7.幻想種の魔力結晶のお話
翌朝、いつもの時間に目を覚まし、剣を振るう。
セレネルは大丈夫だろうかと心配で仕方がないが、男子テントに押し入るわけにはいかないし。
少し悶々としていたら、いつも通りセレネルが現れたので思わず目が潤んだ。
「セレネル!!大丈夫!?」
駆け寄れば、ばつが悪そうに顔を逸らされる。
「大丈夫だ。見苦しいところを見せた。お前こそ大丈夫か?」
あんなに苦しい思いをしてまで頑張ってくれたのに、なぜわたしのことを案じてくれるのだろうか。
「わたしは何もないよ、大丈夫。本当にほんとうに、もう大丈夫なの?あ、手の怪我は!?」
ばっとセレネルの右手を掴み、手袋を剥ごうとしたら止められた。
「スカンに治療してもらったしもう大丈夫だ。先に言っておくがお前が殴った分も大したことはない」
先手を打たれ、全て問題ないと言い切られてしまったのでもうそれを信じるしかない。
嘘を言っている様にも見えないけれど、少し元気がないようには見えるのだ。
「その…お前を怖がらせたわけではないと言っていたと思うが、本当か?」
「うん!セレネルを怖く思うわけないよ!!」
と言い切れば、漸くセレネルの中で何か融けたようで、いつものように笑ってくれた。
「そうか、ならばよかった」
蕩けるような、あの笑顔だ。
どきどきと煩い鼓動を深呼吸で黙らせ、いつもの鍛錬を開始した。
気付いてはしまったけれど、もう少しだけ蓋をしておきたいの。
今やるべきことは、他にあるんだから。
皆が起きてきて、朝食後。
「幻想種の魔力結晶ですが、私に任せてもらえませんか?」
ぴしっと姿勢を正して申し出るのはアナトーレだ。
「多分だけどアナトーレに頼むしかないんだよね、幻想種のことはよくわからないけれど、【調教】がないと話も聞いてもらえないんでしょう?」
「それは少し違います。わたしも師匠に教えてもらったばかりなのですが」
召喚して呼び出す場合と、会って直接話を聞く場合とでは意味が異なるらしい。
ここでは彼らは普通に知性のある生物として各々のびやかに生活しており、その中で時折召喚魔法に応じて力を添えてくれているだけとのことだ。
【調教】はその名とは異なり、どちらかというと契約を共有するために必要らしい。
「だいたいが契約時に体の一部…私は髪を差し出しました。」
というアナトーレの左側と後ろ側の髪は既に一角獣と風精に差し出してしまって二度と伸びないらしい。
リスクなくたくさんの幻想種と契約することでひと悶着あったらしく、遥か昔にそういう契約に落ち着いたそうだ。
「ですが、今以上の力を求めるとなると今度は信頼関係が必要なのです。これ以上髪を差し出しても意味はないそうです。」
アナトーレは借りた魔力で魔法を産み出すことしかできない。
(もちろん今の感覚からするとそれでもとてもすごい)
直接会話をしたのは召喚した初回だけらしい。
それすら本体ではなく分身のようなものだったそうだ。
「そこで、風精に会ってお願いしようと思うのです」
どうも、一角獣より風精のほうが穏やかな人柄らしい。
そして、幻想種が多く住むこの地であればより呼びかけに応じてもらえる可能性が高いそうだ。
「アナトーレにお願いするしかないよ。他は全員幻想種を見たことすらないんだし」
「では、お任せください」
緊張した面持ちで、けれどほほ笑むアナトーレにわたしも笑いかけた。
アナトーレは少しわたしたちから離れ、槍を構える。
「――風の力を司りし精霊よ」
静かに呼びかけると、槍の魔宝玉がふわりと光る。
「――戦ぐ春風 薫る夏風」
「――涼し秋風 疾き冬風」
「――我の元に 姿を見せ賜え」
「<風精召喚>」
アナトーレが唱え終わると、いつもとは違い風が四方八方から槍に集合しているようだ。
その槍を支えるアナトーレが少し険しい顔をし出したころ、突然に全てが凪いだ。
あの風はどこに…?
と一度槍から目を離し、再び槍に目を向けた瞬間、先ほどまでなかったはずの人影が現れた。
「!?」
びっくりして声が出そうになったが、アナトーレの邪魔をしてはいけないと、必死で飲み込んだ。
エリューも同じように口を押えている。
「この大陸に来ていることは知っていましたよ。よく呼び出してくれましたね」
穏やかにほほ笑むその女性のような姿は、全身がぼんやりと黄緑色に発光している。
ふわふわとした髪はなぜかゆらゆらと宙に浮かび、足も地面にはついていないようだ。
これが幻想種、風精。
わたしたちとは明らかに違う種族に、少しわくわくする。
「アナトーレも心地よい魔力を奏でるようになりましたし、もう少し上位の力を授けてもかまいませんよ」
その場に跪くアナトーレの頭にそっと掌を翳している。
「有り難く頂戴します」
「ただ、そうねえ。硬いのですよねえ、アナトーレ。次はもう少し親しくしてくれるとこちらも嬉しいです」
ふう、困ったわ。と頬に手を当てて首を傾げる姿がちょっとシュトリヤに似ていて思わず笑みが零れる。
すると何かに気づいたようで、こちらをがばっと見る風精と目があってしまう。
「あら?あらあらあら?」
ずずずずいっと何故かわたしの眼前まで顔を寄せられ、数歩後ずさる。
「へえ、これが勇者ですか。初めてみました。心地よい魔力、幻想種に好かれますよ」
頬をすりすりと撫でられ、不思議な感覚だ。
人のように体温はないのだけれど、春の風のような温かさを感じる。
「風精、お願いがあるのです」
アナトーレがこちらに歩いてきて再び跪く。
「もう、またそんな態度…まあいいです。なんでしょう?」
畏まるアナトーレに不満げに頬を膨らませるが、すぐに真顔になる。
もしかしたらアナトーレの真剣さが伝わったのかもしれない。
「あなたの…魔力結晶をいただくことは可能ですか?」
恐る恐る口を開いたのがわかった。
そもそも魔力結晶がなにかよくわからないのに頼むのはかなり怖いこと。
それをアナトーレに一任してしまい申し訳ない。
「あら、そのくらいいいですよ。でもせっかくですし、わかりにこの勇者の魔力をすこし舐めさせてくださいな」
にこり、とわたしを見て満面の笑み。
「ちょっと泣いてくださる?」
わたしの鼻をつついているので、どうやら涙が欲しいらしい。
そんな急に言われてもでないよ!?
あわあわとみんなに助けを求めてみたが、全員困惑した顔のままだ。
「そうですねえ、嬉し涙とか甘い涙がいいのですけれど」
と更に条件を付け加えられた。
もう指の骨でも折ろうかと掴んだところだったのに。
エリューがはっとしたようにセレネルの肩に飛びつき、何かを囁いている。
わたしには聞こえなかったが、アナトーレが何故かすごくにっこり笑っているので、ちょっと嫌な予感がした。
「なんでしょう?わくわくしますね!」
風精はわたしの肩辺りにまとわりついてふわふわと動いている。
わたしにもわかりません。
初めの厳かな印象とかなり違って結構はしゃぐタイプの人らしい。
アナトーレが人柄で選んだというのもわかる。
話がしやすい。
セレネルは無表情のままエリューの言葉に頷き、わたしの前に立った。
「風精、俺の後ろに回ったほうがよく見えるぞ」
と風精を自分の背中に回らせた。
わけがわからなさすぎて困惑しぱなしのわたしの肩をそっと掴み、セレネルの顔を見上げると。
目が合うと少し眩しそうに目を細め、口元をゆるりと緩める。
つまりあのとろりした微笑みを浮かべ、わたしの耳元に口を寄せた。
「お前が昨日着用したという服を、俺にも見せてくれないか」
と低い声で囁かれて、ひゅっと喉の奥が鳴った。
昨日の服って、あのパジャマ…ネグリ…いや下着!あれはもう下着!!
それを着てセレネルの前に立つということを想像してしまい、ぼふん、と顔から火を噴いた。
少し顔を離してこちらを見つめ、「駄目か?」とほんの少し眉と耳を下げる。
わたしはこれをわざとやっているっていうのを理解しているのだけれど。
その上で、いつも絆されていたのはやっぱりわたしが、
いや今はいい。
今問題なのはどう回避するかである。あの下着姿をセレネルに見せるわけにはいかない。
女子同士でも恥ずかしかったのに!!
それを他の誰でもない、セレネルに見られるなんて!!
い、いやセレネル以外でも駄目だけど、でもセレネルに…!!
とセレネルがゲシュタルト崩壊しだし、混乱を極める。
脳内でセレネルがぐるぐると廻り、瞬きも忘れてじっとセレネルと見つめ合う。
どれくらい経っただろうか。
ちゅ、と目元に柔らかい感触に体がびくりと飛び跳ねた。
「ありがとう、勇者。とてもおいしい魔力ですよ」
満面の笑みでわたしに抱き着くと、風精はぐっと親指を立ててアナトーレに何か握らせた。
「ではまた!」
風精は嵐のようにもう跡形もなく消え去ってしまい。
「ミィス、これが魔力結晶のようです」
やり切った笑顔で爽やかに黄緑の宝石のようなものを握らされた。
セレネルは笑顔のままわたしから離れる時に、「返事が貰えず残念だ」と囁くので、再びわたしの思考は途切れたのであった。
気付けば瓶に風精の魔力結晶を仕舞っていたし、エリューのことをぎゅっと抱きしめていたけれど、これは精神安定剤なので許してほしい。
いやエリューが仕掛けたことなんだけど。
返事が有耶無耶にできたことだけが救いであります。




