炎魔
「俺も数分だけ、ウィンドの風神と同じ領域の力を使うことができるんだ」
フレイはアクアに自身の秘策を明かす。
「なるほどな。その数分だけ、お前はウィンドと互角になれるということか」
アクアはすぐに意図を理解した。
「ああ。俺が隙を作る。その間にお前が仕留めてくれ」
フレイが説明を終えた頃には、ウィンドの周囲に再び風が集まり始めていた。
「暴嵐・怪鳥」
風が渦を巻き、巨大な怪鳥となって空を舞う。
「来たか。アクア、準備しろ!」
フレイはアクアから離れると怪鳥へ向かって飛び出した。
その全身から炎が噴き上がる。
炎は膨れ上がり、やがて巨大な人型を形成した。
「炎魔」
五メートルほどの炎の魔人。
その中心にはフレイが立っている。
「獄炎・狂虎」
魔人の背後から炎の虎が現れる。
巨大な虎は怪鳥へと飛びかかり、二体は空中で激突した。
轟音。
凄まじい衝撃波が周囲へ広がる。
怪鳥と狂虎は互いを喰らい合い、そのまま消滅した。
「なに……? お前も使えたのか……」
ウィンドは初めて驚愕の表情を浮かべる。
そのまま鎌鼬を放った。
「お前やボルトさんを驚かせたくて黙ってたんだがな」
フレイは魔人の拳で鎌鼬を叩き消す。
「まさか、こんな形で披露することになるとは思わなかったぜ」
苦笑しながら炎の玉を生み出し、ウィンドへ放つ。
ウィンドは白い手拭いを振るい、炎の玉を弾き飛ばした。
「面白ぇじゃねぇか!!」
ウィンドは口元を吊り上げる。
「前からお前とは決着をつけたかったんだ!」
「暴嵐・乱風」
手拭いを激しく振る。
無数の鎌鼬がフレイへ襲いかかった。
「獄炎・魔人の怒り(アンガー)」
炎の魔人が両腕を重ねる。
掌に集まった灼熱の炎が一気に解き放たれた。
鎌鼬と炎が正面から衝突する。
空中に爆発のような衝撃が広がり、双方の攻撃は相殺された。
「まだまだいくぞ!」
ウィンドが再び手拭いを掲げる。
「暴――」
その瞬間。
パシャッ!
右手に水の球が直撃した。
手拭いが宙へ舞う。
「なっ!?」
ウィンドが目を見開く。
「楽しそうなところ悪いが」
背後からアクアの声が響く。
「私を忘れないでもらいたいな」
アクアは指先から次々と水弾を放っていた。
ウィンドは咄嗟に手拭いを取り戻そうとする。
しかし。
その進路を炎の壁が塞ぐ。
「獄炎・魔人の燃拳」
巨大な炎の拳が迫る。
手拭いを失った今、避ける時間はない。
「舐めんな!!」
ウィンドは両腕を交差させる。
「風の加護!」
全身に暴風を纏う。
だが――
炎の拳は風を突き破った。
「がぁぁぁぁぁ!!」
炎がウィンドの全身を包み込む。
空中で焼かれながらも、ウィンドは最後の力を振り絞った。
「うぉぉぉぉ!!」
暴風が巻き起こる。
自身を包む炎を無理やり吹き飛ばした。
しかし。
体に刻まれていた黒と白の刺青は消え去っている。
風神は解除されていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……。かなり今のは……効いたぜ……」
ウィンドは肩で荒く息をしていた。
全身は焼け爛れ、ところどころ皮膚が焦げている。
それでもなお、空中に留まり続けていた。
ウィンドは自分をここまで追い詰めたフレイへと視線を向ける。
すると――
先ほどまで空を覆っていた炎の魔人は消え去っていた。
その中心にいたフレイもまた、白目を剥きながら地面へ落下している。
「ハッハッハ!!」
ウィンドは大きく笑った。
「時間切れか!? 俺の勝ちだ!!」
フレイが気絶したことを確認し、勝利を確信する。
その瞬間だった。
「だから私がいることを忘れすぎなんだよ!」
背後からアクアの声が響く。
「なっ――」
ウィンドが振り返るより早く。
水で作られた剣が腹部を貫いていた。
「がふっ……!」
ウィンドの口から血が溢れる。
「チッ……やっぱり強ぇなお前ら」
苦しそうに顔を歪めながらも笑みを浮かべる。
「だが……ボルトさんのところには行かせねぇぞ!」
ウィンドは最後の力を振り絞り、背後のアクアへ振り向く。
そしてその口元へ手を伸ばした。
「風の恐怖」
アクアは気づけなかった。
ここまで追い詰められたウィンドに、まだ反撃する力が残っていたことを。
しかし。
アクアも攻撃の手を止めない。
「終わりだ」
水の剣をさらに振り抜く。
鋭い斬撃がウィンドの体を切り裂いた。
「ぐっ……」
ウィンドの瞳から力が抜けていく。
限界だった。
そのまま重力に従い地面へ落下していく。
だが。
「うっ……あ……」
今度はアクアの様子がおかしくなる。
突然呼吸ができなくなった。
首元を押さえる。
肺に空気が入らない。
能力の制御も失われる。
支えていた水が霧散した。
「しまっ……」
アクアの体もまた空中から落下していく。
そして――
地面へ。
フレイ。
アクア。
ウィンド。
三人全員が戦闘不能となった。
こうして、この戦場での戦いは幕を閉じた。
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「お帰りなさい。ヒロさんとの将棋はどうだった?」
家の玄関を開けると、リルが笑顔で出迎えてくれた。
二人ともまだ二十代ほどの若さである。
「一勝三敗だったよ。あいつは考える時間が無限にあるから強い」
チェスは肩をすくめながら答える。
「そう。でもヒロさん相手に一勝できるチェスも十分すごいわ」
リルは嬉しそうに微笑むと、用意していた着替えを差し出した。
「ありがとう」
チェスは靴を脱ぎながら着替えを受け取る。
だが、リルはそのまま話を続けた。
「帰ってきたばかりで悪いんだけど、今度は私に付き合ってもらうわよ」
「頭を使った後に今度は体も動かすのか……」
チェスはげんなりした表情を浮かべる。
リルはそんな様子を見てクスリと笑った。
「もちろんよ」
その手には巨大なハンマーが握られている。
「言っておくけど、今回もあなた自身が戦うのよ」
「私よりクイーンやナイトと戦った方が練習になると思うぞ」
チェスは最後の抵抗を試みる。
だがリルは即座に首を横に振った。
「毎回あの子たちに助けてもらえると思わない方がいいわ」
その表情から笑みが消える。
「いつかあなた自身が戦わなきゃいけない時が来る。その時のためにも練習しておかないと」
真剣な眼差しだった。
チェスはしばらくその顔を見つめる。
そして小さくため息を吐いた。
「分かったよ」
観念したように答える。
するとリルは満足そうに微笑んだ。
「それでこそ私の旦那様ね」
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二人は庭へ出ると、それぞれ武器を手に取り戦闘の準備を整える。
「じゃあ、いくわよ!」
リルは体を回転させながらハンマーを振り回し、一気にチェスへと距離を詰める。
対するチェスは槍を地面へ突き立て、その反動で体を宙へ浮かせた。
迫るハンマーを紙一重で回避すると、そのまま上空から槍をリル目掛けて突き下ろす。
「槌地割」
リルは振り回していたハンマーを勢いよく地面へ叩きつけた。
轟音と共に地面が割れる。
砕けた岩や土塊が吹き上がり、空中にいたチェスへと襲いかかった。
「くっ!」
チェスは防御するが勢いを殺しきれず後方へ弾き飛ばされる。
「はぁぁっ!」
その隙を逃さずリルが追撃する。
ハンマーを大きく振り抜くと、チェスは咄嗟に槍を盾代わりにして受け止めた。
しかし――
能力で強化されたリルの腕力には敵わない。
チェスは数歩後退しながら吹き飛ばされる。
「まだだ!」
着地と同時に体勢を立て直し、鋭い突きを放つ。
だが。
「甘いわよ!」
リルは軽やかな動きで槍をかわした。
さらにハンマーを片手で持ち替えると、空いた左手でチェスの胸を押し飛ばす。
「しまっ――」
バランスを崩した瞬間。
リルはハンマーを振り上げていた。
チェスが態勢を立て直すよりも早く、巨大なハンマーが振り下ろされる。
そして――
ピタリと止まった。
ハンマーの先端はチェスの鼻先数センチの位置にある。
「今日も私の勝ちね」
リルは得意げな笑みを浮かべながら、地面に座り込むチェスを見下ろした。
「はぁ……参ったよ」
チェスは苦笑いを浮かべる。
「リルは本当に強いな」
リルは満足そうに頷くと、手を差し出した。
チェスはその手を握り、立ち上がる。
「ふふっ。流石にチェス自身には負けられないわよ」
リルはチェスの服についた砂を払いながら微笑む。
「でも、いつかは一勝してみせるさ」
チェスは口元を緩めながら宣言した。
その言葉を聞いたリルは少しだけ目を細める。
「その時を楽しみにしてるわ」
夕日に照らされた庭に、二人の穏やかな笑い声が響いた。
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「お主が生きている間に、一勝もすることができなかったな」
チェスは小さく笑いながら呟く。
リルもまた、どこか懐かしそうな表情を浮かべていた。
二人とも、先ほどまで同じ思い出を振り返っていたようだ。
「今からでも遅くないわ」
リルは静かに口を開く。
「ビショップやルークを呼び戻しなさい」
その言葉には心配が滲んでいた。
「あなた一人で私と戦う必要はないでしょう?」
だがチェスは首を横に振る。
「あやつらには骨どもを足止めしてもらわねばならんからな」
視線だけを周囲へ向ける。
遠くでは騎士たちが骨の軍勢と激しく戦っていた。
「あやつらの役目も大事なんじゃ」
リルは数秒だけ黙り込む。
そして小さくため息を吐いた。
「本当に昔から頑固ね、あなたは」
呆れたように言うが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「今さらじゃろう」
チェスは苦笑する。
リルも思わず笑みを零した。
「そうね」
短く答える。
そして表情を引き締めた。
「それなら、もう止めないわ」
巨大なハンマーを肩に担ぐ。
「私に殺されないでね」
その言葉は冗談のようでいて、本気だった。
チェスも槍を握り直す。
「当たり前だ」
二人の視線が交差する。
夫婦としてではない。
敵としてでもない。
互いを誰よりも知る戦士同士として。
リルが地面を蹴った。
轟音と共にチェスへ駆け出す。
チェスも槍を構え、一歩前へ踏み出した。
今度こそ一勝を得るために。




