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女神の従魔  作者: 梅椿 六花
第四章 二人の旅
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第25話 街道の灯

 関所を出た俺たちは、南へ向かっていた。

 次の町までは、歩いて二日ほど。

 途中には、人間も魔族も利用する古い街道宿があるらしい。


「魔族も泊まるんだって」

 ミリアは地図を広げたまま歩いている。

(前を見ろ)


 道の端から転がってきた小石が、足元へ近づいていた。

 肩を嘴でつつく。


「痛っ。何?」


 もう一度、進行方向を示す。

 少し先で、街道の石畳が崩れている。


「あ」

 ミリアは足を止め、地図を畳んだ。

「歩きながら読むのは危ないね」

(気づくのが遅い)


 関所で、俺たちはいくつかの約束をした。

 一回鳴けば肯定。

 二回なら否定。

 三回なら、すぐに動くべき危険。

 俺が何かに気づいたら、できる限りミリアへ伝える。

 ミリアが危険な判断をしようとしたら、きちんと止める。

 そのうえで、最後に選ぶのはミリア自身。

 反対に、俺がすべてを一人で決めようとしたときは、ミリアが止める。

 言葉にすれば簡単だった。

 だが、守るのは難しい。

 荷物が重そうなら、影で持ち上げたくなる。

 転びそうなら、先に身体を支えたくなる。

 道を間違えそうなら、正しい方角へ引き戻したくなる。


(自分でできることは、自分で)


 ミリアがそう言った。

 エリシアも、似たことを言っていた。

 生活の中では、その言葉を聞けた。

 森の外では聞けなかった。

 だから今度は。

 自分が不安だからという理由だけで、ミリアから選択を奪わない。


「ぴよちゃん」

(何だ)

「魔族を見たことある?」

「ぴ」

「怖かった?」


 質問が曖昧だった。

 俺が鳴かずにいると、ミリアは少し考えた。


「怖い魔族はいた?」

「ぴ」


「怖くない魔族も?」

「ぴ」


「そっか」

 ミリアは頷いた。

「人間と同じなんだね」

(そうだ)


 人間にも、エリシアのような者がいた。

 ミリアの村を襲った盗賊のような者もいる。

 傷を治す者。

 道を守る者。

 誰かを助ける者。

 誰かから奪う者。

 種族だけで決められることではない。

 それでも昔は、人間と魔族というだけで互いへ剣を向けていた。

 俺も魔族兵を何人も殺した。

 彼らが、どこまで自分の意思で戦っていたのか。

 魔王に、どこまで心を奪われていたのか。

 今となっては分からない。


「ぴよちゃん?」

 ミリアが横目で俺を見る。

「怖い顔してる」

(鳥の顔の違いが分かるのか)


「嫌なこと、思い出した?」

 一度鳴く。

「そっか」


 ミリアは、それ以上聞かなかった。


「話したくなったら教えてね」

(鳥にそれを求めるな)


 だが、無理に聞かれないことには安心した。

 言葉が話せないからではなく。

 話したくないこともあると、ミリアが理解している。

 それが少し、不思議だった。

     ◇

 昼前。

 街道脇の休憩所で、俺たちは足を止めた。

 旅人が腰を下ろせるよう、切り株を加工した椅子が並んでいる。

 近くには小さな水場もあった。

 ミリアは荷物を下ろし、大きく息を吐いた。


「重かった……」

(途中で持とうかと思った)


 だが、今はまだ自分で運べる。

 ミリアは荷袋から硬いパンと干し肉を取り出した。

 パンを小さく千切り、俺の前へ置く。


「どうぞ」

(鳥の餌として正しいのか?)

「昨日も食べたでしょ」


 嘴でつつく。

 硬い。

 味もほとんどない。


「おいしい?」

 二回鳴いた。


「まずい?」

 旅の携帯食へ味を求める方が間違っているのかもしれない。


「お肉もあるよ」

 干し肉を小さく裂いて置く。

 塩気は強いが、パンよりはましだった。


「ぴ」

「お肉の方が好きなんだね」

(覚えておけ)


 食事を終えると、ミリアは休む代わりに立ち上がった。


「少しだけ練習する」

(疲れているだろ)

「少しだけ」


 剣を鞘に収めたまま、教わった型を繰り返す。

 足を開く。

 腰を落とす。

 一歩踏み込み、剣を振る。

 最初の一回は悪くなかった。

 二回目で身体が流れる。

 三回目。

 右足へ力を入れすぎ、剣を戻したときにふらついた。


「ぴ、ぴ」

 ミリアが止まる。


「駄目?」

「ぴ」


「どこ?」

 地面へ下り、右足を嘴でつつく。

「右足?」

「ぴ」


「もっと前?」

「ぴ、ぴ」


「後ろ?」

「ぴ」


 ミリアが足の位置を直す。


「これくらい?」


 一回。

 もう一度、剣を振る。

 先ほどより、重心がぶれなかった。


「ぴ」

「よかった?」

 もう一度鳴く。

「ぴ」


 ミリアが少し笑った。


「ぴよちゃん、教えるの上手になったね」

(お前が鳴き声を理解するようになっただけだ)


「でも、ぴよちゃんは剣を使わないよね」

(見れば分かる)


「どうして分かるの?」


 答えなかった。

 剣を使う者を、長い間そばで見ていた。

 踏み込み。

 重心。

 肩の動き。

 どの瞬間に隙ができるのか。

 エリシアの剣は速く、迷いがなかった。

 必要な瞬間に、必要な場所へ届いた。


(比べるな)


 ミリアはミリアだ。

 一度でできなくてもいい。

 何度も失敗し、その次に少し前へ進む。

 それがミリアのやり方だった。


「もう一回」


 四回。

 五回。

 六回。

 七回目で、剣先が下がった。


「まだできる」

 二回鳴く。


「休んだ方がいい?」

 一回。


「……分かった」

 以前なら続けていたかもしれない。

 今は俺の意見を聞き、自分の腕を確かめている。


「少し痛くなってた」

(なら自分で気づけ)


「もう少しできると思ったんだもん」

(できることと、やるべきことは違う)


 ミリアは水を飲み、切り株へ腰を下ろした。


「私、村の外って、怖いことばかりだと思ってた」

 突然、そう言った。

「町へ行ったら、助けてくれる人がいた」


 治療師。

 兵士。

 剣を教えた教官。

 施設の職員。


「関所の人も、あの子を探してくれた」


 少年を救えなかったこと。

 自分たちの判断が足りなかったこと。

 それと、兵士たちが懸命に捜したことは別だ。

 ミリアは、出来事を一つの意味だけで見なくなり始めている。


「今度の宿も、いいところだといいな」

(行ってみなければ分からない)

「うん」


 ミリアは荷物を背負った。

 少し顔をしかめる。

 それでも俺は持たなかった。

 危なくなれば助ける。

 今はまだ、自分で運べる。

     ◇

 夕方。

 草原の向こうに、橙色の灯が見えた。


「あれかな」


 街道脇に、大きな二階建ての建物が立っている。

 一階は石造り。

 二階は濃い色の木材。

 屋根の煙突から、白い煙が上がっていた。

 入口の両側には、いくつものランタンが吊られている。

 日が沈み切る前から火が灯され、遠くからでも宿の場所が分かるようになっていた。

 建物の前には、何台もの馬車が停まっている。

 馬だけではない。

 四本の角を持つ、大きな獣も柵へつながれていた。

 分厚い毛皮。

 丸太のような脚。

 鼻息を吐くたび、白い息が上がる。


「魔物?」

(家畜だろう)


 角のある男が、その獣の背を撫でていた。

 獣は大人しく目を細める。


「怖くないみたい」

(見た目だけで決めるなということだ)


 上空から宿の周囲を確かめる。

 裏に井戸。

 少し離れて厩舎。

 馬車のそばには護衛らしき者が立っている。

 武器を持つ者は多い。

 だが、敵意は感じなかった。

 宿へ近づくにつれ、笑い声や食器の音が聞こえてくる。

 人が多い。

 ミリアの足が、わずかに遅くなった。

 俺は肩へ戻り、頬の近くを嘴でつつく。


「大丈夫」

(まだ何も聞いていない)

「人が多い場所、少し緊張するだけ」


 町では目的のある場所だけを訪れていた。

 治療院。

 役所。

 訓練場。

 宿は違う。

 見知らぬ者と食事をし、同じ屋根の下で眠る。


「入ろう」

 ミリアは自分へ言い聞かせるように呟いた。

「ぴよちゃんもいるし」

(ああ)


 俺は肩を離れなかった。

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