元老院
超国の中心部。
街で最も大きな建物――元老院議事堂。
その最上階にある会議室では、三人の元老院議員が円卓を囲んでいた。
一人は白髭を蓄えた老人。
坊主頭に鋭い目つき。
怒鳴れば子供が泣き出しそうな迫力を持つ男。
ヒロ・ベリー。
もう一人は金髪に老眼鏡を掛けた女性。
柔らかな表情を浮かべているが、その瞳には確かな知性が宿っている。
スーザン・スミレ。
そして最後の一人。
茶髪のパーマ頭をした若い男。
常に笑みを浮かべているが、その笑顔の奥で何を考えているのかは誰にも分からない。
ガイウス・ユリ。
「では、元老院会議を始めましょう」
スーザンの一言で会議が始まる。
しかし。
「これで何回目だ!!」
机を叩きながらヒロが立ち上がった。
「機国からのミサイル攻撃だ!」
「今回こそ報復するべきだろう!」
会議開始早々の怒号。
だがスーザンは慣れた様子だった。
「今回も被害はありませんでした」
冷静に答える。
「毎回一発のみですし、嫌がらせの範囲を超えていません」
「だから何だ!」
ヒロは声を荒げる。
「このまま好き勝手やらせておけば、いずれ取り返しのつかない攻撃を仕掛けてくるぞ!」
「こちらから仕掛ければ戦争になります」
スーザンも一歩も引かない。
「それこそ取り返しのつかない事態です」
会議室の空気が張り詰める。
しかし。
ガイウスだけは変わらなかった。
相変わらずニコニコと微笑みながら二人のやり取りを眺めている。
「一方的にやられるくらいなら戦争になった方がマシではないのか!」
ヒロは拳を握る。
スーザンも負けじと反論する。
「戦争になれば多くの命が失われます」
「今はまだその時ではありません」
しばらく続いた言い争い。
やがてヒロは矛先を変えた。
「ガイウス!」
怒鳴る。
「お前はどう考えている!?」
二人の視線が集まる。
ガイウスは少しだけ考える素振りを見せた。
そして。
「そうですね」
笑顔のまま答える。
「私はスーザンさんに賛成です」
ヒロの眉が吊り上がる。
「今はまだ仕掛けるべきではありません」
「機国を攻めれば帝国が黙っていないでしょう」
「では今回も黙っているだけか!?」
ヒロが食い下がる。
しかしガイウスは笑みを崩さない。
「ただし」
その一言で二人の視線が再び集まる。
「機国が本格的に戦争を始めた場合、長期戦は不利です」
「機械は疲れませんからね」
ガイウスは指を組む。
「ならばこちらから攻めるしかありません」
スーザンが首を傾げた。
「先程は攻めるべきではないと仰いましたよね?」
「では、いつ攻めるべきだと考えているのですか?」
ガイウスは笑った。
まるで答えを知っているかのように。
「私の読みでは――」
少し間を置く。
「近いうちに大きな変化が起こります」
会議室が静まり返る。
「今はその時に備え、戦力を温存するべきでしょう」
ヒロは舌打ちした。
「チッ……」
不満そうな顔をする。
しかし。
二対一。
結果は決まっていた。
「今回も報復は無しだ」
「承知しました」
スーザンが頷く。
「ではパシーに内容を共有させましょう」
「それでいいでしょう」
ガイウスも笑顔のまま同意した。
「では本日の会議は終了です」
こうして元老院会議は幕を閉じた。
しかし。
会議室を出る直前。
ガイウスだけは窓の外を見つめながら小さく呟く。
「さて……」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「いつ動きますかね」
その笑顔だけは最後まで崩れなかった。
---
キーンコーンカーンコーン
鐘の音が校舎中に響き渡る。
「皆、席につくのじゃ!授業を始めるぞ!」
教壇の前に立つチェスが杖で床を軽く叩いた。
生徒達は慌てて席へ戻る。
全員が座ったのを確認すると、チェスは黒板へ向かう。
チョークを走らせ、大きく文字を書く。
魔王誕生
「今日は魔王誕生についての授業じゃ」
教室の空気が少しだけ変わる。
魔王。
誰もが知っている存在だ。
そして誰もが恐れている存在でもある。
「皆も知っておる通り、昔この世界には魔王が現れた」
「そして勇者達が命を賭けて封印した」
「じゃが、その魔王がどのように現れたのかを知る者は少ない」
チェスは生徒達を見渡した。
「今日はその話をしてやろう」
⸻
昔。
四カ国は今よりも遥かに仲が良かった。
国同士の行き来も盛んで争いも少ない。
平和な時代だった。
そんな時代に一人の少年がいた。
超国で生まれたごく普通の少年。
だが一つだけ普通ではない能力を持っていた。
それは――
魔界へ繋がる扉を作る能力。
しかし少年は誰にもそのことを話さなかった。
話せなかったと言った方が正しい。
もし知られれば化け物扱いされる。
そう考えていたからだ。
そのため少年は周囲にこう説明していた。
「亜空間に隠れる能力なんだ」
と。
⸻
少年が初めて能力を使ったのは幼い頃だった。
興味本位だった。
何も知らなかった。
扉を開く。
そしてその先へ足を踏み入れた。
そこは暗黒の世界だった。
空は赤黒く染まり。
大地は腐り。
見たこともない怪物達が徘徊している。
少年は恐怖のあまり泣きながら逃げ帰った。
二度と行くものか。
そう誓った。
だが。
その光景を見ていた者がいた。
魔族である。
そしてその情報は魔界の王――魔王へ伝わった。
⸻
それから数年。
少年は能力を使わずに生きていた。
平和な日々だった。
だがある日。
森でキノコ採りをしていた少年は盗賊に襲われる。
逃げ場は無かった。
殺される。
そう思った。
だから扉を開いてしまった。
一度だけ。
助かるために。
⸻
そして。
少年は再び魔界へ足を踏み入れる。
しかし。
目の前にいたのは怪物ではなかった。
一人の男だった。
巨大な角。
漆黒の衣。
黄金色の瞳。
魔王。
その存在が静かに笑う。
「ようやく来たか」
少年は恐怖で動けない。
魔王はゆっくりと近づく。
「警戒心が強くて困っていた」
「だが待った甲斐があったな」
少年は逃げようとした。
だが遅かった。
魔王が手をかざす。
その瞬間。
少年の瞳が黒から赤へ変わった。
意識が奪われる。
洗脳だった。
⸻
「扉を開けろ」
魔王は命令する。
少年は無言で両手を前へ向ける。
現れた扉は異常だった。
今まで作れたのは人一人が通れる程度。
だが今は違う。
高さ十メートルを超える巨大な門。
少年の命を削ることで無理やり作らせたのだ。
門が開く。
その先には人間界。
魔物達は歓喜した。
次々と門を潜っていく。
魔王もゆっくりと門をくぐった。
その先には――
既に殺された盗賊達の死体が転がっていた。
魔王は空を見上げる。
そして笑った。
「さぁ」
両手を広げる。
「蹂躙の時間だ」
「全てを壊せ」
⸻
魔物達が世界へ放たれた。
空を飛ぶ者は他国へ。
海を渡る者もいた。
そして地を這う魔物達は超国を襲う。
世界は地獄へ変わった。
⸻
各国は協力して戦った。
超能力。
魔法。
機械。
あらゆる力を結集する。
だが。
魔王直属の十人。
十魔天。
彼らがあまりにも強かった。
そして魔王はその十魔天すら遥かに超えていた。
誰も勝てない。
誰も止められない。
世界は絶望に包まれる。
⸻
それでも希望は残った。
勇者だった。
勇者は仲間達の命懸けの援護によって魔王との一騎打ちへ持ち込む。
だが。
勝負にならなかった。
勇者は敗北する。
血まみれになりながら地面へ倒れる。
それでも。
勇者には最後の手段があった。
封印術。
命と引き換えに発動する禁術だった。
勇者は迷わなかった。
世界を救うため。
自身の命を差し出した。
⸻
眩い光が世界を包む。
魔王は海の底へ封印された。
十魔天は消滅。
魔物達も消え去った。
世界は救われた。
しかし。
勇者もまた帰らなかった。
その身体は四つの宝玉へ変わる。
そして光となって消えた。
⸻
四つの宝玉。
現在も各国が一つずつ管理している。
それは勇者の遺志であり。
魔王の封印を解除する鍵でもある。
⸻
「以上じゃ」
チェスはチョークを置いた。
「これが魔王誕生の物語じゃ」
教室は静まり返っている。
先ほどまで騒いでいた生徒達も誰も声を出さない。
「次回は超国東西戦争について学ぶ」
チェスが笑う。
「今日はここまでじゃな」
キーンコーンカーンコーン
鐘の音が鳴り響く。
生徒達は我に返ったように立ち上がる。
だが。
誰もが魔王の話を頭から離せずにいた。




