1."壁"を飛び越えるお話
4章開始します。よろしくお願いします。
「久しぶりですね、ミィス」
「バルドさん!無理いってごめんね、お願いします」
テミスラさんに見送られて転移してきた30区で、バルドさんは穏やかな笑みでわたしたちを迎えてくれた。
今日わたしたちはいよいよ"壁"を超える。
同行者はセレネル、アナトーレ、ミヤビ、エリューにスカンさん。
「こんなに大勢、大丈夫?」
「ええ、竜は力がありますから人6人くらいなら片手でも持てますよ」
と細い腕をむきっとさせる動きをしてくれるが、何も隆起しない、細腕のままだ。
なんのアピールだったのかは謎。
こういう少し抜けたところがあるけれど、見た目には本当華奢で美しい人。
すっかり光の方が定着したようで、あの全身真っ黒で禍々しい雰囲気だったことが嘘のようだ。
バルドさんの白は、アンブローズの氷のような白さとは違う、温かいミルクのような色。
それに少しだけ安堵する。
もう大丈夫とは聞いていても、自分の目で確認するまではやっぱり少し不安だったから。
「少し距離もありますし、其たちが作ったという箱を使おうと思って準備していました」
と見せてくれたのは、こないだ29区にいったときに作った馬車だ。
いつの間に。
その上部におそらくバルドさんが掴むためであろう輪っかが取り付けられている。
「テミスラに移動方法について相談を受けて、これを提案しておいた。アナトーレに頼んで持ってこさせておいた」
ということらしい。
セレネルはやっぱり仕事ができるなあ。
「師匠が手伝ってくださったのですよ」
と上部の輪っかを指して嬉しそうにアナトーレがほほ笑んでいるけれど、師匠呼びが定着してしまったようでがっくりする。
何やってるのアンブローズのばか。
帰ったらこの2人を何とかするぞと心に決める。
まったく脈なしって感じではないと思うんだけどなあ。
「其らはその箱に乗り、此が持って飛びます。では行きましょう。」
馬車に乗り込むと、外でばさり、と大きな音が聞こえる。
思わず窓(前はただの木枠だったのにガラスが嵌っていた)にへばりつけば、そこには乳白色の美しい竜がいた。
「わあ、綺麗!」
竜系魔物よりも遥かに大きく、雄大で、それでいて美しい。
一枚一枚がそれぞれ宝石のように煌めく鱗。
頭頂に抱く角は象牙よりももっと滑らか。
こちらを優しく見る瞳は竜特有の星を散りばめたような不思議な魅力を持つ。
「竜を見るのは初めてですか?」
「うん、完全に竜になったのは初めて見た!」
興奮して頷けば、どうやらくすっと笑ったようだ。
人の顔ではないけれど、意外と表情が読み取れる。
「では行きます。その窓は開かないですが落ちないように気を付けてくださいね」
というと、上部の輪を爪でそっと摘まみ、そのまま飛び立った。
馬車っていうか鳥かごっぽい。
凄まじい速さで高度を上げて行き、外の景色もすぐに一面空になってしまう。
「うわあ、すごい。もうこんなところまで」
窓に額をつけて下を見れば30区の島がもう豆粒のように小さい。
「ほんまにすごいんやねえ、竜って。」
と心底感心しているようだけど、ミヤビって竜とハーフって言ってなかったかな。
ご両親のどちらかは知らないけど、見たことはないのかなあ。
とミヤビを見ていたら、しっと指を唇の前で立てる動作。
まだ内緒なのね。別に言っても大丈夫だと思うけどなあ。
急に冷えるようになったと思ったら、そこはもう雲の上だった。
雲が海のように地面に広がり、どこまでも青い空のみが広がっている。
「ミィスとエリューはこれを」
とセレネルが渡してくれたのは騎士服のマントだ。
それを体に巻き付けると、とても暖かいようで、
「すごーい!これあったかい!!」
とエリューは喜んでいる。
わたしも思わず巻き付けてしまったが、これって。
「ふふ、騎士服のマントは自動で温かさを調節してくれる魔具なんですよ。」
いや魔具とかそうじゃなくて。(温度調節の魔具はそこまで高価じゃないし)
「これ隊長しか着れないやつだよね!えっこれ誰の!?あとアナトーレは大丈夫なの!?」
「騎士の制服自体も同じ魔具なんですけど、さすがに服は貸せないですからね」
と笑っているけど、ねえこれ誰の!?
マントのほうがやばくない!?
「気にするな、片方は俺の予備、もう片方は騎士団長の予備だ。」
「予備ならまだいいか…いやよくないけどあったかいからいいか…借ります…」
こんなことすら想定していなかった自分が恥ずかしいのでおとなしく包まる。
知っていれば温度調節機能のついた服くらい用意しておいたのに。
特区の周辺は夏も冬もそこまで厳しくないので普通の服で十分なんだもの。
雲の上がこんなに寒いなんて知らなかった。
「あれ、拙の分は~?」
「2枚しかない。お前必要ないだろう」
とじとっと見ているので、ミヤビはいらないらしい。
「あれ、バレとるん?」
と首を傾げている。
「ミヤビもその服がすごいの?」
いつもすらっとした洋服を着ているのに、今日は上に極東風の羽織を羽織っているから気になってはいた。
とてもおしゃれだったからそういうおしゃれなのかと思っていたんだけど。
「せやで。拙の国の王族に旅立つとき貰ったんよ」
さらっと言ってるけどそれってすごいやつなのでは。
そんなことあらへんよ~とひらひら手を振っているのでもう追求しない。
だいたいわたしが履いている靴とか装備とかももう笑えないくらいすごいものなのだ。
「あ、スカンさんは?大丈夫ですか?」
「ああ、鬼人はそもそも気温の変化に強い。気にするな。勿論子供はそうではないのでエリューには着せてやってくれ」
と蕩けるように微笑まれて「ふぐっ」と変な声が出た。
わたし最近おかしいのかもしれない。
「それでも我を気遣ってくれるというならば、ミィスがこの膝の上で温めてくれぬか?」
と真顔で言われたので、思わず頷きそうになった。
「ばッ…かかお前は!!」
と頭をセレネルにがしっと掴まれて頷きを阻止される。
「うっ…」
予期せぬ攻撃に思わず呻くと、ぱっと手を離されて小さく謝られた。
「…スカンが気になるならば、お前の分を貸してやれ。ミィスとエリューは一緒にくるまればいいだろう」
と長い溜息と共に言われた。
「あ、そうか。そうだよね、はいスカンさん!」
とマントを外して手渡す。
「ミィスおいでー!」
と両手を広げて呼んでくれたエリューに抱き着き、一緒に暖を取る。
さっきよりあったかい気がする。
エリューにうりうりと頬ずりをしていると、エリューも負けじと返してくれる。
うん、あったかい。
「ありがとう、ミィス。我を気遣ってくれるとはなんと優しい」
と変わらず蕩けるような笑顔で言われて再びわたしの心臓が跳ねた。
どうしてこんなにこの笑顔に反応してしまうのか、自分でもわけがわからない。
わたしスカンさんのことが好きなのかな!?
「ミィス、今度ボクとアナトーレと3人でじっくりお話しようね」
と小さく耳元で囁かれた。
そうだね、最近ゆっくり話せてなかったもんね。
でもなんで今?
「ミィス、"壁"を越えますよ」
と外から声がするので外を見ると、"壁"の頂が見えている。
「これが、"壁"の一番上、なんだ…」
凄く遠かった。
とてもではないけれど、わたしたち"人"にはここまで来ることは叶わなかっただろう。
いやアーラは1人で、しかも自力で来たらしいんだけど。
さすがに同じ種族とは思えないなあ。
そんなに幅のない頂を超えると、眼下にはもう雲しか見えないので、こちら側の大陸ももっと下にあるのだろう。
今度は降りて行く。
「目的地は向こう側より標高が高いのですぐに着きますよ」
という言葉通り、雲を突き抜けたらすぐ大地が広がっていた。
大陸の縁は断崖絶壁になっており、川から海へ落ちる水が滝を作っている。
どうなっているのかはわからないが、浮いているのか、細い軸で支えているのか。
周囲が全て落ちる水で囲まれているので仕組みまで理解することはできなさそうだ。
ともかくこの場所は海より高い場所にあるようだった。
降り立ったその場所は緑で溢れており、涼しく心地よい風が吹いている。
もう寒くないのでセレネルにマントを返すと少しだけひんやりした空気を感じる。
標高が高いせいだろうか。
目の前に石造りの門のような柱のようなものがある。
「始祖の竜が居るのはこの先の街です。…此はここで待っています。」
バルドさんはこの先には行けないらしい。
始祖の竜は、他の竜との交流を拒むらしく、バルドさんは結界で弾かれてしまうそうだ。
それは聞いていたし、ここで待っていてくれるなんて心強い。
行ってきますと手を振り、その先へ足を踏み入れた。
テミスラさんに作ってもらったこの場所の地図によれば、始祖の竜は一番手前の街にいるらしい。
が。
「魔物避けとかないんだなあ…」
と思わず声を漏らした。
わたしのトラブルメーカーは竜がいないと健在のご様子。
「さすがミィス、これは俺たちの方では見かけないな。誰か知っているか?」
とセレネルが笑いながら剣を抜く。
笑いごとじゃないよね。
「ああ、我も初めて見たがこれは祖先が書物を遺しているぞ。名は無いが、切るしかあるまい。
巨躯と怪力が珍しいだけだ。他は獣系魔物と変わらん」
と冷静にスカンさんが言っているけど、サイズが普通じゃないんだなあ。
獣系魔物とは毛が生えていて獰猛で何か身体的に優れた武器を持つ。
目の前のこれは爪と牙がその武器にあたるだろう。
ただし、魔法が他の魔物より得意ではない。
ので、確かに大きいだけ、力が強いだけなんだけども。
「ミィス、魔力はどうだ?試してみては」
確かにまだ増えた魔力を確認できていなかった。
「あ、そうだね。<スパークル・レイル>」
軽い気持ちで気持ち多めに放った魔法は、家より大きい魔物を貫き、そのまま魔石を砕いてしまった。
砂のようにさらさらと消える魔物を呆然と見つめるわたし。
「…加減してやれ、可哀想だろう」
ぽん、とわたしの肩をやれやれと言った様子で叩くセレネル。
え、魔物が?
「ま、待って違うの。いや違わないけど何これ!!」
思わず自分の手をぐーぱーとしてみるが何も変わらない。
「あの、ミィスもしかして把握していませんか?」
おずおずと言い出すアナトーレがこれから何を言うのか怖い。
「今のミィス、私よりも魔力がありますよ…?」
思わず膝から崩れ落ちた。
「み、みんなの魔力すごい…!」
どうやらいつのまにかわたしの魔力が獣人を越えていたらしい。
みんなのお陰だ。
「いえ、多分ミィスの器の成長がすごいのだと思いますけど…」
「ミィスの魔法すごいね!綺麗だったよ!」
と慰めるようにわたしの地面すれすれにうなだれた頭をぽふぽふしてくれるエリュー。
「他のひとに迷惑かかってないといいけど」
と魔法を放ったほうをがばっと見上げた。
魔物を貫いた魔法は、そのまま森の木々をぶち抜いている。
「…その時は謝りましょう、ミィス」
とアナトーレがわたしに手を貸してくれて立ち上がったところで。
ぴくりとセレネルの耳が震える。
「誰か居る。」
とだけ告げると、わたしがぶち抜いた木々の先を見ているようだ。
「今の魔法って貴方たち?」
と言う声と共に現れたのは、妙齢の女性でした。
そしてわたしと目があった瞬間。
「"金の瞳"!?」
と指を指されて叫ばれた。
どうやらアーラと関係があるみたいだ。




