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幕間2.決意

血を与えたあとのセレネルと、男子テントの話。セレネル視点です。

肩に鈍い痛みが走ったあと、耐え難い情欲に脳が呑まれそうになった。

正直ここまでだとは思っていなかったし、耐えられるだろうと甘く見ていた。

それが、これだ。

目の前のミィスに触れたい、体を寄せたい。貪りたい。

視界に入れることすら憚られ、ぐっと目を閉じ耐えるしかなかった。


2時間、耐えれば済むのだ。

俺はこんな形でミィスを傷つけたくはない。


永遠とも思える時間を耐えたあと、ちらりと腕時計を確認し、まだ30分しかたっていなかったことに一瞬絶望した。

その時、気が緩んでしまったのだろう。


ぼんやりしていた思考が更にわからなくなり、

()()()()()の方へ引き寄せられるように近づき。


この香りはなんだったか、と夢心地で思考を揺らしていたとき。

不意に掌に鋭い痛みが走り、俺は少しだけ正気を取り戻した。


目の前ぎりぎりにミィスの顔が迫っており、慌てて距離を取った。

掌は分厚い騎士服の手袋を突き抜けて爪が刺さっており、無意識の自分がここまでしたのかと他人事のように感謝した。

ミィスの様子を見る限り、まだ俺は留まっているようだ。


だが、もう限界だろう。

無様に地に膝を付き、肩で息を吐く。

少しでも脳に酸素を回さねば思考が再び奪われてしまう。

なりふり構っていられなかった。


例え俺が余裕のない、ミィスにみせたくはない姿を見られたとしても。

ミィスを傷つけるかもしれないことに比べれば瑣末な問題だ。

俺のプライドなどいらない。



「ごめんなさい、セレネル。わたし何もわかってないみたい」

にっこりと普段通りの笑顔をみせるミィスに絶望した。

もっとしっかり説明すべきだったかと後悔もした。


「痛くしないから、ごめん。」

しかしどうやら俺の意識を沈める意思はあるらしくほっと息を吐く。


が、ミィスに抱きしめられ、弱弱しくも必死に抵抗した。

この馬鹿、なんのために距離をとったと…!!!

俺が本気で抑えつけたらお前は抵抗()()()()んだろう!?


「大丈夫、任せて」

耳元でミィスの声が響いたと思うと、鳩尾に鈍い感覚。


薄れゆく意識のなか、ミィスが「ありがとう」と囁いた声がやけに響いた。

そこで俺の意識は完全に落ちた。



どうやら俺は、ミィスを護り切ったらしいという充足感を胸に。





次に目覚めたとき、俺はスカンに担がれていた。

まだ情欲が完全に鎮まったわけではないが、ミィスが隣にいないだけで随分違う。


「ふむ、もう話はできるな?であればその手の傷に覚えはあるか?」

「ああ、自分でやったものだ。」

掌を見て手袋の穴と滲んだ血に意識は覚醒した。

今は痛みのほうが強いな。


「そうか、記憶もあるのだな?」

「ほぼ、な。お前が迎えに来てくれたのだな、礼を言う」

「我はノーチェとやらに言われて行っただけだ。主の役に立つためでお前のためではない。」

溜息交じりに俺をテントのベッドに降ろす。

ずっと担いでいたのか?

「念の為、其方がいつ目覚めて勝手に動くかわからぬからな。これ以上傷を増やされては主に顔向けできん」

どこまでもミィス本位で何よりだ。

意識がなくなってからのことは覚えていないが、スカンが担いでいたのであれば、俺が無意識になにかしてしまった可能性は消えただろう。


「ああ、セレネル起きたんやね。」

テントに足を踏み入れたミヤビが、タオルや水を差しだしてくれる。

「世話をかける」

「ええんよ。一番の功労者やん。で、スカンはんは自分の話できたん?」


「今からする。」

変わらない表情だが、心なしか少し楽しそうに口元を緩めた気がする。

「俺はさきほど主に求婚した。」

「は!?」

予想していなかった話に、腰を浮かせかけた。

それを、ミヤビに制されたので渋々従う。


「認めたくはないが、其方に敗けたと感じた。其方の忍耐はどうなっている?

我は恐怖すら覚えたぞ。その厚さの手袋を、握った手で破るとはどうかしている」

はあ、と吐いた溜息とその表情で俺にはだいたいのことが解った。

振られたか、自分から諦めたかどちらかだろう。


であれば、俺も深く追求はしまい。

好かない男ではあるが、ミィスのことに関してだけいえば誠実だ。

はっきり決着がついたのであれば、今後アプローチをかけることはもうないだろう。



「ああ、これは俺も無意識だったが。指のほうも先がつぶれているな。」

通りで痛いわけだ。

手袋を引き抜くと、凄まじい痛みが走るがミィスをこれで護れたのだと思えば大したことではないな。



「そうまでしてセレネルはミィスを傷つけたくなかったんや」

「当たり前だろ。俺はミィスのことを護ると決めている。その俺が傷つけるわけないだろう」


俺は、ミィスに庇われたあの日にそう誓ったのだから。

騎士になるつもりだった俺の顔に、騎士になってからの勲章としての傷ならともかく、呪いでつけられた消せない傷がなどがあっては入団前から評価に瑕がついただろう。

こんなに早く隊長に任命されることもなかったはずだ。


だから、ミィスのおかげで手に入れられたものはすべてミィスに返すと決めていた。

騎士として護る力は、すべてミィスのために。




「スカンはんは、拙に言うたんよ。これを見て、まだ張り合える思うんやったら好きにしたらええけどって」

そっと俺の掌をミヤビが確認し、少し困ったように笑う。

「拙かて流石に、仲間がこんなになってまで一番大事な人守り通す姿みて、まだ横恋慕しよなんて思わへんよ」


どうやら、スカンもミィスも俺の姿に思うところがあったらしい。

同じ男だ、きっと想像もしやすかったのだろう。

けれど、俺だって必死だっただけだ。


勝手に求婚までしたスカンはともかく、

「俺がミヤビに諦めろとは言わないぞ?」

初めは友達だと言っていたミヤビが、ミィスにすぐ惹かれていたことはわかった。

牽制はするが、ミィスが懐に招いた人物を俺の意思で排除などできるわけがない。

ミィスがミヤビのことを大切に思っているのは確かなのだから。


もちろん俺を選んで欲しいとは思っているが、俺の希望よりもミィスが幸せになることが一番だ。

ミィスの選択を何よりも大事にしてやりたい。

もちろん俺を選ぶとなれば全力を尽くすし、俺でなくてもできうる限りのサポートはし続けるつもりだった。


「ああ、それはわかってるんよ。そうやなくて、拙が、仲間の気持ちを尊重したいと思っただけや。自分の淡い気持ちなんかより、ずっとずっとセレネルの決意みたいなもんのほうを、大事にしたかっただけ。」

ふわりと笑い、座る俺と視線を合わせる。


「ミィスには伝えへんから、セレネルにお願いだけさせてな。

拙からの言葉なんて、今更やとは思うけど。拙の分も、ミィスのこと幸せにしたって。あの子、まだ気ぃついてへんけどきっとセレネルのこと好きやから」

そっちはエリューが頑張ってるとこやから期待しとって、という言葉で察した。


どうやら周りの面々には丸わかりだったようだ。

俺にはいつも通り、変化があったようには思わないのだが。

ミィスのことは誰よりも見ているはずだがおかしいな。


「其方自分のことになると鈍いのか?」

呆れたようなスカンに、手を治療された。

城の治療師にやらせれば消えるだろう痕が残ったが、これはこのままにしておきたい。

自己満足だが。


「っていうより当たり前やからやない?」

「ふむ…確かに主は当たり前のようにこの男に気持ちを寄せているな。知りたくはなかったが」

「それは拙かて。最初っから入る隙間なんてなかったんやん~」

寝よ寝よ、と簡易ベッドにもぐり込むミヤビに、ふっと笑いが漏れた。


「ありがとう、ミヤビ。俺はお前のことをちゃんと仲間だと思っているぞ」

「さよか」

がばっと布団を耳までかけたことで、そこを隠したい理由に思い至る。


この男にとって、俺は初めての同性の友人なのだなと笑顔が漏れた。

それは、俺にとっても似たようなことだ。

部下ばかりで友人はあまりいない。



「ふむ、ではその輪に我もいれてもらおうか。」

不遜に腕を組んで頷くスカンに、こちらもまた笑顔が漏れる。

「ミィスに手を出さないなら俺はかまわない。お前のことは嫌いではない」

この男もミィスのことが無ければ、少々態度がでかいだけの面倒見のいい男だと思っていたからな。

ミィスの近くに強いやつがいることは何より安心できる。


義理堅いとも思っていた。

そうでなければ俺とシュトリヤに真っ先に挨拶にこないだろう。

「であれば、我は友のために一肌ぬごう。鬼人からのアプローチは引き続き我に任せるがよい。全て事前に止めてやろう。」

にやりと笑うスカンに今度こそ声を上げて笑った。



俺はミィスのお陰で無二の友まで手に入れてしまった。

それも、共にミィスを支えることができる、最高の。


からからと笑うスカンと、くすくすと笑うミヤビの笑い声が思いのほか心地よく、

そしてこの時間が終わることが名残惜しく。



月が中天に登りきるまで俺たちは語り合ったのだった。








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