてくれたのだから。
「ミ、ィスか…?」
漸く絞り出した声は情けなくも詰まってしまったが、ミィスもどうやら俺の姿に驚いているようだからいいだろう。
「う、うん。ご、ごきげんよう…?」
おずおずと隣にやってくるミィスをみて、更にキた。
いつもと違い美しさが全面に出たその姿と、所在無げな表情の可愛さと。
ギャップで俺が死にそうだ。
真横に並んだミィスの背を見た瞬間。
「…シュトリヤのやつ」
思わず漏れ出た声は仕方がないだろう。
背中があきすぎだ、あの馬鹿。
もちろんミィスの背中は傷ひとつなく滑らかで美しい。
だが、衆目にここまで晒すのは…いやこれは俺のエゴか。
小さく溜息を吐き、念の為確認をしておく。
「俺は今日ここに来る人物のエスコートをするようにとしか言われていないが、お前でいいんだな?」
「わたしは何も聞いていないんだけど…」
ミィスにも何もいってないということは俺が察するしかないな。
「そうか、…はあ。驚いた」
そういえばまだ感想も何も言っていなかったと思い出す。
ここまで美しい姿を前に、言葉を飾るなど無意味だ。
「綺麗だ。」
とそれだけ囁き、呆けるミィスの手を掴んで扉へ向かった。
ふと、視界に真っ白なチョーカーが入った。
ついでだ、と思いそれに触れ、魔法を使う。
銀に輝くそれを見て、満足した。
これで見るからに"俺の"色のものを身に着けているのだから、虫避けくらいにはなるだろう。
今日のミィスは危険すぎる。
会場に着き、ミィスを壇上に送り袖で眺めていると、
「ファーストダンスはセレネルさんとミィスさんです」
とミィスに付いているらしいウィルに耳打ちされた。
「そうか」
あくまで平常心を保ちたかったのだが、できているか?
ミィスを見てから俺の感情が言うことをきいていない。
「ウィル、エド。俺の後ろに立っていろ」
それとなく命令し、何の疑いもなくそれを遂行する彼らに少しほっとした。
はっきりわかるほど揺れるタイプの尾ではないが、それでも今日は目立つだろう。
2人の巨躯で隠しておく。
どうにか平常心を取り戻したく、ふとポケットに入れたままだった白いほうの手袋の存在を思い出す。
早くこれを使いたかった。
やっとミィスと二人きりになれるのならば、そのチャンスは今だ。
ファーストダンスを告げられ、顔を取り繕うこともできずに目を瞬いているミィスを攫う。
ダンスホールに促し、楽団に目で合図する。
この王都でのファーストダンスの曲は、ずっとこれだ。
アーラが愛したという一曲。
ミィスも無意識でも踊れるだろう。
中盤に差し掛かった頃、漸くミィスの表情に余裕が出てきたので話をふる。
「ミィス、アルカに貰ったもの、あっただろう」
あの竜がたったひとつだけなんでも叶えるといった魔具だ。
俺はあの時から何を願うのか決めていた。
これはずっとずっと、悲願でもあったのだから。
「俺は、それをミィスの傷跡を治すのに使いたい」
ミィスは虚をつかれたような顔をしている。
きっと、まだ気にしていたなんて、とでも思っているのだろう。
こいつは、俺が一体どれだけ感謝していて、どれだけお前のことを想っているのかしらないのだ。
15歳の獣人の上級生に身一つで掴みかかったミィスを今でも鮮明に思い出せる。
その時はまだ長かった鮮やかな白金の髪を翻し、小さな体で倍以上背のある男に飛びついた。
そして丁度投げようとしていたらしい小剣が、ミィスの胸を貫いたのだった。
ミィスは知らないが、あの後少し気を失ったのだ。
怪我自体が大したことないと思っているが、そんなことはなかった。
かなりの大怪我でもあった。
その時血が染みついたから、伸ばしていた髪まで切ることになったのに、あいつは「シュトリヤに似合うって言われちゃった」とか言って喜んでいたな。
シュトリヤが手配した治療師のお陰で命には問題がなかったが。
その記憶がミィスにはない。
傷痕だけは今も残っていることを俺とその治療師、そして呪った本人だけが知っている。
呪った本人はかなりの制裁をうけたらしいが、子供だった俺は詳細を知らされていない。
そっと、白の手袋を傷の位置に手を移動させる。
「ま、待ってセレネル、こんなことよりもっと他のことに使ったほうが…!」
ミィスの静止の声など知るものか。
「他なんてない。これが俺の一番の願いだ」
俺の弱さと不甲斐なさが招いた傷だった。
その傷の醜さに、ミィスが誰にも、シュトリヤにすら見せなかったことを知っている。
それなのに、またその体を差し出そうとしたとき、焼き切れそうなほどに心が痛んだ。
また、ミィスの体に消えない傷を残すのか?
今度は目立つ瞳を?
そんなことは許せなかった。
そして、シュトリヤにこの疵を負わせたくもなかった。
俺よりももっと脆いあいつは、止めることもできずに魔人化しただろう。
もしかしたらそのまま災厄の竜と化してしまったかもしれない。
それほどに深くて重い俺たちの気持ちを、まだミィスは理解できていない。
いや今なら、少しわかるのだろうか?
「わかった。お願い」
と頷いたのを確認し、握り締めた手袋を傷痕に押し当てた。
「ミィスの傷跡を、消してくれ」
誰にも聞かれるわけにはいかないのでなるべく小さな声で願いを告げると、すっと手袋から薔薇の刺繍が消えた。
見えない場所だから当たり前だが、変わった様子はない。
「…確認はできないな。」
傷のあった場所をそっと撫でる。
「あ、ありがとうセレネル。」
「俺がやりたかったんだ。」
はにかんで笑うミィスがとてもかわいく、この笑顔を俺に向けているのだと意識し出すとだめだった。
ミィスには見えないだろうが、俺の尾はみっともなく上下していることだろう。
どうかダンスの動きで見えないといい。
しかしそれでももう構わないと思った。
こんなに美しいミィスの笑顔が、俺の手の中にあるうちは。
ダンスが終わり、ミィスと別れ、遠巻きに次のダンスを始めるミィスを眺める。
シュトリヤも楽しそうに踊っているようで安心した。
あいつは結局ミィスを手放さなければならなくなった。
他でもない、ミィスのお陰で、だ。
あいつが竜だとわかった時、このままならばシュトリヤは解放されるかもしれないとほっとした部分もあった。
ミィスとシュトリヤならば、俺はその外から護ってやれると思っていたから。
けれど、ミィスもシュトリヤもそれを望まなかった。
だから、その時に、いつかシュトリヤがミィスを手放す日がくることはわかっていた。
それを俺に託すとは思っていなかったが。
形は変わるかもしれないが、このまま3人の縁はきっと切れない。
あの2人が互いを想うかぎり、俺も全力を以て切らせはしない。
最後に一瞬だけ抱きあった2人を目に焼き付け、俺はミィスの進行方向へ急いだ。
帰る気だな、あれは。
一瞬で人だかりになってしまったミィスを見て思わず舌打ちが出た。
「し、しかたないですよセレネルさん。今日のミィスさんは」
「ああ、わかっている。俺が出遅れたことへのいらだちだ。向こうで待っていろ」
ウィルとエドに指示をだし、人の隙間を縫ってミィスの隣へ立つ。
「すまないな、ミィスには先約があるので失礼する」
手を握り、輪を再びすり抜けた。
「セレネル、ありがとう。」
「お前が綺麗なのはいいが、虫が湧くな。もう帰るか?」
「んん?あ、いや、うん。帰ろうかな。」
「その前に、傷を確認させてくれないか」
どうしても、この目で確認しなければ。
着替えるからと控室に消えたミィスを見送り、扉の前で待つ。
部屋に入る許可が出たので入り、騎士と侍女を全員帰した。
ミィスは傷の位置が気になっているのだろうが、どうか一目確認させてほしい。
その場に跪き、ミィスの手を額に当てた。
「傷の部分だけでいい。確認させてくれないか」
「それ以上のことはしないと誓う」
甲にそのまま口づけ、騎士の誓いを強引だとは思うが成立させた。
これならばミィスは断らないだろう。
おずおずと服を捲り、傷の位置を晒す。
「ほら、綺麗に治ったよ。もう大丈夫」
ゆるい笑顔を向けられて、思わずぐっと歯を噛みしめた。
「…よかった。これで、あの時のお前の勇気にやっと報いることができた」
ミィスを衝動のままに抱きしめてしまう。
抑えがきかない。
それに、この顔を見られたくない。
みっともなくも、きっと零れてしまっているのだ。
頬に伝う温かいこれは、自分でももうなんの感情なのかわからなかった。
喜びと、安心と、あとはなんだろうか。
多分、愛しさだ。
もう少し、シュトリヤが竜人化するまでは待つが、その後は容赦なくアプローチさせてもらおう。
今日だけは、恰好悪い俺のことを慰めてくれ。




