19.魔王とダンスをするお話
「よく来ましたね。光の勇者。やはり其はどうにかしておくべきでした。」
外の光を窓から受け、ゆるく束ねられた漆黒の長髪が艶々と照る。
「あなたが、首謀者、なの?」
眩しさに少し目を細め、目の前の男を戸惑いながら見据える。
「そうですね。魔人を総べるのですから、魔王と名乗っておきましょう」
なんとなくだが筋肉隆々のいかつい、それこそ鬼人のような見た目を想像していた。
きっと無骨で、荒々しいのだろう、と。そのミィスの想像に反し、すらりとした痩躯。
嫋やかで華奢で、そして美しい。口調も柔らかく、到底何か企んでいる敵には見えない。
しかし、閉じた瞳がゆっくりと開かれた瞬間、弾かれたようにセレネルはミィスの前へ動いた。
「は、っ…あ…ッなんて、目だ。見られただけで、」
殺されそうだ。と続く言葉を飲み込み、まだ動く気配がないことを察し、浅く息を吐く。
「勇者の片割れのほうはすぐに陥落できましたが。其の家系は厄介でした。」
「あなたの目的は、何?」
「ええ、其が目的のモノを連れてきてくれたので手間が省けましたし、少しお話しして差し上げてもかまいませんよ」
にこり、と口を笑みの形に変えるが、冷えた眼は心臓を刺すように鋭く。
穏やかな口調とは裏腹に、その場の空気すら冷えたように感じる。
「シュトリヤに、何の用?」
目的のモノ、とちらりと見たのはシュトリヤ。刺すような黒い眼から隠すためにミィスは男の視線を遮る。
そんな目で、わたしの大切なひとを見ないで。ぐっ腹に力を込めて足を踏ん張る。
「簡単ですよ、私はその竜に世界をもう一度、そして今度こそ全てを破壊し尽して欲しいのです」
「世界、を?」
「しかし其はとても邪魔です。その血と力。」
「わたし?」
自分が何かの脅威になりえるほどの者だとは信じがく、戸惑う。
勇者といえど血筋だけだ。勿論努力は欠かしているつもりはないが、ここにいる仲間たちの誰よりも弱いと分かっている。
「ええ。希望へとなり得る力です。ほんとうに、目障りですよ」
本当に忌々しそうにミィスを見る。
が、存外その視線をまっすぐに受けても、ミィスはセレネルが感じたほどの脅威を感じない。
(わたし、もしかして鈍い…?)
「幾度となく刺客を阻んだようですが。しかし、ここまでです。」
窓に腰かけていたその男は緩慢な動きで一歩前へ踏み出す。
「其が死ねば、その竜はきっと絶望するでしょう。そして、こちら側へ堕ちます。魔人とはそういうもの」
ずずず、と全身から発するのは人の圧ではなく。
「竜!?」
それも、シュトリヤのようにまだ目覚めていない未熟な竜ではなく、4区で出会った若い竜のものでもなく。
何百年、下手をするとその先、千年も生きているであろう。
「暴走した、竜、なの?」
自分の行く末を重ねるように小さく震えるシュトリヤ。
2つの性質がバランスよく保たれていれば、あの縁の竜のように穏やかであるはずだった。
しかし、刺すような攻撃性を伴う眼光に、正気を感じない。
「いや、これは魔人化じゃないか?ミィスは何も感じないのか?」
今まで一度も感じたことのない明らかな殺気に、セレネルすら狼狽える中、ミィスはいつも通り。
「うん。けど、声が聞こえるの」
ずっと、耳の奥で響くように、泣き叫ぶような声が聞こえていた。
「1000年前の竜たちも、こんな気持ちだったのかな。アーラにもそれが聞こえたのかな」
目の前の竜は、苦しんでいる。それが伝わってくる以上、ミィスには完全な敵に思えない。
「知ったような口を利かないでくれますか。おしゃべりはお終いです。その竜を堕とすため、其らはここで死んでください」
正体を明かすように、角と羽、そして尾が現れる。
全員の視界から消えた瞬間、ミィスの目の前に迫る竜。
「つっ!エリューとミヤビ、来てもらうべきだった、かな!」
たった一歩で己との距離を詰め、素手で殴りかかってきた手を遠慮なく聖剣で受けた。
が、相手の腕には薄ら赤く痕が付く程度。その頑丈さに少々うんざりした声を漏らす。
「<スパークル・レイル>」
剣が無理なら、と迷わず目元を狙い、距離をとるミィス。光で目が眩み、一瞬動きが止まる。
その隙に、竜へ槍を向けるアナトーレ。
反対側からはセレネルが双剣を振りかざす。
しかしどちらも素手で阻まれる。そこへ、シュトリヤが魔力を込めた銃を撃つ。
初めて、ほんの少しだけ竜の表情が変わる。掠めた腕は薄ら血が滲んでいる。
「ミィス、本気でいいかしら!わたくしの弾がこの程度なのだもの!」
「ミィス、どうする?」
全員本気はまだ出していない。それは、ミィスが戦いで制するのを目的としないことを知っていたから。
「この竜に正気になってもらう!協力して!」
今のままでは話すら聞いてもらえないと判断。その言葉に、受けていただけの武器に力を籠め、今度は反撃を開始する。
「手加減とはなめられたものです。」
やれやれ、と余裕のつぶやきと共に放たれるのは、魔法。
「…!詠唱無しッ!」
竜は規格外だと知識として知ってはいたが、ここまでとは。
大昔、魔法使いたちは詠唱なしで魔法が使えたらしいが、今では基礎魔法以外は魔宝玉なしに発動はできない。もちろんたった今放たれた魔法は基礎魔法などではない。
それを、いとも容易く。少し感じる焦りを隠すように、セレネルは奥歯を噛む。
自分が焦っては、他の面々にも連鎖しかねない。
何より、ミィスに失望されたくない。
ぎらり、と涼しげな銀の瞳の奥を激しく燃やし、魔王を見据える。決して憶するものか。
竜から無数に放たれる闇色の魔力の塊が、容赦なく床や壁を穿つ。
「これはあたったら痛そうだなあ」
ひょいひょいと避けつつ、当たりそうなものは聖剣で切って距離を詰める。
竜の装甲を傷つけるのは骨が折れそうだが、この魔弾程度ならあっさりと切れる。
「わたし別に戦いたいわけじゃなくって、お話がしたいだけなんだけど」
ぼやいたものの、攻撃の手は緩まず。
避けられる速度の攻撃に、ほんの少し気が緩んだのは確かだった。
その時、前方にいたアナトーレがすさまじい速度でミィスの横を走り抜ける。
「姫!」
続けて後方で叫ぶ声。種族スキル【瞬発】。瞬発力と短距離の速度を爆上げするチーター特有のスキル。
それを使用してまでシュトリヤの元へ駆けつけたということは。
「シュトリヤ!?」
何か危険があったに違いない。しかしそちらは見ずに、声だけで確認をとるミィス。
竜から振り返る余裕まではない。振り向きたいが、振り向けない。
「わたくしは大丈夫!でもアナトーレさんが怪我を!!」
「うっ…ミィス、逃げてください!その竜は本気で私たちを殺すつもり、ですっ」
ミィスは竜の背後に回り、竜越しに2人の様子を確認。
遠目でも解るほど、アナトーレの怪我は酷く、床には血だまりがひろがる。どうやら魔弾を腹部に受けたらしい。それでも、シュトリヤを抱え、尚続く竜の魔弾から庇っている。
「アナトーレありがとう!シュトリヤと下がってて」
その声に従い、魔弾が届かない場所まで下がる。傷口から滴る血は放っておけば危険だろう。
それを見たシュトリヤはぐっと奥歯を噛み、応急処置を施す。
「わたくしのために、ありがとうアナトーレさん」
「シュトリヤ姫、逃げましょう、姫が居てはミィスは逃げられません」
「いいえ、アナトーレさん。ミィスは決して逃げないわ。だから、わたくしにもやらせて」
その言葉に黙って頷きアナトーレも再び槍を構える。
痛みで少しぼんやりするが、意識を失って足を引っ張るわけにはいかない。
それに、確かにあの小さな少女は決して逃げない。それは短い付き合いでもよくわかる。何度も強敵に立ち向かうその姿を間近で見てきたのだから。
シュトリヤも、援護のために再び銃を構える。
「もう、手加減は無しだわ」
優雅にしかし凄惨にほほ笑むと、銃の限界まで魔力を込めて魔弾を撃ち落とす。
「わたくしの援護があれば、倒せない敵はセレネル以外いない、だったわよね。」
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません




