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女神の従魔  作者: 梅椿 六花
第四章 二人の旅
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第32話 約束の続き

 俺が町へ戻ったのは、日が沈む少し前だった。

 上空から、商会支店を見つける。

 中庭。

 荷馬車。

 宿舎。

 ミリアの気配は、建物の中にあった。


(無事だ)


 予定より遅れた。

 町の南で、崩れかけた街道を見つけたためだ。

 明日進むなら、東へ回った方が安全だった。

 開いた窓から部屋へ入る。


「ぴ」

 机の前に座っていたミリアが勢いよく振り返った。


「ぴよちゃん!」

(ただいま)


 立ち上がり、両手で捕まえようとする。

 直前で止まった。


「触っていい?」

(そこは聞くのか)

「ぴ」


 ミリアは、そっと両手で俺を包んだ。

 強く握らず、胸元へ近づける。


「戻ってきた」

(約束しただろ)


「少し遅かった」

(道が崩れていた)


「心配した」

(……悪かった)


 ミリアの手の中で羽を畳む。

 離れていた時間は長くない。

 それでも、ミリアには長く感じられたらしい。

 机へ移り、顔を見上げる。

 怪我はない。

 ただ、少し疲れていた。


「私のこと?」

「ぴ」


「フィナっていう女の子に会ったの」

(フィナ?)


「ぴよちゃんの噂を聞いて、本部から来たんだって」

(それだけで?)


「すごく好奇心旺盛なの」


 好きな食べ物。

 寝る場所。

 空を飛ぶ気分。

 名前の由来。

 戻ったら尋ねたいことを、いくつも挙げていたという。


(面倒な人間だな)

「でも、優しい子だった」

 ミリアが少しだけ笑った。


「次は、ぴよちゃんにも会いたいって」

「ぴ、ぴ」


「嫌なの?」

(質問攻めにされる)


「まだ会ってないのに」

(話を聞いただけで十分だ)

 ミリアが笑った。


「フィナに、私たちの約束のことを話したよ」

(俺たちの?)


「危ないときは止めること」

「何でも一人で決めようとしたら、相手が止めること」


「その後で、一緒に考えること」

(そうか)


「いい関係だって言われた」

 ミリアは少し笑う。


「まだ、うまくできてないけど」

「ぴ、ぴ」


「そこは肯定してよ」

(嘘はつかない)


「でもね」

 少し真剣な顔になる。


「できなかったことを、次に変えられれば十分だって」


 動きが止まる。

 できなかったこと。

 エリシアとの間で。

 守ることと閉じ込めることを間違えた。

 伝えるべきことを隠した。

 選ぶ機会を奪った。

 今。

 ミリアとの間で。

 同じことを繰り返さないようにしている。


(偶然だ)


 フィナは何も知らない。

 白い小鳥が、かつて英雄の隣を飛んだ黒い鳥だとは。

 俺が何を後悔しているのかも。

 ただ、ミリアの話を聞いて、自分の考えを口にしただけだ。


「変な子だけど、悪い子じゃないと思う」

(そうか)


 それ以上は考えなかった。

 フィナという名前も。

 特別な商会章も。

 カイルが敬語を使ったことも。

 今の俺とは関係がない。


(それより、道のことだ)

 地図を嘴で広げる。


「どうしたの?」


 町の南を指す。

 翼を斜めに下げる。


「南の道が崩れてる?」

「ぴ」


「通れない?」

「ぴ、ぴ」


「通れるけど危ない?」

「ぴ」


「東へ回る方がいい?」

「ぴ」


「分かった」

 ミリアが地図へ印をつける。


「明日、カイルさんにも伝えよう」

(それがいい)


 夜が深くなる。

 窓の外から、人間と魔族の声が聞こえていた。

 帳簿をめくる音。

 明日運ぶ荷物を確かめる声。

 世界は動き続けている。

 俺が森へ閉じこもっていた間も。

 エリシアがいなくなった後も。

 誰かが道をつなぎ。

 物を運び。

 昨日まで敵だった者たちが、同じ荷車を守っている。

 その世界の中で。

 フィナという好奇心旺盛な少女が、噂だけを頼りにミリアへ会いに来た。

 特別な目的はない。

 白い鳥の正体を探っているわけでもない。

 ただ、面白そうだから。

 自分の目で見たいから。

 それだけだった。


(本当に、それだけで来たのか)


 少し呆れる。

 だが、今の俺が気にしているのは、フィナの素性ではない。

 ミリアが無事だったこと。

 約束どおり、自分が戻ってこられたこと。

 それで十分だった。

 寝台から、穏やかな呼吸が聞こえる。

 胸が上下していることを確かめる。


(眠っているだけだ)


 何度目か分からない確認。

 それでも、やめられない。

 俺は窓辺で羽を畳んだ。

 明日は、また新しい道を進む。

 今日出会った少女が何者なのか。

 どのような形で再び二人の前へ現れるのか。

 今の俺たちは、まだ何も知らなかった。

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