9.強制連行されるお話
朝、昨日色々あったわりにすっきりと起きたわたしはいつも通り鍛錬を、と庭に出る。
何故か同時に、転移陣が光る。
セレネルかな?と思いそちらを見ると。
「あら、ちょうどよかったわ。お早うミィス」
ととても眩しい女神のような笑顔のシュトリヤと、今にも死にそうな顔をしたいつもの(可哀想な)近衛騎士が現れた。
この近衛騎士さんも転移魔法が使えるのか、それで起用されたのかもしれないな。
うん。
よし、もう驚いていいよね?
「なんでシュトリヤがここに!?」
謹慎中だと聞いていたし、もう二度と外では会えないんだとばかり思っていたのですけれど!?
「あら、ちゃんとお母様に許可はいただいたわ。ミィス、ちょっと顔を貸しなさいな」
美しく微笑むシュトリヤに見惚れてしまう。
こういう強気な笑顔もシュトリヤがやると美しさと可愛さが共存してすごくいい、女神でもあり天使でもある。
勿体ないので目に焼き付けておこうとじっと見つめていると。
「さあわたくしの近衛騎士!やってちょうだい!」
楽しそうに命令するシュトリヤに、半泣きの近衛騎士が「はいッ!」と裏返った声で返事をし。
彼に問答無用で俵担ぎされてそのまま城に引きずり込まれた。
一歩間違えば誘拐なんですが。
「ま、待って」
急にいなくなったら心配かけちゃう!!
慌てて制止の声を上げたものの、「エリューさんには伝えてあるから心配いらないわよ」と一蹴された。
それならいいんだけど。もうあとは大人しく担がれて運ばれる。
下準備も周到のようで本格的に疑問符で頭がいっぱいだ。
でもこんな強引に連れてこなくても呼んでくれればわたしから行くのに。
ちょっと頬を膨らませると、シュトリヤにその頬をつん、とつつかれる。
「ちょっと内緒にしたい相手がいるの。大人しくわたくしのお人形さんになるがいいわ」
連れられた場所はシュトリヤの部屋ではない。
「ここここここって…!!」
「お母様もお待ちよ!」
いい笑顔をいただき、無事わたしは撃沈したのでした。
ここは王妃様がよくご利用になっているお部屋だったから。
部屋に入ると、わたしを俵担ぎにしていた近衛騎士は強引かつ力強い運搬とは裏腹にそっと地面に着地させてくれた。
完全に巻き込まれただけであろう彼に、そっとお礼と謝罪を述べておく。
感極まって泣きそうになっているけれど、そのすぐ泣くところはどうにかしてお願い。
彼は泣いたまま一礼すると、部屋から出て行った。
気配が消えたわけではないから、扉の前にはいるようだ。
「きたわね、ミィスちゃん。」
うふふと楽し気に笑う王妃様を見る限り、鬼教官モードではなさそうだ。
それには安心した。
…のは間違いだった。
シュトリヤは「ちょっと」って言ったのに!
「ミィス、あの男から靴を貰ったわね?それを出しなさい」
ちょっぴり不機嫌そうに言われ、クローゼットから新しい方の靴を出す。
「あらあ、素敵なセンスと自己顕示欲たっぷりの素晴らしい靴ねえ」
褒めてるのかそうじゃないのか微妙なラインだ。
ミヤビも前に自己顕示欲の塊とかなんとか言っていた気がする。
「でも、そうね。今日はそれがぴったりだわ」
うんうん、と頷いているのだけど、そろそろわたしに何をしようとしているのか教えて欲しい。
その視線の意味を感じ取ってくれたのか、
「今日は夜会を開くわ!」
心底楽しそうな王妃様に漸く今日の趣旨をお話いただけることになりほっとした。
本当、このままだとただの誘拐でしたから。
今日はシュトリヤの婚約者候補発表と、それをわたしに選ばせてくれるということをきちんと公の場で褒章として与えるために夜会を開くらしい。
もう書簡はもらっているから、発表の場というだけだ。
貴族だけが対象なのはシュトリヤのお相手だし仕方がないだろう。
貴族の集まりは苦手だけれど、必要なことであることは理解している。
そしてこのための王妃様のスパルタレッスンだったのだから、折角なので発揮したいところ。
それにしても随分急に開くのね。
濃密な日々で、数週間居たように思うけれど"壁"の向こうには1泊しかしてないのに。
「ミィスちゃんも主役の1人なのだから、しっかり着飾らないとね。」
という意図のもとわたしはここに攫われてきたらしい。
「で、でもわたし、」
「もうドレスはいくつか準備してあるのよ。」
ぱんぱん、とシュトリヤが手を叩くと、マリアさんを初めとする侍女たちがずらりとドレスを持って出てきた。
うん、いくつ準備してくれてるんだこのシュトリヤは。
10人分ほど違うドレスに並ばれて、くらりとした。
「ミィスをただ待っているだなんてわたくしに出来なくて…
この数日で、これだけできてしまったのよ。自分でも驚きだわ。
ミィス、無事帰ってきてくれてありがとう」
なんてタイミングで、そんなことを言うのだ。
もう以前のように抱き締めてはくれないけれど、シュトリヤの気持ちは十分に届いた。
そんな風に言われて断れるわけがない。
「…待っていてくれてありがとう、シュトリヤ。順調に進んでいるから、もう少し待っててね」
「ええ。わたくしはミィスを信じているわ。…それで、受け取って、もらえるかしら」
もじもじと不安げに肩を揺らし、上目遣いで目を潤ませるその姿に、思わず膝から崩れ落ちた。
かわいすぎる…!!
「ありがたく…いただきます…」
わたしは悩殺されたのであった。
演技だって!わかっているのに!!
その証拠にもう潤んでいたはずの目は乾いている。
こういうところ王妃様とそっくり。
今日は一着しか着ないのに、着なかった残りもくれるらしい。
いつ着ろと…
だって次の機会にはまた増えるんだよ、わたしもうわかってる。
「きっと必要になるわ」
扇を口元で広げ、意味深に微笑む王妃様。
わたしは貴族とあまり関わらない方の家系だし、無いと思うんだけど。
首を傾げていると、侍女の1人に着ていた服を剥かれる。
すごいのが、こちらの裸体を一切晒すことなく薄い違う服に着替えさせられているところだ。
呆れるくらい感心するが、ちょっぴり助かる。
胸元に大きな、しかもあまり綺麗ではない傷跡があることはセレネルしか知らないのだ。
進んで見せたいものでもない。
そうしてお風呂に連行されて体中をぴかぴかに磨かれたのだった。
いい香りと気持ちのよい手つきに体を委ねると、大変に気持ちがよくてすっかり眠ってしまった。
「さてミィス!フィッティングの時間よ!」
元気なシュトリヤの声で起こされた。
少し眠たい。
「…うん…」
「かわいいけど起きてちょうだい、ミィス」
今度は柔らかく囁くように起こされて、耳から脳内にかけて幸せでいっぱいだ。
「もう3着に絞っているの。ミィスはどれが好きかしら」
もう突っ込まないけれど、またあの総レースの下着(もうわたしはこれを下着と呼ぶぞ)を着用させられている。
どうせあとでコルセットを付けるので、多分シュトリヤが見たいだけだ。
デザインが違うのでまた何着も用意してあるのだろう。
後ろからパシャパシャとシャッター音が聞こえる気がするけど気のせいだと思いたい。
一つ目は純白の生地に白い糸で刺繍を施された上品なドレス。
ところどころできらきらと光を反射しているのは気づきたくなかったけれどビーズじゃなくて宝石だ。
シュトリヤが着れば女神と見紛うほどに神々しいお姿になるのだろうけど、着るのがわたしでは気が引ける。
これはちょっと着たくない、できれば一生。
二つ目は漆黒の生地だが裾や袖に透ける素材の布をあしらった大人っぽいドレス。
多分シュトリヤの趣味が満載で、背中に布がないし、脚も透けているので全部見える。
布の量は多いのに露出度の高い不思議なドレスになっている。
夜会で着れないと思うんだけど。
という目で見たらさっと逸らされた。
つまりこれは却下。
三つ目は少し薄い紫色の生地だった。
「シュトリヤの目の色だね」
と笑う。わたしはこれが一番気に入った。
デザインも、背中はお尻くらいまで開いているけれど他は布があるし。
(このデザインならコルセット無理だとかそういう打算もあるけれどそれは内緒だ)
胸元に金糸で施された刺繍は、はっきりとはわからないようになっているけれど、月だ。
「シュトリヤの色とわたしの色とセレネル。素敵なドレスをありがとう、シュトリヤ」
「あら、気づかれちゃったわね。じゃあそれにしましょう。」
嬉しそうに微笑んだところを見ると、どうやらこれが本命だったらしい。
実質一択だったようで、笑ってしまった。
ドレスが決まり、あとはお化粧や着替えや髪や…の準備だ。
それは王妃様もシュトリヤも必要なので、ここで一旦お別れ。
ここまででしっかり夕刻まで時間が経っているので女性の準備って大変だ。
去り際に、「わたくしも金色のドレスを着るわ」と言っていたので楽しみ。
こんなあからさまな色合わせ、よく王妃様が許してくださったなあと思ったけれど、
どうやらそれも含めてわたしへの"御褒美"らしいので有り難くいただいておく。
わたしに甘い気もしているけれど、さすがにそれを辞退したりするほど野暮ではない。
プロたちに再び任せているうちに準備が終わり、姿見の前に立たされた。
何やら侍女や騎士たちのうっとりとした熱い視線をものすごく感じる。
姿見に映るのは確かにわたしなのだけれど、そうは見えないくらい、きれいだった。
間違いなくわたし史上最高。
自分でもきれいだと思う程なのだから。
「わあ、すごい。さすがプロの腕前…!ありがとうございます」
今日は騎士ではなく、淑女の礼を取ると溜息のような声が沢山漏れてきた。
「とんでもございません…!ミィス様のご準備のお手伝いをさせて頂き大変光栄です…!!」
侍女たちが涙を零さんという勢いでこちらを見てくる。
そんなに見られたらさすがに緊張してしまいます。
気を紛らわせるために仕上がりを確認する。
一応陛下たちがくる公の場だし、自分でもチェックしないと。
彼女たちを全面的に信頼しているから、本当に一応だけど。
髪型はほとんどいじらず、小さな宝石が散りばめられた白のレースが飾られている。
首には種のついたチョーカーだけ。
リボンの色は、今は魔力が空っぽなので白。
この種が宝石のようなので、夜会につけていても問題はないし、むしろとても美しい。
クスィラさんのネックレスは先日アンブローズに相談して取れるようにしてもらったので今は外している。
(取れないのが不便だったのです。ごめんなさい)
聖剣を持たせてもらえないので、今日はわたしに騎士がついてきてくれる。
その彼に預ける。
エドも着いてきてくれるそうで、至れり尽くせり。
ひきつった笑顔で受け取ってもらったけれど、「呪われたりしないよ?」と茶化してみたものの、表情は硬いままだ。
どうやらそういうことではなかったらしい。
「国宝より価値のあるものを…!この手で…!」
とかなんとか。
切れ味がよすぎるっていうだけでただの剣なのにね。
靴は王妃様に言われた通り、セレネルに貰った靴だ。
裾の長いドレスなので、ダンスをしたときくらいしか見えないだろう。
ダンスをする予定もないし。
「あれ、そういえばわたし1人で入るのかな?」
夜会は普通、女性は男性にエスコートされるものだ。
けれどそういう約束はしていないし…今朝夜会のことを聞いたのだから当たり前だけど。
入る時だけウィルにお願いしようかな?
ちらりと見ると、真っ青な顔でぶんぶんと首を横に振られた。
「え、駄目…?」
「死にます!!」
死なれては困る。
じゃあ、とエドを見たけれど同じく首を横に振られた。
「まだ死にたくないので」
よくわからないけれど、死ぬらしい。
わたしのエスコートで死が過るってどういうことかなと首を傾げていると、侍女の1人が前に出てきた。
「ミィス様、そろそろお時間ですのでご案内いたします」
「あ、はい」
もしかしたらわたしはエスコート不要なのかもしれないな。
それならそれで問題ないし、うん。
と思って案内されたホール横の控室で。
わたしは言葉もなく立ち尽くした。
多分顔が赤い。
下手をすれば剥き出しの肩まで赤いかもしれない。
だって、これは、ずるい。
向こうも驚いているようなので、お互い様なのかもしれないけれど。
そこには普段の蒼の騎士服ではなく、礼装用の騎士服に身を包んだセレネルが居た。
以前の式典ですらいつもの蒼い方だったので、初めて見る姿だ。
深緑の生地に、金の飾りがふんだんにあしらわれた豪華なもの。
隊長であることを示す飾りがいくつも付けられている。
戦うための衣服ではなく、魅せるためのその衣装はセレネルにしか似合わないのではと思わせるほどにぴったりだ。
すらりと伸びた長い脚が、上着の丈が短いせいで普段よりも強調されている。
右側のみに垂れる外套のため、いつも隠している尻尾もしっかりと見えている。
その代りに、被った帽子が耳を隠している。
手にはかなり薄手の黒い手袋。
少し長めの前髪は左側だけすっきりと上げられ、普段見えない額が見えている。
その分銀の瞳がいつもよりはっきりと見えていて、ばちり、と視線がぶつかった。
「ミ、ィスか…?」
「う、うん。ご、ごきげんよう…?」
完全に見惚れてしまっていた。
おずおずと挨拶をする。
「…シュトリヤのやつ」
小さく溜息を吐いたセレネルもわたしがここに来ることは知らなかったようだ。
「俺は今日ここに来る人物のエスコートをするようにとしか言われていないが、お前でいいんだな?」
「わたしは何も聞いていないんだけど…」
「そうか、…はあ。驚いた」
ひとつ息を吸うと、セレネルは蕩けるような笑顔を向けてくれた。
「綺麗だ。」
それだけ囁くと、呆けるわたしの手をさっと掴み、扉までエスコートされる。
首に手を当てられ、魔法を使われたのがわかった。
多分、リボンの色が銀色になった。
それを何故か満足げに見たあと、
「入るぞ、笑え」
と、頬をつつかれる。
けれど無理だ。
だって、セレネルがあまりに素敵すぎる。




