幕間6.我が主様に捧げる
スカン視点です
"光の勇者"就任の式典は、鬼人の長として招待されていたので実は王城で見ていた。
その姿に、直感で「この方だ」とその時既に胸には片鱗が芽生えていた。
それでも我らの悲願がこのような小娘なわけがないと、蓋をしたのだ。
およそ1000年で、すっかり我らは疑心暗鬼に陥り、憔悴しきっていた。
主と認められる者が、あのアーラ様の子孫ですらずっと産まれてこなかった。
主を渇望するこの感覚は、鬼人の記憶として全員持っていたが、それが喜びに変わる瞬間などあの世代以外知らないのだ。
本当にわかるのだろうか?見逃しているのではないか?
という不安を我々は厳しい掟にすり替えていったのだった。
そのおかげか、弱き者を代償にはしたが我々がこのことを原因として魔人化することがなかったのはせめてもの救いだ。
10区で竜に救われていたと聞いたとき、おそらく鬼人たちはほっとしたことだろう。
我々は少しだけでも許されたことに感謝した。
再び会い見えた時、住民たちが皆一様に彼女のことを気にしていたのがわかった。
おそらく他の者には我ほどの"何か"は感じられなかったのだろう。
なにせあの日はどこまでも普通の少女だった。
あのアーラ様以降初めての女性の子孫とあって勝手に期待していた者共は随分落胆したようだった。
同性ならあるいはと皆一縷の望みにかけていたのだ。
それも、たった3日ですっかり覆されるのだが。
我はこの10年鬼人の中で無敗だった。
それを皆よく理解している。
あの勝負も、我が勝つと皆信じていただろう。
もちろん我すらもあの場で対面するまではそう思っていた。
【真紅】を発動したこちらの攻撃を受け、小さくない怪我をうけていても尚瞳が強く輝いたままで。
その眼差しで強く見つめられ、不覚にも気分が高揚した。
久々に全力を出したのだ。
その上で敗けた。
更に気を失わされるとは思ってもいなかったので、その久々の感覚に笑いすら漏れた。
斯様に軽い体で良く勝ったものだと、我を押さえつける少女を愛しく感じだしたのはそこからだった。
我は全力を出して、あの小さな人間の少女に敗けたのだった。
その時成人済みの鬼人全員の心に湧き上がってきたのは間違いなく"歓喜"だった。
この方こそが我らの主、と血がそう叫んでいるのだ。
そうなればもう抗うことなどできなかった。
我はすぐに長の仕事を副長へ押し付け、王城へ発った。
ラーヤも当然のように主に歓喜する1人なので問題ない。
あの王宮騎士の獣人の男と、竜の姫からは只ならぬ気配を感じていた。
主の近くに居るために、不安要素は取り除かねばならない。
予想通り、王城へ着くなり会議室へ軟禁された。用意周到なことでご苦労。
「貴方ミィスへ近づくつもりね、駄目よ。」
と冷淡な顔で告げるのはこの国の姫だ。
いつも穏やかな微笑みを浮かべ、愛されている姫とは思えぬほど冷たい目をしている。
思わず笑いが零れる。
「ふ、そうやって其方たちはミィスの回りから敵を排除しているのか。なんともいじらしい」
まるっきり子供の独占欲だ。
「そうは言うが、俺たちの許可を得ねばミィスには会えないぞ。」
「我は主以外の指図は受けぬ。」
威圧してやれば、2人は少したじろいだようだ。
ふむ、こんなものか。
そもそも"許可"など必要はないが、我が主は不和を好まないので足を運んでやったにすぎない。
それを勘違いすべきではない。
「我は主が大切に思っていると聞いた其方ら2人と仲良くやりたいだけだ。」
と嗤ってやれば、男の方が小さくため息を吐く。
「それで、望みはなんだ」
「セレネル!!」
「まだ聞いてすらないだろう」
「聞くまでもないわ。この男は危険よ、わたくしの勘だけど!」
「それには同意するが、ミィスはきっと会いたいと言うぞ」
「うぐ…」
なかなかに愉快な2人らしい。名を覚える気もなかったが、少し興味が沸いた。
「我は主の居の近くに住み、主が求めるならば最速でかけつけたいと思っているだけだ。できれば身の回りの世話などもしたいところだが。主が我に頼ってくれるならば、それが何よりも喜びになる」
嘘偽りなく告げてやれば、男は思案気に数秒黙る。
「…これは、犬…かしら」
と呟いた姫を殴りたかった。
それを聞いて一瞬口元を緩めた男も許さん。
我らの忠義を犬などと侮るな。
…いや、今はその方が都合がいいか?
牙は隠しておくものだ。
「ミィスに何かするつもりはない、と言うつもりか。…が、普通にむかつくな」
「ええ、普通にね!!本当このところ敵しか増えないわね、やってられないわ」
「俺たちの排除が甘いのか?」
「ミィスが自分でひっかけてくるのよ、わたくしたちの手に負えないわ…」
などとこそこそ言っているが、どうやら望みは叶えられるらしい。
であれば、この者たちと少しくらい仲良くしておいた方が損はないだろう。
結局腹いせとやらで1週間ほど王城へ押し込められていたが、そこは許容した。
子供の癇癪などかわいいものだ。
どうやら主はこの特区ではなく2区の森に住んでいるそうで、それならば転移陣の方が早いのではと思い、さっそくラーヤに転移陣を用意させた。
準備も整いいよいよ主に連絡を取り、会いに行くことにする。
主は二つ返事で我を迎え入れてくれた。
「我が主、怪我の調子はどうか」
まず跪き、手を取り口づける。
我がつけてしまった傷は治ったのだろうか、それが不安で仕方がなかった。
「はい、多分王都で一番の治療師に治してもらいましたから、もう痕も残ってないですよ」
にこりとほほ笑むその顔だけで興奮してしまいそうだ。
おそらく我の顔は緩み切っているだろう。
自然とこのような顔になるのだから不思議だ、笑顔などとうに忘れてしまったとばかり思っていた。
「あ、あの、我が主ってやめてもらえると…」
「ああ、そうだったな、ミィス。久々だった故感極まってしまった、すまない」
これ以上やると嫌われそうだと察し、立ち上がって促されるまま家の中へ入る。
「ミィスの家の近くに転移陣を置くことを許してくれるだろうか?」
「えと…庭とかそのあたりなら」
「いいのか?」
「ええと、はい。わたしもそちらに行けるものですよね?折角なのでわたしもみなさんともっと仲良くしたいです」
こちらの圧に少し驚いているようだが、どうやら歓迎はされているらしい。
ますます顔が緩んでしまう。
「それは有り難い!皆喜ぶだろう。其方をしばらく困らせてしまうことは許してほしい。皆浮かれているのだ」
「うぐ…それは…はい。徐々に慣れてもらえればうれしいです」
「困ったことがあれば一先ずは我に相談してほしい。なんとかしてみせよう」
と伝えれば、どうやら安心したようだ。
この少女は戦うとなれば途端に勇ましい目をするが、普段はまるで違うのだな。
それすら愛おしいと思っているのだが。
「で、だ。ここにはエリューが居るのだろう?」
「…はい」
「ああ、すまぬ。警戒しないでくれ。我はあの子に謝罪と礼を述べたいだけなのだ。そして巻き込んでしまった異国の男にも」
今回わざわざ家まで来たのはそれも目的だった。
エリューにも異国の男にも随分嫌われているのはわかっているからな。
だがこのままでは我の気が済まないし、主と仲を深めたいのにままならなくなる。
物陰に潜んでいたようで、少々罰が悪そうに出てきたが、その警戒は尤もなので我も咎める気はない。
「エリュー、鬼人の行き過ぎた掟で其方の姉共々悪いことをした。」
「え!?」
「我らも弱き者を棄て行かなければ精神が保てなかったのだ」
「精神…?それって魔人になるってこと?そんなに、ひどいの?」
「ああ。鬼人の血が濃ければ濃いほど…つまり武力が高い固体ほど渇きが顕著だったのだ。だから強い者ほど…長に近ければ近いほどまだ見ぬ主の為にと暴走していった。その為にできていった掟だった。
すまなかった。許せとは言わぬが、謝罪の言葉だけでも受け取ってもらえぬか?」
「…いいよ。だって悪いのはあなただけじゃないし。ミィスのおかげでうまくいったんだから、ボクはもういいんだよ」
「そうか、其方の寛大な心に感謝する」
頭を下げればぎょっとした顔を向けられる。
ふむ、我の態度が尊大だから勘違いしておるようだが我も普通に謝るぞ。
「そして異国の男よ。不自由させたつもりはないが、閉じ込めて悪かった」
そちらにも顔を向ければ少し気まずそうな顔を浮かべている。
あの奇特なスキルの所為だろうな。
今も十分に影響は受けているように思うが、目の前に主が居ると思うと微々たるものに感じる。
「いやあ…拙も結構好き勝手やってもうたし、色々もろたし、ええよ。」
と苦笑いを浮かべる。
「其方が望むのであれば、我と手合せでもせぬか?」
この男が我が屋敷へ来た時、始終悔しそうにしていたのは知っていた。
己の能力不足を恥じていたのだろう。
「…せやな。拙はこのままやとお荷物やし、それは願ってもないことや。」
どうやら城の2人よりも、こちらの2人は柔軟なようで我が思っていたよりも容易く受け入れられた。
「ミィスよ、どうかこれからよろしく頼む。共に歩む栄誉を嬉しく思う」
「は、はい。スカンさん。もしよかったらわたしの旅についてきてくださいね。明日10区へ行って、その後竜人化の魔法を知ってるという人に会いに行くんです。
予想なんですけど多分外区なので…ついてきてもらえると心強いです」
「ああ、もちろんだ。其方の向かう先が我の向かう先。喜んで共をする」
早速一つ目の願いに箍が吹き飛び、笑顔でミィスを抱き寄せた瞬間に、エリューからの跳び蹴りと異国の男からは強めのスキルを見舞われた
そのような微力の抵抗では我に立ち向かうことはできぬわ。
2人を鼻で嗤うと腕の中でミィスがもぞもぞと動く。
「んぷ…!な、なんですか!?」
「其方の愛らしい姿に我慢できなくてな。許せ」
髪を一房掬い、そこへ口づけた。
男慣れしていないのか一瞬で頬を赤く染める少女に、こちらの機嫌も上々だ。
城の2人は綿で包むように大事にしてきたのだろうな。
だがそれは逆効果だろうに。
我は主が見つからなければ独り身のまま死ぬつもりでいた。
そういう鬼人は少なくない。
だから、主に恋慕を寄せるだろう他の鬼人は牽制してやるが、我は番犬に成り下がるつもりはない。
歳の差など気にしてやらぬので、囲い込まれるのが嫌ならば逃げるほうがいいだろう。
鬼人の愛は往々にして軽薄で多情だが、本気になれば濃厚で一途なものへ変貌するのだから。




