17.誓いと突入のお話
静かな夜だった。星と月の光だけが淡く辺りを照らす、人の全くいない世界。
「このテントこんなだっけ。」
小さく呟きつつ、見る度に豪華になってゆく女子用テントをぼーっと見上げる。
誰もこだわらなかったので調度品などはなかったのが、シュトリヤの手によって中の絨毯やクッションに始まり、寝具、テーブルなど次々に整えられて行き。今では立派なおしゃれテントだ。
正直快適すぎて前には戻れないというのが他3人の心情。
外には見たこともないような照明(※明るくするのを目的としないもの)がテントを飾っている。
「ミィス、いいか」
そのテントに入ろうとしたとき、呼び止めたのはセレネルだ。
「うん、どうかした?」
「こっちだ」
少しテントから離れ、魔物避けぎりぎりまで来る。
「明日は何が起こるかわからない。少し、話をしておきたい」
「わたしは、セレネルもいるし、シュトリヤもいるし、みんなもいるから。何にも怖くないよ。大丈夫」
何か不安を抱えているのかと心配してくれたのだろうか、と思いその心配を払拭しようと元気に笑う。実際、朝甲板で話したおかげでミィスには微塵も迷いや恐れはなかった。
「それはよかった。ただその、あー、なんだ、その。」
「え、なに?どうしたの?そんなに言いにくいこと?」
何度も言葉を濁し、目を泳がせるセレネルに首を傾げる。
「昨日テミスラにやろうとしていた"お祈り"、してくれないか」
意を決したように早口で告げる。
「セレネルに?!えっと、うん。不安…なの?」
まさかセレネルが、ありえない。と思いつつもおずおずと手を包む。
「いや。これは、誓いだ」
「誓い?」
「明日、"俺はお前のことを何があっても護る"」
学園に入ったころ、セレネルのために大怪我を負ったミィスに誓った言葉だった。セレネルしか知らないが、その傷痕はまだ残っている。
「また、護るって…」
ぶす、と膨れるミィスは護られるのは嫌だ、と言ったはずだった。いくら弱くても、自分は勇者になるのだから誰かに護られる存在なのは嫌だった。
それに、対等な関係ではないから。忘れちゃった?、と不安そうに揺れる瞳。
「"ならお前は、俺の背中を護る、それならどうだ"」
大切な、続きの約束を口にする。
「!!"それなら、わたしたちは友達よりも上の、仲間だね!"」
あの時の約束の再現だった。
覚えていた、と今度はきらきらと輝く瞳。少し、その瞳に見入りつつ、本題である明日の誓いを口にする。
「今回は…明日は、2人でシュトリヤも護る。これを誓いに来た」
その言葉に、ミィスは包んだセレネルの手に額を付ける。セレネルにも届くように、少し背伸びをして。
「セレネルも」
その言葉に従い、少し屈み、ミィスの手に額を付ける。
「わたしは、明日絶対にシュトリヤとセレネル護る」
「俺は、明日絶対にシュトリヤとミィス護る」
その言葉を聞き、ミィスはぐ、とつま先を伸ばし、セレネルの額に口づけた。
「?!」
「あ、あとアナトーレととエリューとミヤビのことも勿論ね!」
驚き飛び跳ねたセレネルに、不思議そうに首をかしげつつ増えた仲間の名を誓いに連ねる。
耳をぴん!と立たせ、数歩後ずさる。
「そう、だな。話は終わりだ。寝よう」
すぐに平静を装い、どくどくと激しく打つ心臓を収めるために深く息を吐く。クソあの女大事なこと伏せていたな、と心の中で悪態はつきつつ、戻るように促す。
「よかった、セレネル、このところシュトリヤとずっと喧嘩してたから、さすがに本気で喧嘩してる?って少し心配だったの」
「大切な幼馴染であることには変わりない。何かあったらもちろん助ける。当たり前だろ」
すたすたと、ミィスを抜かしてテントに戻ろうとするセレネルの耳はほんのり赤く染まっており。
「素直じゃないなあ」
勝手に勘違いをしたミィスはほっと胸を撫でおろし、テントへ入っていった。
それを見届け、深く息を吐くセレネル。
「………。」
「……。」
「…」
額にそっと触れ、思い出し、顔に熱が集まる。頭を数回振り、セレネルもテントへ入った。
――翌朝。
ミィスはいつもより早く鍛錬を終え、テントへ戻る。
「あっお帰りミィス!髪の毛やって!」
「気合はいってるねえ。今日もかわいいよ」
普段着ている服よりも更にフリルとレースが盛られたワンピース。気合が見て取れる。
「一番お気に入りなの!だから、髪も!」
「もちろん、気合入れるね」
いつものように角を隠すお団子を作り、編み込みや三つ編みでそれを飾る。
仕上げにリボンで彩る。
「我ながらかわいい。」
鏡で確認したエリューがきらきらした若葉色の瞳でミィスに礼を言う。
「じ、自慢してきていい?!」
「もちろん、いってらっしゃい」
ぱっと立ち上がり、テントの外へ駆け出すエリューを見送る。
「ミヤビさんかしら。ミィス、わたくしもやってくれない?」
おずおずと、申し出るシュトリヤ。
「いいよ!エリューの髪毎日やってるから少し自信あるんだよ」
美しい薄緑の髪をそっと梳き、丁寧に整える。邪魔にはならないように、複数つくった編み込みをまとめる。シュトリヤの髪に万一のことがあってはいけない。
仕上げにパールのピンなどで飾り、完成。
「やっぱり天才かもしれない」
自画自賛し、シュトリヤに鏡を渡す。
「まあ、上手ね!城の侍女たちより上手だわ。」
「それはほめすぎだよープロだよ相手!」
「いいえ、本当に。もう一つ、お願いなのだけど」
「うん!」
「今日はこれを、着てくれないかしら」
シュトリヤが自身のワンピースの裾をつまみ、首を傾ける。
「もちろん!」
殺人的な角度からの美しさ攻撃に、条件反射で返事をする。
なんだこのシュトリヤかわいい。いつもの女神のような美しさもいいけれど、このシュトリヤは天使だ。天使の微笑み。天使の角度。
脳内が混乱してきたところですーはーと大きく息をし、以前大量に購入した同じデザインのトップスを着る。そして言われるがまま、ショートパンツを履き足を出す。
全身をコーディネートされ、解放された。
「じ、じゃあいこっか。あ、アナトーレお待たせうわあかっこいい」
すらりと長い脚を更に強調するような細身のパンツといつもよりも高いヒール。伊達に王都女性軍人人気ナンバーワン(注:鳥人調べ)ではない。
「そ、そうですか?私なりに、気合を。」
いつも遠巻きに見られていることを知らないのか、それともあまりほめられ慣れないのか、ぶんぶんとせわしなく尻尾を揺らしている。
「あ、ミヤビも気合いれてる!」
「せやなあ。ここが、気合のいれどこやと思て。考えること一緒やったねえ」
普段ゆるく束ねられている長い髪はきゅっとしっかり纏められ、アナトーレと同じく普段より高いヒールを履いている。いつのも緩い雰囲気がない。
各々が気を引き締め、気合をいれて。
大陸の端にずらり、と並ぶ。
「セレネルは、やっぱりそれだよね」
その中、このところ着ていなかった、王宮騎士の軍服。最近着ていた私服姿より馴染みがある。
「ああ、俺はこの服を着ることが誇りであり気合だからな。」
「わたしも就職決まってたんだけどなあ、そこに」
例外で在学中に王宮騎士へ籍を置いていたセレネルを追うように、ミィスもまた卒業後は王宮騎士になる予定だった。しかし今回の件で間違いなく取り消しになっただろう。
「そんなに騎士になりたかったか?」
「騎士になりたかったっていうか一回くらい、その服…アーラの服。着てみたかったなって」
王宮騎士の隊長のみ着用が許されたこの軍服は、アーラが着たといわれている服と同じデザインを千年守っている。現代の服とは合わないが、伝統と歴史を感じるためセレネルは大切な日は必ず着用する。
「まあ確かに、お前がこれを着れば俺とお揃いになったんだ。気分はよかっただろうな」
ドヤ顔でお揃いの服を見せつけてくるシュトリヤを睨み、牽制。
「あらあら、その服は隊長の方々みなさんが着ていらっしゃるわ。お揃いというならみなさんと、でしょう?」
わたくしは2人だけだわ!!!と言外に訴えてきて、喧嘩を売られていると判断。
す、と目を細め無言でミィスの靴を指す。
「ぐっ!」
それはセレネルが贈った卒業祝い。
シュトリヤを助ける日も、セレネルを迎えに行った日も履いていた。とても気に入っている様子なのはシュトリヤにも解っていた。一方シュトリヤが贈ったのは卒業パーティ用のドレス。
勿論一番ミィスに似合うドレスだ、あの日誰よりもかわいかった。
だが、頻繁に着られるものでもない。悔し気にセレネルを睨むと、勝ち誇った目で流し見られる。
「ああもう行くからね!!ミヤビ、2人のことよろしくね!」
長くなりそうと判断し、ミィスはアナトーレの腕にしがみつく。これ以上放っておくと話が進まない。エリューも笑いながら反対の腕にしがみつく。
その姿に少しだけ表情を緩め、アナトーレは呪文を唱えた。
「ま、まって、大丈夫なの?!」
これから話し合うのだと思っていたため黙っていたが、シュトリヤも一度体験した方法だ。そんなに長く移動できるものではない。
「シュトリヤ、それはアナトーレとミヤビを信じるミィスを踏みにじる発言だぞ」
「っ!!そうね、ごめんなさい。」
「大丈夫だ。だが、一筋縄ではいかないだろうな。」
「どういう意味よ」
「ミィスは、良くも悪くも勇者体質だ。道中もあっただろ?かなりの確率で、普通なら起きないことが起こる。」
それは、旅の途中何度もあった。シュトリヤ救出の途中も、特区付近にもかかわらず出没したレアな魔物を倒す羽目になったり。珍しい群れに何度も遭遇したり。この25区でも見たことのない魔物と遭遇している。
しかしどれもミィスは乗り越えてきたのだ。毎回、なるべく自分でなんとかしたいという言葉を尊重し、全員サポートに徹した。乗り越えたのは、ほとんどミィスの力だ。
だから、大丈夫だ、とセレネルも自分に言い聞かせる。
「ほな、拙たちも行こか。」
3人は重ね掛けした<天ノ羽衣>で海面より少し上を滑るように飛ぶ。
「大丈夫か?」
「島までは大丈夫やと思うけど、そこまでやなあ。置いて行ってな」
既に少し澱むピアスを指で弾く。
「島の状況によるな、それは。あとはミィスの判断だ」
「ミィスたちは大丈夫かしら」
高く舞い上がったアナトーレの槍の軌跡を心配そうに見上げる。そこから落ちる方法しか取れないため、サポートのしようがない。
着地地点の安全を確保するため、速度をあげた。
「くっ…もう、少し上げないと…!」
2人を抱えている重たさもあり、思っていたほど高さがでない。
「ごめんなさい、2人とも。もしかしたら、落ちるかも…ぎりぎりです」
「いざとなったらわたしを捨てて」
「そんな!駄目です!」
「エリューは水中訓練を受けてないの」
水中訓練は学園で行うが、エリューは途中で抜けているため、未習得だった。普通の水泳ならできても、この海の激しさは訓練を受けていないと一瞬で沈むだろう。
「ご、ごめん、ボク…」
青ざめた顔で謝るエリューをちら、と見、心を決めるアナトーレ。少しでも距離を伸ばすしかない。
「そうでした、頑張ります!」
最悪自分が落ちよう、と決め、降下角度を調節する。
「あっ!ミヤビたち、見えるよ」
エリューが指差した先には今ははっきりと見える陸地に到達しようかという距離の3人。
「これなら私たちもいけそう…ッ!?」
どうやらぎりぎり陸に刺さりそうだというのが確認できた瞬間。
遠くに見える城のような建物からきらり、と何かが飛んでくる。
それが何か確認する間もなく、被弾。
「くっ…ミィス!」
ミィスの肩に当たり、衝撃で槍から上空にはじかれる。このままでは、海に落下する。
しかし、進路を変えれば全員落下。
逡巡の後、唇を噛み、アナトーレはそのまま陸へ降り立つ。
丁度到着したミヤビに救出を頼もうとした瞬間、黙って首を振られる。ミヤビの魔宝玉は元の色が解らないほど黒く濁っており。ミヤビ自信も明らかに疲弊している。
それは今すぐには魔法が使えないことを意味していて。
「俺が行く!お前たちはここで待て!」
セレネルが吠え、外套や上着を脱ぎ捨てる。そして、飛び込もうとした時。
「待って!」
エリューがセレネルに抱きついて止める。
「離せ!ミィスが死ぬ!」
冷静さを失い、激昂。
「見て、大丈夫!」
しかしエリューは抱き着いたまま決して離れず、ミィスを指す。
空中でバランスを取り、皆を見るミィスの表情は、絶望などではなく。まだ何も諦めていない。
「でも、何を!?」
下は荒れる海、落ちればここまで泳げるかはわからない。獣人ならまだしも、ミィスはただの人間だ。確かに水中訓練の成績も良かったが、こんなに荒れた海は初めてのはず。
「落ちたら、死ぬぞ…!」
どう考えても死、という言葉が過り冷静さを欠くセレネルの顔を見、ミィスは笑いかけピースまでしてみせると。
左手を自分の背にぴったりと当て、すう、と息を吸う。
「<スパークル・レイル>!」
叫び、魔法を放った。
「うっ…!!」
あの日咄嗟に放った魔法だったがフェガリが握っていた剣すら吹き飛ばせたのだから、あるいはという賭けだった。思惑通り、落下するだけの軽い体は見事に吹き飛び。
「馬鹿か!!!」
下級の魔物であれば倒せるほどの魔法を自分に向けるなんて、正気ではない。自分たちの頭上を越え、あらぬ方向へ吹き飛ぼうとするミィスの元へ跳躍し、抱きしめて着地。
別の原因で死んだのではないかと、全員生きた心地がしない。
「あ、あり、がと」
しかし、痛みで少しゆがんだ笑顔ではあったが。
「無事か?」
「すごく元気」
いつもの笑顔とその言葉に全員が安堵した。
「お、思ったより飛んだ…!けど、なんとかなったよ!ちょっと痛いけど!」
「よかった…!」
セレネルの腕からミィスを奪い取ったシュトリヤに思い切り抱きしめられ。
「いた、いたい、シュトリヤ、あとむごごごご」
胸に頭を押し付けられてまったく身動きが取れない。
「ちょうどいい、そのまま押さえてて、姫様。<デュアル・リカバリ>」
その姿勢のまままだ痛む背中と先ほどの狙撃の傷をエリューに治療してもらう。
ようやく目的の島に全員が降り立ったのだった。
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません




