13.港町と竜のお話
――4区・東門の街
「ここが、4区ね。」
隣接している2区と4区を区切る門をくぐると、すぐに大きな街に入る。
門の傍にできた街だ。
「わたしはじめて来た!シュトリヤは来たことある?」
「ええ、25区のリゾート地に行く船がでているの。けれど、街を歩くのは初めてだわ」
「ミヤビはきっとここが最初の王都だよね!」
「せやな。さ、教会はこっちやで。」
一行は4区の門を難なくくぐり、土地勘のあるミヤビの先導で進んでいた。
そのミヤビは目立つ桜の髪色を薄いグレーに変え。シュトリヤは茶髪、ミィスは黒髪と髪色を変化させていた。すべてミヤビの魔法だ。
「ミヤビ、魔力大丈夫?こんなたくさんかけて」
「体の一部だけやったら魔力もちょっとでええんよ」
「へえ、そうなんだ。それでもミヤビって人間なのに、魔法すごいよね。こういうのって上級魔法でしょ?」
人になにか影響を与える魔法は難度が高く、上級魔法に位置する。
魔法が得意ではない人間で上級魔法が使えるのはほんとうにわずかだ。
それ故の賞賛だったが、その言葉に少しだけ迷った顔をする。
逡巡の後、耳に口を寄せ、ミィスにだけ囁く。
「内緒にしたってな。拙の片親は竜や。」
「そうなんだ、へえ。」
「へえ、て。」
あまりにあっさりした反応に、拍子抜け。
「ん?かっこいい!とか言うべきだった?」
いやかっこいいとは思うよ、と続けるミィスに、そういうんやなくて、と見当違いの回答に面喰い。自身は魅了のおかげで混血を理由に不利益を被ったことはないが、兄弟は違った。
「混血やで、変な目えで見いひん?」
羨望、好奇、そして畏怖。兄弟もまた、友人などできず。
対等な眼差しが向けられていたことはなかった。
「んー確かに少ないけど。いいと思うけどな。自分の能力を生かす場所が増えるし。わたしはミヤビの魔法のおかげで何度も助けてもらったし」
あっけらかんと告げる少女。異種族間の子は圧倒的に数が少ない。
混血は、どちらか片親の種族になる。しかしもう片方の親の影響もうけるため、ミヤビは人間にしては目がよく、魔力も高かった。それは、普通の人々にとって対等の存在に成り得ない。
しかし、それ以上にミィスはこの世にたった一人しかいない勇者だ。
少数派に対して思うことはないのだろうか。
辛いことは、なかったのだろうか。
「でも、もしミヤビがひどいこととか言われて悲しいなら、わたしがお話しにいってあげる。ミヤビの素敵なところ、100個教えてあげる!」
拳を握り力説するミィスに、ほっと笑顔を返す。偏見もなければ、人を大切にする心もある。きっと性格なのだろう、この少女は、心からそうしたいと思ってそうするのだ。
ここまで来るのに色々あったかもしれないが、あの日出会えたことに心底感謝を捧げたい。
「ほんまミィスは」
今まで黙っていたことが馬鹿馬鹿しい。礼の一つでも、と思ったが言いよどむ。
「ん?」
「あー…あ、教会見えたなあ。王都で一番有名やって聞いたで」
初めての"友達"。どうしたらこの感謝を伝えられるのか、と一瞬考えて違う話をしてしまった。
「わたし知ってる!ここ、縁の竜が司祭様で、縁結びのお祈りとかしにくる人が多いって」
「ミィスに縁遠そうな話やのに知っとったん?」
結局うまく言い出せず少し苛立ったのを誤魔化すように、茶化して笑う。
「…縁だけに?」
「せやせや。縁だけに」
「うるさい、わたしだって恋の一度や二度や三度くらい…あるんだから!」
「えっほんまに?」
「たたたたぶん」
「絶対嘘やん」
楽しそうに会話するミィスとミヤビを、数歩後ろからじっとりと見つめるシュトリヤ。
「ちょっと、セレネル」
セレネルはシンプルな私服だが、シュトリヤと並ぶとこの世の至宝がそろったのではないかという浮世離れした美しさに結局視線は集めてしまっている。
服装を変えようと髪の色を変えようと、纏うオーラや美貌までは隠せない。
「なんだ」
「あの2人、いつもああなのかしら」
他人の視線には慣れているので気にせずに苛立ちを募らせて、距離の近い2人を、主にミヤビを睨める。
「ああ、だいたいな。あの2人、仲はいいぞ。何せミヤビにとって唯一の存在だ。」
このメンバーは慣れもあり普段抑えているミヤビの魅了がほとんど効かないが、ミィスに至っては全く効かない。はじめてだったと、あの日心から嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。
あの時の花が解けるような笑顔は、同性だろうと関係なく惹かれた。
勿論それはスキルの所為にしておいた。
孤独をミィスが埋めたのは自分も同じだっただけに、ミヤビを無下にはできず。
「…貴方は何も思わないの?」
「思うことはあるが、決めるのはミィスだ。ほら、着いたみたいだぞ」
ミィスが教会の扉に手をかけ、こちらを振り返り笑顔で手招きしている。
「うん、かわいいわ」
眩い笑顔にどうでもよくなり、軽やかに駆ける。ミィスの可愛さで全てのいらだちが消えた。すごい。
「セレネル!はっやっくっ!」
冷静ぶりつつも目が少しも笑っていないセレネルの背をエリューがぐいぐい押す。
「あ、ああ、悪い、押さないでくれ」
その言葉を無視し、ぐいぐい押すエリュー。
「いつものこと、でしょ。」
少しだけぶす、と呟かれ、セレネルはエリューの意図を理解する。大好きな2人、だから邪魔もできず。しかし仲の良さを見せつけられるのはなんだか嫌で、どうしたらいいかわからず自分たちに間に入ってほしい。といったところか。と納得し、早足で応じる。
「お待たせ、ミィス!」
セレネルの影からひょこ、と顔を出すエリューの手を左手で取る。
「じゃあ行こっか。何かわかるといいね、シュトリヤ」
「そうね。お話、できるといいのだけれど」
右手でそっとシュトリヤの手を握り、教会へ入る。
人であふれていると思われた教会の中は静まり返り、祭壇の前に1人だけ。
「待っていたぞ!エフティフィアの子!!」
人懐っこく、豪快に笑うのは、女性とも男性ともとれる中性的な見た目の人物。だが纏う神秘的な雰囲気に、ただの人ではないことはすぐに分かった。
「あなたが、司祭、さま?」
エフなんとかとかいう聞きなれない言葉はとりあえずおいておき、おずおずと、ミィスが問いかける。陽気な圧がすごい。ミィスが少し引くほどに。
「そうだ!人の世で暮らす竜は、大抵変化の魔法で姿を変えててな!驚かせて悪いが。奥で話すぞ。」
「は、はい!」
「あとその魔法、ここでは解いていいぞ、疲れるだろう。我々竜は、お前たちを歓迎する」
ちらりとセレネルを見、問題ないと頷いたのを確認し、ミィスが先頭でついて行く。しかし、シュトリヤの手は決して離さない。
ミヤビが魔法を解き、促されるまま奥の扉をくぐると、広い部屋に通される。
「ここが我の部屋だ。座ってくれ。参拝客以外の客人は久方ぶりだ!」
嬉しそうに長椅子をすすめられ、まだ温かいお茶が机にきちんと人数分並んでるのを見る。
「警戒はしないでくれ。我々竜はお前たちよりちょっぴり魔法が得意でな」
と、いたずらっぽく笑い、そのうちの一つを手に取り口につける。迷わずエリューが他の一つを手に取り、一口含む。
「うん、おいしい」
にこ、と笑うエリューを見、他のメンバーもお茶に口をつける。スキル【耐異常】、毒はエリューには効かない。ミィスは自然に毒見を買って出たエリューをそっと撫でる。
そして、右手でシュトリヤの手をぎゅっと握る。意を決し、シュトリヤが口を開く。
「あの、わたくし、」
「ああ、会えてとても嬉しいぞ。我はまだ300歳程度の若造でな。お前の祖先についてあまり多くは知らないが我々竜については話そう。」
と、問答無用で竜について話を始める。
――そもそも竜とは、神々から預かった世界の事象を司る存在。そして、全ての竜が、2つの相反する属性を持っている。
「2つの属性・・・?」
「たとえば我は、"結び"の竜であり、"解け"の竜でもある。」
――他に、炎を司る竜は水も司るように。愛を司れば憎も司るように。
2つの相反する属性がバランスよく在る状態が通常状態。
バランスはそれぞれ司る物によって半々なのかどちらかが多いのかは異なる。だが、どちらかに偏りすぎれば暴走してしまう。
それらは人の世、人の心が動かすため、竜本人ではどうしようもない。そこで起こるのが竜が起こす天災――
「最後に起きたのは、千年前のアレだな。それ以降は起きていない。お前の祖先の治世の賜物だな」
「なるほど…じゃあ、シュトリヤも反対の…?」
"災厄"の反対って、なんだろう。と言葉を詰まらせる。
「わたくし、いつまで人でいられるかしら」
きゅ、と手を握りしめ、それでも不安は出すまいと凛と背筋を伸ばす。何の竜かなんてどうでもよく。自分が人間でいられることのほうが、シュトリヤにとっては大切なことだった。
竜は多大な寿命を持つ。
(このまま竜になってしまえば、どちらにしろわたくしはミィスと、生きられない)
表情は変えないまま、奥歯をギリ、と噛む。
「18歳まで、だ。だが、外見の進行は早いぞ。」
す、と指さすシュトリヤの頭部には、竜の角。
「えっ、急にどうして!」
さわさわと、急に現れたらしい己の頭に伸びる角に触れるシュトリヤ。朝にはなかった感覚がある。どうやらまぎれもなく自分の頭に生えている。
すっと背筋が冷える感覚がした。
「もう3ヵ月経つだろう、角が最初だ。我の気にも触発されたかもしれんな。次が翼、次が尾。まあ翼が出れば飛べて便利だぞ」
「これは大丈夫、なん?」
「ああ、言っただろう。18歳まで。それまでは、人間だ」
「大丈夫だよ、シュトリヤ。わたしがなんとかする」
「…ありがとう、ミィス。」
その言葉に冷えた指先が温もりを取り戻し、ほっと息を吐く。
「扉から離れろ!」
ぴく!と耳を振るわせたセレネルが話を遮り叫ぶ。
全員が席を離れ、入ってきた扉を見つめる。
「これだけは伝えておく。お前は"希望"の竜だ、姫よ。覚えておけ」
縁の竜が早口でそれだけ伝えると、扉がはじけ飛ぶ。
その扉をエリューがひょい、と掴みそっと地面へ置く。
「ふむ、元気なことだ。だが招いていない客は、帰ってくれないか?ここは我の部屋だ」
「王の命です。反逆者を差し出してください、司祭殿。その者たちは重罪人ですよ」
入ってきたのは、ローブの集団を引き連れたテミスラ。
「お前たち、そっちの扉から外へでてくれ。少し時間を、」
「いいえ、司祭さま!必要ありません。でも出口はありがとう」
司祭の申し出を遮り、笑いかけるミィス。
「みんな、にげるよー!」
その言葉に、一行は裏口から外へ飛び出す。
「あっテミスラさん、わたしたちはその人に話を聞いてただけで、かくまってもらってないから!」
と言い捨て、ミィスも裏口に姿を消す。それを見届けたセレネルが、振り向きざまに唱えていた<シデーロス・アヴレア>を発動。
現れた壁が逃げた扉をふさぎ、道を閉ざした。
「追うぞ。」
一言ローブの者に声をかけ、その壁に何度か攻撃し、粉砕すると全員影のように滑り出す。
「そちらの竜は…」
「放っておけ。今は反逆者たちを追え」
感情を殺したように、淡々と告げ、テミスラも走り出した。
残された竜はそれを見送ると、さっと手を振るだけで粉砕された扉がもとにもどる。
「ふむ、良い子らであったな。しかし、希望、もう古い言葉になってしまったか。」
頷き、空になったコップを片付ける。
そして、結界を解くといつものように一般の参拝者が騒がしく教会を訪れ日常に戻った。
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません




