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幕間1.紫のライラックを花束に

アナトーレ視点です。

今日もミィスと共に師匠の元を訪れた。

ミィスは日課にしているお墓参りに行ってしまうので、いつも二人きりになる。

あのお墓はミィスにとっても師匠にとっても、とてもとても大切な場所なので、今のところ誰一人としていきたいとすら口にしない場所になっている。


今日もミィスを見送ると、私は師匠から魔法について教わることになる。

師匠は本当に魔法についてなんでもご存知で、毎日新たなことを学べるのがとても楽しい。


が、今日はすこしだけ様子が違った。

「…お前は恋を知っているか」

「恋、ですか?」

「先日言ったとおり、魔力を増やすには手っ取り早い方法でもある」

「そう…ですね、私失恋中なんです」

笑顔のつもりだったが、しっかり笑えているだろうか。


すっかり諦めたし、セレネルにはミィスしかいないと思っているが、失恋は失恋だ。

ほんの少し、この師匠に惹かれつつあることも自覚してはいるけれど、

彼はきっと私なんて気にも留めないだろう。


だって1000年もミィスの一族を見守っているのだ。

運命の相手が私かもしれないなんて己惚れることはできない。



けれど、その直向きなのに態度に出せないもどかしい優しさがとても心地よく、師匠などと慕ってはいるがその実、少しだけ独り占めできていることが嬉しい浅はかな感情も確かにある。

見た目は12歳そこそこだが、中身はしっかり大人なのでつい頼ってしまうという部分も魅力的なのだろう。


本当に素敵な方だ。

口が悪いだけで。

目つきや顔つきが悪いと非難されてきた私は少し親近感も覚える。


「そうか、話してみろ。楽になるぞ。…先達のアドバイスだと思え」

師匠も大きな失恋の結果の不老不死だ。

年季が違う重いお言葉。

それに素直に従うことにする。


「大したことではないのです。

私はセレネルが好きで、でもセレネルはミィスが好きです。

初めはミィスを疎ましくも思いましたが、結局私もミィスのことが大好きになってしまって。

だから勝手に恋をして、勝手に失恋したんです」


「そうか、それは消化できないからずっと気になるんだろう。」

私の胸元をびし、と指差す。

見上げるその真っ白な瞳はとても真摯で、どきり、とした。



「そこに、何か蟠りが留まっているように思うんじゃないのか?」

そっと胸元に手をあててみる。

「そう、ですね。そうかもしれません。」

「吐き出した方がいい。そうすれば、消化もできるし昇華もできるぞ」

ほら、と少し目を逸らしながら、両手を広げる彼に甘えてもよいものかとかなり悩んだけれど。


結局吸い込まれるようにその胸に頭を埋めてしまった。


ほんのり花のかおりがする、温かい体にほっとするようで、けれど同時になんてはしたないことをしてしまったのかとばくばくと心臓が駆ける。


すっと私の短い襟足に指が沿う。

「…ほら、なんかねえのか?吐き出しておきたい言葉は」



ぽんぽんと頭を撫でる優しい手つきに誘発されるように、言葉が漏れだす。



「…私、セレネルが好きでした。とっても、好きでした。」

「ああ」


「その愛情に少しも気が付かないミィスのことが大嫌いでした」

「そうか」


「だって、初恋、だったんです」

「大切に、何年もあたためていたんです」


理由はわからないけれど、ぽろ、と涙が零れ、それをそっと拭ってもらって。

それが途方もないほどに幸せなことなのだと思い至った。


私にはこうして感情を吐き出して、泣いてしまった時にそれをただ受け止めてくれる人がいる。



「失恋をして世界にたった一人きり取り残されたような、そんな気持ちでいたのですけれど。」

「ああ、そうだな。それはよくわかる」


「今はとってもばかばかしい考えだったなって笑えます。」

失恋ってどうして自分がこんなに不幸に感じられるのだろう。


今思えばそこまで不幸ではなかったのに。

私には仲間がいて、みんなのことが私は大好きで。

そしてみんなも私のことを慕ってくれていることをわかっていて。


そして、ずっと胸にぼんやりと残っていて離れなかった靄がすっきりと晴れたいま。

きっとわたしは新しい恋に落ちてしまったのだ。


すとん、と呆気なく。

どうしてこうも叶わなさそうな恋ばかりしてしまうのかと自虐もしたくなるけれど。



今度は叶わなくてもいいから、せめて少しでも傍に居られれば私は幸せだ。

少し名残惜しく思いながら師匠から離れようとすると、再びぐっと抱き寄せられた。



「あ、あの…!」

もはや嬉しく思ってしまうので!離していただきたく!


「…もう少し甘えておけ。お前は気を張りすぎだ。よく頑張っている」

ちらりと一瞬だけ見えた師匠の顔が少し赤かったのは気のせいだろうか。


もしかすると、私が思っているよりもずっと、師匠は身近な存在なのかもしれない。

その言葉に甘えることにし、私は音のない胸元にすっと寄り添った。



どうかこうして与えていただいた優しさや思いやりに、

何か返せればと思う。

一先ずは、彼とミィスの一助となれるように、精進するしかなさそうだ。





自惚れでなければよいのだけれど、師匠が心臓の音を消していたのって

消さなければならないほどに五月蠅かったから、でしょうか。

だとしたら少しだけ、ほんの少しだけ。

こちらから歩み寄ってみてもいいかもしれない。


私はミィスほど鈍くはないつもりだから。







紫のライラックの花言葉は、”恋の芽生え"

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