幕間1.ミヤビと砂漠のオアシス
ミヤビ視点です
「はあ…抜かったわあ」
小さく呟く声はこのやたら豪華な一室に消える。
ちょっと虚しい。
鬼人たちに捕まってしもた腹いせに【魅了】を最大で振りまいたお蔭か、捕虜とか交換材料とは思えへん厚遇ではあるんやけど。
どうやらここはエリモスの長とか言う鬼人のお屋敷らしい。
見張りの鬼人に教えてもろた。
あの日ぃ、エリューと馬車に乗ったとこまではよかったんやけど、街をでてしばらく走ったら囲まれとった。
拙を怪我さす気はなかったんか、幸い無傷やったのに、エリューが容赦なく傷つけられてるんはほんまに見てられへんくて。
あんまり柄やないんやけどエリューを逃がすために体を張った。
あんな傷だらけの子供だけをたった一人でこんな場所には送られへん。
なんとか拙が捕まって交渉できたからエリューは逃がしたれたけど。
拙も折を見て逃げるつもりやったのにそれは出きひんくて。
悔しいけど鬼人はみぃんな強い。
わかっとったことやけど【魅了】も効いてるようで効いてへんし。
1週間、エリューが来るまでは客人として持て成してくれる言われたから、遠慮なく受けたることにした。
初日に長を名乗るかなりの美丈夫に、
「巻き込んですまぬ」
と直々に謝罪も受けてもたし、大人として静かにしといたることにした。
拙が今まで会うてきた鬼人は、筋骨隆々の大きい男か、凹凸のはっきりした女か、どちらかやった。
騎士以外はみぃんな露出の高い…というかあれは服なん?
布を巻いただけみたいなんばっかりやった。
エリューの異質さを実感する日々やったけど、その長と後ろに着いとった副長は他と違う。
砂漠の気候に適した透ける素材の布をゆったりと纏い、コイン型の珍しいアクセサリで身を飾っとった。
他の鬼人に比べると体も小さかったし。
他のが3mあるところ長は2m、みたいな違いやからどっちも人間にしては長身の拙からしてみても大きいんやけど。
それでも、他のどの鬼人よりも絶対強いと思わせる雰囲気の持ち主やった。
悔しいけど、拙には勝てへんって思ってもた。
その長直々のものも含む、毎日のよおに贈られる貢物に、豪華な食事。
軟禁されてることを除けばこれはお姫様やなあ。
ただ、連絡だけは一回だけで、その後は誰かしらに見張られてて身動きは取れへん。
どうもしっかり魅了はされてる割りに、自分らあの仕事は忘れへんようで。
厄介やわ。
逃げられへんことを最初の一日でよお理解してもたんで、あとはのんびり過ごしとる。
ミィスにこんな間抜けなとこ見せたくなかったんやけど、仕方ない。
暴れて余計なことするほうが多分迷惑やから。
せいぜい腹いせに、全員しっかり魅了して袖にしたろ。
一週間目いっぱい貢がせて、漸く解放された。
久しぶりに会うたミィスは相変わらずこの全力の【魅了】にちょっとも靡かんくて、ずっと燻ってた苛立ちも霧散した。
あんまり役に立てへんかったんが悔しくて、グリーンドラゴン倒すん手伝ったったら満面の笑みで礼言われてもうて。
ほんまこんなことで舞い上がるんやから、我ながら簡単な男やと呆れてまう。
スカンを倒して数日、ミィスと拙、エリューは休憩と観光を兼ねてエリモスに滞在しとった。
エリューはエリモスに来たネレと出かけよって、2人きりや。
あの姉妹が並んでここを歩けるようになったんはほんまに喜ばしいことやけど、ネレはクスィラの街に住むように決めたらしい。
雰囲気が気に入っただけ、と笑っとったけど、虐げられた側が急に歩み寄るんは難しいやろうなあ。
ミィスも今後クスィラの街は人が増えるって言っとったし、そうやろうと思う。
残った拙たちは食糧の買い出しと土産選びに街を並んで歩くことにした。
これ実質デートやない?
あとでバレたら怖いなあ、特に姫はんが。絶対黙っとこ。
「せやミィス、あの日言いそびれてしもてんけど」
「うん?」
「衣装、ほんまによお似合うとった」
脳裏に焼き付いて消えへんほどに。
闘技場に現れたミィスは天女を思わせる嫋やかさと可憐さを持ち、華麗に舞い戦う姿は戦神かと思うほど気高く居って。
間違いなく見た者全部が魅了されてもたやろうと思う。
おそらくやけど、あの服贈った姫はんはそこまでの腹積もりやなかったはずや。
あの人はミィスに邪な目を向ける人を許さんから。
ただただ鬼人風に着飾りたかっただけやったんやろな。
うっかりミィスに似合いすぎてもたんがあかんかった。
「うっ…本当?いやみんな褒めてくれてうれしいんだけど、露出多くなかった?痴女じゃなかった?」
明後日の方向への心配事に思わず吹き出す。
「なんやそんなこと気にしとったん?ほんまに綺麗やったよ。いつもより大人っぽくて。
…ミィスも女なんやな、と」
「それはどういう意味だ」
半眼で睨むミィスは可愛らしいけど、今のんはミィスが予想している意味やない。
かわいらしいなあと思て目を細め、
「ミィスの魅力に中てられてもうた、言うとるんよ」
顔を覗き込むようにして微笑んでやると、ぶわっと顔を赤くする。
「ああ、あかんなあ。こないに可愛い顔、して。」
頬に優しく指を這わせ、親指で数回唇をぷにぷにと押す。
「なっ、う…」
何か言おうと思ったのか少し空いた口に、そのまま指を入れてみる。
顔を赤く染めたまま、瞬きを忘れた瞳が潤んでいる。
半分空いた口内を優しく撫でてやれば、びくりと肩が震える。
これはクる顔やなあ。
思わずごくりと生唾を飲み、舌なめずりをする。
ああ、もう食べてもてええやろか。
ちょっと前から少おしずつ熟れて来よって、まだ食べ頃には早いけど。
味見だけならええやろか。
まあ、変わってきた理由はわかっとるんやけど。
それを思い出して少し不機嫌になる。
最近ミィスがセレネルの話をするとき、何を思い出したんかええ顔をするようになった。
今まで片鱗すらなかったわけやから、間違いなくセレネルはミィスにアプローチを掛けだしたんやろな。
絶対かなりねちこいやつ。
セレネルのアプローチなんて、絶対ねちっこくて重たいもんやろし、ミィスが耐えられるわけあれへん。
それがあの顔させてるんやと思うと、やっぱりちょっと腹立たしい。
拙にも独占欲とやらが芽生えたんやろうか。
ミィスのことになると、心が狭なるんが自分でどうしようもできひん。
「まだ拙も勝てへんし、ここまでにしといたるな。ミィス、覚悟しといた方がええよ。」
「か、覚悟…?」
ぱくぱくと顔を真っ赤にして狼狽える顔はほんまに可愛いけど、あんまりせんほうがええと思う。
無防備やわ。また手ぇ出しそうになるんを気合で鎮める。
いやあ拙もまだまだ若いんやなあ。
「そ。拙だけやないでってこと」
「ど、どういうこと…?」
「それはまだ内緒やな。さ、買い出しとお土産やったかな?ええ店聞いとるよ」
ぱっといつもの顔で笑ってやると、あからさまにほっとした顔をする。
素直でかわいいけど、何考えとるか丸わかりや。
セレネルと姫はんも、敵を排除する前にこういうとこ教育したったらよかったのになあ。
ま、拙がおいしい思いできるしええことにしとこ。
拙が見た瞬間に負けやと思ったあのエレモスの長にさえ勝ってしもたミィスにアプローチなんて格好悪うてできひんし、まだ味見程度で許したろ。
それはそうと、またエリューと一緒に今度は10区の街に行けいわれてんけど、
これは挽回の場やと思ってええんかな?
次こそミィスの期待通り、エリューを連れて家に帰らな。




