幕間6.さようなら、わたくしの。
シュトリヤ視点、10話の前日のお話です
わたくしが29区へ行ったことは、すぐにバレてしまったわ。
隠すつもりもなかったから、それ自体はいいのだけれど。
けれど、帰った瞬間、お母様が待ち構えていらっしゃるなんて思わないじゃない。
さすがのわたくしも心臓が止まるかと思ったわ。
鬼教官モードのお母様ってほんっとうに怖いのよ。
お強いわけではないはずなのに、どうやってこの圧をだしていらっしゃるのかしら。
「それで、どういう話になったのかしら?」
とにっこりほほ笑むお母様に、テミスラがさっと説明をしたところでお母様はわたくしを見たわ。
その眼で、もう悟ってしまったの。
わたくしはきっと、決めなければいけないのだって。
場所をお母様のお部屋に移して、人払い。
ああ、きっとわたくし泣くのね。
思わずぽろりと諦めの笑みが零れる。
「シュトリヤ…いえ、シュトリヤちゃん。わかっているわね?」
「ええ、わかっているわ」
「私は、貴女の母親ですから。全て応援してあげたいわ。本当は恋だってやりたいことだって、貴女のことですもの。」
けれど、と一旦言葉を切る。
こんなこと言わせてしまって申し訳ないわ。
お母様も、ぐっとお腹に力を入れてこちらを見た。
「けれど、もうこれを最後にして。
方法が解って、それが叶うのであれば、貴女の有耶無耶になっていた王位継承権は第一位になるわ。
…ごめんなさい、せめて兄弟を産んであげられたらよかったのだけれど…」
ぽつ、と零した言葉にわたくしの涙腺は決壊してしまったわ。
ごめんなさいはわたくしの方だわ。
お母様を謝らせたかったわけではないの。
ただ、ただ
わたくしはミィスのことが大好きなだけで。
ずっと一番で在りたかっただけなの。
「辛いのね、わかるわ。少し私のお話を聞いて」
そっと、幼い頃のようにわたくしの頭を撫でてくださるお母様のてのひらの温もりを感じながら、ゆっくり頷いた。
「私も貴女くらいの頃、恋をしました。みなさんの憧れで、とても美しい方。
私に笑いかけてくださる笑顔が本当にほんとうに…今でも思い出せるわ。
眩しいくらいで、私のこころをほっと温かくしてくださる方。」
初めて聞いた、このお話。
お父様とお会いしたのは成人してからだそうだから、このお話は違う方ね。
お母様の胸に埋めていた顔を上げ、お顔を見る。
薄ら目が潤んでいらっしゃるようで、わたくしは悟った。
もういらっしゃらない方なのだわ。
「私は貴女とミィスちゃんほどあの方とは仲良くなれなかったの。
だから、あの方を…あの方への想いを託すことができなくて。
今もここに小さく残っているわ。」
と胸元をそっと握る。
これはお母様の後悔なのね。
わたくしに同じ轍を踏ませないように。
きっとお母様のその淡い初恋と比べると、わたくしの想いが大きすぎるから。
「本当にこんなことを言いたくないのだけれど」
悔しそうに眉をひそめるお母様なんて初めて見たわ。
「性別や、立場が仇になるなんて、貴女に申し訳ないの。
けれど、貴女は次の王になるわ。
ミィスちゃんがシュトリヤちゃんのお願いを叶えてくれないわけないもの。
私は信頼していますから。」
という言葉にわたくしも頷く。
ミィスは必ずわたくしを竜人化させてくれる。
そうなれば次の王はわたくしになるわ。
王位を継ぐ決まりは、人であることと能力的に問題がないこと、だから。
長い寿命を持つ長命種は王位を継げない。
独裁を防ぐために1000年前王都が成った時から決まっている。
だから、わたくしはミィスと共に老いて生きる幸せと引き換えに、王位という不自由と不幸せを甘受しなければならない。
「貴女もミィスちゃんも"次"が必要な立場なの」
悔しさを滲ませながら、けれど真っ直ぐな言葉はどすん、と胸に突き刺さった。
もちろんわかっていたわ。
王となるわたくしは、次の王を産まなければならない。
勇者の末裔であるミィスは、次の子孫を産まなければならない。
そうしなければ、この国の平和は続かないとあの旅で知ってしまったもの。
けれど、その事実はもう少し微睡みに沈んでいてほしかったの。
だって、もう少し、もう少し。
わたくしはミィスのことを好きでいたいんだもの。
だって、ミィスのことが大好きなんだもの。
わたくしの世界でたった一人の、わたくしの勇者様なのだもの。
ぽろぽろと、涙が次から次へと溢れだした。
「お母様が悪いわけじゃないの、わかっているわ。大好きよ。
けれど、やっぱりわたくしミィスのことが大好きで…
大好きで、大好きで…
どうしてわたくしじゃダメなのッ…!!」
ぐっと噛みしめた唇の端がぷつり、と切れた。
それをお母様がハンカチでそっと拭ってくださる。
「シュトリヤちゃんが、心から信頼できる男性はいるかしら?
その人に、ミィスちゃんを託せるような。貴女の想いを預けられるような、そんな人」
「そんなの、ひとりしか、いないわ…!」
ぐっと手を握り締めた。
絶対負けたくなかった。
だから、張り合ってみたりしたけれど。
本当はわかっていたの。
あの男になら、ミィスを任せたっていい。
だってあの男、本当に悔しいけれど、わたくし以上にミィスのことが好きなんだもの。
わたくし以上ってわたくしが認める男なんて絶対この世界に一人しかいないわ。
学園の他の男たちも、少し大人だけど頼りないミヤビも、主だと執着するスカンも。
ミィスのことを一番に想える人じゃなかったわ。
けど、あの男はミィスの気持ちを何よりも尊重できて、そのためなら自分を抑えることだって厭わない。
そんなのわたくしには出来なかった。
「セレネル、なら」
と小さく、本当に小さく呟く。
悔しいのよ、仕方がないじゃない。
本当に何一つとして勝てなかったのよ。
そんな最高の男、わたくしには勿体ないわ。
「そう、そうだったのね。私にも知らないことがあるのかしら」
「お母様だってわたくしたちが本当に仲が悪いとは思ってなかったわよね?」
「ええ、それはもちろんだけど…けれどシュトリヤちゃんが認めてるなんて思っていなかったわ」
ふう、と頬に手を当てて溜息をつくお母様。
自分で言うのもなんだけれど、わたくしこの仕草お母様にそっくりね。
涙は変わらず止まらないけれど、きゅっと結んでいた口元が少し緩んだのを感じた。
きっとこんなにそっくりなわたくしを一番案じてくださったのはお母様ね。
「認めてなんかないわ。一番ましってだけよ。ミィスだってきっとわたくしのこと大好きよ。」
同じくらいあの男のことも好いてると思うけれど。
あの子絶対自覚してないのよね。
まだまだ教えてあげるつもりなんてなかったの。
せめて学園を卒業するまでは、せめて成人まではってずるずる伸ばして。
「わたくし執念深いのよ。しつこいのよ。どうしたって諦められなかったの。
けれど、ありがとうお母様。
誰かに言っていただかないと、無理だったのだわ。」
まだ心までは納得いったわけではないけれど。
けれど
「決心はついたわ」
もう夜遅かったけれど、わたくしはお母様に背中を押していただき、戦場へ赴くことにしたの。
今夜までは、好きにしなさいと言ってくださったお母様、ありがとう。
そのお言葉に、甘えさせていただくわ。
ついでにお母様に一週間も自室で反省なさい、と言われたのだけれどこれって優しさかしら。
やっぱりまださよならには早いわね。




