愛情
「行くわよ!」
リルが勢いよく跳躍しながらハンマーを振り下ろす。
チェスは最小限の動きでそれを避けた。
今度はチェスが槍で薙ぎ払いを仕掛ける。
「槌飛」
リルは振り下ろしたハンマーを踏み台にして飛び上がる。
槍の薙ぎ払いを避けると同時にハンマーの柄を掴み直し、再びチェスへ振り下ろした。
「その動きは読んどるよ」
チェスは一歩後ろへ下がり、ハンマーを回避する。
「乱槍」
チェスの槍が無数の突きを繰り出す。
リルはハンマーを盾にしながら次々と防いでいく。
「そっちこそ攻撃が甘いわよ!」
「槌押」
リルはハンマーで槍を受け止めたまま、その怪力で押し返した。
「くっ!」
押し返されたことでチェスの体勢が崩れる。
大きな隙。
リルの目が鋭く細められた。
(来る)
長年戦ってきた経験がそう告げる。
チェスは昔から、自分に隙が生まれた瞬間に強引な突きを放って距離を取ろうとする。
リルはその癖を何度も見抜き、カウンターを決めて勝ってきた。
だから今回も――
「ダメよ!」
リルの体は反射的に横へ飛ぶ。
だが。
チェスの槍は放たれなかった。
「……え?」
空中で目を見開く。
チェスは突きを放つ構えのまま動いていなかった。
「引っかかったな」
チェスの口元がわずかに上がる。
その瞬間だった。
「一本槍」
風を切る音が響く。
一直線に放たれた槍がリルの左胸を貫いた。
「あなた……」
リルは力なく笑う。
「その癖、気づいてたの?」
チェスは誇らしげに髭を撫でた。
「気付いていたも何も、最初からそんな癖は存在せん」
リルは目を見開く。
「お前と真っ向から戦っても勝てる気などせんからな」
チェスは苦笑した。
「だから弱点があるように見せかけた」
「何十年もかけてな」
リルは呆れたように笑う。
「本当に馬鹿ね、あなたは」
「そうかもしれん」
チェスはゆっくりと槍を引き抜く。
力の抜けたリルの体を支えながら続けた。
「だが、お前に一度くらいは勝ちたかったんだ」
リルは目を細める。
昔と変わらない、優しい笑顔だった。
「そう」
「なら、その一勝は認めてあげる」
リルの声は少しずつ弱くなっていく。
「あぁ」
チェスは静かに頷いた。
「充分だ」
そしてリルを抱き寄せる。
「こうしてお前を私の手で弔うことができるのだから」
チェスは笑っていた。
だが、その瞳からは一粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ふふ、二度もあなたに私の最期を見せることになってしまったわね」
リルは少し申し訳なさそうに微笑む。
「心配するな」
チェスは優しく首を横に振った。
「こうしてお前ともう一度会えた喜びに比べたら、些細な苦しみだ」
「強がりなところは変わっていないわね」
リルはくすりと笑う。
「何も変わっておらんお主にだけは言われたくないな」
チェスも小さく笑い返した。
しばらくの沈黙。
互いに言葉はない。
だが、その時間すら愛おしかった。
「そろそろ……みたいね」
リルの声が弱くなる。
「あぁ」
チェスは静かに頷いた。
「今度こそゆっくり休むがいい」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
リルは目を細める。
「でも、あなたはまだこっちに来ちゃ駄目よ」
「それは約束できんな」
チェスは苦笑した。
「お前は案外寂しがりだからな」
「ふふ……そうかもしれないわね」
リルは嬉しそうに笑う。
そして。
「愛してるわ、チェス」
チェスは一瞬だけ目を閉じた。
それから真っ直ぐリルを見つめる。
「リル」
「私も愛しているよ」
リルは満足そうに微笑んだ。
その表情は二十年前と何一つ変わらない。
ゆっくりと瞳を閉じる。
すると次の瞬間――
リルの身体は光の粒となり、風に溶けるように消えていった。
チェスは支えていた腕をゆっくりと下ろす。
そして空を見上げた。
いつの間にか夜は終わりを迎えようとしていた。
真っ暗だった空の向こうから太陽が顔を覗かせ、世界を淡い橙色に染めている。
その光景はどこか神秘的で――
まるでリルが安らかに旅立ったことを祝福しているようだった。
「またな、リル」
チェスは小さく呟く。
返事はない。
それでも。
その瞳からは、一粒の涙が静かに零れ落ちていた。




