幕間1.アナトーレの秘め事
アナトーレ視点です。
私はミィスに出会った日、決して緊張していたわけではなかった。
ただただ、彼女のことが好きではなかったのだ。
こちらの身勝手な思い込みからだったが、その時点で負けていたのだと今なら分かる。
学園時代から、本人は気がついていなかったがミィスは随分人気もあり話題には欠かない人物だった。
セレネルと、シュトリヤ姫も勿論話題には上がるがそれ以上だったのだ。
目立つ美しい白金の髪に黄金の瞳。
あの二人と並んで立っても実は遜色ないほど整った顔立ち。
そしてあの性格。
男女問わず、密かに人気があった。
数々の武勇伝はいつだってセレネルが一緒だった。
私は詳細を聞いていないが、大怪我をすることもあったらしい。
治癒魔法があるので痕が残っているようなことはないだろうけれど。
それを、私はずっと冷めた目で、不愉快だと思いながら見ていた。
勇者という血筋はあれど、ただの人間がこの国で1番愛されている姫と、あのセレネルの隣に当たり前の様に立っている。
そのことが不愉快だった。
私の方が相応しいと、何度思っただろうか。
何より、そう。私はセレネルが好きだった。
今も好きだ。
少しくせのある夜を映したような黒髪。
その夜に浮かぶ月のような銀の瞳。
完璧な見た目を持つにもかかわらず、それを驕らず弱い者への優しさや、間違ったことを正す正義感もある。
その上強い。
私には彼の欠点など1つも見つけられない。
そのセレネルが唯一表情を変えるのが、良くも悪くもミィスだった。
本人は気がついていないが、セレネルが彼女に向ける笑顔は蕩けるほどに優しい。
そして、彼女に近づく人間に向けるあの顔は。
言葉にするのを躊躇うほどに殺意に満ちた顔をするのだ。
それを見てしまった時に私は恋と失恋を同時に知った。
わかっていたのだ。
ミィスは確かに人間だが、彼女は努力で強さを手に入れた。
私が会った時でさえすでにかなり強かった。
セレネルの正義感は間違いなくミィスの影響だったし、弱き者へ手を差し伸べるのもミィスがやるからだ。
私が年下にもかかわらず憧れたセレネルを作ったのはミィスだったし、彼はミィスのためにしか動かない。
頭でわかっていたって、私はセレネルが好きで、その隣に立つミィスを邪魔に思った。
そしてその嫉妬だけを原動力に、愚かにも王に勅命を受けていないのにもかかわらず、親に頼み込んでセレネルに同行する許可をもぎ取った。
ミィスが見るからに喜んでくれたおかげでセレネルは嫌な顔をしなかったが、2人きりの旅を邪魔したのだから私は邪魔だっただろう。
即座に同行を後悔した。
セレネルは私のことを嫌ってはいなかったが、ミィスへ向ける眼差しを真横で見ることになり。
そしてミィスのことを、嫌いと言えなくなってしまったのだから。
彼女は冷たくする私に懐き、素直に教えを請い、そして決して私のことを嫌わなかった。
私は部下にも同僚にも先輩上司に至るまで”氷の心”だと裏で言われているのを知っている。
それが、ミィスと一緒にいると凍った心は溶かされて、自然と笑顔まで浮かぶのだ。
「ミィス、私はあなたのことが嫌いでした」
と伝えてしまったことがある。
私の気持ちがぐちゃぐちゃになった、ただの八つ当たりだったのだけど。
「知ってた!」
と、満面の笑顔で返されたのを覚えている。
「ど、どうして…?」
「わたしはアナトーレのことを尊敬してたし、真面目だし格好いいし、すぐ好きになったから。好きになって欲しいとは思わなかったけど、けどもしかしたらちょっとくらいよく思ってもらえるかもって。頑張ったら、認めてはもらえるかなって。何もしないで距離を置きたくなかったの」
この時点で完敗だった。
だって、私はミィスのことが大好きで、セレネルが何故ミィスが好きなのかよくわかってしまったから。
彼女は誰にも壁を作らない。
人々の隣にそっと寄り添うことが出来る、聖女のような少女なのだ。
「あ、あの、もちろん今は違うんです。私はミィスのことが好きです!!」
と告げると、本当に嬉しそうに笑ってくれるのだ。
「わたしも大好きだよ、アナトーレ。いつもありがとう」
この裏表のないまっすぐな好意を受けて、一方的に感じていた蟠りは全て解れた。
私は今もまだセレネルのことが好きだ。
けれど、同じくらいミィスのことだって好きなのだ。
頑張り屋の彼女にはできれば幸せになって欲しい。
彼女のおかげでセレネルに認めてもらえ、彼の一番目の部下の座まで得られたのだ。
これ以上望むことはない。
今日は副隊長の任命式である。
王宮騎士の副隊長は、平の騎士が着る制服に各隊の色のスカーフを着用することができる。
それを直々に王から賜るのだ。
今までは王宮騎士になりたいわけではないと言っていたが、本心ではなりたくて仕方がなかった。
そのための努力は惜しまなかったつもりだ。
それが報われるとようやく実感でき、賜ったばかりの紫のスカーフを握りしめた。
シュトリヤ姫の目と同じ色。
ミィスはきっとこれを着けたかっただろう。
「アナトーレ、ミィスには言うなと言われているのだが聞いてくれ」
廊下は静まり返っていて誰もいない。
「なんですか?」
「お前が副隊長になれたのはもちろんシュトリヤを護ったというお前の功績があってこそなんだが。」
「は、はい…?」
というかむしろそれ以外の理由を聞いていない。
「お前を副隊長にと反対者全てに伝えて説得して回ったのはミィスだ」
副隊長の任命は、5つある隊の隊長と副隊長全てに認められる必要がある。
が、反対者全てならきっと平騎士も含まれるだろう。
「それってどれくらい…」
「残念ながらお前の門兵としての成績を知るものが騎士の中では少なく、王宮騎士のほぼ全てに伝えて回っていた。ミィスはすでに内定は出ていたし、試験も好成績で皆はあいつが俺の隊の副隊長になるものだと確信していたからな。」
「それは…本来なら私の仕事です」
「ああ。認められるようお前が働きかけることが最初の仕事になるだろうと思っていたんだが」
その濁すような言い方にピンと来てしまった。
ミィスはきっと真剣に全員と話したのだろう。
そして、説得してしまったのだろう。
「これは…ミィスの期待を裏切れませんね。というかミィスに説得された方々の目が怖いです」
「ああ、一応止めたんだが。」
「いいえ、奪ったと思わせないようミィスは気遣ってくれたのですから。私はそれ以上に頑張るのみです。ミィスの分まで」
「そうしてやってくれ。それだけだ。引き留めて悪かった」
「いいえ。これからは貴方の部下なのですから、なんなりと。あ、一つだけ」
「なんだ?」
「ミィスはその、みなさんになんと?」
これは聞きたくないが聞いておく必要がある。
覚悟を決めるためだ。
「ああ、”尊敬する、憧れの先輩でわたしの変わりにセレネルを任せられる人”らしいぞ」
「うぐっ…」
思った以上のプレッシャーにかなりのダメージを受ける。
「随分好かれたな」
少し棘を感じる。多分気のせいではない。
「よ、予想以上でした。ひとまず鍛錬場を借りてきます」
その視線から逃げるようにセレネルに背を向けた。
「ああ。無理はするなよ」
これから私が誇れる召喚魔法を少しでも磨いて皆の前に立つ必要がある。
早急に。今すぐに。早足で鍛錬場まで向かう。
せめてあの子から寄せられる全幅の期待に少しでも応えられるような私でありたい。
そして、これからのあの子の望みに少しでも力を添えられるように。
再び旅立つ日まで、あと少し。
それはそれとして。
(ミィスの姉ポジションは誰にも譲りません!)




