6.10区の秘密のお話
びゅおおおおおおおおと風が吹き荒れるここは橋の中腹のようだ。
真下は崖。
長の屋敷の奥に転移陣があり、ここまで飛ばされてきた。
橋の中腹に飛ばされるとはさすがに思っていなかったのでびっくりした。
冗談ではなく体が少し跳ねた。
アナトーレはお仕事をするのでお留守番だ。
陛下たちのお迎えのお手伝いをしつつ色々調査も兼ねているそうだ。
ここにはエリューとネレ、わたしとセレネル。そしてミヤビがいる。
どうやら特に同行に関してなにもないらしく、その場で解放された。
随分あっさりしている。
帰りは橋を渡ってくればいいと一応教えてもらった。
はっきりとその顔に、「帰って来られるものならな」という侮蔑が入っていたのは確認したけれど。
あなたのお顔はしっかり覚えましたから。
「御挨拶おくれました!!はじめまして。私はエリューの姉のネレ・エリモス…あ、いえ今はただのネレ。
こんな方々を巻き込むなんて…!申し訳ありません!!」
と腰を直角にまげて、頭を下げられる。
確かに先日勇者として全世界に顔を知られてしまったわたし…も世間的にはそうかもしれないし、
もちろん貴族のセレネルとミヤビはこんな方々だろう。
「あ、いえ気にしないでください。わたしたちはエリューにとても助けてもらったの。
そのエリューを助けるのは当たり前です。」
すごくびくびくおどおどした人だ。
本当に鬼人っぽくない。
「鬼人の中でも底辺だと、こんな感じです…多いですよ」
とわたしの反応を見てか細い声でつぶやくネレに、鬼人全体の闇が透けて見える。
「余罪もありそうだな。」
セレネルが眉をひそめている。
「ところでエリモスっていうのがあの家族の共通の家名なの?」
「そ。鬼人は家族が全員おなじ家名を名乗るの。けどボクは絶対名乗ってなんかやらないよ。」
ぷく、と頬を膨らませるエリューはかわいいけれど、さっきからネレと目をあわせようとしない。
照れているのだろうか。
「エリュー、今のうちに。橋を離れたら多分安全ではないし」
とそっと背を押し、ネレの前に立たせる。
「うっ…そうだね…ねッッ姉さん!!」
「は、はい!!」
エリューの勢いに押され、つられて大きな声で返事をするネレ。
微笑ましい。
「ボクのこと助けてくれてありがとう!!今度はボクが助ける番だよ。必ず生きてかえろう」
ぎゅっとネレに抱き着く。
驚いた顔をしていたネレは、くしゃりと顔を歪め、エリューの背中にそっと手を回した。
「私こそ弱くって、あなたをちゃんと護れなくってごめんなさい。一度もかわいいといってあげられなかった…」
ぽろぽろと涙を零し、エリューの頬を包むと目を合わせる。
「エリューあなたはかわいいわ。姉の私が誇らしいくらい」
その言葉にエリューも声をあげて泣きだす。
わたしたちは少しだけそこを離れて、しばらく見守ることにした。
その間にミヤビに経緯を説明しておいた。
憐れんだ目で見られたのは気のせいだと思いたい。
どのポイントに対して憐れまれたのかもはやわからないし。
「さて。じゃあさくさくっとグリーンドラゴンの鱗をはがして帰ろうか」
「む、無理です!!グリーンドラゴンなんて…!!」
さっと顔を青くするネレに、一般人なんだと悟る。
この人は魔物を倒したことが一度もないかもしれない。
鬼人についていたイメージは全て消失した。今までこういうタイプの鬼人にあったことがなかったから仕方がなかったけど、固定観念はいけないね。
「大丈夫ですよ。ネレさんはエリューがちゃんと護ってあげてね」
「うん、任せて。ミィスには先頭任せるね」
「任された!」
いつも先陣をきってくれるエリューの代わりに先頭に立つ。
いくぞ、と崖の向こうとは打って変わって緑豊かなその森に足を踏み入れた。
「セレネル、とっても素朴な疑問なんだけど」
「なんだ」
「グリーンドラゴンってそんなぽこぽこ会える?」
強い魔物は数がそんなに多くないのだ。
闇雲に歩いて出会えるようなものでもない気がする。
「お前がいるのだし問題ないだろう。」
たしかにわたしが居るとレア魔物とか出やすいらしいけど。
わたしに実感がないのでよくわからない。
だってわたしにとっては日常だし。
でもまあセレネルが出るっていったら出るんだろうなあ。
美しい川が流れる森を進んでいく。
「10区って綺麗ね。大きな公園みたい」
「ああ、そうだな。何もないが美しい」
長閑だし美しい鳥や魚が平和そのものだ。見たことがない美しい翅を持つ虫なども飛んでいる。
外区でなければきっと良い観光地になっただろう。
「…とまれ。誰かいる」
静かに囁くセレネルの耳はぴん、と立っている。
ここは10区。人は住んでいないはずだ。それは宰相に確認済み。
だからセレネルの緊張感も高い。
わたしには人影すら見えないけれど、セレネルが居るといったら居る。
全員がピリ、とした頃。川の向こう側に人が現れた。
わたしはいつでも剣を抜ける様に構える。
「ええと、新しい罪人だよね。いつもより人数が多いけどそっちの2人は鬼人だし…」
とどうも困惑しているようだがこちらも困惑している。
鮮やかな長いアクアマリンの髪をひとつの三つ編みにして前に垂らしている。
瞳は遠くてよく見えないが夕日の色だろうか。
きっとシュトリヤのように宝石をちりばめたような美しい瞳なのだろう。
背の高い人間のように見せているが、間違いなくこの人は竜だ。
竜もシュトリヤを入れると4人目。そろそろその独特の雰囲気のようなものが解ってきた気がする。
あと全員おそろしく美形だからなんかもう一目見ると神々しい!!って思うので結局すぐわかってしまうんだけど。
「あのー!竜、ですよね?ここで何を?」
害意も敵意も全く感じないので、安心して声を掛ける。
セレネルも緊張を解いていたので問題なさそうだ。
「一目でわかるなんてさすが勇者殿だねえ。説明するよ。こっち来れる?無理なら迎えに行くけど」
「迎え…?」
「うん!」
と人懐っこく笑うと、背から竜の翼が飛び出す。髪と同じアクアマリンの美しい鱗が輝いている。
一瞬で川を飛び越えると、わたしたち全員をひょいとまとめて抱きかかえる。
「「「!?!?」」」
各々悲鳴を上げたときにはもう対岸に到着しており、そっと地面へ降ろされた。
竜すごい。力持ち。
ぱっと見細腕なのにどうなってるの。
「えっと…まずは名前かな?わたしはミィス。こっちはセレネル、ミヤビ、エリュー、ネレです」
1人1人紹介してみるが、全員見事に呆然としている。
セレネルもだ。珍しい。
「紹介ありがとう。当方はクスィラという。大地と空を司る竜だよ。あっちに街があるんだ。案内するよ」
とマイペースに歩きだす竜クスィラを追う。
「…待て、街、だと?」
やっと復活したセレネル。おかえり。
「うん、街。当方が作ったんだよ。こういえばとりあえず納得してくれる?鬼人は、ひどいことをする」
穏やかにほほ笑んでいるが、少しだけ怒気を滲ませている。
「そう、あなたが助けてくれてたんですね」
その言葉と態度でなんとなく理解できた。
「当方は10区が好きでずっと住んでたんだけど、300年前くらいかな。鬼人が急に10区に追い出されるようになって。」
「内区から外区へ自由に橋をかけてよくなったのがそれくらいだと記憶している。」
「ああ、人の法だったのか。で、今回はそっちのお嬢さん2人?君たちは?」
「手助けに。エリュー1人じゃ無理でも4人ならいけるとおもって。ネレさんは戦闘向きじゃないからひとまず保護してもらえると嬉しいです」
「もちろん。当方はここへきた鬼人みんなに聞いているんだけど。その前に」
とエリューとネレを見る。
「ここが、当方たちが暮らす街。ようこそ。」
突然開けたそこは、木でできた建物が立ち並ぶ広くはないが立派な街だった。
確かに少し古い形式の建物ではあるが、それが却って美しい。
湖畔の別荘地のようだ。
賑やかだが穏やかで、鬼人たちが各々好きな格好をし、笑顔で歩いている。
「わあ…!!素敵な街だ!ボクは好きだな」
「ありがとう、エリュー。ネレ、君はどう?」
「素敵、です…!みんな笑顔で。」
「そう、ここにはネレのようにあまり戦闘向きではない鬼人も平等に暮らせる。
戦闘に特化した掟に縛られる必要もない。どうかな、ここで暮らさない?
もちろん戻りたいというなら、当方はその罰とやらの手伝いをすることにしている。
…まあ、この300年そちらを望んだ鬼人はいなかったけれど」
その言葉に、しばしネレとエリューが目を合わせ、黙っている。
迷っているのだろう。
「…ねえ、クスィラさん。この2人に街を案内してあげてくれませんか?」
その申し出に、首を傾げるクスィラ。わたしたちはどうするのか、という顔だ。
「わたしは2人がどっちを選んでもいいと思ってるの。だけど、ちょっと急いでて。だから、2人はじっくりここで考えて。わたしたちはその間にグリーンドラゴンの鱗を取ってきます」
「当方は構わないよ。いつまでに必要なの?」
「明後日の午後にお祭りに参加します。だからそれまでに。そこで一番強い鬼人に勝って、こういうのやめるように言うつもりなんです。」
「ああ、それはいい。うまくいったらこの街のことを紹介してくれないかな?」
「え、いいんですか?」
「正式に認めてもらえるならそれがいいんだ。こそこそするのが本当はよくないっていうのはわかってた。
けど竜はあまり人の方針に干渉しないことになってるからね。ちょっと助けるくらいしかできなくて」
「それなら。王陛下もいらっしゃるから、きちんと街として登録してもらいましょう」
「それはありがたいね。にぎやかになるなら当方もうれしい。ところで君たちだけで大丈夫?当方もいこうか?」
「いいえ。わたしたちだけで大丈夫です。あなたにはきちんと街の紹介をしてもらいたいので」
グリーンドラゴンの棲みかだけ聞き、わたしたちは別れた。
エリューとネレが平和に一緒に暮らせるならば、それでもいい。
エリューがやっぱり外で暮らしたいのなら、それでもいい。
けど、できれば。
わたしのちょっとしたわがままを言うなら。
あの家に一緒に帰ってきてほしいと、願う。
「…ミィス。お前の望みは伝えた方がいい」
わたしの気持ちを正確に理解するセレネルが、ぽんと手を頭に乗せる。
「けど、せっかくネレさんと一緒に暮らせるようになるのに」
「伝えるべきだ。その上でエリューがどちらを選ぶのか聞け。後悔するぞ」
たしかに、わたしらしくなかったかもしれない。
"家族"ってよくわからないから、絶対一緒に居るべきなんだと思ってしまっていた。
けど、やっぱりわたしの気持ちを伝えないまま決めてしまうのは、嫌だ。
「ありがとうセレネル。戻ったら言うよ。よし、そうと決まれば急ごう!」
はやく、エリューに伝えたい。




