3.聖域への入口のお話
翌朝、このところ多忙だったセレネルとはできなかった鍛錬から一日が始まる。
セレネルが居ないときは1人でやっていたので誰かとやるのは久々で気合が入る。
「おはようセレネル」
「ああ、ミィス。おはよう。」
ちょっと待て、と手で示すと端末を数度操作し
「シュトリヤからこれを預かっている。」
と可愛くラッピングされた箱を突然渡される。
ファンシーなその箱と、仏頂面のセレネルが激しくミスマッチ。
「これ…は、靴?」
リボンを丁寧に解くと、中には10cmヒールのパンプスが鎮座していた。
シュトリヤの髪のように美しい淡いグリーンで、紫色のビーズが足首のストラップに飾られているのがきらきらしてかわいい。
「ああ。前に俺が贈った靴に対抗したかったそうだ。お前もあればかり履くからな」
と楽しそうに笑うセレネル。
「セレネルに貰った靴、すごく動きやすいの。オーダーメイドなんだよね」
前にセレネルがわたしにくれたものは全部オーダーメイドって言ってたからね!
「ああ。」
「あっ!ということはこれも…?」
「店を教えてやったからな」
ふ、と何故か勝ち誇ったように笑う。
うわあ絶対高い!値段を把握しておくべきかなあ…恐ろしいけど。
貴族御用達のお店の靴なんて怖くてどこのお店かなんて聞けない。聞いて教えてくれる気もしない。
「それと、俺からももう一足。」
と箱を重ねられる。
同じ店のマークらしきものが印字された箱だが、こちらは落ち着いたラッピングが施されている。
セレネルが持っていても違和感がない。
「ま、待って!なんで!?受け取れないよ!!」
セレネルにはこないだ誕生日プレゼントにと高価な魔宝玉をもらったばかりだし、
と押し返そうとするが、困ったように笑われる。
「俺もシュトリヤも、お前の頑張りと勝利にささやかな祝いがしたかった。
シュトリヤは直接渡したがったんだが、間に合わなくてな。
『ミィス、直接渡せなくてごめんなさい。今度絶対履いたところを見せてね!!約束よ!!』と言っていた。」
ささやかじゃないんだよなあ…
「どちらも受け取ってくれないか?それとも、シュトリヤから受け取りたかったか?」
けれど、わたしはどうしてもこの困った顔に弱いのだ。
セレネルにしてはほんの少しだけ下がった耳と眉、そしていつもより揺れる瞳。
いつも凛とした表情をあまり崩さないセレネルが見せる僅かな違い。
わたしにできることならなんだって叶えてあげたいと思ってしまう。
「うう…あ、ありがとう…開けます」
結局ろくな抵抗もできず表情一つに敗け、シュトリヤの靴を一旦預けてセレネルの箱を開く。
「わあ、きれい…!」
それは細い15cmヒールのすらりとしたシルエットのもので、かわいいというより大人っぽい。
闇夜のように黒いシンプルな見た目だが、よくみると真っ黒ではなく、ところどころが銀に輝くようにできているらしい。
ヒールの境界をぐるりと銀の石が嵌っていて、そのうちの一つだけが少し大きい。
星を散りばめた月夜のような靴だ。
「今履いてくれないか?」
と言われ、セレネルが箱からひょいとその靴を取り出す。
そしてわたしの前に跪くと、わたしの足をそっと取り、膝の上に乗せられる。
バランスを崩すようなことはないが、驚いて悲鳴が出た。
しかしそれは意に介さず、指で撫でるようにそっと履いていた靴を脱がされる。
くすぐったいのとも違う、ぞわりとした感覚にふる、と身が震える。
そして緩慢な、丁寧な動きで靴を履かされた。
やっと片方。
「反対の足も。」
とこちらを見上げる顔は、とろけるような笑顔だ。
なんで、今、こんな笑顔なの!?
不意をつかれ、心臓がドッと激しく打った。
思わず膝から崩れそうになり、セレネルの肩に手をついてしまう。
「ご、ごめ」
「いや、そのままで。」
と嬉しそうに笑みを深める。
その笑顔を見た所為か、なぜか指先すら動かせない。
そのままもう片方の靴も履かされて、ようやく満足げなセレネルに解放された。
何もしていないのに激しい運動をしたあとのように心臓がドクドクと音を立てている。
耳の奥から響くそれに邪魔されて、うまく言葉も出てこない。
視界が霞んでいる気がするので、目が潤んでいるかもしれない。
「ど、どうかな、似合う?」
なんとか言葉を絞りだし、立ち上がったセレネルを見上げる。
「ああ、最近きれいになったお前にぴったりだ」
と益々蕩けそうな笑顔と爆弾発言とともにそっと頬を撫でられる。
なんだかもう色々限界だった。
「あああああありがとう!!この靴で動きたいから手合せに付き合ってくれるかな!!!」
とよろよろと数歩下がり、聖剣を抜いた。
「ああ、そうしよう」
と笑顔のままのセレネルも剣を抜いた。
そのあとは無我夢中であまり記憶がない。
平常心を取り戻したい一心で剣を振るい続けた。
靴は相変わらず大変に動きやすく、そのあとシュトリヤの靴に履きかえてみたがそちらも同じく動きやすかった。
もう他の靴履けない。
戻ってからみんなに靴をもらったことを自慢したら
「うわ、2人とも自己顕示欲の塊やん…」
という謎の感想をミヤビから受け、
「我も何か贈りたい」
というスカンさんの主張をそっと宥める羽目になった。
十分行動で頂いていますから!と言ってみたのだけど、多分わかっていないな。
ただ、これ以上貢がれたくない。
そして今、何事もなく27区を通り過ぎて28区に到達した。
「うわあ、本当に海に沈んでる…!」
ここは1000年以上前には街があり、少ないが人も暮らしていたらしい。
神々の世話をする人たちの場所だったそうだ。
それが原因は不明だが海に土地ごと沈んだらしい。
「綺麗。」
ミヤビが気を利かせて海面すれすれに飛んでくれるので、窓から身を乗り出して都市を眺める。
どうやらその清浄な土地柄か魔物は出ないようでしんと静まり返っている。
「我が来た時もそうだった。念のため隅々まで魔物がいないか確認した。一応泳ぎこの海底都市の中も探索したのだが、時が止まっているようだ。
あの時と何も変わらぬ」
時折吹く風にゆられる水面と、悠遊と泳ぐ魚くらいしかここにはいないようだ。
「静か。…わたしの父さんと母さんもこんなところまで来たんだなあ」
とぽつりと零す。
29区までテミスラさんの両親を追いかけたと書いてあった。
この海も渡ったのだろうか。
少し、感傷的になってしまったわたしを気遣うように皆も黙ってくれている。
それに甘えて、ぼんやりと景色を堪能した。
「ミィス、ここが28区の終わりみたいや。」
ミヤビの言葉に、陸地が見えたことに気づく。
一旦その場に全員降りることにした。
そこは石畳になっており、29区にそのまま続いている。
が、恐らくその堺であろう場所に、見たことがない門のようなものが聳え立っている。
20mほどはあるだろうか。大きい。
「ああ、あれは鳥居やねえ。なんでこんなとこに。神さん祀るんって王都は教会だけやんね?」
「うん、教会しかしらないよ。」
その鳥居という門は、汚れ一つない真っ白な出で立ちが少し異様だ。
いつから建っているかはわからないが、古い物に違いないのに。
「拙の国は教会やなくて神社で神を祀るんよ。
結構神との距離が近くて。で、神々のおわす居住地としての神社への門、聖域への門としてあの鳥居があるんよ。」
「じゃあ、あの門はその聖域への入口ってこと?」
「やろうね。白っていうんは拙の国とも違うけど、形は一緒や」
神々しく近寄りがたい雰囲気に、どうも一歩踏み出すことも躊躇われる。
本当にこんなところに"見守る人"とやらはいるのだろうか。
けれど、ロドに示された目的地は、この少し先を指している。
「入るための作法はあるのか?教会はあくまで神と人を繋ぐ中継地点という認識だ。そこは神がいる聖域ではなく、繋ぐ竜が居るだけだ。入るのに作法はいらない」
「特にあらへんよお。拙の国で祀るんは主に土地神で、気さくな神さんやし、普通に入り浸っとるで。でもここはちょっと雰囲気ちゃうわあ。」
と神に慣れていると言ったミヤビすらも近寄ろうとしない。
よし、と覚悟を決める。
「みんなここに居て。わたし少しだけ近づいてみる。」
「ま、待て。行くなら俺も行く」
わたしの手を掴むセレネル。
「拙もいくわあ。似た雰囲気には慣れとるし」
と反対の手と、エリューを連れてくる。
「ボクも行くよ。おいていかないで」
「ではミィス、我が先行しよう」
当たり前のように半歩前をスカンさんが進む。
結局全員で、鳥居の前に並ぶことになった。
「わたし、多分大丈夫って思うの。だって、父さんと母さんはここへ来たんだもん」
本の記録がわたしの背中を押してくれる。
鳥居の目の前に立ち、そっと鳥居の向こう側へ手を伸ばす。
リン、と鈴の音が聞こえたような気がした。




