第7話 不吉な黒い鳥
アッシュと名づけられてからも、二人の旅は続いた。
エリシアは戦場を渡り歩き、助けを求める声があれば剣を抜いた。
アッシュは頭上を飛び、影から影へ移りながら、その背中を守った。
黒い鎧の冒険者。
その傍らを飛ぶ、黒い鳥。
二人の姿は、少しずつ人々の記憶へ残っていった。
だが、それは必ずしも好意的なものではなかった。
ある町へ入ろうとしたとき。
門の近くにいた人々の声が聞こえた。
「黒い鎧だ」
「鳥もいるぞ」
「噂の二人じゃないか?」
最初は、戦場での働きを知っているのだと思った。
しかし、声に混じっていたのは感謝ではない。
怯えだった。
「黒い鳥が現れた場所では、大勢が死ぬらしい」
「鎧の女が来ると、必ず死人が出るって」
「魔物を引き寄せてるんじゃないか?」
(違う)
死人が出る場所へ、エリシアが向かっている。
エリシアが現れたから、人が死ぬのではない。
彼女が来なければ、もっと多くの者が死んでいた。
「黒い鳥は死者の魂を食うんだってさ」
「不吉な鳥だ」
俺は自分の羽根を見る。
(好きでこの色になったわけじゃない)
反論しようとしても、口から出るのは鳥の声だけだ。
エリシアが門へ近づくと、人々は露骨に距離を取った。
子供を背後へ隠す母親もいる。
エリシアは、その様子を見て足を止めた。
「……怖がらせちゃったかな」
(あんたが気にする必要はない)
誰も直接は責めてこない。
けれど、向けられる視線は冷たかった。
宿へ入っても、空気は変わらない。
食事を運ぶ店員は、俺を見ないようにしていた。
隣の客は、途中で席を立った。
窓の外から、小さな声が聞こえてくる。
「戦場の死神」
「黒い鳥を連れた、不吉な女」
エリシアは聞こえないふりをしていた。
けれど、匙を持つ手が止まっている。
(聞くな)
俺は机から飛び立ち、窓を閉めた。
外の声が少し遠くなる。
「ありがとう、アッシュ」
(礼を言うな)
悪いのは、声を向けている者たちだ。
エリシアではない。
それなのに彼女は、自分が人を不安にさせたことを申し訳なく思っている。
「しばらく、町へ入らない方がいいかもね」
(その方がいい)
「昔使っていた小屋が、森の奥にあるんだ」
エリシアは窓の外へ目を向けた。
「人もほとんど来ないから、迷惑をかけずに済むと思う」
(迷惑なんかじゃない)
そう伝えたかった。
けれど、町の人間が怯えていたことも事実だった。
エリシアは、自分が我慢すれば住民が安心すると考えている。
俺もまた、彼女がこれ以上悪意ある声を聞かずに済むなら、それでよいと思った。
(しばらく離れるだけだ)
噂が消えるまで。
戦争が落ち着くまで。
人々が真実を理解するまで。
森で静かに暮らせばよい。
「行ってみようか」
エリシアが尋ねる。
俺は短く鳴いた。
「カァ」
肯定だと伝わったのだろう。
エリシアは少しだけ笑った。
「じゃあ、決まりだね」
二人は町を出た。
背後では、安堵したように扉が閉じられていく。
俺は振り返らなかった。
黒い鎧と黒い鳥は、人々を不安にさせないため、森の奥へ姿を隠した。
それがエリシアを守るための選択だと、俺は信じていた。
その選択が、彼女から別の道を奪うことになるとは知らないまま。




