11.手掛かりのお話
―――――後日。
しっかり治療をしてもらい、交渉は宰相に丸投げしたのでわたしは自分の家に帰ってきていた。
宰相頑張れ。
鬼人にはこの人の言うことをちゃんと聞くように!けど不満があれば聞きますって言ってきたから多分大丈夫。
今日はあれから数日10区のあの街に滞在していたエリューと付き添いのミヤビが帰ってくる。
あの街は正式に登録されたので、もう隠す必要はない。
これからそこまでの道を整備したり、街を拡張する仕事を、鬼人にやってもらう予定だ。
それで私刑などの法違反についてはお咎めなしということになった。
このあたりの刑罰については少し王様たちと揉めた。
わたしに任せたって言ったのは陛下たちだし、刑罰とかが嫌だからわたしが出張ったのを忘れたのだろうか。
とごねてようやく頷いてもらえたのだった。
わたしの頑張りを反故にしようとした陛下たちが悪いのだけど。
あの時の王妃様はこちらに味方してくれてたとは言え怖かった。
替わりに街の名前をつけるように言われたので、クスィラさんの名を取って、"10区-クスィラ街"とした。
クスィラさんにはあれから会ってないけれど、この結果は喜んでくれているだろうか。
「ミィス、ただいま!」
「戻ったでー」
玄関から2人の声が聞こえたので、慌てて出迎える。
予定より早い。
「おかえり、2人とも!」
扉を開けて外に出ると、3人目の人影が目に入る。
「お邪魔してもいい?」
にっこりほほ笑む長身の彼は。
「クスィラさん!もちろんどうぞ」
招き入れ、お茶の準備をする。
「クスィラさんが送ってくれたんだよ。ミィスにも話がしたいって」
だから早かったのね。
「お礼が言いたかったんだ。ありがとう。君のおかげでもっといい街になりそうだよ」
「お礼をいうのはこっちのほうですよ、クスィラさん。いままであの人たちを護ってくれてありがとうございます」
お互いにお礼を言い、笑い合う。
「これからも当方はあの街に住むから、ぜひ遊びに来てほしい。」
「もちろんです。」
「で、したかった話は別なんだ」
と、穏やかにほほ笑むその表情のまま告げられる。
「君、竜人化の魔法を探しているんだって?」
「!!」
その言葉に思わず立ち上がり身を乗り出す。
椅子が倒れてしまったが気にしていられない。
「ああ、期待をさせてしまってごめんね。当方はつかえない。けれど、使える人に繋がる人なら紹介できる」
クスィラさんの話によると、この王都には、"見守る人"という人がいるらしい。
その人は、10区以降の各区を何人かの部下に担当させて、"見守って"いるらしい。
「そのうちの10区の担当と、当方は繋がっている。定期的に街の状況を報告する義務があるからね」
そして、その"見守る人"こそが、今この世界でもっとも魔法に詳しい人らしい。
「彼ならその魔法を使えると思うよ。」
「竜でも使えへん魔法を使える…て、一体何者や。」
警戒するようなミヤビに尤もだと頷く。
難しい魔法がどんどん衰退する中で、竜以上に魔法が使える種族はいない。
クスィラさんが使えないと言った時点でかなり落胆したのだ。見せないようにはしたつもりだけど。
その人も竜なのかもしれない。
「詳しくは会ってみて。当方が正体をバラすときっと怒られちゃうからねえ。」
とのほほんと笑う言葉に嘘はなさそうなので、意地悪されているわけではなさそうだ。
「それに当方は会えないからね。けど、勇者殿なら会えると思う。」
「会えない?わたし、なら?」
"見守る人"とやらの情報が多くて理解が追い付かない。
名前くらい、と聞いても人差し指を口の前にあてて、ふんわり微笑まれるだけだ。
「彼はとっても気難しいんだよ。」
会えないんじゃなくて会ってもらえないとかそういうニュアンスのようだ。
「そんな人がわたしには会ってくれるんですか?」
「うん。だって彼は君の一族を見守るついでにこの王都を見守っているからね。」
「わたしたちを…見守る?」
益々意味がわからなかった。
王都ではなくわたしたちがメインなの?
けど特にそんな話は聞いたこともなかったし、テミスラさんもそんなことは言っていなかったから知らない気がする。
と思わず零す。
「そうだね、君の一族だからもう片方の勇者は関係ないよ」
質問を重ねても情報を漏らしてはくれなさそうだった。
上手くはぐらかされるばかりだ。
「彼の話は外区に住む竜には有名なんだよ。君が会いにいってやるといいよ、きっと喜ぶ。」
会えないという割には随分その人について詳しいようだ。
けれど、ほんの少しだけ優しい顔が悲しそうに、思いやるような表情を浮かべるのが気になった。
きっと何か事情があってわたしには会いに来れないのだ、多分。
「君の都合がついたら、当方の街まで会いにおいで。10区の担当者にまず紹介してあげる」
と意味深にほほ笑むと、「これを」と小さな机の上に箱を置く。
促されるままそれを開くと、ネックレスが入っていた。
ねえこれ魔具じゃない?
とミヤビを見ればこくりと頷かれる。
「それ、当方の街まで転移できるネックレス。10人くらいまでは手を繋げば一緒に来れるから。
みんなでおいで」
さらりと高価なものを渡すのをやめてほしい。こわい。
恐れ戦き固まっていると、さっとそれを絡める指が見えた。
テーブルを挟んで正面に座っていた彼が、いつの間にかわたしの真横に立っている。
そしてそちらを見上げたわたしの正面から、やさしく抱き寄せるように首に手を回される。
え、待って待ってなに!?
すごいいい匂いがする!!シュトリヤとは違う、何かの花の匂いだろうか。
首元に触れる指に思考を取り戻し、少しくすぐったくて身を捩ると、ころん、と首元で小さな魔具が揺れた。
どうやらこれを付けてくれただけらしい。
最近セレネルの所為でこういう接触に過剰に反応してしまっている気がする。
恥ずかしい。
少し赤くなった頬を誤魔化すように掌で包むと、その上からクスィラさんの手をそっと重ねられる。
反射で見上げれば、こちらを見てほほ笑むクスィラさんと目が合う。
あまりに美しいお顔立ちに、いくら美形になれているとは言えどきどきしてしまう。
「それ、取れないようにしておいたから。当方が作ったんだよ。だから値段とかきにしないで」
竜が作った魔具とかそのほうが怖い(価値的に)んですけど。
そして取れないって!!取れないってなんで!!
展開についていけずに呆けていると、首元をそっとなぞられる。
「よく似合っているね。それは当方からの御礼のつもり。」
どこかスケールというか感覚のズレにもはや苦笑いしか出てこない。
竜が作った魔具って1000年前のものに次ぐ価値があるのだけどわかっていないなこれは。
「ありがたくいただきます。」
と、わたしはそう受け取るしかなかった。だって取ってくれそうにないから。
諦めも時には必要なのだ。戦略的撤退ってやつだね。
「数日したらご連絡します…あ、端末ってお持ちではない…?」
「ネレに連絡をいれてくれればいいよ。」
「ではそうします。」
「じゃあ、当方はもう戻るよ。忙しくもあるからね。お茶、ごちそうさま」
と言うと軽くわたしの頬に口付けて、転移して消えた。
もういない中空を眺めてぽかんとしてしまう。
い、いまキスした!
「ミィス落ち着いて。ほっぺはあいさつでしょ?よくアナトーレもやってるよね」
そういえば!
頬への口づけは挨拶!
今のは別れの挨拶!!
よし。
ありがとうエリュー。
貴族しかしてないから馴染みがなかった。
「ふ、ふう。さすが竜。詠唱も魔宝玉もなしでさらっと難しい魔法を使っちゃうんだねえ」
「せやねえ。またとんでもない人と知りおうたなあ、ミィス」
意味深にネックレスを見て笑うミヤビにちょっと嫌な予感がする。
「エリューのお陰だね。竜人化の魔法にも近づけたみたい、ありがとね」
「えっボクは謝ろうと思ってたのに!巻き込んでごめんって!」
「結果的には良かったし、鬼人の人とも和解…?和解…できたし、いいことばっかりだったよ」
鬼人とは和解なのかなんなのかいまいちわからないけど良しとする。
とりあえず悪しき風習はやめてくれると言ったのだし。
それさえ止めてくれるならお祭りだって強くなるのだって今まで通りでいいって言ってあるし。
ただこちらを主とするのはできればやめてほしい。
「ボクも鬼人が"仕える種族"っていうのは知らなかったんだよ。成人の歳に教えられるらしくって。
姉さんは知ってたんだけど、弱い鬼人にとってはお伽噺みたいなものなんだって。言ってはいけない"掟"だったしね」
鬼人の成人は16歳らしく、その歳の鬼人は集められて成人の儀式を行うらしい。
王都の法的には18歳なので、そちらを守ってはいるが16歳での儀式は鬼人にとって大切なもの。
それが鬼人が強くなる伝承を伝えることだったのだろう。
生まれた時に蓋をする"仕える種族"としての記憶を呼び起こすようなものらしいので、エリューにもまだ感覚はよくわからないらしい。
成人と同時に思い出すのは、1000年も見つかっていないという辛さに耐えられないからだそうだ。
もう1000年も、わたしたちは思い違いをしていたのだ。
鬼人はただ強さを求める種族ではなく、仕える主のために強さを揮いたい種族だったということ。
その"主"はほぼ強さで決めるのだから全てが間違いというわけではなかったようだけど。
どうも説明は難しいらしく、雷に打たれた感覚がする、そうだ。
ちょっとわたしにはわからなかったし、エリューも首を傾げながら説明してくれた。
「…ええと、わたしは鬼人全員に主認定されてるのかな?」
「そうだね、特に長達は喜びがすごくって、エリモスの長なんてミィスの傍にいたいって言って今もめてるらしいよ。」
え、それは聞いてないし聞きたくなかった。
「それといいスカンはんといいミィスに執着する人増えたなあ。」
「それ?」
「そのネックレスや。お礼や言うて、自分の目の色の石渡すなんてなかなか」
とからかうように言っているが目は真剣だ。
チェーンが短くてまだわたしはよく見れていなかった。
「待って、目の色って水色だったよね?じゃあこの石ってランク9なの?それに転移の魔法が入ってるの?無理じゃない?」
いくら純度が高くても、ランク9の魔宝玉では初級魔法しか閉じ込められないはずだ。
転移の魔法は上級の中でも難しいと言われている魔法なのに。
「その筈なんやけどねえ。どうやったのやら。」
近くでまじまじと見られるのでふわふわと触れる髪や息が少しくすぐったい。
「ミヤビでもわからないの?」
「うーん。多分やけど、ランクの高い魔宝玉を核にして、その周りをランク9ので固めてる…んかな?
よぉく見たら奥に違う色が見えるんよ。ただ、そんなこと普通できひんよ?どうしても外側をその色にしたかったんやねえ」
触れようとすらしないのでちょっと怖くなる。
「その上取れへんように、やなんて。」
爪先で少しつついてすぐに手を離してしまった。
「な、なに?」
「結界みたいなんで弾かれるんよ。触るんも無理やねえ」
「ひえっ…」
「随分好かれたんやねえ。まああのお人の性格考えるとただの過保護なんやと思うけど。」
けど、と続ける声が少し下がる。
「セレネルとシュトリヤ姫は黙ってへんやろね」
「…ん?なんで?」
急にでてきた2人の名前に首を傾げる。
今日は2人とも長引いている会議のせいで来られないんだと言っていた。
アナトーレもその護衛があるとかなんとか。
ひと段落ついたしみんなでご飯でもと思って誘ったんだけど、断られてしまったのだ。
「ミィスはいいかげん自覚しよ?スカンのことだって今セレネルとシュトリヤ姫と揉めてるんだよ…」
「わたしが丸投げしちゃったから?」
ただ宰相に丸投げしたはずなんだけど、なんでセレネルとシュトリヤが関わってるんだろう。
「違うよ…ミィス、ミィスは鈍くてかわいいよ。それでいてボクの王子様だ」
「え?うん。ありがとう?」
エリューから小さい子を見るような目で見られてちょっと、いやかなり精神が抉られている。
「ほめてへんで、多分。」
褒められてないのはわかってるんだけど。
「あとエリュー、もうやめとき?」
つん、エリューの口を指でつつくミヤビ。
「うっ…」
一瞬で顔を真っ赤にし、口ごもるが、意を決したようにその指を避ける。
「けどミィスもかわいそうだよ…あんなに深くて重いもの」
「せやなあ。けど、知らんほうが幸せなことかてある思うんよ。あと言えばこっちも危ない」
という言葉に「確かにそうだけど…」と黙り込んでしまった。
「うん、今日はここまでにしよう!ミィス、お料理手伝うよ!」
「あ、ありがとうエリュー、後少しなの。」
と急に笑顔を見せてくれたエリューに驚きつつ、当初の予定通りささやかなパーティを決行するのだった。
結局わたしはなんの情報も得られなかったわけだけど。
とりあえずエリューのことは片付いて、次の手掛かりまで得られた。
そしてエリューはまたこの家に帰ってきてくれて。
ミヤビもまだここに居てくれて。
こうして賑やかになったこの家から、次の一歩を踏み出すのだ。
悩みの種は増えた気がするけれど、わたしはわたしのしたいようにするだけだ。
――――――2章.鬼人の姉妹 了
2章はここでおしまいです。
お付き合いいただきありがとうございました。
明日から幕間を毎日更新しますので、引き続きよろしくお願いします。




