ユリアザミ
王国
「まさか、既にユリアザミの本拠地まで突き止めているとは思いませんでしたよ」
コピとロークは崖の上に立ち、眼下にある廃れた教会を見下ろしていた。
教会の入口には数十人もの見張りが配置されており、堂々と侵入するのは難しそうだ。
「ちょうど今日、ユリアザミの幹部全員が集まる会議が開かれる予定なんだ」
ロークは腕を組みながら教会を眺める。
「本当なら、さっき君が潰した人攫いに変装して潜入するつもりだったんだけどね」
そう言って肩をすくめる。
「君のおかげで、その作戦は使えなくなっちゃった」
「それは失礼しましたね」
コピは悪びれる様子もなく答える。
「もう会議は始まっているのですか?」
「ああ。ちょうど今頃始まっているはずだ」
ロークは頷く。
「それじゃあ、そろそろ作戦開始といこうか」
終始笑顔を崩さないロークに対し、コピは無表情のまま確認する。
「私が拠点に潜入し、中の者たちと交戦する。そして、外へ逃げ出した者たちはあなたが始末する」
「そういう認識で構いませんか?」
「ああ、その通りだよ」
ロークは頷く。
そして何かを思い出したように人差し指を立てた。
「あっ、でも一つだけ」
「さっきみたいに殺すのは禁止ね」
「できれば生け捕りで頼むよ」
ロークは笑顔のまま釘を刺す。
コピは小さくため息を吐いた。
「どうやら、あなたは私を買い被っているようですね」
「追い詰められたら、私はなりふり構いませんよ」
パチン――
コピが指を鳴らす。
すると掌の上に白い丸薬が現れた。
コピはそれを躊躇なく口へ放り込む。
次の瞬間、その身体が徐々に透け始めた。
やがて完全に透明となり、その場から姿を消す。
「透明化か」
ロークは興味深そうに呟く。
「潜入にはこれ以上ない能力だね」
そう言うと、ロークはふわりと宙へ浮かび上がった。
「さて――」
「君がどこまでやれるのか、見せてもらおうじゃないか」
ロークは笑みを浮かべながら、教会を見下ろした。
-
教会内部 会議室
「最近、勇者が俺たちのことを嗅ぎ回っているらしい。下っ端の連中が何人かやられたって話も耳に入っている」
会議室には十人の男たちが座っていた。
それぞれの椅子の後ろには護衛が立ち、周囲を警戒している。
今発言したのは、幹部の中でも最年長と思われる老人だった。
「少々急激に勢力を広げすぎましたかね。今やユリアザミは王国最大の裏組織ですから」
続いて口を開いたのは、眼鏡を掛けた知的な雰囲気の男だった。
「こんな風に幹部が一堂に会する場なんて、勇者からしたら格好の餌だろうがよ」
苛立った口調で話すのは大柄な男だ。
傍らには巨大な戦斧が置かれており、武闘派であることが一目で分かる。
「そのために用心棒を雇っているのだ」
全身を高価そうな装飾品で飾った男が言う。
「王国屈指の強さを誇る男だ。我らが逃げる時間くらいは稼げよう」
その言葉を受け、全員の視線が入口の扉の前に立つ男へ向けられた。
男は黒髪を後ろで束ねている。
その瞳は見る者に恐怖を抱かせるほど鋭く、腰には一本の刀が差されていた。
右手は常に刀の柄に添えられている。
「そんなことより、さっさと会議を始めようぜ。時間を無駄にしてたら、それこそ勇者に襲われるリスクが増えるだけだ」
気だるそうに話すのは、左目に眼帯をした坊主頭の男だった。
男の言葉をきっかけに会議が始まろうとした、その時だった。
ギィン――
入口に立っていた用心棒が突如刀を抜き放ち、凄まじい速度で扉を斬りつける。
刀を振り抜いたその切っ先には、数滴の血が付着していた。
「なっ!? 何をしているんだ、リュウキン!!」
幹部たちは一斉に立ち上がる。
しかしリュウキンは答えない。
「出てこい曲者よ!」
刀を構えたまま叫ぶ。
「姿が見えずとも、拙者にはお主の気配が分かっておるぞ!」
「中々厄介な方がいるものですね」
何もない空間から声が響く。
パチン――
指を鳴らす音と共に、一人の男が姿を現した。
銀髪を揺らすその男。
コピだった。
「これは勇者さんの仕事が増えてしまいそうですね」
「侵入者だ!!」
「全員裏口から逃げろ!!」
幹部たちは慌てて裏口へ向かって走り出す。
その時だった。
『止まれ』
突如、全員の頭の中に声が響く。
幹部たちの身体が一斉に硬直した。
しかし――
リュウキンだけは止まらない。
刀を振り上げ、そのままコピへ斬りかかる。
「とりあえず、あなたの相手は後回しです」
パチン――
リュウキンの刀がコピを斬り裂く寸前、コピの姿が消えた。
刀は空を切る。
次の瞬間――
裏口付近から悲鳴が上がった。
いつの間にかコピは裏口の前に立っていた。
そして幹部の一人の頭部へナイフを突き立てている。
パチン――
再び指を鳴らす。
コピの周囲に十数体の分身が現れ、一斉に幹部や護衛へ襲い掛かった。
そのうちの一体が幹部の胸へナイフを突き立てようとした瞬間――
幹部の姿が消えた。
代わりにリュウキンが現れる。
「お主が本体であろう!」
凄まじい剣速。
コピの身体に次々と傷が刻まれていく。
「厄介ですね」
パチン――
分身たちが消滅する。
同時にコピの体から青い光が溢れ出した。
リュウキンは構わず刀を振り下ろす。
だがコピは拳で刀を弾いた。
その瞬間、刀にも青い光が纏わりつく。
「斥力」
強烈な反発力が発生する。
リュウキンの身体は刀ごと吹き飛ばされた。
「舐めてんじゃねぇぞ!!」
大柄な男が背後から戦斧を振り下ろす。
しかしコピは軽く横へ避ける。
パチン――
「熱血拳」
拳が赤く染まる。
殴られた男は壁を突き破り、教会の外まで吹き飛んでいった。
「アクア・カッター!」
間髪入れず、眼帯の男が魔法を発動する。
男の前に展開された魔法陣から、三日月状の水刃が放たれた。
水刃は鋭い音を立てながらコピへ襲いかかる。
しかし――
コピは右手を軽く前に出した。
水刃は触れた瞬間に消滅する。
「お返しです」
コピは掌から水球を放つ。
水球は眼帯の男の腹部へ直撃し、そのまま壁際まで吹き飛ばした。
リュウキンがコピから距離を取ったことで、周囲の護衛や幹部たちも一斉に魔法を放ち始める。
炎。
氷。
雷。
様々な属性の魔法がコピへ殺到した。
だが、コピの周囲に展開された透明な結界が全てを防ぎ切る。
その間にも、幹部たちは裏口から次々と逃げ出していた。
しかしコピは焦る様子を見せない。
「はぁ……」
小さくため息を吐く。
「私が無理をする意味もありませんからね」
「せっかくですし、あの人にも働いていただきましょう」
コピは結界を解除する。
同時に、自身を中心として大量の煙を発生させた。
煙は瞬く間に部屋中へ広がり、視界を覆い尽くしていく。
「さっきから奇妙な魔法ばかり使いおって……」
煙の向こうからリュウキンの声が響く。
「お主、一体何者だ!?」
その瞬間。
コピは腰からナイフを引き抜き、振り向きざまに構えた。
背後には刀を振りかぶったリュウキンがいる。
――だが。
コピが視線を向けた瞬間、リュウキンの姿が別人へと変化した。
「なっ――」
想定外の出来事だった。
コピの動きが一瞬止まる。
その刹那。
ズバァッ!!
背中に鋭い痛みが走った。
気付けば、本物のリュウキンが背後に立っている。
コピの背中には深い斬撃が刻まれていた。
「くっ……」
コピは顔を歪める。
「厄介な力を持っていますね……」
パチン。
指が鳴る。
「暴風域」
轟音と共に突風が発生した。
部屋中を暴風が吹き荒れ、コピ以外の全員を吹き飛ばしていく。
机も椅子も壁へ叩き付けられた。
「回復」
その隙にコピは背中へ手を当てる。
緑色の光が傷口を包み込み、裂けていた皮膚がみるみる修復されていった。
「そろそろストックが切れてきそうですね」
コピは肩を回しながら呟く。
「外の方は上手くやっていて欲しいものですが」
暴風によって吹き飛ばされた者たちはほとんど気絶していた。
しかし――
リュウキンだけは立ち上がる。
刀を構えたままコピを睨み付ける。
その時だった。
裏口の扉が開く。
「待たせたね」
入ってきたのはロークだった。
全身に薄い黄金色の光を纏っている。
しかし服には傷一つ無い。
まるで外で戦闘をしていたとは思えない姿だった。
「お主は勇者か」
リュウキンが静かに呟く。
「ということは、外へ逃げた幹部たちも全て捕まったということか」
リュウキンは周囲を見渡す。
倒れ伏す者たち。
そして勇者。
「この場も拙者しか立っておらぬ」
「仕事は失敗だったようだな」
その表情に悔しさはあるが、動揺は無い。
「彼ほどの実力者がいるのなら、先に言って欲しかったですね」
コピが肩をすくめる。
「用心棒リュウキンか」
ロークは笑みを浮かべた。
「まさか君がいるとは思わなかったよ」
コピとローク。
二人は互いに薄く笑う。
対するリュウキンも苦笑した。
「流石に面妖な魔法使いと勇者を同時に相手取るのは分が悪い」
刀を軽く振る。
「この場は退かせてもらうぞ」
次の瞬間。
リュウキンの姿が揺らぐ。
気付けば、床に倒れている気絶者の一人へと姿が変わっていた。
「相変わらず面倒な能力だね」
ロークは苦笑する。
「あの人は追わなくていいのですか?」
コピが問いかける。
ロークは首を横に振った。
「彼はユリアザミの構成員じゃないからね」
「それに、捕まえるとなると結構骨が折れる」
そう言って肩をすくめる。
その翌朝――
王国中で配られた号外には、
『勇者ローク・スルタン、単独で王国最大の裏組織ユリアザミを壊滅』
という見出しが大きく掲載されることになる。
当然、そこにコピの名前はどこにも載っていなかった。




