12.森の朝のお話
――早朝。
夜明けと共に目を覚ますミィスはそっとテントを出、男性用テントとの間にある洗い場に立つ。
澄んだ空気が気持ちよく、薄灯りが森を美しく飾る。
ぐっと伸びをし、美しい森を眺め、今日という日に祈る。
(今日も、頑張るから。見てて)
一人になってしまったあの日から毎日、朝には必要な決意。祈り。
何度だって折れそうだったが、不思議と朝目を閉じると踏ん張れた。目を開き、水を出すための魔具についた魔宝玉に手をかざし出てきた水を口に含む。
ほ、と一息つき、顔を洗い、テントの回りを散策がてら走る。
魔物や野生動物、敵など危険がないことを確認し、剣の素振りを始める。
このあたりで身支度を整えたセレネルが現れるのが習慣になっていた。
上はインナーのみ、下は寝巻のショートパンツ、靴だけはしっかり履いているミィスに比べ、頭からつま先まで完璧な状態で現れるのがセレネルだった。
「私服、久々に見た」
いつも誇りだと豪語する騎士の制服を身に着けていた。その地位を自分のわがままで捨てさせることになってしまったことに心が痛む。
「ああ、いずれ戻れる日までは」
気にするな、と頭をくしゃりと撫でられる。
「それにしても今日も完璧だねえ」
「あ、ああ。まあ。…始めるぞ」
珍しく誤魔化すように話を変えるセレネルを少し怪訝に思いつつも剣を構える。
2人の剣の鍛錬は幼少期から続く。
どんな日であろうと欠かしたことはない。セレネルにとっては、唯一2人きりで話せる時間。
とても大切にしている。
「昨日の、あれは、どうやったんだ?」
「あれ?」
剣を交えながら、話を続ける。
「髪と剣、光っていただろう」
「ああ、やっぱり光ってたんだ、眩しいと思った。けど何もしてないの。初めてあんな風になったからびっくりした」
「そうか、お前の心にようやく剣のほうが反応したのか?」
「やっとちょっとは認めてもらえたのかなあ。」
「その剣もお前の力もわからないことだらけだな」
「うん、何も、聞けなかったから」
「そうだな、でも、」
「?」
言いよどむ姿に手を止めるミィス。
「…綺麗、だった」
柔らかく微笑み、朝日を受けるセレネル。
思わず息が止まる。シュトリヤと双璧を成す美貌、いくら見慣れていても不意打ちには胸が高鳴る。
「…気持ち悪く、なかった?」
少しだけ、ほんの、少しだけ。
ミィスは自分の姿を見ていないが故に不安も覚えていた。
光る髪なんて、気持ち悪くないか、と。
「ああ。とても、綺麗だった。まだ不安定で、弱弱しくはあったが、確かに俺たちに差し伸べられた光だった。」
そのしっかりした言葉に、ほっと顔を緩めるミィス。
「よかった。それなら、わたしこの力をきっと使いこなしてみせる。この力は多分、いや絶対必要になる」
「そうだろうな。恐らくそれは、ミヤビのとは違う魅了の一種なんだろう。勇者であるお前の力だ。」
「魅了?」
「ああ、あの時光の届く範囲だけだが、人種も性別も問わず、お前を見ているようだった。詳しいことは追々調べていくか。」
「そうだね。わたしはとりあえず、いつも通りセレネルに手伝ってもらいつつ、あれ出せるように練習するよ」
「ああ。いくらでも付き合おう。」
「それに、まだ、フェガリさんには勝てなかった」
「それは俺もだ。あいつは強いからな。目標にはちょうどいい」
2人は頷き剣を交える。
「ああ、今日もやっとるねえ。相変わらずええ腕やわあ」
「あら、おはよう。ミヤビさん。」
2人をテントの脇から眺めるシュトリヤに、ミヤビが声を掛ける。
「おはようさん。どないしたん?こんな早よに」
「一度、二人の手合わせを見てみたいと思って。わたくしは見たことがなかったから、」
言葉を切り、少しふるり、と震えるシュトリヤ。春めいてきたとはいえ、朝はまだずいぶん冷える。
「その恰好寒ない?これ、飲みながらにし」
差し出すのは湯気が立ち上る、王都では出回らない珍しい香りのお茶だ。
「綺麗、それにいい香り…わたくしこの薄緑色のお茶は初めてだわ。」
「拙の国ではよう飲むんやけど、王都では見かけへんねえ」
「ありがとう、いただきます」
「礼ならミィスに言ったって?朝、きっと早よ起きてくるやろから、お茶いれたってって」
内緒話であることを示すように、人差し指を唇の前にあて、いたずらっぽく微笑む。
「そう。ミィスにも言っておくわ。でも淹れてくださった貴方にもお礼は当然だわ」
美しく微笑み返すシュトリヤに、ミヤビもつられて目元を緩める。
「ほんま聞いとったとおり、素敵なお人やね。」
「ミィスは、わたくしのことよく話していたの?」
「せやねえ、それはもう。毎日のよおに。さて、拙はあと2人起こして朝食の準備でもしよかな。」
「それならわたくしも、」
踵を返すミヤビがゆるりと羽織るカーディガンをひょいと摘まむ。
「今日くらい、ゆっくりし?」
そっとそれを外され、その場にとどまることを許可される。その言葉に甘え、終わるまでじっと見つめていた。
「ミィス、お疲れ様」
声をかけつつ乱れた髪を少し整えてやる。
「シュトリヤ!見ててくれたんだ!」
その手にほんのり上気した頬が更に赤く染まる。
「ええ、とても強くなったのね。わたくしの援護があればその男も瞬殺だわ」
かわいい。と噛みしめつつ、セレネルにも笑顔を向ける。
勿論目は笑っていない。
「シュトリヤの援護があったらだいたいの人は瞬殺では」
美しい殺害予告にまたか、と少しだけ落胆する。
シュトリヤのことは基本的に全て大好きだと言い放つミィスだが、セレネルのことになるとすぐに熱くなるところは少しだけ直してほしいと思う。
「俺がやられるとでも?」
そしてセレネルのことも全面的に尊敬しているミィスが唯一直してほしいと思うのもシュトリヤのことになるとすぐに熱くなるところだ。
2人には仲良くしてほしいと思っているのになかなかうまく行かない。
「はいはいセレネル以外。あ、そのお茶おいしいよね、ミヤビ淹れてくれたんだ!」
さっと流し、お茶のことに触れることにする。そうでもしないと長くなる。
「ミィスが頼んだと聞いたわ。ありがとう。」
内緒にしてと頼んだのにあっさりばらされていることに少し照れる。
「おいしいから飲んでみてほしくって!じゃあわたしシャワー浴びてくる!」
朝ごはんの準備もあるし、と駆けるミィスを見送り、にっこりとセレネルに笑いかけるシュトリヤ。
「なんだ」
その笑顔に微塵も温かさを感じない。何か不満なのか、という意味で問う。
「なんでもないわ。ちょっと、ちょっとだけよ?羨ましいと思っただけだわ。けど、わたくしはミィスの相手になれないし」
年相応の少女らしく少し拗ねたようにそっぽを向く姿、ミィスすら知らないであろう表情。
「そうだな、ミィスはお前相手に絶対剣をむけない。」
その姿を少しでも見せてやればいいのにと思いつつ絶対に口にしない。セレネル自身もミィスの前では完璧で居たい、似た者同士。
「貴方だって。わたくしに剣をむけないわ。もう、姫ではないのよ?」
いつもの喧嘩ですらセレネルは剣で弾の向きをかえて流すだけ、攻撃をすべて受け流すだけだ。
「俺はお前の騎士だぞ、傷つけられるか。それに、お前を姫に戻そうとあいつは頑張っているんだ。諦めてやるな」
「…そう。それなら仕方がないわ。わたくしは嬉しかったのだけれど」
身分の壁がずっとずっと邪魔だと思っていた。もちろん父や母にもう会えないことは悲しいが、それ以上にミィスと対等になれたことは嬉しかった。
「お前の考えることはわかるが、それでもミィスの気持ちはわかってやってくれ」
「わかっているわ。自分のほうがわかってるなんて思わないことね!」
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません




