4.爪を研ぐお話
相変わらず時間ぴったりに迎えに来たセレネルと城へ転移する。
場所は騎士団の鍛錬場だ。
「5日間貸し切った。第一隊の鍛錬場だ。」
「職権乱用では…?」
「王命だから俺のではない。」
「やっぱり職権乱用じゃん陛下の!」
「そっちは否定しないがまあ気にするな。隊員も見学にくるのは許してやってくれ。楽しみにしているようだ」
「無駄話はいい。始めるぞ。」
仏頂面のフェガリさんに会話をぶった切られ、同時にセレネルは脇へ避ける。
フェガリさんは既に双剣を抜いており、何の前触れもなく切りかかってくる。
狂戦士かな。
こちらも慌てて抜いた聖剣で受ける。
この謎の強度を誇る聖剣でなければ今頃真っ二つだろう。
この国一番の剣士であるフェガリさんに付けてもらう稽古はとても貴重だ。
貴重だしありがたい。
けど些か容赦がない。
こないだ最後に見せてくれた私のこと気にかけてくれたあの顔はどこいった!
テミスラさんに聞いただけだけど娘と思ってるんじゃなかったかな!?
顔が怖い!娘(仮)に対する顔じゃない!陛下と比較してだけど。
あの、シュトリヤにもわたしにもでれっでれの顔を思い浮かべる。
ここで至ったのがフェガリさんは王妃殿下寄りなのでは?ということだ。
おそらくこの人も自分の身内であればあるほど厳しくなるタイプなのでは。
そうじゃないとこの絶対零度の眼差しに心が折れそう!
腕も折れそう!
「うっ…」
余りの重さにうめき声を漏らす。骨が軋む音すらする。
「腕が折れても飛んでも治せる上級治療師を呼んである。気にせず怪我をして構わん」
という容赦のないお優しいお言葉を頂いた。
鼻の奥がツンとする。涙がでそう。
「ふむ…お前は変わらず鍛錬では本気を出せないな。あの日のお前はもっと強かった。これではこれ以上は強くなれん」
「う、で、でも…!」
だって目の前のこのフェガリさんは、敵ではないのだ。できたら怪我とかさせたくないじゃないか。
こちらが怪我を負うのはともかく。
「いや、いい。それがお前の性格であり好ましい部分だ。父親にそっくりだ。ではこうしよう」
一瞬だけこちらを優しい目で見た後、ちらりとセレネルのほうを見る。
頷いたセレネルは、何かの魔具を耳に着けたようだ。
「これを付ける。」
とわたしに魔具を見せる。
そのままわたしの髪をそっと耳に掛け、露出した耳に装着された。
すっと指で魔宝玉部分を撫で、魔法が発動した気配を察知する。
わたしでは何の魔法かまではわからないけど。
「これでお前とセレネルの痛覚がリンクした」
恐ろしいお言葉にひっと喉の奥が鳴る。
「つ、つまり…」
「お前が怪我をするとあちらにも同等の痛みが行く仕組みだ。」
なんの目的で作った魔具だ!!
そしてそれを使うなんてなんてことしやがるこの鬼教官!!
同意したセレネルもセレネルだ!!
「なんで!!」
セレネルを睨むと、穏やかにほほ笑みを返されて拍子抜ける。
「お前が強くなれるなら俺はなんでもすると言ったらこうなった。せいぜい俺を護ってくれよ、ミィス」
その言葉に気を引き締める。
これはセレネルを護る戦いだと思えばさっきよりずっと力が湧いてくる。
こういうやり方は好きじゃないけど、きっとそれもわかった上でわたしの為なんかにここまで体を張ってくれたのだ。
その気持ちは無駄にしたくない。
痛みなんて少しだって感じさせるものか。
「覚悟は決まったか。では行くぞ」
ほんの少しだけ口角を上げるフェガリさんは多分、楽しんでいるのだ。
相手が強くなればなるほど楽しめる、やっぱり狂戦士だ。
その剣戟はわたしを殺しにかかっているのでは、というほど。
さっきの比ではない。
けれど怪我は、してはいけない。
きゅ、と奥歯を噛む。
わたしが使えるものは全部使おう。
と、頭をフル回転させる。
閃いたのは、光るようになった髪と眼を煌々と光らせることだった。
脳筋なのでこれくらいしか思いつかない!!
「ふっその奇跡みたいな力を目眩ましに使うとはさすがミィスだな」
「ううううるさい!」
気が散るから外野はしゃべらないでほしい。
やってみたもののフェガリさんの剣に反射してちょっとわたしの目にもダメージが入っている。
けど、わたしよりも感覚の優れている獣人はもっとつらいはずだ。
そもそもこの浄化?の力はすごいけれど、あんまり戦いには向いてない。
他にもなにか使い道があればいいのに。
色々と考えながら剣を交える。
フェガリさんは今は魔法を使わずにいてくれているが、そのうち魔法を使い始めるだろう。
そうなるとますます無傷ではいられなくなる。
「受けるだけでは勝てないぞ。」
わかっている。こちらから攻撃を仕掛けないと、勝ったことにはならない。
処刑台の上ほど狭くないし、誰かを護っているわけじゃないから前よりずっと耐えられる。
けど。
双剣相手に集中を少しでも欠けばどこかに当たってしまう。
しばらく互いの剣を交える音と、わたしの吐く息の音しか聞こえないようだった。
「ふむ。なかなか粘るな。さすが勇者の血筋、まったく同じ反応だ」
「へ?」
漸く攻撃が止まった。フェガリさんは少しも息が乱れていない。
「お前の父親とだ。同じ鍛錬をしたことがある。あいつは今のお前よりも更に弱かったが、
それでも誰かが傷つくとなると急に力を発揮しだした。そのくせ攻撃は嫌がる。」
「父さんも…」
「ああ。今日はここまでだ。よく耐えた。明日は魔法も使用する。攻撃を躊躇うな。一度くらい私に膝を付かせて見せろ」
そう言ってくしゃりとわたしの頭を撫で、耳から魔具を取り、その場を去った。
その時の顔は、一瞬だけセレネルによく似た蕩けるような微笑みだった。
ぜんっぜん"零下"の麗人じゃない。
先ほどの疲労とは別の意味でどっと体が火照った。
「ぷは―――――――!きつかった!!容赦ない!!さすがフェガリさん!!」
色々限界だったのでその場に倒れこみ、体の力を抜く。
フェガリさんの笑顔は貴重でありがたいけど心臓には悪いようだ。
「よく頑張ったな。休憩したら俺とも少しやっていくか?」
隣に座り、わたしに飲み物を差し出してくれる。
ありがたく受け取り、少し口に含む。
「うん。よろしく。…ありがとうセレネル」
明日以降怪我をまったくしないなんて無理かもしれない。
もちろん最大限頑張るのだけれど。
「礼はいい。お前のためになるなら何でもやる」
「わたしだってセレネルのためなら何でもやるよ」
「ああ。だったらもう少し俺といてくれ。折角だから」
「?うん。」
寝転がったまま頷き、顔を上げようとすると、視界の端にセレネルの肘が見えた。
軽いパニックに陥る。
え、これすごく近いのでは??
わたしすっごい、すっっごい汗かいたんですけど…?絶対臭いんですけど…?
これ顔上げちゃったらセレネルの顔が近くにあるのでは…?
恐る恐る、ゆっくりとまずは視線から動かす。
案の定予測より近い位置にセレネルの顔が見える。
「せ、セレネル、なに、を…?」
「邪魔がいない貴重な時間にミィスと親交を深めてもいいかと思って」
「う、うん。親交を深めるのはいいんだけど、十分深いつもりだったけど、けど顔を近づける必要はなくない…かな!」
なんとか絞り出した反論に、ふっとほほ笑みを返される。
息がかかる。待って本当に近いのだけど!!
頭が沸騰するくらいあつい。
どこにも触れてはいないのに、全部セレネルに触れられているような錯覚すら覚える。
「いや、必要だ。お前に意識が足りないからな。」
妖艶に笑いかけられ、わたしの意識はぼんやりとする。
あつい。
それしか考えられない。
セレネルはなんていった?そう、
「意識…?」
「ああ。俺を、」
何かいいかけたセレネルの耳がぴくりと跳ね、その場から跳躍し距離を取る。
パン!と軽い音が立て続けに3つ。
あんなに沸騰しそうだった頭とおかしな感覚は正常に戻ったようで、やっとまともに息ができる。
そうか、苦しかったのか。
ほぅ、とゆっくり息を吐く。
「チッ外したわ」
「あ、シュトリヤ!…どうしてここに?」
鍛錬場の入口には目が死んだ近衛騎士を連れたシュトリヤが居た。
騎士の鍛錬場にお姫様が来るとかありえないけれど、シュトリヤだから仕方がない。
意外とわんぱくなのだ。外面は完璧なお姫様なんだけど。
「ミィス!あなたが城にいるって無理やり聞き出して!ねえ、夕食を一緒に食べましょう!」
無理やりとか聞こえた気がしたけど多分気のせいだよね。
「チッ邪魔が入ったな…シュトリヤ、今日は俺の邸に呼んでいる。明日にしろ」
「む…本当手が早くて腹が立つわ。けだもの。わたくしに譲りなさいよ」
「出遅れたお前が悪い。」
「…仕方がないわね。さすがに既に約束していたのならミィスもそのつもりだったでしょうしね。
明日、わたくしと夕食をたべましょう?迎えにくるわ」
「う、うん。いいの?」
「もちろんよ。大丈夫、わたくしの部屋だしお父様とお母様はこないわ。本当よ」
「じゃ、じゃあ…!」
緊張しちゃうのでできれば陛下たちは遠慮したい。ごめんなさい。
「さて」
と両手を軽く合わせ、小首を傾げるシュトリヤ。
えっかわいい。天使かな。
「見たところミィスはフェガリに扱かれて満身創痍。ということはわたくしがセレネルに復讐しても何ら問題なし、ね」
「ううん?どういう理論かな…」
シュトリヤが突然に謎の理論を展開して思考が追い付かない。
天使すぎる仕草にちょっと混乱しているのもある。ああ可愛いなあシュトリヤ。
わたしは多分相当に疲れているのだ。
「気にしないでちょうだい。少し体を動かすのに付き合えと言っているだけよ」
と、なぜか射殺さんばかりの鋭い目でセレネルを睨み、そのまま戦いへ移行した。
こんなの誰も止められないよね。
わたしも疲れていたところにあのセレネルの所業。
思い出しても顔が熱くなる。
そしてシュトリヤの天使の仕草。
思い出すと頭がぼんやりする。
と、ついぼんやりと2人の美しい戦いを眺めてしまった。
シュトリヤの容赦ない(ように見えるけど手加減はしてるでしょう、多分)銃の連撃を、セレネルはその場で全て切り伏せている。
セレネルは決して反撃はしないけれど、口撃は止まらない。
「貴方一体何してくれているのよ!!あんなに顔を近づけて!!痴漢!!変態!!」
「触れてはいない。」
「ぐっ…!!それでもむかつくわね!!」
などという言い争いをしていたのは聞こえていたが、ミィスは全て聞こえないことにした。
うん、本気の喧嘩じゃないし。じゃれてるだけじゃれてるだけ。
もう指の一本だって動かしたくないのだ。
わかって。
と放棄していたのに、その後割と早めにシュトリヤの護衛をしていた近衛騎士に泣きつかれたので止めてあげた。
だらりと座るわたしの足元で本当に泣いていたのだ。
やめてほしい。年上のしかも貴族の男性の涙とか見たくないんですけど。
そもそも近衛騎士なら貴方がとめなさいよね!!
とちょっとぷんぷんしながら、2人に声を掛けた。
「セレネル、シュトリヤ。そろそろ終わらない?」
声をかけたその瞬間に止まった戦いに、近衛騎士は感激してくれたのだった。
その近衛騎士さんが何故か2人にめちゃくちゃ睨まれていたのだけど、それはもう知らない。
がんばれ、なんだか不憫な雰囲気があった近衛騎士さん。
(名前は知らない)




