5.砂漠の街のお話
そんな地獄の鍛錬を耐え抜きいよいよ祭の日だ。
わたしは一度もフェガリさんに勝てなかった、けれど負けなかった。
一度もセレネルに痛い思いなんてさせなかった。
これに関しては褒めてほしい。
いやセレネルにはきちんと褒めてもらえたけれど。
「よくやった。あいつと戦って無傷で5日も耐えたんだ。誇っていい」
って少し甘い評価な気はします。
フェガリさんには不安げに、
「お前…ちゃんと勝てるのか…?」
とは言われたけれど。
わたしも少し不安ではある。
結局一度も攻撃を入れることはできませんでした。
魔物相手なら気にせずいけるんだけど、やっぱり誰かが怪我をするところを見るのは苦手だ。
「き、緊張する…」
「ミィス、ボクも緊張する…」
「エリューはどうだった?強くなれた?」
毎日わたしたちは帰宅するなり眠り、話を満足にできるような状態ではなかった。
エリューも毎日へとへとだったのですごく大変だったことは窺える。
「うん!アナトーレと騎士の人たちが随分鍛えてくれたよ!ボクも強くなること自体は好きだしね」
騎士のイメージについてはエリューの心象を損ねることがなかったようで安心した。
なんだろう、しっかり取り繕っていたのかな?
それともエリューの心が広いのかな。
一日しっかり休んだわたしたちは今とても元気だ。
「それはよかった。よし、今日はちょっとお揃いにしようか」
「それならボクのリボンを貸してあげるよ!」
と、受け取ったのはエリューの瞳と似た若葉の色。
先にコインのような飾りがついているが、これは鬼人のアクセサリらしい。
あんまりつけている人はいないそうだけど。
これを、エリューの髪を三つ編みにしながら編み込む。
邪魔にならないよう、うっかり切れたりしないようそれを耳の横でお団子にした。
「うん、かわいい。これでいいかな。」
「ありがとうミィス。ミィスってかわいくしてくれるだけじゃなくって邪魔にならないようにしてくれるからうれしい!」
「エリューの髪を毎日やってたらちょっと楽しくなっちゃって。今では趣味みたいなものだから気にしないで」
「じゃあミィスも髪につけて!きっと似合うよ!」
「うん」
エリューと同じ様に、わたしも髪の一部に編み込む。
髪が短いのでリボンが余ってしまうが、耳の後ろに垂らしておく。
軽くしゃら、と鳴るのがかわいい。
「よし、じゃあそろそろ出発しようか。っていっても9区までは一瞬なんだけど」
エリューと並んで時間通りに玄関を出ると、セレネルとアナトーレ、騎士1人がもう待っている。
「ごめんなさい、待たせたかな?」
「いや。問題ない。ああ、リボンをそろえたのか。良く似合っている。」
セレネルが短いわたしの髪を一房掬い、軽く口づける。
耳の奥で急にばくばくと心臓が打つ音が響く。
「ひぇ…」
「今日から大変だろうからな。俺からの激励だ。負けるなよ、ミィス。エリュー」
にっこり間近でほほ笑むセレネルに、緊張は吹き飛んだ。
(かわりに何か違う感情に覆いつくされたような気がしないでもない)
――――――9区
「あ、思ったより涼しい」
エリューに言われた通り、今日は日差しに負けないように露出を抑えた格好だ。
と言っても袖とショートパンツの上に履いた足元までのスカートは少しだけ透けてふんわりする素材なので風が入って涼しい。
エリューも似たようにいつもより透け感のあるワンピースを着ている。
アナトーレとセレネルはいつもの騎士服だ。
え、暑い。見てるだけで暑い。
「大丈夫ですよ、ミィス。騎士は魔具でその…ちょっと」
「あ、ずるかった」
「ふふ」
思わずじとっと見ると、笑顔で返された。
ミィスも使います?と聞いてくれたがまだ断っておいた。
思ったより大丈夫そうだったので。
「9区って全部が砂漠じゃなくて、オアシスがたくさんあるんだよ。そのオアシスに一つの家族が住むって感じ。今年のお祭りはボクの家族が居るオアシスでやるんだ。
ということで、ようそこボクの故郷へ」
なるほど、砂漠のど真ん中に住んでいるわけではなかったのね。
きつい日差しを遮る背の高く葉の大きな植物や、きらきらと輝く水面が美しい水路で囲まれた街のようだ。
おそらく水源となる湖のような場所を中心に水路を張り巡らせて建物を建てているのだろう。
壁は砂のような色だが、窓枠や屋根は鮮やかに彩られて目を楽しませてくれる。
「街並かわいいねえ」
「うん。ボクもそれには同意するよ。素敵な街ではあると思う」
「では、いくぞエリュー。ここからはお前の仕事だ」
「うん。あの青い屋根のおっきいお屋敷が長の家。ミヤビも姉さんもそこ。」
「わかった。では行くぞ。それまでに襲われる可能性は?」
「ないよ。だってボクが来るってわかってるからね。」
しばらくはのんびりと街並を眺め、行き交う鬼人を見る。
鬼人たちは露出が大変に多い服を着ているがあれは慣れだろうか。日差しが刺さり暑そうだ。
「服に興味がないだけだよ。」
と呆れたようにため息をつくエリュー。
「服屋さんなんてほとんどないんだよ。たまの礼装用か観光客向け。みんなは取った獲物で服を自分で作るんだ。この時代に信じられないよ」
確かにふんわりとしたワンピースを身に着けるエリューはこの場では異質だった。
それでも、一番堂々として見える。
「うん。エリューが一番かわいいよ。自信もって」
「ありがと、ミィス。…さて、ここだよ」
わたしにかわいらしく笑いかけ、目の前のお屋敷を見る目はすぐに鋭くなる。
「エリューだよ。呼ばれたから来た。通して」
と、門番と思われる鬼人に話しかける。
そのエリューを蔑んだように見、無言で通された。
お、これはとりあえずわたしたちも同行可能?
ちら、とセレネルを見ると無言で頷かれたのでついて行く。
どう出るかわからないのでとくにプランはない。
すんなりと長だという男性の前に通された。
この男性は透けた生地の服や金のアクセサリを付けていて他の鬼人と随分雰囲気が違う。
わたしたちを見て立ち上がったその背は高く、2mはありそうだ。
すらりとした手足や胸に程よくついた筋肉は逞しい、30歳くらいの美丈夫だ。
エリューの小さな角と違い、ヘラジカのように平たい立派な角が真っ赤な髪を掻き分けている。
髪と同じ赤い睫に縁どられた瞳は深い海のような群青色だ。
隣に立つのはエリューが勝てなかったという副長らしい。
この女性も長よりは華美さが劣るが美しい服を纏う妖艶な美女だ。
すごいぼんっきゅっぼん…思わず自分の胸元にそっと手を当ててしまった。
すかっとした。かなしい。
2人ともとても美しいが、明らかにさきほど案内してくれた鬼人より強い気配がする。
あちらのほうがごりごりのマッチョ感があって一見強そうだったのに。
纏う雰囲気が全然違う。
「来たか。ではあの男は解放する。お前とお前の姉には罰を与える。ここへ」
わたしたちのほうはちらりと見たが、まずは用を済ますとばかりにすぐにエリューに視線を移すと、淡々とあまり興味がなさそうに告げる。
程なく、ミヤビと1人の女性が連れられる。
あれがエリューのお姉さんかな。
エリューと同じミルクティ色の髪は肩よりも短く、全体的に華奢であまり強そうではない。
20歳くらいにだろうか。
「エリュー…」
擦れた消えそうな声で、目を見開いてエリューを見つめている。
そうか、来てほしくはなかったんだ。
この人は、エリューをどうしても護りたかったんだ。
大丈夫、貴女を絶望させたりしない。
「ミヤビ、ひさしぶり」
けれど警戒されてはいけないと、とりあえず解放されて傍に来たミヤビに声をかける。
驚くほどあっさりと、武器もそのままにこちらへ歩んでくる。
本当にエリューを呼ぶ以上の使い方はしないようだ。
掟が守られて、罰を与えられるならなんでもいいってことなのかな。
「久しぶりやねぇ」
にこ、とほほ笑み手をあげるミヤビは、長が着ているような煌びやかな服を着ている。
歩くたびにコイン型のアクセサリがしゃらしゃらと音を立てて美しい。
何でも着こなしてしまうミヤビが少し恐ろしい。
よく見ると周りの鬼人たちはちらちらとミヤビの方を気にしているようだ。
「そこの長はんがくれたんやで。なんや悪いわあ」
と少しも悪びれずに微笑んでいる。
その顔にアナトーレとセレネルが少し眉をひそめたのが見えた。
多分【魅了】がだだ漏れなのだ。
ミヤビ怒ってるのね。
そして貢がせたのね…
鬼人たちは決して【魅了】に対抗できているわけではなく、ミヤビにきっちりめろめろなのだ。
その上で捕まえておけるのだから少し驚く。
エリューが呟いていた、「好きな人でも殴れる」というのはこういうことなのだろう。
「さて、エリューとネレ。お前たちに我がエリモスの掟を破った罰を与える。
長きにわたり逃げた分も加味し、10区からグリーンドラゴンの鱗を持ち帰ることを罰とする。
それが出来れば再びエリモスの家族として認めよう。」
つまらなさそうに、なんてことないようにそれを告げた。
グリーンドラゴンはバルドさんや縁の竜といった竜とは違う、上位のトカゲ系魔物と竜の間みたいな魔物だ。
ドラゴンと名付けられるだけあって、魔物の中でもかなり強い位置づけで、1人で倒すのはもちろん無理。
今回は倒せとは言われてないけれど、それでも近づいただけで一般人なら死ぬ。
やっぱりこれは2人を体よく殺そうとしているんだな、と再認識。
と、ようやくわたしたちの方を向く。
エリューたちに向けていた眼差しとは随分違い、興味を感じる。
「…で、そちらは客人か?話題の勇者とその制服は王宮騎士と見受けるが。」
「エリューには随分助けてもらったんです。鬼人たちの邪魔をするつもりはない。
けど、見届けさせてくれませんか?」
あくまで邪魔はしませんよ、というスタンスで同行を願い出てみる。
一緒に橋を渡れる方がいい。
「勇者が祭に参加すると速達が来ていたが」
「祭の最終日、優勝した鬼人と戦わせてもらうことになっています」
「そうか。」
何故だか少し面白そうに口角を少し上げたように見えた。
「で、その話をしに?」
とセレネルとアナトーレを見る。
「ええ。こちらが陛下からお預かりした書簡です。急なことで申し訳ないが、対応を願います」
セレネルがアナトーレに目配せし、アナトーレが陛下直筆の貴重な書簡を前に出た副長に恭しく差し出している。
すごい、こういうのを慇懃無礼っていうんだな。
丁寧なのにぜんっぜんそう見えない態度ってどうやるんだろ。
副長はその態度にむっとしたようだけど、長は表情を変えずにその書簡を受け取り、開く。
それ陛下直筆のとっても貴重なやつね。普通はどんなに重要でも宰相が書くし、そうじゃなければ文官が書く。
それをことの重大さを示すため、そして嫌がらせのためにわざわざ陛下がノリノリで書いたものだ。
その書簡の内容に、長の目が瞬いたようだった。
そう。お祭りに陛下たちがくることはたった今お伝えしました。
陛下たちは最終日にいらっしゃるが、準備まで3日しかないぞ、がんばれ!
もちろんこれも含めてちょっとした嫌がらせだ。
宰相発案の。陛下たちも怒っているのだ。
各種族の違いや想いを尊重して任せていたのを、陰で踏みにじられていたのだから。
それを徹底的に秘密にできた鬼人たちの絆にも驚くけれど。
「陛下方のご観覧は心よりお待ちしていると伝えてくれ。」
「ええ、必ず伝えましょう。」
セレネルが無表情で返事をすると、長はこちらを向く。
「で、勇者。何があっても助けにはいかないが?」
試すようにこちらを見ている。
「もちろん承知の上です。同行してもいいってことですか?」
こちらもにっこりと余裕たっぷりに答えてやる。
「ふ。勝手にしろ。…橋まで案内しろ」




