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8.エリューの戦いのお話

「さて!さっさと9区に戻るよー!」

「勇者殿はいつも元気だね。橋の近くまで送るよ、川を渡ったほうが早いからね」

というクスィラさんの申し出をありがたく受け、出会った川まで送ってもらった。


美しい水色(アクアマリン)の鱗が煌めく背に乗り。

今度は小脇に抱えるスタイルではなくって少し安心したことは内緒だ。

わたしとエリューはともかく、セレネルとミヤビが一見華奢な男性に小脇に抱えられているのを見るのはなんとなくつらい。

本人たちの心情的にもきっとつらい。


「この街が公にできることを楽しみにしてるよ。そうだ、明日だろう?当方も()()おくよ」

「見にくるんですか?」

「ううん、ここを離れるのはあまりしたくないからね。当方たち竜は君たちよりちょっと目がいいんだ。」

ぱち、とウインクをするクスィラさんの美しさに一瞬やられそうになったところでセレネルに手をひかれてちょっと強引な別れとなった。


笑顔で手を振ってくれるクスィラさんの懐の広さにほっとする。

失礼だし怒られても文句いえないよ!



「セレネル、ちょ、なに、どうしたの…?」

ぐいぐいと引っ張られるので困惑の極み。

セレネルこんなに失礼なことする人じゃないと思うんだけど…

足がもつれたら顔から突っ込みそうなのでそこだけ気を付ける。


「お前が他の男に惹かれているところなんて見たくないだけだ」

ちら、と流し目で見られて心臓がびくっと跳ねた。

「ひぇ」

最近こういう変な悲鳴を上げていることが多い気がする。

藪蛇だったようで自分にダメージが返ってきただけだった。

セレネルが本当におかしいのでシュトリヤ助けてお願い。

もうわたしの手には負えない。



「ねえミィス、見て!これ姉さんにもらったんだ!」

と、突然進路をふさぐように前に立つエリュー。

多分助けてくれたのねありがとう、絶妙なタイミングだよ。

名残惜しそうにセレネルが手を離してくれた。

少しほっとしてしまう。


「かわいいね、似合ってるよ」

それは鬼人たちが身に着けるコイン型アクセサリのイヤリングだ。

動くたびに揺れていてとてもかわいい。

「ミィスに片方預けてていい?」

「いいの?大切なものなのに」

「ボクの勇気になるから。ミィスの勇気にもしてほしい」

「ありがとう。心強いよ。鬼人(デモニアトロピー)の一番強い人なんて絶対グリーンドラゴンより強いしね」

素手でグリーンドラゴンを殴り飛ばすエリモスの長を想像してちょっとにやける。

エリューもちょっとにやけてるから絶対同じ想像したよね。

笑いながら屈んでエリューの手でイヤリングを付けてもらう。

そのままエリューと手を繋ぎセレネルの後に続く。


「んーやっぱりエリューって歩き方が静かだねえ、音が全然違う」

わたしの耳のものはしゃらしゃらと涼し気な音を立てているが、エリューの方は少しも音がしていない。

今日も靴替わりに足首を飾るリボンについている鈴も少しも音を立てないし。

鬼人の体裁きがわたしより優れている証拠にもなってしまっている。


本当に勝てるのか少しずつ不安が積もる。

魔人(ファントムトロピー)相手と違って純粋な力の勝負なんて、わたし向きじゃない。


「これはボクは特に癖みたいなものだからね。ほら、橋が見えて来たよ」

「あ、本当だ。セレネル、人っている?」

セレネルに聞いてみたけど多分わたし以外には見えているよね。種族差がにくい。

「ああ。渡った先に人が居るな。」

「じゃあ渡っちゃおうか。エリューは鱗を見せてね」

エリューの顔よりも大きい緑の鱗を掲げるようにして橋を渡る。



明らかに驚いた顔で、こちらを凝視しているのがわたしにもはっきり見えた。

ふふん、昨日の顔忘れてないからね!

もうこちらを侮蔑する気はもうないようで安心した。

良いときも悪いときも素直なんだな、鬼人って。


「ま、待て。転移陣を用意する。エリュー・エリモス。お前は罰を受け罪を償った。よって家族(ファミリア)として再び迎え入れられるだろう」

エリューはその言葉に心底嫌そうな顔をするが、一旦黙って先導する橋守の1人について行く。

「長がお会いして下さるそうだ」

転移陣を通り再び長の前まで帰ってきた。



昨日ぶりだ。

今日も副長(ふくおさ)が隣に控えている。

ゆったりと座っていたが、やっぱりわたしとセレネル、ミヤビを見るとその場に立った。

一応客人相手には礼節的な物を見せてくれる。

ただし昨日のアナトーレたちに負けず劣らず慇懃無礼だとは思うけど。


「グリーンドラゴンの鱗、採って来たよ。これでいい?」

副長が受け取り、長へ手渡す。

それをじっと見ると、鷹揚に頷いた。

「ああ、本物だな。これをもって鬼人の歴史上初めて10区から生還したお前を再び家族として迎え入れよう」

ネレさんについては話題に出すつもりもないらしい。

居なくなった弱い鬼人にはちょっとも興味がないってことだろうか。

わかりやすくていいかもしれないけれど、感じは悪い。

あえて汚い言葉を使おう。胸糞が悪い。

そんな顔をしてしまっていただろうか、ちょっとだけセレネルに背中を突かれた。

平常心平常心。



「うん。じゃあここからが本題。ボクは家族(ファミリア)を抜ける。あとは副長(ふくおさ)だけ、だよね」

「…いいだろう。(おさ)用の会場を使え。明日まで使わん。もう1人の王宮騎士に話を聞くといい。ラーヤ、相手を」

必要なことだけをさっさと言うと、後は副長へ丸投げするようだ。

「承りました」

ラーヤさんは恭しく長に頭をさげ、エリューとわたしたちに着いてくるよう言う。


今は人がいないが、祭の会場らしき場所へ案内してくれた。

円形闘技場の形を取っているようで、客席が上に設けられ、その中央の一番低い場所が戦いの舞台らしい。

「あなたたちはそこで見てなさい。絶対手を出したらだめよ。」

その客席の一番前に案内される。手を出すつもりなんてかけらもないし、必要だってない。

頷き、席へ座る。

「すぐにもう一人の王宮騎士がくるわ。アナトーレっていったかしら。アタシは立会人を呼んでくるから少し待ってなさい」

去るラーヤさんと入れ違いでアナトーレが入ってきた。


「ああ、よかったです。怪我はありませんか?」

アナトーレもネレさんがいないことには気づいていると思うけど、一旦置いておいてくれるようだ。

こういうとき表情の変わらないアナトーレは羨ましい。

「全員無傷だよ。」


「では副長ラーヤが戻るまでに昨日の結果をお話しておきます。」

祭は長の部、一般の部に分かれていて、例年ならば長の部は3日目に優勝者が決定する。

が、今年は異様に強い1名の長があっという間に全員を下し、既に優勝者は決定している。

「それが、エレモスの長です」

「う、わたしあの人と戦うのね」


「ええ。本当に強かったのですよ。長の部では各長と副長がトーナメントを行う予定でしたが、

彼は全員かかってこい、と。あのラーヤを除く全ての長と副長が瞬く間に倒されました。

鬼人にしては珍しく武器を持っていて、変わった形の剣でした」

剣をもっているのはありがたいかもしれない。

素手相手だとどうしてもやりにくいから。わたしの聖剣は切れ味が良すぎる。


「どうやら長の部の優勝者がこの年もっとも権力を持つ長となるようです。長同士の話し合いの際などに最終決定権を持つそうです。それ以上に、名誉なことだとどの方も言っていました。そしてあの方は、ここ10年無敗だそうです。トーナメントの形を無視できたのはその実績でしょうね」

10年無敗とかとても嫌なことを聞いた。

が、今更考えても仕方がないと頭を軽く振る。



「一般の部はどうだった?」

「そちらは例年通り今もあちらの会場で行われていますよ。おそらく決勝戦は明日の朝になるでしょう。」

一般の部ですら各家族で予選を行い選抜されたメンバーが行うそうだ。

そこから3人ずつ来ているらしい。

確かに鬼人全員がここで戦うわけないか。

3日目は決勝戦だけのようだし実質2日じゃ終わらないね。



「立会人を連れて来たわ。」

むっきむきのおじいちゃんだ。

「ワスティの副長を務める儂が掟に従いエリュー・エリモスとラーヤ・エリモスの戦いを見届ける。どちらが勝利しても嘘偽りなくエリモスの長に伝えることを誓う」

うねる長めの角がとても強そうではあるが、ラーヤさんやエリモスの長に比べると強そうではなく見える。

むきむきなのに。

ワスティの長の言葉を皮切りに、3人が下へ降り立った。


「…エリュー、がんばって」

ぐっと手を握り、エリューを見下ろす。

うん。大丈夫そうだ。

ちらりとこちらを見て手を振るエリューにほっと息を吐く。

表情も楽しみといった感情が強い笑顔だ。

わたしが緊張しても仕方がない。

ふう、と息を吐き少しだけ祈ることにした。


どうか、エリューが最大限の力を発揮して、ラーヤさんに勝てますように。



ワスティの副長が円形の縁まで下がり、「はじめ」と静かに合図をするのと同時にエリューが駆けた。

一瞬でラーヤさんとの間合いを詰め、迷わず頭を狙った蹴りを放つ。

わたしはこの攻撃を躊躇わない潔さを見習わなくてはいけない。

「!!」

それを腕で受けたラーヤさんは慌てて反撃しようと着地したエリューを狙い蹴りを入れる。

が、エリューはそれを軽いステップで躱し、その足で今度はラーヤさんの足を払う。


あまりにも素早い攻防に目が回りそうだが、一貫してエリューが優勢だ。


「え、まってこれより強い人と戦うの?無理じゃない?」

はっと現実を思い出しぞっとする。

シュトリヤも見に来るのに負けるなんて絶対嫌だ。


そんなことを考えている一瞬の間に、あっという間に勝負がついてしまった。

とても強そうな人だったのに、こんなに一瞬で?

エリュー一体どんな特訓をしたの…

ちら、とアナトーレをみると、「当然です」という顔をしている。

「え、本当にどんな特訓だったの…?」

「ミィスよりずっと普通のものでしたよ。」

くす、と笑っているがわたしのだってそんなにおかしくはなかったはずなんだけど、な。



倒れてぴくりとも動かないラーヤさんに、ワスティの副長が近づき何かを確認する。

「勝者、エリュー・エリモス。掟に従いたった今この時を以てエリモスより離脱を認める」

その言葉を聞くと、エリューは静々とラーヤさんとワスティの副長に続けて頭を下げた。

「あれはお辞儀というそうで鬼人の挨拶です。勝負の後に勝者が行うものですからミィスも覚えておいたほうがいいですよ」

「へえ、膝を折らずに頭を下げるのね。立会人は明日はいないよね?」

「みなさんは観客に向けて何度か頭を下げていましたよ。詳しくはエリューに確認したほうがいいですね」

丁寧に10秒ほど頭を下げていたエリューが、顔を上げるや否や、その足で踏み込み客席へ飛び込んでくる。

結構高さあるんだけどエリューは軽々到達してきた。

軽いのかな。


「おめでとう、エリュー」

「うん。ありがとう。さ、こんなとこさっさと出よう。アナトーレはどこに泊まってるの?」

何の感慨もなさそうにさばさばと笑うエリュー。

こんなものなのかな、と首を傾げているとセレネルに立つようにせっつかれる。

「エリモスの長がホテルを手配してくださいました。3部屋あってミィスとセレネルの分も含まれています。案内します」

アナトーレは労うようにエリューの頭をするりと撫で、闘技場から出て行った。

わたしたちもそれに続く。




「っは―――――――――――!すっきりした!これでボクは自由なんだね!」

闘技場から出た瞬間、先ほどとは打って変わって興奮した様子でぴょこぴょこと飛び跳ねている。

さっきの落ち着いた様相とは真逆である。


セレネルは何か察していたのか全く動じていない。

いつものことながらなんでほんの少しで事情を把握できるんだ。


「えーと、エリュー?」

「一応掟ってやつなんだよ。勝敗に関係なく感情をあらわにしないってね。家族抜けて嬉しそうにされるのが嫌なんじゃない?もうボクには関係ないけど!」

「ああ、なるほど。さっきは随分クールだったからやっぱり複雑なのかな…とか考えちゃった」

「ないない!抜けられて心から嬉しいよ」

いたずらっぽく微笑むエリューをさっきできなかった分抱きしめて撫でまわしておいた。




「ここですよ。」

「うわ、こここの街(エリモス)で一番いいホテルだよ!いいないいな、ボクも今日はここに泊まっていいかなあ」

「いいんじゃない?一緒に寝よう」

「やったあ、ありがとうミィス」

喜びのままわたしの体にくっついているエリューをそのままにホテルへ入る。

ロビーからして煌びやかだったが、部屋が大変豪奢で気が引けたのでむしろエリューと一緒だとわたしの精神的に助かる。


「本当にわたしもここ使っていいの…?」

「ええ、長エリモスもミィスのことを気にかけていたみたいですね。」

と指差してくれたテーブルに、『勇者殿』とだけ書かれた綺麗な紙が置いてある。

随分歓迎していただいているようだ。

好意っぽいので有り難く受け取っておくことにする。


「あ、ミヤビは長が部屋を用意するといってますがどうしますか?」

「ええわあ。こっち泊まれへんの?」

嫌そうに手をぷらぷらと振る。がっつり【魅了】をかけたのはミヤビなんだけど、それは言わないでおこう。

多分かけてなくてもミヤビはこうなるだろうし。


「ではセレネルの部屋を使ってください。更に中に二つ部屋がありますし広いですよ。伝えておきます。」

「ほなそうさせてもらうわ…ふわ、ちょっと拙は寝かせてもらうな」

とあくびを噛み殺しながら手を振り別れたミヤビを見送り、アナトーレもさて、とこちらを振り返る。

「私は明日の朝迎えにいきますからその時に。」

「ありがとう、アナトーレ。あ、セレネルに話きいておいてね!」

笑顔で王宮騎士の敬礼をすると、アナトーレはとんぼ返りで仕事に戻った。


セレネルはホテルの前で既に別れているので先に仕事に行ったのだろう。

明日とんでもない面々が来ることが忙しいだろうなあ。

鬼人たちへの嫌がらせのつもりだとは思うけど、アナトーレとセレネルは普通に仕事が増えて可哀想だし今度なにかお礼をすべきでは。



わたしの仕事は明日勝つこと。

これを今は優先して考えないと。

エリューに戦いの作法だけ聞き早々に眠りについた。


このところ連日のことだけど、あたたかいエリューをぎゅっとしながら眠った。

最高の寝心地だったことを誰かに自慢したい。







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