幕間3.クスィラの護りたいもの
クスィラ視点です
300年も前、当方が滞在していた森に、目を真っ赤に染めた鬼人が迷い込んできたのが始まりだった。
まだ小さなその少女は、勝てなかったと泣きながら当方に縋ったのだ。
助けて、かみさま、と。
当方は神ではないけれど、縋る人の子を見捨てるようにはできていない。
「君たちが笑って暮らせるように、当方がここに街を作ろう」
街の数を密かに管理して監視しているのは彼。
一応お伺いを立てようと、この区を担当している"ロド"に会いに行く。
彼女は彼が作り出した魔具で、いつ見ても懐かしい面影に心が痛む。
髪の色は桃色で、瞳は氷のように真白なのだが、顔はそのままアーラ・マズ・フォスなのだ。
25歳くらいの時の姿だろうか。
彼は、彼女たちのことを妹と呼んでいた。
ロドは10区と11区が担当で、当方は他のアデルフィに会ったことがないが、どうやら全て髪の色が違い、その色ごとに性格も違うらしい。
「やあ、ロド」
「なに、クスィラ」
「10区に街を作りたいんだけど、許可はもらえるかな?」
「ちょっとまって」
ロドが目を閉じる。
アデルフィは彼が保有する魔力のうち10分の1を8つにわけた分だけ所持しているらしい。
それが決して少なくない量であることから、彼の常軌を逸した魔力量が伺える。
目を閉じて念じるだけで遠く離れた彼と会話できるのだから、竜の当方から見てもすばらしい魔法だ。
ぱち、と数秒で目を開く。
「いいよ。ほうこくしょ、つきにいちど。だって」
「わかった、君に渡せばいいんだね」
「うん」
「ありがとう、じゃあまた」
すぐに美しい川の畔に場所を定め、森を切り開き建物を魔法で生成してゆく。
ひとまず100人規模の街を作り、最初の世代の住民たちを迎え入れた。
鬼人たちは結構な頻度でやってくる。
多いときには月に何人も。少なくても月に1人は必ずやってきた。
12有る鬼人の家族から毎年1人、2人ずつといったところだろうか。
鬼人は口減らしをしているのだと、信じて疑わなかった当方も少し考えが穿っていたのかもしれない。
彼らがどういう種族か、知らないわけではなかったのにすっかり忘れてしまっていた。
そのうえ鬼人たちはこの街へ逃げ落ちてきても、主を求める種の本質の話は当方に一度も漏らさなかった。
皆等しく自らを棄てた鬼人たちを、恨んではいなかったのだ。
強き鬼人たちは心から主を欲するあまり、精神を保てなくなっていったのだろう。
それでも恐らく、橋が架かる300年前より更に前はもっと苦しかったのではないだろうか。
家族から追い出すようになっただけよくなったのかもしれない。
好きなようにさせていれば、この街に来る子らは鬼人の血が薄いのだと気付いた。
戦いを好かない。
強くなることにさほど興味がない。
成人していても主を求める気持ちも弱い。
聞けば、ほぼ全員がハーフだったことがわかった。
竜とのハーフともなれば珍しいが、人間、鬼人、獣人、鳥人はコミュニティをほぼ同じにしているのでそれなりに数はいる。
鬼人では無い方の性質が強く出たタイプのハーフだったのだろう。
ハーフにも色々いるしね。
それでも9区以外の場所でなら普通に暮らせただろうに。
そんな鬼人のハーフたちの多く住まう街となったここだが、勇者殿のお陰でとても住みやすくなりそうだ。
道は(鬼人たちが)整備してくれると言うし、今まで当方が魔法で行っていた魔物避けの壁も設置してもらえるという。
人もきっとまだ増えるだろうね。
生粋の鬼人のコミュニティでやり辛い子はまだいるだろうし。
一番の新入りであるネレは、出会ったときおどおどしてあまり大きな声で話す子ではなかった。
しかし数日でのびのびと笑顔を見せるようになった。
こちらが本来の性格のようで、笑った顔はエリューとよく似ている。
「クスィラ!」
「やあ、ネレ。どうかしたかな?」
「妹から連絡がきたの。5日後にお願い、だそうよ。なんのことかわかる?」
「うん。ありがとう。」
どうやらロドに会いにいく算段がついたようで何よりだ。
彼もきっと一日でも早く会いたいだろうしね。
「ところでネレ。少し気になっていたのだけど、もしかしてエリューとは血が繋がっていないのかな?」
それにしては似ているのだけれど。
鬼人の強さはあまり遺伝しないが、ハーフとなると別だ。
ネレは母親が人間だと言っていた。
エリューもハーフなら、あの強さに少し納得がいかない。
「異母妹なの。エリューは両親どちらも鬼人よ。」
鬼人は結構多情なところがあるので複数人と関係を持つ者も多いと聞く。
異母兄弟は珍しいことではない。
「ああ、なるほど。それにしても服装とか考えがあんまり鬼人らしくないよね」
「そうね。あの子は生まれてすぐに父親が私の母に預けたのよ。とても珍しいことにね。」
鬼人は両親だけが育児をするわけではなく、家族全体で子供を育てる感覚らしい。
「父親は、お前の妹だぞ、なんて言って見せるだけのつもりだったのよ、多分ね。
ちょっと出かけてくるっていったそれきり帰って来なくって。だからうちでそのまま面倒を見たの。」
「それはまた珍しい。」
恐らく父親はどこかで命を落としたのだろうが、理由まではわからない。
「だから母が生きている間だけは、実は8区に住んでいたの。
けれど母は病気だったからすぐに死んで身寄りがなくなって、仕方なく9区の家族に入ったのよ。」
「それで君たち姉妹は普通の鬼人と少し違う考えなんだね」
「ええ。エリューは多分母のことを覚えてないけど、でもきっと頭のどこかに残っていたのね。
母は本当に普通の人間だったから、服もかわいいものを着せていたし。」
「ネレもその考えなんだろう?」
「いいえ、私は…そう、染まったの。そうじゃないとやっていけなかったのよ。
エリューのようにそれを跳ね除けるほどの力がなかったから」
聞けば父親が置いていった家族の紋入りネックレスがなければ9区入りすら危うかったようだ。
ネレはエリューと一目で姉妹と分かるミルクティ色の髪と、鬼人らしい褐色の肌を持つが、実は一番の特徴である角がない。
ずっと母に着けるようにいわれていた角付のヘアバンドで誤魔化していたらしい。
「角はないけど肌は褐色なんてどっちつかず、本当に困ったわ。鬼人って見た目は気にしない割に角と肌は気にするのよ。」
だからせめて考えだけは染まらないと、と必死だったようだ。
「もちろん私の見た目がどうであれ、エリューだけを家族に入れるなんてできなかったのだけど」
「本当にかわいいんだね」
「ええ。ずっと慕ってくれたから。母が亡くなった時から私の唯一の心の支えでもあったのよ。
だからエリューの望みだけは叶えてあげたかったの。」
ネレの力では、エリュー1人を逃がすのでやっとだったらしい。
「それでも後悔なんてなかったの。エリューさえ外で元気に暮らしてくれればそれでいいって思っていたから。私自身は逃げていないから、うまく誤魔化せば10区送りではないと思っていたし。
ちょっとそこは甘かったけどね」
と笑うネレもやはり、鬼人を恨む気持ちはないようだ。
「鬼人を憎いと思わないの?」
と聞いてみたら、目を丸くして「どうして?」と逆に聞かれてしまった。
「だって君たちを放っておいてくれればいいのにわざわざ探して捕まえて、そして棄てたんだよ。当方には到底許せないことだよ」
鬼人側の事情を加味しても、逃げた者をわざわざ捕まえて棄てるなんて執念深すぎると思うんだよね。
「うーん、うまく言えないのだけど」
「うん」
「人間にしては強い、くらい薄い鬼人かもしれないけど、私は誇り高き鬼人でありたい…のかもしれない。」
と困ったように笑うネレに、ここにはきっと当方ではわからないものがあるんだろうと思うことにした。
竜である当方は少し感情に薄い部分もあるし、ここが理解の限界かもしれない。
ただ、今後もこの街を護るだけだ。
「話をきかせてくれてありがとう。」
「聞いてもらえて私もよかったわ。ありがとう、クスィラ」
すっかり笑顔のネレを見送り、ふと勇者殿を思い出す。
本当にあの子は、あの子自身が考えているよりもずっと多くの者を救った。
多分、当方も救われたのだ。
このまま悶々と鬼人たちに怒りを燻らせる必要もなくなったし、街を隠さなくてもよくなったのだから。
これからはきっと鬼人の子らとも仲良くやっていけるだろうね。
それにしてもあの日の戦いは今思い出しても本当によかった。
彼女は可憐な出で立ちで、怪我をしても怯まずたった少しのチャンスを待った。
そして明らかに彼女より強い敵を下してしまった。
その姿を見てから当方は勇者殿が気になって仕方がない。
アーラによく似た少女が、いつか彼女のように当方をわくわくさせてくれるのではないかと。
それまでは少し過保護かもしれないけれど、まだ幼いのだから当方にも護らせてほしい。




