引き篭り師弟と、同棲とピアス
王都編の後です。本編のネタバレあり。
「うひぃ。今日はいつもに増して吹雪がすごくない?」
玄関に飛び込んできたルシオラの第一声だ。歯がガタガタと震えて、まともな音にはなっていなかったけれど。
彼女がネックウォーマーをとると、短かった髪は肩につくほど伸びていた。それでも、軽く梳かれた髪は形の良い耳を無防備に曝け出している。
「ふぅ。生き返るぅー」
可愛く揺れているスズランの飾りを揺らしている耳は、鼻先と同じくらい外の状況を雄弁に語っている。
「ルシオラ、いらっしゃい。水晶の森に慣れている私たちでも、今日は一段と寒いもの。大変だったね」
「その分、玄関先のあったかさがしみるー。これで子猫たちのぬくもりがあれば最高なのに」
ルシオラはぶるっと震えた後しばらく硬直していたが、温度感知の魔玉が反応すると息を吐いた。優れもののエアコンみたいなやつだ。外気から流れ込んできた温度を検知して、室内の温度調節をしてくれるのだ。
ちなみに当然のごとく師匠――ウィータ作である。
「ぶえっくしょ!」
ルシオラの大きなくしゃみが鳴り響いた。追いぬくもりとして熱魔法であったまっているブランケットを被せる。
ぬくぬくブランケットが功を制したのか、ルシオラはへにゃりと笑った。それにつられて、私も口を開てしまう。
「なんかね、雪精霊さんたちにおめでたいことがあったみたいで、大盛り上がりなんだって。フィーネとフィーニスが教えてくれた」
「それなら文句は控えておくしかないかぁー。ってか、アニムってばダイブ片言じゃなくなってきたね」
はふっとブランケットから顔を出したルシオラだが、頬を緩ませていたのは一瞬だ。
「まぁ。ウィータ様の前では、甘えたになるようで」
「へっ? 」
「この間の魔法通信の時さ。横からウィータ様にからかわれて、怒るってよりも甘えてたじゃん。そーいう時は片言健在になるみたいだけど?」
「そっその話は、寝るときに、またゆっくりするですよ」
熱をもった耳を自分で抓ると、ルシオラは「りょーかい」なんて豪快に笑った。
「るしおらしゃん、いらっちゃいでしー!」
ルシオラと顔をあわせて、ふふっと笑っていると談話室からフィーネが飛び出てきた。
さっきまでセンさんとディーバさんの息子である赤ちゃん――ロークスをあやしていた反動だろう。フィーネはとびっきり甘い声で「うなっ!」と鳴いてルシオラに飛びついた。ルシオラもまんざらではない様子でフィーネをもふる。
「おーい、お姉ちゃんなフィーネはどこいったー」
「いいんでちよー。ろーくしゅちゃんはおねんねでちもん」
「おねんねかー。じゃあ、フィーネが赤ちゃんにもどってもしょーがないねぇー!」
ルシオラは子猫たちを思いっきり甘やかしてくれる。旧友さんたちと同じく、この子たちをウィータの式神としてじゃなく、純粋に可愛いと抱きしめてくれる。
とある王都で数か月暮らして、それがこの世界では当たり前じゃないのを痛感した。それは当事者であるフィーネとフィーニスも同じだったようだ。前より殊更ルシオラにはあけすけのない態度をとっている。
「ありゃりゃ? るしおらしゃん、お耳きらきらでちねー! とってもきれーでし」
ルシオラの肩に乗ったフィーネが大きな目を輝かせた。ちょいちょいっと可愛いおててで触れているのは、ルシオラの耳たぶだ。ピンクの肉球が愛らしく踊っている。
「そっかなぁ」
満更でもなさそうなルシオラは、反対の耳をいじりだした。指に見え隠れしているのは、スズランを模した小ぶりな飾りだ。両側で踊る三連の花は、左右違う部分が色づいている。
白子猫フィーネが小さな体を伸ばして、
「あいっ! お似合いでしゅの」
と誉めの追撃をするとルシオラは目元を染めてニッカリと笑った。
くうぅ! うちのフィーネと親友のルシオラが可愛くて仕方がないのです。拳を握って悶絶しているとルシオラに軽く小突かれてしまった。ウィータみたいに半分落とされた瞼は色づいているので、照れ隠しとわかりすぎてよりでれっとしてしまうよ。
「って、あれ? ルシオラって、ピアスだったっけ?」
良くカフスを付けているイメージがあったし、王都で一緒に買い物する時もイヤリングコーナーを見ていた気がする。
耳元を覗き込むと、ルシオラはそっぽを向いてしまった。フィーネが乗っているのと反対側の髪を引っ張って、ピアスを隠してしまう。
「んー、これは、まぁ。ちょっと、気分が、あれで、それでさぁ」
吹雪の中を歩いてきたからじゃないよね。顔が色づいたルシオラにぴんっときてしまったよ!
むふふと口元を押えると、ルシオラは余計に血色がよくなった。自分でも奇妙だと思うけど、ルシオラから報告して欲しくてにやにやと無言で身体を揺らしてしまうよ。
「あにみゅ。なんぞけったいな動きしとらんで、るしおらを暖炉にあててあげなきゃなのぞ」
ぐぐっ。談話室から顔を覗かせたフィーニスの呆れ気味な声が耳に痛い。体のサイズは相変わらず子猫なのに、纏う雰囲気や言動がすっかりお兄ちゃんなんだよね。
王都から戻ってきてからというモノの、フィーニスはぐっと大人っぽくなった。甘い舌ったらずは相変わらず可愛いのだけど、口調もあわさって一番素直に従ってしまう。なんならウィータに言われるより。
「ごめん、ですよ。フィーニスってば、ここ最近でさらにしっかりさんだよ」
「フィーニスちゃんは、すっかりロークスのお兄ちゃんだものね。あたしも大助かりなのよ」
とは、ロークスのお母さんであり、ウィータの親友センさんの奥さんであり、ウィータの幼馴染でもあるディーバさんだ。相変わらず妖精さん顔負けの美少女っぷりです。ふわふわの銀髪が揺れる度、甘い香りがする。
ご近所さんになってからダイブ経つというのに、やっぱり見惚れてしまう。
「よっ! フィーニスもお兄ちゃんが板についてきたねー」
「べっ別になのじゃ。それに、ふぃーにすは元からあにみゅのおにいちゃんみたいなものぞ」
「ぷーん。ふぃーにすは、あにむちゃのおにいたまないのでしゅよ。あにむちゃにはべたべたのくしぇにー」
膨れっ面のフィーネも可愛いです。昔みたいに全身の毛を赤く変えないで、「ぷーん、ないのぞ」と呆れ顔なフィーニスも拝んでしまうよ。成長しても可愛いがすぎる。
フィーネもおしゃまな様子で応戦だ。
「るしおらしゃんは、あったか暖炉よりふぃーねのがいいんでしゅって」
うん。言葉はとっても愛らしいのに、ルシオラの首元に擦り寄る仕草なんかから魔性の女臭が醸し出されている!
フィーニス以外が「あぁぁ」と悶えていると、案の定もう一人お迎えが出てきてしまった。
「おい、早くこっちに来い。フィーニスの言う通り、ルシオラに風邪ひかせるんじゃねぇぞ」
思いっきり口の端を落とした、我が師匠兼恋人が姿を現した。今日も相変わらずレモンシフォンの髪とアイスブルーの瞳が美しすぎる。うん。さっきまでは普通に隣に座っていたけどね。旧友さんたちが集まる時は割と隣にいることが多いので、時折の正面インパクトがすごいのだ。相変わらずの黒衣のロング魔法衣もかっこいい。
恋人になって結構経つのに未だにドキドキしてしまう。そして、そんな自分を不甲斐ないと熱い頬を叩く私を置いて、ルシオラが元気よく敬礼する。
「ウィータ様、おじゃまします! この間の薬草育成の魔法生成、めちゃくちゃうまくいって医療界隈でめちゃくちゃ喜ばれました!」
「あぁ。あれはちょっとしたヒントを出しただけだ。それに、自然界の摂理を壊さない範囲で調整できたのはルシオラの実力だな」
「へへっ。ウィータ様って、必ず褒めてくださいますよねー。自然界の法則崩壊すんなって怒るだけのバカ義兄とは大違い」
ルシオラよ。前半は超絶笑顔だったのに、後半は狂暴な魔物のごとく口から臭気を流しているように思えたのはなぜだろう。
まぁ、ウィータが手放しでほめるのって子猫ずとルシオラくらいだ。単なる弟子時代から半分くらいになったとはいえ、私にはからかいを乗算させる方が多い。ちょっと妬かなくもないけれど、どっちも私が大好きな存在なので拗ねたりできやしない。
「あー。それだな。できれば、そのバカ義兄を宥めてくれるか?」
壁にもたれ掛かったウィータが談話室の中を指さす。珍しく困り顔をしている彼の先にいるのは、義兄ことラスだ。加えると、かなり酔っぱらっている。
ルシオラより半日先に到着した彼は、いつも陽気な彼にしてはレアな位の不機嫌さんだった。玄関を開けた彼を一目見た子猫たちが汗を流して心配したくらいの。
ちなみにラスは器用に子猫ずを撫でまわしながらも、むむっとした表情はそのままだった。
「すみません。やっぱり、悪酔いしてますか?」
「ホーラがまだ到着してない分、いくらかましだがな。まぁ、それなりに」
ホーラさんがいたら、絶対ラスを煽ってるもんね。今日ばかりは合流が遅れてくれて良かったかも。
「私は、少し気持ちがわかるかな。大事な妹が恋人と同棲するために家を出るって言ったら、保護者を兼ねているラスが動揺するのもさ」
「へぇ。なに。アニムってば、ラス兄の味方なんだ? このまま、ほだされちゃう?」
「ちっ違うよ! 私にも、年が離れた妹がいるから理解できるって意味! 相手がだれであっても、ルシオラが主体で心配なんだって思うの!」
フィーネとばちっと目があった。フィーネも私も、へらって笑える。フィーネなんて、口元をおさえて、くしゅくしゅ笑っている。フィーネの中にある華菜の魂の記憶が過去を共有しているのだろう。小学生の華菜が『彼氏』なんて単語を発した時の。
「そこ。親友より兄側についておいて、ほっこりしないの」
ルシオラからの視線で再び慌てふためく私を置いて、皆さっさと談話室に移動してしまう。
「るっルシオラってば!」
「ばーか。わかってるよ」
こつんと額を突っつかれた。はにかんだルシオラは出会った頃と同じなのに、少しだけ違う空気を感じた。
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「俺は同棲なんて認めてないからなっ! 絶対に、嫌だっ!」
グラスを煽ったラスは涙目で言い放った。ううん、涙目というよりスンスン泣いている。実際に、泣いている。
フィーニスがすいっと肩に乗って、ラスのこめかみを撫でてあげる。ラスが「フィーニスぅぅ」なんて叫んで抱きしめても、フィーニスは半目ながらもラスにされるがままになってあげている。本当に大人になっちゃって。ちょっと前なら足蹴りしてるもの。ほろり。
「ラス、落ち着きなよ。義妹馬鹿な君が、ルシオラが結婚して自分の家庭を持つのが嗚咽でむせ返るほど寂しいとしても、彼女をちゃんと見てくれる良い相手を見つけたって喜びなよ」
「セン、違う! 嗚咽はしてもむせ返ってねぇよ!」
そこは認めつつ必死顔で抗議するラス。真正の突っ込みだなと妙に感心してしまったよ。そして、フィーニスの両耳を抑えてから叫ぶ当たり、見た目より酔っていないのかもしれないな。
突っ込み気質の彼は、他の誰が突っ込むより先に顔をあげる。頬がちょっと赤い。
「って、論点が迷子っ! じゃあセンは娘が生まれたとして、その子が結婚相手を連れてきたら一回の挨拶で認めるのかよ!」
ルシオラはまだ同棲なんだけど、そこは誰も突っ込んであげない。というか、ラスの迫力がすごくて口を挟めない。
「だーかーらー。同棲が結婚に直結するなんて言ってないじゃんかぁ」
ルシオラの冷静な発言を、ラスは華麗にスルーする。センさんばっかり睨んでいる。
ルシオラは、同棲を共同生活を続けていくための材料だと思っているのだ。要はお互いの価値観などの相性を見極める期間だって宣言している。
私の故郷でも『けじめがつかない』とか『良い材料だ』とか色んな意見を聞いた話だ。それでも、私はまともな恋愛自体師匠とが初めてだったし、師匠とは行き成り同棲というか同居から始まった。そんな私が理にかなった話が出来るとも思えず、傍観してしまう。
「聞くまでもないよね?」
センさんは他人に興味が薄いので、割と突き放した意見をくれると思いきや。駄目だった。王子様なご尊顔にブラックスマイルが浮かんだから。
「そんなのとりあえずコロ――半焼きにするに決まっているじゃないか」
ですよねー!! 具体的な表現を避けてくれただけでも良かったですー!
戦慄しつつも、近くの調理室でレンジもどきが音を鳴らしたので、追加のおつまみとお酒を持ってきましたよ。ルシオラがグラスを持ったので、私もちょっとだけ注いでもらった。私はお酒に弱いので舐める感じだ。美味しいので、一緒にお酒を飲むこと自体は好きだ。
「大体、同棲の申し込みにピアスをプレゼントするやつ、信用できるかっての!」
フィーニスとフィーネを膝に抱いたラスが吠えた。怒りながらも二人の顎をなでなでする手つきに隙がないのはすごいよ。怒鳴り声に厳しい子猫ずもうっとりと夢見心地だ。
「元から開いているならまだしも、自分が送ったピアスのために体に穴をあけさせるんだぞ!」
「はいはい、なんだっけ。意味ってやつが気にいらないってやるかな」
「セン、それだ! 『自分がプレゼントしたものをずっと身につける』とか『離れていても自分の存在を感じてもらえる』って支配欲丸出しだろ! 自我が強いルシオラがこれに従うなんて心配しかないだろうが!」
ラスの心配もわかる。出会った頃のルシオラならラスと同じ意味で受け止めて突っぱねていただろう。
それでも、今のルシオラにとって――というか、ピアスを贈られた相手の想いは受け取れたんだろう。そう思って貰えるなら嬉しいって男性だって。
だからこそ、ラスは駄々をこねているのだろう。可愛がってきた義妹をちゃんと送り出すために。
「あっアニムは、なんで笑うかなぁ」
ラスに軽く睨まれた。目元が赤いので全然怖くない。
「あはっ。話の腰を折って、ごめんですよ。でも、私も知りたいなぁって。ウィータもだよね?」
「オレは――はい、知りたいです。アニムさんのおっしゃるとおり」
突然話を振られたウィータが若干むせながらも、乗ってくれた。まぁ、私が強制した感が満載なのは後で抗議しておこう。
隠れてウィータの腿を軽く叩いておく。結局はソノ手を握られて慌てるのは私の方なんだけども。わかってるけども。ひざ掛けに隠れているので、こっそり指を絡めてやるぞ! よっ予想外にウィータから動揺が伝わってきて、ぐっと口を閉じているルシオラに話を振ることにした。ごめんよ!
「ほら。ねっ? ルシオラ。ウィータも、こう言ってるし」
おまけにと顔を覗き込むと、彼女は観念したと言わんばかりに「うがー!」と両腕を振り上げた。
「しょっしょうがないじゃん! 彼が相手だと嫌だって思わないんだもん。今まで意固地になって反抗したような意見も、彼から聞くとそーいう可能性もあるのかなって思えるんだよっ。言いなりじゃないの? なんていうか、うーん、可能性が広がるっていうか。彼は私のことを否定するわけじゃなくって、一緒に新しい価値を見つけられるっていうかさ」
それが合図だった。ラスが腑に落ちる。
ルシオラの変化が自分の言葉で明言されたから、ラスは受け入れたのだろう。
「そっか」
一言を零して、微笑みを浮かべた。苦笑とかじゃなくって、すとんと心に『納得』が落ちてきた笑いだと思った。
一瞬、ルシオラの方が顔を顰めたけれど、それを吹き飛ばす勢いでラスが陽気にグラスを掲げた。
「よーし! じゃあ、今からはうちの妹の変化を祝して飲むぞー!」
予想できたのに、予想外の変化に私はすごく戸惑っている。それを自覚して、私が選んだ道の意味をちょっとだけ体感した。私はこれからも変わっては良く。それは生きているから当然だ。それでもきっと、ズレは生じて普通の人間だったころを懐かしむのだろう。
「らっラス兄が急に認めたくれた意味は不明だけど! かんぱーい!」
ルシオラの言葉にはっと顔が上がる。そうだよ。めでたいんだもの飲まなきゃ!
謎の思考でグラスを鳴らした。みんなが良い感じに酔っぱらってきたなと思う。
「話はピアスに戻るんだけどさ」
センさんがルシオラのピアスを再度話題にあげてきた。ちなみにセンさんとディーバさんはピアス穴をあけている。センさんこそ、話題に出ていたピアスをプレゼントする意味に忠実だったらしい。センさんのぞっこん具合を考えたら、さもありなんて感じだ。
だから、だろう。
「じゃあ、アニムとウィータ様はどう思う? お互いのピアスをあけたなら!」
自然と話題の標的は私たちになった。私もウィータもピアスはあけていないもんね。
だが、ルシオラの話題逸らしを察したウィータは、にやりと口の端をあげた。ぶわぁぁ!! これ、ものすごく私が好きな奴でかっこよすぎるやつだよ!!
にやり顔のまま、ウィータがソファーに片膝を乗り上げて、頬を撫でてきた。
「皮膚に穴をあけて、オレが贈る物を身につけさせるのは確かにそそるな」
「わっ私は、金属アレルギーの気があるので、普通のピアスは無理ですよ! かといって、ウィータや結界内の主たちの守護が凄すぎる宝石もダメ!」
今は大丈夫だろうけど、召喚当初は肌に触れるモノ全部に警戒が必要だった。そして、後者はどこまでもウィータに甘い結界内の守護者たちが。彼の恋人に提供してくれる代物は凄すぎて、という意味だ。
「確かになっ! 西の砂漠の守護者がくれた髪飾り、やばかったよな! アニムに攻撃魔法が施行されたら百倍返しの効果付与っての」
ラスが笑い話とは言い難い話を引き合いに出してくれたおかげで、話題は無事に逸れた。
ほっと胸を撫でおろした私に、ラスがウィンクを飛ばしてきた。ので、意図的に話を絶ってくれたのだとわかった。
解散間際にラスにお礼を言ったら、「俺がウィータとアニムのいちゃこらを見たくなかっただけだから、気にしなさんな」と笑われた。
***
「ふぁぁ。明日はちゃんと朝起きれるかなぁ」
二人の寝室で大きく欠伸をした私を、ウィータが呆れ顔で抱き込む。お酒の効果か、すでにうとうととしていた意識が余計にまどろんだ。
すごく眠いと思っていたのに、背を撫でるウィータの掌の温度で瞼が開く。恨めし気に見上げても、ウィータはご機嫌だ。
「そういえば、さっきの、ピアスの続きですよ。なに、言いかけてたですか。そそるなんて、表現して、びっくりしたですよ。まぁ、私が止めるの、わかってて、言っただろうけど」
「でたな、片言攻撃。その言い方ならオレが逃げられないの承知でずるいよなぁ」
ずるいなんて口しながら、平気な顔で口づけ攻撃をしてくるウィータの方が絶対にずるっこだ!
それでいて、時折、甘えるみたいに擦り寄ってくるのが殊更ずるい。しまいには、彼の胸に添えていた私の手をとって自分の頬にあてる。おわぁぁ。蕩けるって表現がぴったりの笑みには、全然慣れられないっ!
「酔っ払いめ、です」
「嫌か?」
「心臓に悪いだけですよ! まったくもって、嫌な訳ないのですよ!」
これまた脳が破裂しそうに「そっか」と嬉しそうに微笑んだウィータ。頬を何度も滑る手をとって、ぎゅっと抱き着く。
ウィータはしばらくじっと私を抱きしめていたが、ふっと耳元に唇を寄せた。前なら『ひょえっ』とか色気なく飛び跳ねていた私も、熱を十分に知ってしまったから。零れた声を押し込めようと口を押える。
「あの続きは、あいつらの前で吐かなくて正解だった。情けないものだから」
「情けない、ですか? あんなに俺様だったのに」
私の言葉は雰囲気を壊すものだったのだろう。私の口調も相まって、ウィータは「お前なぁ」って師匠の目つきで睨んできた。本気じゃないのはわかるけど。
口づけをひとつ落として、先を促す。数秒だけ不満げに口の端を落としていたウィータだけど、観念しましたと口づけを返してくれた。軽く触れあっただけなのに、とても優しい気持ちになれた。
「オレのために開けた穴も、同時にオレが贈ったもの以外が通る可能性もあるわけでってことに拗ねたかもって話だよ」
語気は強いのにぶつかる瞳は湖に沈む月より滲んでいた。柔らかさに沈む寸前にいつもウィータがくれる声色と皮膚感だったから、「それでも」と声をあげていた。
耳たぶを撫でられて、ウィータを抱きかかえる。
「ウィータが私に穴をあけて特別と感じるなら、私は貴方に穴が開かない分は貴方という存在があってくれるなら嬉しいの。二穴分でも、貴方があってくれるなら。私があって欲しいと願ったうえで」
ウィータの両耳たぶを掴んで顎に頭突きをかましてやる。そのまま、ぐりぐりと彼に抱き着いて体温を吸い込んでやる。
ウィータから返事がないので、彼は眠ったのだと頭を抱きかかえて擦り寄ったのが良くなかった。はい、良くなかった。それでも――。
「言葉と仕草、両方でぶつかってきてくれるアニムが悪い。可愛いのが悪い。そんでもって、かなりの年上で師匠だったのに我慢できないオレが一番悪い」
私もいつの間にか、お決まりの言葉で多少動きが鈍くなる朝は我慢できるようになっていたのでした。




