2.金の瞳のお話
「なっ何しにきたのよ!!!」
と泣きそうな顔でわたしに言っているが、アーラは一体ここで何をしでかしたんだろうか。
「ええと、始祖の竜さんという方に用があってきました。わたしはミィス・フォスです」
「ミィス…?アーラじゃないの…?」
へなへなとその場に座り込む女性。
「大丈夫ですか?」
と手を差し伸べようとすると、ひっと怯えられてしまった。
さすがにかなしい。
代わりにアナトーレが手を差し伸べ、立たせてあげる。
「"壁"の向こうから来たわね?ということは短命種ね?」
「ということはあなたは長命種なのですか?」
雰囲気からすると竜ではなさそうだから、吸血種と呼ばれる種だろうか?
「違うわ。私は短命種、人間よ。だいたい吸血種が怯えたりするものですか。」
と胸を張って言われた。
きれいな人なんだけど、可愛い人だな。
「ええと、ではどうしてあんなに…」
「あんたの瞳よ!"金の瞳"に会ったら全力で逃げろって小さい頃から言い聞かせられるのよ」
というと、とある伝承を教えてくれた。
曰く、1000年も前にこの壁を越えてきたアーラという金の瞳の悪魔は、この大陸を海からこの標高まで押し上げた。
その凄まじい力を見せつけられたこの地の人々は、畏怖と共に"金の瞳"を記憶に焼き付けた。
と。
え、うそでしょこの大陸アーラのせいでこんなとこにあるの!?
なんで!?
「詳しい話は知らないわ。急に叫んで悪かったわね、子供に言い聞かす教訓話みたいなものよ。
"金の瞳"の悪魔に攫われるぞっていうやつ。あなたたちの方にもあるかしら?」
と言われて納得した。
魔人に攫われるぞってやつと似ている。
だからと言って魔人にあっても叫んだりはしないけど…普通の人なら叫ぶのかな?
「それが本当にいたものだから驚いたわ。」
と言われて、今後この人たちを脅かすわけにはいかない。
毎回このやりとりをしたくない。
なぜならわりと傷つくから。
「ミヤビ、目の色変えてくれない?」
「ええよ~ほな折角やし拙とお揃いにしたろ。
――真影を映せ
<八咫ノ鏡>」
自分で確認はできないが、ミヤビが満足げなのできっと淡い朱色になっているだろう。
「あれ、そういえば短命種って…ここは長命種が住むって聞いてたんですが」
「吸血種って普通の食事もするけど、短命種の血がないと生きていけないのよ。
私たちは血を与える代わりに魔物から護ってもらってる共生関係なの。
そうやって1000年前からここに暮らしているらしいわ。あんまり知らないけど。」
長命種ばかりでないというだけで少しほっとしてしまった。
初めて会う種族にはやっぱりちょっと緊張するし。
「でもこのあたりに魔物が出るなんて珍しい、びっくりしたわ。」
と言われて申し訳なくなった。多分わたしのせいです。
「あなたの魔法で結果的に助けてもらったのだし案内するわ。私はリリー、よろしくね」
と言われて更に申し訳ない。こんなマッチポンプを狙っていたわけではないんです…!!
どうやら吸血種は夜行性らしく、昼間は短命種が見回りをしているらしい。
けれど、この地の魔物は夜行性が多いらしく、昼間に魔物が出ること自体珍しいと追い打ちを掛けられた。
多分わたしのせいだけど、確証はないので流石に謝れない。
心の中で散々謝罪したあと、彼女たちの街へ到着した。
「ここが私たちの街。で、あなたたちの目的の始祖の竜アルカはこの街で暮らしているわ。案内してあげる」
「いいんですか?」
「ここまで来たら一緒よ。あなたたち悪い人じゃないと思うし」
と笑うリリーさんの好意に甘えて、ついていくことにした。
辺りは結構活気がある。
特区ほどではないけれど、2区の街くらいは人が居そうだ。
見る限り、わたしたちの世界と同じように生活しているように見える。
今のところ全て同じ短命種だし、外からきたわたしたちを見ても特になんの反応もない。
服装だけが少し違うみたいで、騎士服みたいな、少し古いデザインの服をみんな着ている。
こちらも王都の一般的な市民の格好をしてるのはわたしとエリューだけなので結局さほど目立っていないのかもしれない。
スカンさんみたいな鬼人の服を着ている人はいるみたいだし。
やがて辿りついた少し外れにある石造りの家の前で、リリーさんがとんとん、と戸を叩く。
どうやら魔宝玉や魔具の類があまり普及していないようだ。
発達していないのか必要ないのかはわからないけれど。
「アルカ、お客さんよ、"壁"の向こうからの」
と彼女が告げると、扉が勝手に開いた。
これは多分魔法。
「じゃあ私はここまでね。用が済んだらお話しましょう?あちらの世界にも興味があるわ」
と去った彼女を見送り、扉を潜った。
広い玄関ホールにその人は立っていた。
やはり例にもれず美しい彼女が、始祖の竜であるアルカさんなんだろう。
濃い薔薇色の髪は伸ばしたままのようで、地面にも散らばっている。
瞳も同じ様に華やかな薔薇のような色。
「"金の瞳"をみせてくれない?妾あの目が大好きなのよね」
と自己紹介する間もなく開口一番に言われてしまったので、ミヤビに目配せする。
「――昏き世界の終り」
「それそれ!!なんか妾が好きすぎて語ってたらいつの間にか悪魔になっちゃったのよね、ゴメンね!」
と頬を両手でガッと包まれ、5cmほどの至近距離で瞳をじっと見つめられる。
背はわたしより随分高いので、上から覗き込まれるような姿勢で首が痛いです…!
この距離でマシンガントークはきついしみんな呆気にとられて口を挟む余裕すらないけれど。
つまり。
アルカさんは1000年前ここに単独でやってきたアーラの瞳をいたく気に入った。
アーラ曰く、竜人化の魔法の材料は、向こう側では見つからなかった。
もしかしたら始祖の竜なら何かわかるかもと"壁"を越えてきた。
それを聞き、必要なのはアルカの鱗だとわかったため、提供してやった。
そして、アーラはそのお礼に、『もうちょっと高いとこに住みたいわ、妾暑いの苦手なの』という
アルカの願いを叶え、大陸を剣で打ち上げたところ今の姿に落ち着いた。
とのことらしい。
流石にここに大陸を留めているのはアルカの魔法らしいので安心した。
大陸ごと打ち上げた時点でおかしいけれどアーラならやりかねないのでさすがアーラと思うだけに留めておく。
けれど、それを大興奮で長命種たちに話したところ、
1000年の間に少しずつ歪み、いつのまにか"金の瞳の悪魔"になっていたらしい。
「妾は何回も違うって言ったんだけど、まあアーラのことが忘れられないならいいかって。
怖く言うかどうかの違いで残ってる話は嘘じゃないし」
とあっけらかんと笑われて、確かに、と頷いた。
「で、ええと。あ、名前もまだ聞いてなかったね!」
と漸く頬を解放された。
「わたしはミィス・フォス。そのアーラのずうっと遠い子孫です」
と自分の名前を先頭に、順番にみんなのことも紹介する。
「あとは入口でバルドさんという光の竜待っています。」
「ああ、バルドね。元気かな?竜ってみんな妾の子供たちみたいな物だから気になっちゃうのよね」
けれど関係は断っていると言っていたような、と首を傾げる。
「ああ、妾"始祖の竜"でしょう?二面性の話は知ってる?」
頷く。竜は2つの事象を司っているというあれだ。
「いい子ね。」
ゆるりとほほ笑み頭を撫でられる。
「"始祖"の反対は"終焉"なの。妾は人にはあんまり関係はないけれど竜の"終焉"を司る存在でもあるのね。だから妾は、全ての竜の"始まり"に立ち会うことができるのだけど、次に会うときは"終わり"の時なのよね」
だから会えないの。と笑っているけどこの竜ほとんど神様みたいなお方じゃないか…
「で、あなたの願いは何?"壁"を越えてきたんだもの。普通の願いじゃないんでしょう?」
「竜人化の魔法を使いたい人がいるんです。ここには来れませんでしたが、彼女の願いでもあります」
と、シュトリヤが書いた手紙を渡す。
来られない代わりにせめて手紙くらい、と預かったものだ。
「ああ、まだ竜ではないから"会って"はいないけど、"希望"の子ね。
楽しみにしていたのだけど…そう。あの子は人になりたいのね。前の子と同じことをいうのね」
少し寂しそうにほほ笑んでいるのは、我が子が生まれる前に会えなくなってしまったような感覚なのだろうか。
「うーん、そうね。妾は竜には幸せになってほしいし、鱗はあげる。」
とにっこり微笑まれてほっとした。
次の言葉までは。
「けど、何かお礼が欲しいな。たとえばミィス、貴女のその綺麗な瞳とか」




