16.ふたつの希望のお話
「そう…それは、希望が持てるわ」
ようやく当てのない焦りや不安から解放された。希望が持てた。ミィスがそっと、シュトリヤの手を握り締める。
「僕は25区到着後、そのまま王都に戻るよ。その後はさっき話した通り。必ず成し遂げると約束する」
「お前に魔人をどうにかできるのか?」
今まで不安だから見張ってほしいなどという弱弱しい様子だったため、できるかどうか疑わしい。ミィスと同じ力を持っている様子もない。
「ようやく頭がはっきりしたんだ。多分血筋のスキルを使ったからだろうね。だから、大丈夫だよ。僕はこれでも勇者の家系だ。役割は違うから、ミィスと同じ方法ではないけれど、僕なりに、必ず。」
その言葉はまっすぐで。いつもミィスが他の仲間に誓うときを彷彿とさせる。やはり同じ血を継いでいるのだと感じさせる、言葉を実現させる瞳。
「わたくしは、あなたに託すわ。お父様とお母様をお願い」
シュトリヤの言葉を皮切りに、全員が頷いた。
「じゃ、わたしたちは、魔人の国で大暴れするね。」
「大暴れはせんでええやろ。あとは拙たちが考えるから、脳筋は少し寝とき、疲れたやろ」
「ん、わかった。エリュー、一緒に寝とこ」
脳筋と呼ばれても気づかない程度には疲れていたミィスは眠そうなエリューを誘い、その場で寄り添い寝息を立て始めた。他の全員は一度部屋を出る。
「ミィスがあれを使いこなせれば、暴れる必要はないんだが」
魔人が浄化され、正気に戻るのであれば戦う必要などない。
「せやなあ。うまく制御できれば魔王とやらに話くらいはきけるんちゃうかな」
「そうですね。ミィスは必要だと感じればやれます、セレネルかシュトリヤ姫がうまく促せばきっとすぐにでも。ということで全員体を休めましょう」
言い残し、さっとミィスとエリューが眠る部屋へ入るアナトーレ。それに続き、扉を開くのはシュトリヤ。ミィスはエリューと共に寝ていたので、ベッドが余っていることは確認済み。
優雅におやすみなさい、と男性陣へ声を掛け部屋へ消えていた。
「…チッ」
やられた、と舌打ちするも、翌朝早く起きれば済むと考え直しさっさと隣室へ入るセレネル。
「…セレネルは早起きやし、こっちで寝よか。テミスラ君」
と提案し、残りの2人も別室へ消えた。
――翌朝。
いつも通り早朝に目覚めたミィスは鍛錬のために広い甲板に出る。幸いミヤビの魔法は継続中で、今は黒髪。見られても問題はないだろう。
準備体操をしていると、シュトリヤが現れる。
「おはよう、シュトリヤ。どうしたの?」
「昨日、思い出したことがあるの。わたくし、初めて竜の兆候が出た日、夢で歌を知ったの。その歌は、とても恐ろしい内容に思えたわ。破滅の歌、だと思ったわ」
ぽつぽつと話すシュトリヤの言葉に、昨日知った"白の書"の内容が過る。
「<星ノ雨>、だ。天から星がたくさん降ってくる魔法でアーラはこの剣で全て粉砕したって」
この剣、と腰の聖剣を一撫でする。そのころから代々受け継がれてきた剣だが、いくら使っても刃こぼれ一つしない不思議な一振りだ。
「そう、そういう魔法だったのね。古い魔法だというのはわかったのだけど、怖くて…何が起こるかわからないから、無かったことにしたの。
けれど、わたくしが"希望の竜"ということがわかって、ミィスに竜人化の可能性を教えてもらえてようやく落ち着いて。そして今朝また夢を見たわ。歌には続きがあったの」
「続き?」
「ええ。恐ろしく思えた内容も、ほんとうはそうではなくて。きっと、この歌は"希望"の歌、いえ魔法ね。だと…思うの。多分、いえ、わたくしの希望かもしれないけれど」
「じゃあ、丁度いい。それ、使ったら?」
それ、と指すのはシュトリヤの髪飾り。
瞳と同じ紫の魔宝玉が輝くそれは、ミィスが卒業祝いに贈ったもので、魔宝玉の採掘からアクセサリ加工まで全て自分で行った。
「もし不安なら、わたしを支えにしてほしい。だから、それを使ってほしい…と思ったんだけど…」
普段シュトリヤの存在がミィスにとって大きな勇気になる。
同じように、と思ったのだが気恥ずかしくなりしどろもどろになる。
「い、いいの…?なにが起こるのかわからない魔法だわ」
「わたしは大丈夫だと思う。シュトリヤが使う魔法だもん、だから大丈夫」
「ありがとう、ミィス。いつ使うものなのかわからないから、今はまだそのままにしておくけれど…その時が来たらきっとこれ、使わせてもらうわ」
「うん!…シュトリヤ、ずっと黙って頑張ってたの、話してくれてありがとう」
歌を知ってからもう3ヵ月以上経つ。それをずっと仕舞いこんで、たった一人で抱えていた。
「シュトリヤは頑張り屋さんだね」
「そ、そんなこと…ないわ。」
そっと抱き寄せ、ぽんぽんと頭をなでるあたたかいてのひらにじわっと全身がぽかぽかするようで。
「ありがとう、ミィス。」
「シュトリヤは大切な人だから。当たり前だよ、もっと頼ってよね」
「ええ、話せてよかったわ。じ、じゃあ、わたくしは戻るわ。」
ほんのり頬を赤く染め、踵を返す。
「鍛錬の邪魔になるし。セレネルもそろそろ来るわ」
そう言うと、客室の方へ戻るシュトリヤ。その扉付近に、セレネルが佇んでいる。
「話は終わったのか?」
「ええ。わたくしは戻るわ。」
「送らなくて大丈夫か。」
「大丈夫よ、ミィスが待ってるわ。行ってあげて」
その場に留まるシュトリヤに見送られ、セレネルはミィスが待つ甲板へ向かう。
「あっセレネル!遅かったね!」
「待ったか?すまない」
「ううん。珍しいなって思っただけ。これ付き合わせてるのわたしだし。少し、お話してもいい?」
「なんだ、何かあったのか?」
気になっていたんだけど、と前置き。
「シュトリヤ、希望の竜だから、もしかしたらわたしたち光の勇者の力とか影響力が小さくなったから生まれたのかなあって」
ミィスまで脈々と受け継がれてきた勇者の血筋だが、皆存在は知っているがただの伝統と化している部分も多かった。大きな功績も、代を重ねるごとに少なくなっていた。
「俺は魔人が力をつけてきたからだと思うが。」
「どっちだとしても、わたしたちが平和ボケしてたから、希望になれなかった。なる必要もなかった、と思う」
「そうかもしれない。が、ミィスがなんとかするんだろ?」
「うん。わたしがみんなの希望になれるようなことをして証明しないとって思うんだけど…」
珍しく歯切れの悪いミィス。いつもはっきりとやるべきことが解っているが、たまには迷うのだろう。そういう時は手を差し伸べてやりたい。
「どうしたい?俺は、ミィスがやりたいようにやるのが一番いいと昔から思っているぞ」
その言葉に、はっとした。
「ありがとう。いつも、わたしの背中を押してくれて。」
顔を上げ、もう迷いは見せない。
「感謝なら俺もしている。お互い様だ」
その顔を見て、安心する。セレネルもいつも、ミィスには背中を押されている。自分がここまで強くなれたのも、間違いなくミィスのおかげだ。
「セレネルみたいな何でもできる人が、わたしを信頼してくれてるってだけですごく自信になるんだよ」
「俺は…人のために躊躇わず頑張れるミィスにいつも背中を押されているが」
互いに普段あまり言わない本音を漏らしてしまい、黙り込む。
「…」
「…セレネル顔赤い」
「お前もな。そ、その、だから、どうするんだ」
慌てて口元を覆い、目線と話をそらす。ミヤビに背を縮められたせいでいつもより目線が近い。
(…クソあの野郎)
毒づいて精神を落ち着け、やっとミィスと目を合わせる。
「まずは、魔王に目的を聞いて、やめてもらう。王都に迫る魔の手を排除するんだから、ひとまずはみんなも安心するよね。シュトリヤは希望の竜なんだし。そのあとはシュトリヤのこと何とかしないといけないけど。」
「ああ、そうだな。それをすれば話好きの鳥人が勝手に広めてくれるだろう。ただ、それには伴侶が必要なんじゃないか」
「相棒?」
「初代の勇者だって、一人じゃなかっただろ?」
セレネルが指すのは、今にも伝わるアーラを支えたという一人の男性のこと。
「うん!セレネルのことも、みんなのことも、頼りにしてる!」
しかしミィスは、竜を共に鎮めた仲間たち全て、という意味にとる。微妙に遠回しに言ってしまったことを軽く後悔し、黒い兎耳が少し下がる。
「わたし一人では、何もできない。アーラとは全然ちがうから」
この世界に伝わる数々の逸話は、すごさを強調するものばかりで、てっきり誇張が含まれていると思っていたがどうやらその通りの強さを持っており。そしてそれだけではなく、思いやりがあり、聡明。建国の指示も、竜人化の魔法にまでかかわってる。
そんなにすごい人には、なれそうにない。
「も、もちろん目指すんだけど。」
「そうか。ではまず今日の分からだな」
どちらからともなく、剣を交える。
しばらく剣を交えたあと、他の乗客の姿が見えだしたため、ミィスは部屋に戻った。
「…みんな、か。まだまだだな」
少し海を見るから、と残ったセレネルは、ぽつりと零す。
たった一人の伴侶の座を目指すも、躱され続けている。こればかりは本当にうまく行かない、と落胆し、少し落ち込む珍しい姿に、そっとシュトリヤが近づく。
「わたくしも、同じね。本当に鈍いんだから。」
「見てたのか」
「あなたがミィスに何かしないか心配だったんだもの。朝食よ。きっとミィスが待ってるわ、お腹すいたって」
ぷく、と頬を膨らませ、ツンと告げると、セレネルの腕を引く。
「わたくしくらいしかこの件では慰めてあげられないから、たまには優しくしてあげるわよ」
「やめろ、勘違いされるだろ。…ミィスに」
「む…それもそうね。仲良くなったんだね!なんてあの笑顔で言われたらわたくし立ち直れないわ。いつも通りにしましょう」
ぱっと手を放し、さくさく進むシュトリヤの不器用な優しさに、少しだけセレネルは相貌を崩した。
そろって朝食後、船が25区へ到着したというアナウンスが流れる。
一行は常夏のビーチへ降り立った。
太陽が燦々と輝き、真っ白な砂浜が眩しい。
海はエメラルドのようにきらめき、白い砂を掬ってゆく。
「へー!ここが25区なんだ、きれーい!あつーい!」
25区は王都屈指のリゾート地。現在王都は年度内のスクール最後の授業から、次年度の授業の合間の少し長い休みの最中だ。休める仕事の者は休んでいるため、多くの人々でにぎわっている。
「じゃあ、僕はこのまま戻るよ。帰り、待ってるよ」
テミスラと手を振り別れ、一行は賑わうビーチを横切って行く。
港はもっとも特区側にあるため、区の端まではビーチを海沿いに進むのが最も早い。
「素敵なところだね、エリュー」
「うん!ボクも初めて!9区の砂とは全然ちがうんだね」
延々と続くさらさらの白い砂を裸足で蹴り上げ、故郷の砂との違いを楽しむ。見たことのない景色に、弾むように歩く2人。
「あまり目立たないようにしてください。ここは警備がたくさんいます。」
アナトーレの小声の忠告に、元気よく返事をする。まったくわかっていない様子に小さくため息。
「大丈夫やで。ちゃあんと見た目は変えてるんやし。堂々としとったほうがええよ」
のほほんとするミヤビの言葉に内心悪態をつきつつ(一番大人なんですからしっかりしてください!)
渋々納得し、せめて自分だけはとしっかり二人を見張ることにする。
やがて観光客は減り、魔物が出るようになり、倒したり休憩したりを繰り返し、日が傾きかけた頃、漸く25区の角に辿りついた。
「遠かったー!大陸の端に来たのもはじめて!さっきと違う海!」
「ボクもはじめて!」
きゃっきゃしながら島を探す。
「ミィス、見えへんかもしれへんけど、あっちや」
長い指が差す方を視線で追い、じーっと見つめる。
「んー?エリューには見えてる?」
「ううん。魔法かな?よーくみたら何かはありそうってくらい」
「ああ、あれか。」
「あれですね、よかった私にも見えます。」
「みんなずるい…」
ミィスには何も見えないが、微かに波の流れが違う場所がそこだろうと辺りをつける。
「ち、ちょっと遠くない?大丈夫?」
「私も手伝います。エリューとミィスは私、でいいですか?」
「助かるわあ。正直この距離、この人数はちょっと無理やったし。」
「私も、なんとか辿りつきます。ごめんなさい、ミィス。完ぺきな召喚ができればよかったのですが」
完璧に一角獣が召喚できれば、その背でひとっとびだった。しかし、ただでさえ難しい召喚魔法、それができる者は現存しないと言われている。アナトーレができる範囲は、力を槍へ一時的に宿す程度。
「ちょっとでも使えるだけですごいんだよ、アナトーレ。それに、わたしだけだったら行けもしないんだから。」
悲しげに耳も尻尾も垂らすアナトーレの手を取り笑う。
その笑顔に、表情こそは変わらないが、尻尾をぴんと立てる。
「もう日が落ちている。明日日の出と共に出発するぞ」
セレネルの言葉に、全員が頷き、いつものように野営の準備を始めた。
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません




