7.竜人化の魔法のお話
「さて、もう黙ってても仕方ねえから竜人化の魔法について話す。しばらくは大人しく聞いてろ」
というアンブローズに頷く。
みんなも戸惑いながら渋々頷いてくれた。
竜人化の魔法は他の魔法と違う、1000年前より更に古い、つまり古代魔法を使うらしい。
古代魔法が何かをよく知らなかった(学園でも教わらない)が、材料が必要なものらしく、竜人化の魔法には2つ必要だそうだ。
この古代魔法、今では召喚魔法以外に使う人は皆無らしい。
「材料が必要とか効率が悪いだろ。古代魔法はほぼ全部材料の要らねえ魔法に俺様が置き換えてやった。偉大だろ。が、理にまで食い込もうと思ったらそれくらい古い魔法じゃねえと無理だ。かつて神々がこの地に居た頃の術でねえと、対抗できねえ。
ここまではわかるか?」
さらさらと説明してくれたので、とりあえず頷いておく。
アンブローズがすごいってことと材料が2つ必要ってことはわかったし。
シュトリヤとセレネルがわかるなら問題なし。
成績がよくっても魔法に関しては知覚できないことが多いからよくわからないんだよね。
「で、その材料の部分で俺様の求婚につながるわけなんだが。」
とわたしの目の前に何か降ってくるのを掌で受け止める。
「わ、これは…?綺麗」
直径3cm位のガラス玉のような何かだ。
外側は透明の濃い紺色で、中に様々な色の核のようなものがいくつも散りばめられている。
星空が閉じ込められているようだ。
「それは種だ。その花の蜜が1つめの材料だ」
「これが、種?」
美しい装飾品のようにしか見えないのでこれが植物と言われてもピンとこない。
「その花は"進化の華"。肌身離さず持つと、持ち主の心を糧に成長する。」
「心を糧…?可愛がればいい?」
よくわからないが種をそっと撫でてみる。
「いや違う。今回は…平たくいうと"トキメキ"ってやつが必要だ。」
なるほど。
だからアンブローズはわたしをときめかせるために求婚したのね。
「びっくりするほど俺様に靡かなかったけどな。さすがにへこむぞ。」
からから笑うアンブローズさんに、ようやくみんなの疑問が解消され、緊迫した空気が霧散した。
「最初に姫がここまで来なかったのも誤算でな。確認ついでにこんな呼び方をして悪かった」
どうやらアンブローズの求婚でわたしがときめくか確認しつつ、シュトリヤを呼び出したかったらしい。
どうしてわたしに求婚したらシュトリヤが来るのかわからないけど、実際来たのだからこの人はすごい。
生まれた時からわたしのことを見てるだけある。
「わたくしにも用が?」
「あたりめぇだろ、お前のことなんだぞ。」
「それはそうね。」
「お前が、そいつに何をさせるのかきちんと理解しておけ。」
「ええ。それに関しては感謝するわ。あなたのやり方でなければここには来れなかったでしょうし」
姫って本当に面倒だわと溜息をつくシュトリヤ。
最近お姫様であることを不満そうにすることが増えたので、少し心配だ。
せっかく戻れたのに。
「まず一つ目、"進化の華"は人の感情の揺れから無意識に漏れる魔力を糧にする」
個人個人が持つ魔力の質は異なる。
静か、とか賑やか、とか性格とほぼイコールになっている。
このあたりは学園でも教わるが、それが魔法に関わることはないと言われたはずだ。
感情が揺れると、魔力も少し漏れ出てしまう。
怒りの炎のようなものだったり、逆にブリザードだったり、あとは圧のように感じることもあるあれだ。
「これは持つ魔力の質によって咲く花の色と蜜の性質が変わる。今回必要なのは純粋な善の魔力で、それを持つのはアーラとフォス家だけだ。だから、ミィスでなければならない。
全力でときめかせろ。相手は誰でもいい。」
とその場にいる全員をぐるりと見る。
そのアンブローズの視線に、なぜか全員すごくきりっとした顔で頷いている。
え、待ってなんでそんな戦いに行く前みたいな顔してるの。
感情の揺れであればいいんだからときめきじゃなくてもよくない?
と思っていたら、他のでもいいけれどプラスの感情にしろと言われた。
それでもときめきが一番効率がいいそうで、できればそれでと言われてみんなが再びきりっとした顔で頷いた。
もうみんなに任せよう、わたしにはどうしようもないことだ。
「二つ目。今のままではミィスの魔力が全く足りねえ。その花を開花させるのに普通は数年掛かるが、それだと間に合わねえな?」
シュトリヤが18歳になるまであと1年ないのだ。それは困る。
「だからこれも誰でもいいが極力毎日魔力供給しろ。俺様の魔力もわけてやるからできるだけ来い」
魔力供給って何?学園で習ったっけ?覚えがないから習ってないと思うんだけど。
なんでみんな神妙な顔で頷いてるのかなあ、エリューはこっち側だよねえ?
話の腰を折りたくないので後で聞こうと今は静かにしておく。
「三つ目。竜人化の魔法を使えるのはミィスだけだ。残念ながら俺様も使えねえ。」
こればかりは血筋というやつらしく、わたしの魔力の質でないと使えない魔法らしい。
そんな魔法、多分古代魔法以外にはないだろうけど。
「必要だろうからこれを渡しておく。お前の両親が握りしめてた」
と渡されたのは、時計だ。
針や文字盤に様々な色の魔宝玉が飾られている。
「これって、セレネルのと似てる…?」
デザインは少し違うが、セレネルが持つ時計と似ている。
「ああ、お前には黙っていたんだが…ここにあったのか。
それは俺とシュトリヤが産まれたあと既に高かった陛下のテンションが、お前が産まれた時に最高潮に達したらしく、その勢いのまま私費で作られたものだ。
俺は15の時に受け取ったが、陛下からミィスには黙っているように言われていた。
ミィスの両親が持って逝ったなら、それでいいと。」
陛下絶対私費で、しかも個人の贈り物を作るなってフェガリさんに怒られただろうなあ…
父さんはどうだったかな、怒ったのかな。
それとも素直に受け取ったのかな?
少し疵の入った文字盤を、そっと撫でる。
「マルスはそれを握り締めて死んだ。もしミィスに必要になるときが来たら渡してやってほしい、と言っていた。その魔宝玉の質は最高級だ。それならば古代魔法にも耐えるだろう」
裏側にはわたしの名前と、産まれた年月日が刻まれている。
「アンブローズ、預かっててくれてありがとう」
「お前が受け取りに来なきゃ渡せなかったんだ。気にするな。ああ、言っていなかったが俺様はこの29区から出られねえからな。」
どうやら29区に施している結界の所為らしい。
アンブローズは、この地を誰にも荒らして欲しくない、と言った。
多分お墓があるから、だと思う。アーラとご先祖様たちの。
「最後。もう一つの材料は"壁"の向こうにある。この材料の取得にも、ミィスが必要だ。詳しくは後で説明するが」
とシュトリヤを見据える。
「さて、これら全てをミィスに背負わせるが、いいんだな?」
シュトリヤは、少し迷っているように見える。
この花も大変だけど、"壁"の向こうというので躊躇しているのだろう。
それも無理もない、ここ29区なんかよりもずっと情報のない場所だ。
アーラが行ったきり誰もいっておらず、その時の伝承で"強い魔物が多く蔓延る地。脚を踏み入れてはならない"となっているのだ。
そもそも雲を突き抜けるほどに高く聳える壁を越える術をわたしたちはもっていない。
「シュトリヤ、わたしはやるよ。どんなに大変でも。」
「で、でも無理よ。"壁"の向こうなんて。」
「大丈夫だよ。だってアーラは行ったから。わたしにだって行けるよ。もちろんまたみんなの手を借りることになるけど」
シュトリヤが、最近ミヤビの魔法で隠している角のあたりに触れているのがわかった。
「ねえシュトリヤ、わたしのためにもいいって言ってくれない?」
だってシュトリヤと一緒におばあちゃんになりたいのはわたしの願いでもあるのだから。
「…わかったわ。ありがとうミィス。あなたにばかり負担を強いること、申し訳なく思うわ。けれど、わたしを救ってくれるのがミィスであることが、何よりもうれしい」
そんな風に笑顔で言われて、その美しい笑顔にわたしがときめかないはずもなく。
ちか、と小さく種の中の核たちが光る。
「お、その調子だ、姫。」
「あら、こういうのでもいいのね?」
と首を傾げるシュトリヤもかわいい。と思うとまた小さく種が光った。
これわたしの心情だだ漏れだ!恥ずかしい!!
「ああ、いいが量が少ねえ。その種の外側の色が完全にミィスの目の色になれば終わりだからどのときめきがいいかは確認しろ。」
とりあえずその種はミィスの魔力を認識した。
と差す種の表面の色が、濃い紺色だったのに少し金が混ざっている。
アンブローズがそのまま指をちょちょっと動かすと、その種がチョーカーの飾りになり、わたしの首に巻き付いた。
片時も外すなよ、と言われたのでしっかり頷いておく。
「"壁"の話をするぞ。必要なのは"始祖の竜"の鱗だ。奴は温厚だから頼めば必ずわけてはくれるだろう。だがいかんせんあの"壁"からは降りてこねえ。」
"壁"の向こうには長命種が暮らしているらしい。
神、竜、幻想種、吸血種が長命種にあたり、200年以上生きる種をそう呼ぶ。
この幻想種の中から召喚して力を借りるのが召喚魔法だ。
一角獣や風精のほかにも不死鳥など様々。
多分アナトーレが行きたいだろうから次は絶対に連れて行ってあげたいところ。
「"壁"を登るには竜の力を借りた方がいいだろう。傾国の」
と指差すのはミヤビだ。
傾国の美女ってこと?
どうもアンブローズは人の名前を憶えないらしい。
「お前が使っていた魔法では魔力が足りねえ」
「さよか。それは残念やわあ。拙が連れてったろと思ったんになあ」
「以上、何か質問はあるか」
「あなた本当にミィスに興味はないのね?」
「いやそうは言ってねえぞ。求婚が嘘だっただけだ」
しれっと言うそのセリフの何が悪かったのか、せっかくなごんでいた空気が再び凍る。
「俺にとって大切だってことに変わりはねえ。それが恋なのかは俺にもわかんねえな。1000年童貞こじらせてんだ。しょうがねえよ」
あっけらかんと笑っているけれどあんまり笑いごとじゃない。
多分、わたしじゃこの人の時間を動かしてあげられないのだ。
それを悟ってしまった。
この人にとってフォス家ってみんなアーラの子供なんだ。
「そんな…!わたし、あなたにお礼もできないの…?」
「ああ、気にすんな。お前が幸せになるんなら俺様にとってもそれが一番だ。そんな顔をするな」
と、何に愕然してしまったのか分かったのか、肩を落とすわたしの髪をそっと撫でる。
聞きたいことは聞けたので、みんなには先に帰ってもらって2人きりにしてもらった。
5分だけだから!!!とすごくお願いすることになった。
みんなどうして渋るのか謎である。
「アンブローズは、魔法を解きたい?」
「そうだな、どっちだろうな。もう俺様にもわからん」
途方に暮れたように笑うアンブローズを、わたしはどうしても助けたい。
きっとここに眠る祖先たちみんなの願いでもあるから。




