8."壁"を超える方法のお話
「ミィス、このまま家を借りてもいいかな?」
家につくと、笑顔のテミスラさんが転移陣で出迎えてくれた。
「もちろんです」
リビングへ行くと、すでにスカンさんがお茶の準備をしてくれている。
「"壁"超えだけど、僕はバルドに頼むのがいいと思うよ。彼なら協力してくれるだろうし」
とテミスラさんが提案してくれる。
今のところバルドさんと一番関わっているのはテミスラさんだろうし、この人がいいというならいいのだろうけど。
「いいのかな、お仕事は?」
「まだ教会の建設は終わっていないけれど、魔人はこないだミィスが全て浄化したからそんなに急いではいないんだよ。ミィスが頼ればとても喜ぶよ」
「じゃあ、その方向で…」
「よしじゃあそのあたりは僕に任せてよ!バルドに話も通しておくよ、転移陣も設置済みだし」
お願いしますと言いかけたところで被せるように色々決まってしまった。
やけに嬉しそうなテミスラさんに首を傾げつつ
「ではお兄様、よろしくお願いします」
とお願いしたら、ぱあっと破顔し一瞬でに城に行ってしまった。
シュトリヤを連れて。
珍しく困惑した顔のシュトリヤがちょっと可哀想だった。
「行っちゃった…」
「テミスラはお前の役にたてて嬉しいんだろうな。」
「ほなまあ、あっちのことは任せるとして、や。」
「"壁"の向こうについて全員どれくらい知っている?」
一先ず学園で習う知識を話してみせる。
エリューが未履修だったので、それと共通意識の確認も込めて。
"壁"とは王都の大陸の西側に奔り、どこまでも続くもの。終わりはない。
上は果てが見えないほど続き、天に届くほどである。
その先には未知の生き物、植物、魔物などがいる。
かつてアーラがそれを見、我々に足を踏み入れるなと忠告したことを決して忘れてはならない。
「これだけ」
「それだけ!?」
というエリューの驚きも尤もだ。
多分これがテキストに載ってる全文だったと思う。
見たままだし何の情報にもならないよね。
「そうだな、俺たちが習うのはその程度だ。30区からが一番近いだろうな、そのすぐ先だ」
「拙の国の近くがもう片方の端やったからすぐ傍やったけど、やっぱり行く人はおらんかったし情報はないわあ」
"壁"はこの星を断絶するように一周ぐるりと回っているため、壁に近い国もいくつかある。
もっとも近いのがミヤビの国である"最果ての国"。
(国の名前はもちろん違うけど、わたしたちはそう呼んでいる)
わたしたちの世界が窪地なのか、あちらが山なのか、壁の向こうもまた海なのかはよくわからないけれど、とにかく断絶されている。
「で、役に立たない学園の知識は置いておいて、わたしからはこれ!」
と白の書を取り出す。
「アーラの項目が膨大で、ぜんっぜん読み切れてないからもしかしたら載ってるかもしれないの。」
「なるほど。では何かわかれば連絡をくれ。今日はもう解散にしよう、ミィスも整理したいだろう」
と、早々に自室に押し込められた。
確かに色々あって疲れた気はしているけれど、わたしはこっそり部屋を抜け出す。
みんなはまだ話し合っているようで、リビングから声が漏れ出ていた。
そっと29区に転移し、墓地へ足を運ぶ。
すっかり夜だが、昼間とは違う景色を見せるその美しい場所にもう一度目を奪われる。
昼間は聞こえなかった潮騒が耳に響き、空を見上げれば瞬く満天の星が視界を彩る。
墓石に視線を移せば、飾られていた魔宝玉が淡く光を発している。
あくまで星の光を邪魔しない程度に仄かなその灯りが幻想的だ。
とても落ち着く。
整えられた芝生の上にころりと転がり、持ってきた白の書を開く。
「ミィス、ちょっといいか」
上から降ってきたのはアンブローズの声だ。
けど足音もなく横に立つのやめてほしい。わたしじゃなければ悲鳴をあげられてたと思うの。
「あれ、ばれてた」
「気づかないわけねえだろ。その本貸せ」
と寝転がるわたしの手から本をひょい、と奪う。
そしてとんとん、と指で軽く叩くと返してくれた。
「隠していた部分を全て見れるようにしておいた。竜人化の魔法の部分や、"壁"の部分、お前の両親の部分だ」
どうやらわたしが読んでいたものは不完全だったらしい。
けどそれも仕方がない、アンブローズがわたしのことを考慮して隠していた部分だろうし。
「読みたい項目があれば、その内容を言えばその部分だけに絞って表示できるぞ」
という便利機能も教えてもらえた。
この本すごいなあ。
そしてこの本を作った天才が目の前で普通に話してるのもすごいことだなあ。
「ありがとう。あっそうだ、黒の書ってどこにあるかわかる?」
この人なら知ってそうだし、場所がわかるならテミスラさんのためにも回収してあげたい。
約束もしたし。
「ああ、バルドが棄てたやつな。回収済みだ。そういえばあの黒髪はマズ家のやつだったか?返しそびれたな」
どうやらあまりテミスラさんに興味がなかったようで。
というかフォス家以外に興味がないのだろう。
「悪いが返しておいてくれ」
ぽいっと国宝級の本を放り投げられた。これは大切に端末からクロゼットへしまっておく。
「それともう一つ、魔力供給について教えてほしいの」
「学園で習わなかったのか?」
「わたしは習ってないと思うんだけど…」
確かに他のみんなは知っているようだったから(エリュー以外)習っているのかもしれない。
自信はないけどわたしこれでも座学は主席だったし多分本当に習っていない…はず。
「それでお前は呆けてたのか?他のは知ってたようだが…種族別講習でもやってんのか?」
確かにやってた!獣人用、鬼人用、鳥人用はあった。けど、
「人間用はなかった…」
その日人間だけ先に帰らされたのを思い出した。ちょっと切ない。
「無意味だとでも思ったのか?チッ教師まで阿呆になってんのか?魔力量の少ねえ人間にこそ効果がある。」
ちゃんと聞いてカリキュラムに入れさせろと命じられたのでしっかり聞きます。
体を起こして端末からノートを取り出すと、アンブローズ先生の講義の始まりだ。
世界一贅沢。
「まず魔力の器は種族差と個人差があるが、平均的に器が一番でけえのは人間だ。」
それすら初耳だ。なにそれ。
「ただし、その器がほぼ空だ」
器はあるのに空なの…?
けどわたし魔力増えた感じするんだけどなあ。
疑問を浮かべつつ話の続きに集中する。
鬼人は人間の4分の1程度の器しかないが、満杯分の魔力を持つ。
獣人は人間の4分の3程度の器に、半分程度の魔力。
鳥人は鬼人と同程度の器に、半分程度。
らしい。
さらに、自分の最大値のようなものもあるらしい。
いくら魔力を使って減っても必ず回復するラインを指し、人間はそれが器の10分の1以下らしい。
人によっては本当にほぼ空っぽ。
だから人間は魔法が苦手と勘違いされ、そのままきてしまったようだ。
鬼人は誰でも器の上限が最大値と同じで、魔力の燃費が一番良い。
獣人は燃費がよくないので空になると自分の上限までためるのに少し時間がかかる。
鳥人は器に対して上限が低めで、減るのも早いが回復だけは一番早い。
魔力は食事や大気等から作られるが、多分人間はそれがものすごく下手なんだろう。
だから魔法苦手なのかあ…もう体からして作りが違うなら仕方がない気がする。
「人間不憫…」
「そうでもねえ。供給に関しては変換率が一番いい」
人間は、与えられた魔力1に対して少なくとも50くらいに膨らませることができるらしい。
鬼人は1対10くらい、獣人は1対1、鳥人は1対20くらいだそうだ。
「それはすごい!じゃあわたしの魔力も器いっぱいにすれば竜人化の魔法が使えるってこと?」
「それじゃまだ足りねえ。最大値の話をしただろ?それをひきあげて器が大きくしねえと。」
器を大きくするには、最大値を上げていく必要があるらしい。
それに伴って器も少しずつ大きくなるそうだ。
最大値のラインは変わらないから、その位置を維持しようと器が大きくなるということらしい。
「お前の魔力も最近多くなったように感じるだろ?それが最大値があがったってことだ」
「わたし特別なことはしてないと思うんだけど…毎日使ってたくらいで」
「それが一番効果的だ。弱い魔法でも使い続けるとどんどん出力や最大値が上がる。とくに人間は成長率もいい」
ここまで聞くと人間こそ魔法が得意になりそうなんだけどなあ。
「まああとはセンスも関係してくるんだが。魔力の質のほうの話だな。」
どうやらそっちの面で人間は向いていない人が多いようだ。
みんながみんな魔法が得意になるわけではないようで、それは残念。
「だが教えておけ。お前みたいに知らねえ間に魔力が増えて暴発でもしてみろ、普通の人間だと死ぬぞ」
それは確かに、と思った。
魔宝玉が耐えられずにぱーん!してしまう。
手が無くなったかもしれない。
改めて気づいてくれたセレネルに感謝したい。
「で、一般的な方法だが。」
魔力を貰い(なるべく器の上限まで)、魔法を使って空にする
を繰り返すのがいいらしい。
今回の場合は魔法を使うより感情…つまりときめくと魔力も増やせて種に魔力もあげられて一石二鳥なんだって。
「で、魔力ってどうやってもらうの?」
「俺様はこういう…魔力を結晶化できるが他はどうだろうな?習ったか?」
というと、"進化の華"の種と同じくらいの大きさの真白な丸い玉を出す。
見たことがないので首を横に振る。
魔法の抽出は習うんだけどな。それが魔宝玉と結びつけるってことだから当たり前だけど。
何の魔法でもない、魔力を出すっていうのはしたことがない。
「ああそうか、どっかで魔法の抽出と混同したか?魔力の抽出は全く別だ」
それを唇に押し当てられたので、口に含む。
ほんのり甘く、すぐに溶けてなくなってしまった。
すぐに仄かに胸元が温かくなり、魔力がぶわっと増えた感じがする。
「わ、わ!」
自分の中でどんどん熱が暴れる感じがする。
「お前変換率が人間の平均より高いな、大丈夫か?」
「少しあつい…うッ…」
「魔法を使え。空に向かって撃て。急げ」
アンブローズが少し慌てたようにわたしの左手を上へ向けてくれる。
そのままわたしの体を後ろから支えるように抱き込められた。
「<スパークル・レイル>」
アンブローズの手に支えられたまま魔法を放つと、体にかなりの衝撃。
背中で支えてくれたお陰でだいぶ和らげてもらったとは思う。
そして今まで見たことないほどの光の柱が空へ昇る。
もうこれ路じゃなくて柱。
もちろんこの魔法の威力がこんなことになったことは一度もないのでぽかんとする。
「変換率を誤った。悪い、大丈夫か?体調に異常はないか?」
とても心配げにわたしの顔を覗き込んだり背中をさすってくれたりする。
首元を触ったり、髪や頬に触れ何かを確認しているようだ。
「う、うん。大丈夫。」
「お前はどうやら50どころか500くらいの変換率を持つらしい。一気にたくさん受け取るとさっきのように魔力が暴走する。少しずつ受け取るようにしろ。」
これくらい、と今度はさっきの玉の5分の1くらいのものを見せてくれる。
今度は口には入れられず、それはアンブローズの体に再び融けたようだ。
「これ以外に方法ってあるの?」
「ああ、いくつかあるが」
難しい顔で考え込んでいたが、しばらくの後ようやくこちらを見る。
「お前に伝えられる方法がねえな。ちょっと待ってろ。明日までになんとかしてやる」
と言うだけ言うと、もう居なくなっていた。
アンブローズは自分の中でいっぱい考えて勝手に納得してこっちに説明してくれないから少し困る。
こういうの研究者気質っていうんだよね。
仕方ないか、とわたしは当初の予定であった本を諦め、アンブローズに教わったことを資料に纏めるため家に帰った。
こないだの鬼人についての報告書より分厚くなってしまったこれは、明日宰相に提出しなきゃ。




