4.29区と見守る人のお話
頭の中に響くような鈴の心地よい音が聞こえたと思ったら、いつのまにか全員が鳥居の内側に立っていた。
「よく来たな、ミィス・フォス。」
そしてさっきまで居なかった、12歳くらいの少年が目の前に立っている。
雪のように白い髪は地につくほど長く、わたしを見る目は氷のように澄んでいる。
狼らしき白い耳と、ふさふさの白い尻尾を持つ獣人のようだ。
古い時代の魔術師が着ていたという白の装束を身に纏っている。
そしてその氷のよう目をわたしは知っている。
「どうして、アデルフィと同じ目を…?」
「そこに気づくとはさすがだな、ミィス。お前に会いたくて仕方がなかった。
俺様はアンブローズ・アルケー。お前たちが大好きな大魔導師様だ。」
と尊大な笑顔を浮かべて自己紹介すると、ぱっとわたしの手首を掴みずんずん奥へ進んでしまう。
「積もる話もあるが、まずお前を案内しなくちゃならねえ場所がある。お前たちは着いてくるなら勝手にしろ。」
と言い捨て、何か魔法を使っているようで、みんなを置き去りにしてしまう。
わたしたちの混乱も困惑も全部無視だ。
1000年前の大魔導士を名乗る彼は、どう見たって12歳くらいの少年にしか見えない。
けれど、確かに魔宝玉を一つも使わずに、今もいくつかの魔法を使っているようだ。
というかただの移動にいくつも魔法を使うってどんな贅沢!?
「ここだ。驚かせて悪かったな、しばらく1人にしてやる。ここは、お前の両親の墓だ」
そこは、ずらりと何百もの白い墓石がならぶ墓地のようだった。
そのうちの1つ、これが両親のお墓だという。
「ど、どういう…なん…」
どうも言葉が出てこず戸惑いのままアンブローズの服の袖を握る。
「話はあとでしてやる。両親に、元気な顔でもみせてやれ」
とほほ笑む顔はとても穏やかで。
ああ、これが父さんと母さんが眠る場所なんだ。と何故かすとんと納得できた。
辺りをゆっくり見渡すと、ここは海に面した小高い丘らしい。
よく晴れた清々しい青空。
すうっと息を吸えば、ほんのりと潮の香りが胸を満たす。
穏やかな風が木漏れ日を揺らす度に心地のよい木々の声が耳を撫でる。
天国という場所があるならば、ここがそうなんだろうなと思えるほど穏やかで美しい場所だった。
墓石はどれもとても綺麗で、花や魔宝玉で彩られている。
アンブローズ1人で整えているのだろうか。
だとしたら、ひとつひとつ全てに彼の愛情を感じる。
目の前の墓石には、
"マルス・フォス"
"アンジェリカ・フォス"
と刻まれている。
享年と、その日付も刻まれているので、間違いなくわたしの両親のお墓らしい。
まさか、できないと思っていたお墓参りに来れるなんて。
それもこんな急に。
「ふふ、びっくりしちゃうね。父さん、母さん。わたしとっても元気だよ。
毎日とても楽しいし、素敵な仲間もたくさんできたの」
けど。
「それ、全部みててほしかったなあ。2人にも、褒めて欲しかったなあ」
思わず零れた本音とともにぽろ、と涙が落ちる。
それをあわてて拭い、すーはーと深呼吸。
父さんにも母さんにもこんな顔を見せたくない。
「けど、2人と、その先何代かのみなさんのお陰で」
少し大きな声をだす。
「魔人とバルドさんのことは助けてあげられたよ。マズ家ともこれから仲良くできるよ!ありがとう」
祖父や曽祖父たち、もしかしたらその先何代かもきっと気に病んでいただろうから。
この報告を、聞いてくれただろうか。
喜んで、くれただろうか。
「ミィス、挨拶は済んだか?」
「あ、えっと…」
正直まだまだ話たいことはたくさんあるのだ。
名残惜しく、その墓石から目が離せない。
「心配するな。また来ればいい。まずは話をしよう、俺様の家に来い。」
と再び手を引かれてたどり着いたのは、やっぱりわたしの家に似た家だ。
「この、家は…。というかわたしの家は」
「ああ、俺様が用意してやった家だ。そろそろ現実味を帯びて来たか?」
と愉しそうに笑う。
「ミィス!」
家に入ると、がた、と音がして勢いよく近づいてきたセレネルにぺたぺたと顔や体を触られている。
「えーえっと?」
「何もされていないな!?」
と随分慌てているようだ。
先に案内しておいてくれたようだが、どうもわたしが無事だとかそういうことを伝える気はなかったらしい。
「大丈夫、えっと、アンブローズがお話してくれるって」
「ああ、まあ座れ。お前たちにも話をしてやるから」
といい香りのお茶を出してくれる。
「まずは、そうだな。俺様が、クスィラが言っていた"見守る人"で間違いねえ。あいつは言葉を濁してそう言っていただけだが。」
どうやらクスィラさんはこの人が正真正銘アンブローズであることを知っていたようだ。
「けど、どうして…あなたは獣人よね?1000年も生きられない」
どんなに長生きでもわたしたち短命種はせいぜい200年が限界だ。
「ああ、まずそこを話すか。
俺様はアーラに恋をした。だがあいつはあの何の取り柄もねえ人間の男とくっついた。
俺様は失恋した。
その想いを、俺様は忘れたいっつったんだ。」
アンブローズには双子の妹がいた。
彼女もアンブローズに匹敵するほどの魔法使いだった。
そして兄思いの彼女は、想いを忘れたいといったアンブローズのために、全身全霊をかけたすさまじい魔法を編みだした。
それが、『心から愛する人が現れるまで時が止まる』魔法だという。
「あいつも本当は、アーラへの恋心を忘れさせる魔法が作りたかったらしいが、人の心を操る魔法を同格の魔法使いに掛けることは不可能だ。」
そして齢12歳の少女がたどり着いたのが、次の人を待てばいいんだよ!だったらしい。
妹さんは少しファンキーなのかな。
今の世代に居なくても、次の世代にいるかもしれない。
その次の世代がだめなら、次、と言ったように"本当に愛する人"を待つ魔法らしい。
「これが俺様ですら解除できねえほど強い魔法でな。あいつも成長してことの重大さとこの魔法の解除条件の甘さに気づいてからは死ぬまで解こうと努力はしたんだが。
アーラそっくりの魔具で誤魔化してみたりな。」
それがロドたちの真実らしい。
ということはつまり、わたしの顔ってアーラそっくりなんだろうか。
「ああ、お前はアーラに瓜二つだ。ま、その下らねえ魔法の所為で今の俺様は不老不死だ。」
と自虐の笑みを浮かべはするが、妹さんのことを恨んでいるわけではなさそうだ。
ここで漸く、みんなもこの人がアンブローズであることを納得したようだ。
いやもう納得したくなくてもするしかないと思うけど。
お茶を淹れてくれるのも全部魔法だったしその時点、もしかしたらその前から気づいていたとは思うけど。
「で、お前を待っていた」
「…んん?」
なんでそこでわたしが出てくる!?
顔がアーラに似てるから!?
「まだお前は俺様が愛したアーラには遠いが、一番近い存在でもある。顔だけでいえばほぼ同じと言ってもいい。
だから、ミィス。お前がここへ辿り着く程度には成長するのを待っていた。まあ予想より早かったからまだもう少し成長するのを待ちたいところだが。来てくれたことは心から歓迎する。」
いやわたしも確かにアーラには憧れてる。
アーラみたいになりたい。
けれど、アーラではない
「お前は俺様の」
待って、その先は言わないで。
わたしはまだその感情を知りたくない。




