9.着飾るお話
いつも通り早起きしてセレネルと手合せをした後になぜかアナトーレに連行されて今はアナトーレの部屋にいる。
「姫から衣装を預かっています」
おもむろに綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
「衣装?」
「はい。シュトリヤ姫からの激励です。『絶対似合うわ、それを着て勝ってちょうだい』と伝言を受けています」
「ねえ獣人って声真似みんな上手なの…?セレネルも上手いんだけど」
「えっ…考えたことありませんでした…耳がいいからでしょうか?」
「耳がいいだけで声帯が模写できるわけじゃないと思うんだけどなあ。」
2人で首を傾げながらシュトリヤが用意してくれたという衣装に着替える。
アナトーレが首を傾げるのはおかしくない?獣人標準の性能なの?
わたしはセレネルとアナトーレしか知らないけど。
アナトーレに手伝ってもらって着替え終わる。一人では着られなかったな、これ。
「よ、よく似合っています。さ、さすが姫の見立てですね。あ、念のためそれは内緒で…」
「大丈夫、わかってるよ。」
姫からもらったなんておおっぴらに言えないことはわかっている。
けど内緒でもらうこともよくあるから慣れている。
もちろんわたしもこっそりプレゼントはよくするけど。
けど今は勇者だしもしかしたら今までよりも隠れなくてもいいかもしれないな。
それに一週間で準備してくれるなんて相変わらずシュトリヤはすごいなあ、とちょっぴり現実逃避をしたところで。
「ねえこれ露出しすぎじゃない?!」
と抗議した。
いやかわいいの。おそらくこの街の雰囲気に合わせた鮮やかなエメラルドグリーンのトップスに、白のショートパンツはとても合っている。
けど背中はがっつり開いているし、お腹も丸見えだ。
その上からゆったりした紫の綺麗な上着と巻きスカートを着たけれど、すっけすけなんだもの。
全部!見えてる!
シュトリヤの激励が込められた衣装でなければ絶対に着ない。
けどこれを似合うと贈ってくれたことはとっても嬉しいので絶対に着る。
着るけど。着るけど…!
「とてもきれいですよ。自信をもってください」
と言うアナトーレは少し目を逸らしてるし絶対思ってないよね!?
さっきだってすごいどもってたし。他人事だと思って、とじと目で見るとあわあわと弁解し出す。
「そ、その、私たち騎士はほとんど肌を出すことがないので…特に獣人は私服でも出しませんし…その、ちょっと、いえ、かなり…」
珍しく口元を押さえてもにょもにょとどもるアナトーレに不安が炸裂する。
え、この格好でわたし出て行って大丈夫なの?
シュトリヤが大丈夫っていったなら大丈夫だって思いたいんだけど。
けど確かにシュトリヤはわたしが着たところを見て確認したわけではないし…
「その…せ、扇情的です…」
「それは大丈夫なの!?」
思いがけない言葉に反射で叫んだ。
「大丈夫です、普段のミィスの雰囲気と違って、なんというかどきどきしただけですから」
よくみるとアナトーレの頬が真っ赤だ。
「えっ!?」
つられてこちらも真っ赤になる。
「ほ、ほらアクセサリもつけましょう。エリューに預かったイヤリングの他にも色々預かっていますよ」
取り繕うようにこちらに背を向けてアクセサリの箱を漁るアナトーレに少しだけ熱が冷める。
扇情的、だなんて初めていわれた…
このすかすかの胸でもそういう風に言ってもらえることってあるんだ…
セレネルやシュトリヤと違って色気とは無縁だと思っていただけに、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
コイン型のアクセサリや金のアクセサリをたくさんつけられて、すべての準備が終わった。
随分華美な格好になった気がする。
けれど戦うのに邪魔なものはないし、動きやすい。
やっぱりシュトリヤが考えて贈ってくれたんだ、と思うと胸がぽかぽかして嬉しくなる。
恥ずかしいという気持ちが消えるわけではないけど。
「今は一般の部の決勝戦が行われています。この部屋のバルコニーから見えますよ」
見慣れたのか正気に戻ったアナトーレがバルコニーの扉を開けてくれる。
「え、そうなんだ。ちらっと見ようかな?」
広いバルコニーに出ると少し離れた広場で戦っている2人が見える。
「昨日エリューとラーヤさんの戦いを見たからちょっと物足りないかも」
「そうですね、一般の部に選出される方々は実質その家族で3~5番目くらいに強い方々なんでしょうけど…やっぱり副長ともなると別格なのでしょうね」
「みたいだね。」
ぼんやりその戦いを眺め、勝敗が決したのを見届けたあとわたしたちも会場へ向かった。
恥ずかしいので全身がすっぽり隠れるローブを着用した。
というかそれも用意してあった時点でシュトリヤはわたしが恥ずかしがることわかってたよね!?
エリューとミヤビは先に行って席を確保しているらしい。
なんでも鬼人たちの注目をたいへん集めているらしく(今代の陛下や姫が観覧に来るのは初めてだし)、「いい席で応援したいからね!」だそうだ。その素直な気持ちは大変に嬉しい。
ミヤビも、「応援しとるで~」と緩く激励してくれた。
その緩さも今は大変に有り難い。緊張はそれで解れたと言っても過言ではない。
急遽すべての家族の拠点で映像配信が行われることになったようで。
わたしじゃなくて王陛下と姫殿下がくるから、だと思いたいんですけれど。
それでもたくさんの人に見られると思うと緊張してしまっていた。
早々に解してくれたミヤビとエリューには感謝してる。
控室に通されて、そこにセレネルが待っていることに驚く。
アナトーレは王宮騎士として護衛の仕事に付くからとさっき別れたが、わたしには騎士が一名傍に付きます、としか言われてない。
「俺はここでお前を送り出す栄誉を勝ち取った。」
「勝ち取った?」
「ああいや言葉の綾だ。普通に丸め込んだ。」
「丸め込んだほうが問題なんだけど!」
多分冗談ではないけど詳しく聞くと怖くなるだけなので流そう。
「で、なあに?」
「お前に勝利のおまじないと激励をしに。」
と悪戯っぽく笑うと、すっとわたしの耳たぶに触れる。
エリューのイヤリングは右耳だから、左耳は空いている。
その左耳に触れたセレネルの指先から、ふわりと漂う魔力の気配。
「これ!!」
忘れもしない、特訓中ずっと着けていた、あの悪魔のような魔具だ!!
毎日つけた所為でこれの魔力を覚えてしまった。
「な、なんで、駄目だよ、取って!!」
慌ててセレネルの手を払い取ろうとするが、取れない。
わかっている。これは付けた人にしか外せない本当に本当に悪魔の仕様をもつ魔具だ。
「俺は今回隣で戦ってやれない。だからせめて痛みだけでも俺に預けてくれ」
「なっ…!!」
にこりと笑うセレネルに絶句した。
「今回は無理に役目を負わせてしまった。ミィスはこういうの好きじゃないだろう」
いつだって誰かと戦って勝敗をつけるなんてしたくなかった。
それをセレネルはよくわかってくれている。じわっと手先まで暖かくなる。
「それなのに俺は見てることしかできない。それがもどかしくてな。ただ、観客席からではなく一番近くで見ているから。」
「…セレネルは本当にばか。こんなことしなくってもいいのに」
「俺がしたいんだ。気にするな。」
その笑顔に、わたしも覚悟を決めた。わたしは1人ではきっと勝てないから。
「わたしの痛みはセレネルに預ける。」
わだかまりのような、不安のような、そういうもやもやしたものが全部消え去ったので、やっと思い切り笑えたと思う。
セレネルがいつもしてくれる、眩しそうに少しだけ目を細める顔になったから。
「ああ…ところで、その中はどうなっている?その恰好ででるのか?」
ぐっとローブの合わせを掴まれる。
「えええなんで待って」
「シュトリヤが自慢げに『本番を楽しみにしていなさい!最高のミィスが見れるわ!他の人に見せるのは嫌だけど!』と言っていた。そのローブ姿なわけないだろう」
「う…」
「どうせ脱ぐんだから今でもいいだろう?先に見せろ」
と、有無を言わさず抑えていた手ごとローブを剥がれた。
「あああ見ないで…!!」
力強いな!!精一杯押さえていたはずなんだけど!!
と心の中で悪態をつきつつ後ろに飛んで距離を取る。
何かに隠れようと辺りを見回すが、この部屋には椅子くらいしかない。
しかも背もたれがないやつ。
何も言わないセレネルの方を恐る恐る見ると、がっつりこちらを見ている。
無言で。目をこう、カッと開いて。
瞳孔開いてない?
え、こわい。
せめて何か言ってくれないかな、と思いつつじりじりと壁際に逃げていると、セレネルの姿が視界から消えた。
そして気付けば壁に押し付けられていて、身動きが取れない。
待ってなんで急に本気だした!?こんな動きバルドさんと戦ってた時くらいしか見たことないよ!!
両手はひとまとめに握られていて少しも動かないし、足もセレネルの足に圧迫されていて動きそうにない。
なにこれどういう状況!?
「ああ、すまない。思わず」
思わずってなにかな!?わたし思わずで拘束されてるの??
すまないっていってるけど全くすまないと思ってる様子はないようで解放はしてくれない。
完全に混乱していると、頭や髪や額にキスが降ってくる。
「え、え、あ、あの」
顔に体中のすべての熱が集まっているようだ。
何か言わないとと思うのに、言葉が紡げない。
「ミィス、綺麗だ。」
至近距離からのストレートな褒め言葉に、完璧に言葉に詰まった。
きれい、だなんて今までこのセレネルが言ってくれたことがあっただろうか?
似合っているとか、そういうのはあったけど。
けどきれい、なんて。
「ミィス、以前いいそびれたが」
「はひ!!」
こちらを射抜くように見詰めてくるセレネルを直視できなくて背けた耳元に、そっと吐息が這う。
背筋へ走るぞくりとした感覚に、びくりと体が跳ねる。
王妃様にお仕置きされたときとも違う、セレネルが死んでしまうと思ったときとも違う。
寒くて熱い、これは何?
「俺を、意識しろ。」
低く、囁くように告げられた言葉に意味もわからずぶんぶんと首を縦に振ることしかできない。
前も言っていた。
意識って何…?
意図が理解できずにおずおずとセレネルと目を合わせて後悔した。
意味なんてわからないけど激しく後悔した。
夜空に浮かぶ月のようにひんやりとした銀のその瞳のその奥に、
何故か燃え滾る炎のような。
いや、炎なんかでは足りないくらい、もっともっと熱い。
そう、ぎらぎらとした肉食獣の、捕食者の目だ。
なぜか自然に目が潤み出したとき。
ふわりと満足そうにほほ笑むセレネルに漸く解放された。
ぽんぽんと、軽く頭を撫でられる。
「意味は今は考えるな。お前を呼んでいる。行って来い」
あまりの豹変っぷりに頭の中は疑問符で埋め尽くされているが、時間らしい。
わたしの仕事を思い出し、一度軽く目を閉じ、セレネルが開けてくれた舞台への扉をくぐった。
「セレネル、わたし、勝ってくる。あなたのためにも」
セレネルに貰った気持ちに報いるために。
「俺のために、か。いい殺し文句だ。」
にやり、といい笑顔を貰い、歓声で埋め尽くされた闘技場へ足を掛けた。
(戦いの前にこんなに嬉しく思えるのは初めてかもしれないな。)
ミヤビにもらった暖かな空気と、エリューに分けてもらった勇気。
シュトリヤに贈られた激励と、セレネルに預けた背中。
たったひとりではないことが、全て自信になる。




