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女神の従魔  作者: 梅椿 六花
第二章 守れない鳥
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第9話 壊すもの

 剣と剣がぶつかっている。

 魔法が爆ぜる。

 人間の兵士が叫び、負傷者が地面を這う。

 血の匂いも、土煙もある。

 それなのに――熱がなかった。


(……変だ)


 俺は上空を旋回し、戦場全体を見渡した。

 人間兵は怯えている。

 怒っている。

 仲間を守ろうとしている。

 いつもの戦場と同じ感情がある。

 異常なのは、魔族兵だった。

 剣を振るい、魔法を放ち、人間を殺そうとしている。

 だが、その動きには何もない。

 怒りも。

 憎しみも。

 勝とうとする意志すら感じられなかった。

 全員が同じ速度で踏み込み、同じ間合いから剣を振るう。

 まるで、一つの型を寸分違わず繰り返しているようだった。


(揃いすぎている)


 これまでの魔族兵にも、感情の薄い者は多かった。

 それでも、戦い方には個体差があった。

 敵の動きを見て、攻め方を変える程度の知性はあった。

 今日の兵には、それすらない。

 一人が倒れても、隣の者は反応しない。

 足元の死体を踏み越え、同じ歩幅で進み続ける。


(兵士じゃない)


 武器だ。

 人の形をした、同じ動作を繰り返すだけの武器。

 自分の意志で戦っているようには見えなかった。

 エリシアも異常へ気づいたらしい。

 正面から迫った魔族兵の剣を受け流し、首元へ柄を打ち込む。

 敵が崩れる。

 直後、次の一人がまったく同じ角度から剣を振り下ろしてきた。

 エリシアは半歩下がり、刃をかわす。


「……今日の前線、変だね」

 表情は冷静だった。

 だが、声がいつもより低い。

「指示を出している個体が見当たらない」

(やっぱり、いないのか)


 これまでの戦場には、魔族兵を率いる者がいた。

 鎧の形が違う個体。

 強い魔力を持つ者。

 後方から命令を送る指揮官。

 それを倒せば、兵の動きには乱れが生まれた。

 だが、今日は違う。

 指揮官がいないのに、すべての兵が統一されている。


(誰が動かしている)


 さらに高度を上げる。

 入り乱れていた人間兵と魔族兵が、一枚の図のように見えた。

 流れを追う。

 最初は不規則に見えた。

 だが、違う。

 魔族兵たちは、一つの場所だけを避けていた。

 矢も。

 魔法も。

 振るわれる剣も。

 戦場の中心より、わずかに奥。

 何もない空間。


(……空白)


 そこを中心に、魔族兵の流れが左右へ分かれている。

 道を作っている。

 誰かを通すために。

 あるいは、そこにいる何かへ近づかないために。


(エリシア)

 俺は急降下し、彼女の頭上を低く飛んだ。

「カァ!」


 エリシアがこちらを見る。

 俺は再び高度を上げ、空白の方角へ飛ぶ。

 途中で振り返った。


「……あそこ?」

(そうだ)


 エリシアが魔族兵を斬り伏せ、俺の示した方角を見る。

 その瞬間だった。

 魔族兵たちが、一斉に動きを止めた。

 剣を振っていた者も。

 魔法を放とうとしていた者も。

 まるで、同じ糸で引かれたように。

 次の瞬間、左右へ分かれた。

 人間兵へ背を向けることさえ恐れず、一直線の通路を作る。

 戦場の奥。

 その先で、空気が歪んだ。


(何かいる)


 姿はまだ見えない。

 それでも、存在していると分かった。

 そこにあるだけで、周囲の景色が正常な形を保てなくなっている。

 翼を動かすたび、空気が泥のようにまとわりつく。

 魔族兵たちは、通路の両側へ並んでいた。

 頭を下げているわけではない。

 敬意を示しているのでもない。

 ただ、身体ごと中心へ引かれている。


(命令されているんじゃない)


 吸い寄せられている。

 見えない重力に捕らえられるように。

 土煙の向こうから、人影が現れた。

 二本の腕。

 二本の脚。

 頭部。

 人に近い形。

 だが、人間ではない。

 魔族とも違う。

 鎧も、装飾も、武器もない。

 皮膚と呼んでよいのか分からない黒い表面が、呼吸に合わせて脈打っていた。

 顔には、目と口に似た窪みだけがある。

 王らしさも、威厳もない。

 それでも、見た瞬間に理解した。


(こいつが中心だ)


 魔族兵を動かしている核。

 この戦場の異常そのもの。

 人影がゆっくりと首を傾けた。

 口のような裂け目が開く。


「……コワ……ス……」


 乾いた音が漏れた。

 声ではない。

 言葉の形を真似ただけの音。


「……マダ……タリ……ナイ……」

 その音を聞いた瞬間、人間兵の数人が膝をついた。

「う……っ」

「なんだ、これ……」


 剣を落とし、胸を押さえる。

 耳で聞いた言葉へ怯えたのではない。

 身体の内側を、冷たい指で撫でられたような拒絶反応。

 理解してはいけないものへ触れた。

 そんな反応だった。


(会話じゃない)


 あれは、何かを伝えようとしていない。

 考えてすらいない。

 ただ、破壊という衝動を音の形で漏らしている。

 周囲の魔族兵も、あれに触れ続けた結果、意思を削られたのかもしれない。


(止めなければ)


 あれが進めば、戦場だけでは終わらない。

 村。

 町。

 人間。

 魔族。

 区別なく壊していく。

 エリシアが一歩、前へ出た。

 剣先を下げたまま、異形を見据える。


「ここから先は、行かせない」


 大声ではなかった。

 誰かに聞かせる宣言でもない。

 自分の立つ場所を確かめるような言葉だった。

 俺はエリシアの横へ降りる。


(本当に行くのか)


 聞く必要はない。

 彼女は行く。

 背後に誰かがいる限り、必ず前へ立つ。


「アッシュ」

 名前を呼ばれる。

 エリシアは異形から視線を外さない。

「周りをお願い」

(……分かった)

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